下記の者貧乏也

以下、本人の記述より抜粋

小学校時代・・・覚えてません。

中学校時代・・・思い出したくありません。

高校時代から始めまっか。

うちの高校は、地域でほぼ唯一の進学校だった。

なにせ、入ったのが奇跡。

英語なんか見れたもんじゃなかったのに、良く受かったもんだ。

んで、入ってからはパチンコと麻雀、ビリヤードに明け暮れる。

授業抜け出してパチンコ行ったくらいだからな。

このころ、俺の家にはロクなゲーム機が無かった。

あるといえば、初代ファミコンくらい。

そんな俺に、I崎という友人が色々な機体を貸してくれた。

機体名とゲーム名は挙げてるときりが無いからやめるが、とにかくすごい数。

これにはまった俺は、授業は全て寝る。家ではゲーム三昧。

朝7時までやって、朝飯抜いて学校。

ホームルームから就寝、昼休みに起きて飯食う。んで、また寝る。

授業が終わってからは、彼女に付き合う。

夜、家に帰って飯食ってゲーム。

こんな生活してりゃ、誰だって痩せる。成績も落ちる。ちなみに英語は5段階で2しか見た事無い。(2の文字が赤いんだよ。これが)

当然のごとく浪人。センター英語38点じゃ、どこも受からんって。

浪人してからは、札幌で寮暮らし。

ここの壁が薄い薄い。

隣で屁こいたら聞こえるんだ。はっきりと。

酷いのになると、自慰の声が聞こえる。

男のあえぎ声は最悪だ。

もちろん浪人しても、俺がまじめになるわけは無く、パチンコで稼いだ金をゲームにつぎ込む。

寮内のゲーム好きを集めて、現金を賭けて大会をよくやった。

一番やばいのは、桃太郎電鉄。レートによっては首吊りもんだ。

10月からさすがに勉強する。つもりが11月になる。

さすがに二回目のセンターは、少しは見れる点数だったが、英語は相変わらず悪い。(76点)

立命館を落ちた俺は、記述試験に疲れて今の大学に入る。

ここからが、不幸の始まりだった。

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