コンサート日記
このコーナーでは今年聞いたコンサートの雑感が書かれています。
(青字のものにだけあります。)
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1999.6.24(木) モントリオール交響楽団 指揮:シャルルデュトワ ヴァイオリン:諏訪内晶子
- プログラム
1 シベリウス:交響詩「フィンランディア」
2 ブルッフ:スコットランド幻想曲
3 ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 「新世界より」
アンコール ビゼー:「アルルの女」組曲より「ファランドール」
- 感想
デュトワ/モントリオールをナマで聴くのは初めてで、海外のオケを聴くのも約2年ぶりぐらいなので、とても楽しみにしてました。
まずはじめの「フィンランディア」ですが、ホールのせいか、全合奏などかなりぼやけた音で、ナマの楽器の温かみのある音が全然せず、うえっ、という感じでした。劇場型のホールで、ステージの天井が結構低めだったので、1階席の前の方だった私の席では、ステージの天井板からの音が早く耳に届いて、直接音と重なったためじゃないかなと思っています。
次に「スコットランド幻想曲」。2年ぶりに諏訪内晶子が聴ける上に好きな曲ということで大いに期待してました。序奏部の入りのピアニッシモからゾクゾクさせられ、これはいける!、と思ってじっくり聴き入りました。ずっとゾクゾクさせられっぱなしというわけではありませんでしたが、いい演奏でした。基本的な解釈はデビューCDの演奏と変わっていないと思いました。序奏から第3楽章まではやや歌を意識しながら、第4楽章はヴィルトーゾを意識して、切れ味重視の演奏でした。個人的には濃厚な演奏が好きなのですが、こういう解釈もいいかな、と思いました。音響も編成が小さくなったせいかまあまあでしたし、独奏ヴァイオリンもよく鳴っていました。ちなみに衣装は、V字に背中があらわになった白のドレスでした。
メインの「新世界」。この1曲で今夜は聴きに行った甲斐があったというほどの名演でした。いわゆるチェコの風情のようなものとはかけ離れた演奏でしたが、どんどん演奏に引き込まれ、純粋に曲そのものを楽しむことができました。聴き慣れた曲が、全くはじめて聴いたかのように新鮮に鳴り響き、この時には音響のことは全く気にならず、うわさ通りの透明感あふれる温かみのある音で、これが一流オケの音色かあ、という感じでした。その一方で第3楽章では荒々しさも聴かせてくれました。
アンコールはノリを重視した演奏でした。
- 新しくできた神戸国際会館/こくさいホールについて。
感想でも述べたように多目的なホールであるため、形が劇場型でした。ステージが客席に比べてかなり狭く(高さも奥行きもあまりない)、ステージ内で音が反響してから客席に届くような感じでした。それが直接音と干渉し、届く時間差があるため、ステージに近い席では大編成のオケではかなり音が混濁して聴きにくそうです(最後の新世界のときは気になりませんでした。まあ、オケ側が調節したためかもしれませんが)。結局クラシックを楽しむためのホールではないということです。スピーカーを通して聴くような演奏では問題ないかもしれませんが、マイクなしの直接音と反響音を聴く場合には、少し席を研究する必要がありそうです。
次に構造について。コンサートの帰りに混雑することが考慮されてなく、出口の数も少ないし、狭い。複合施設の建物の中にあるので、ある程度は仕方がないとは思うが、ひどすぎると思いました。それから、楽屋口に行けない。構造上仕方ないのかもしれないが、やはりいい演奏を聴かせてもらったときは、一言お礼を言ってサインをもらいたいなあ、と思います(ホールの人は、「約束がない限りだめです」の一点張りでした)。
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1999.5.15(土) カジュアル・クラシックス 「ヴァイオリンとピアノ演奏の魅力」 (西宮市民会館アミティホール)
- 出演 高嶋ちさ子(ヴァイオリン) 加羽沢美濃(ピアノ)
- プログラム(昼の部のもの、#印はピアノ・ソロ)
アイルランド民謡:ロンドンデリーの歌
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
シューベルト:みつばち
フォークソング・メドレー この広い野原いっぱい
〜あなた 〜誰もいない海#
加羽沢美濃:春のスケッチ(仮題)
ヴュータン:アメリカの思い出
マスネ:タイスの瞑想曲
モンティ:チャルダーシュ
夢のあとに(フォーレ)〜トロイメライ(シューマン)#
星に願いを〜小さな世界(最新アルバム「ホール・ニュー・ワールドより)#
日本の歌メドレー(ピアノソロ) 初恋
〜荒城の月〜浜辺の歌
<リクエストコーナー>(略)
ヘンデル:オンブラ・マイ・フ
サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン
<アンコール>
上を向いて歩こう(アレンジ:加羽沢美濃)
加羽沢美濃:ラピシア(アルバム「楽園」より)#
クロール:バンジョーとヴァイオリン
- 雑感
ちさ&美濃のお初のナマ体験ということで、かなりミーハーな気持ちで出かけました。内容的には、肩肘張らないコンサートということで、なかなか普通のクラシックコンサートで聴けないような曲(CD録音はあるが)をナマで聴けて大変楽しみました。この二人のコンビは芸術家ではないけれど、優れたエンターテナーだと思いました。
演奏について。昼の部、夜の部と1日に2回聴きましたが、いくつかピックアップして書きたいと思います。
まず、全体的な印象としては、美濃さんはCDの録音同様(録音と同じピアノを常に利用されているそう)、明るい音色で自由に弾き崩して演奏されていました(ちささん曰く、いつも即興演奏?!、なのだそうです)。ちささんのヴァイオリンは、正直言ってCD録音ではさえないなあと思っていましたが(シンセサイザー伴奏のためかも?)、実際ナマで聴いてみると、歌心のある伸びやかな音楽で、音色も美しく、さすがPMFオーケストラのコンサート・ミストレスをされていただけの実力の持ち主であると、再認識させられました(たまには純粋なクラシックも聴いてみたい!)。
次に美濃さんのソロについて。すべて、自分のアレンジの曲を演奏されました(自作曲も)。やはりナマということで、テンポや強弱を大胆に変化させ、装飾音も多く、即興演奏の趣でした。
最後に、ちささんの演奏について。特に良かったのは、「チャルダーシュ」、「オンブラ・マイ・フ」、「日本の歌メドレー」です。「チャルダーシュ」については、泣くところは泣く、速いパっセージは切れ味鋭く、自在な演奏ですばらしかったです。残りの曲は、歌心がよく表れており、ヴァイオリンは歌う楽器なので、歌に代わって演奏するとハマルもんだなあ、と思いました。
ヴァイオリン・コーナー、ピアノ・コーナーについて。奏法や、音色の違い、値段、調律について、お二人+調律師の木さんからレクチャーがありました。素人の私にとっては大変興味深く、勉強になりました。驚いたのは、ヴァイオリンは本体だけでなくボウもべらぼうに高い、ということです(なんと最高4000万もするボウがあるそうです)。
硬派なクラシックファンはこの二人の音楽をクラシックじゃないという人も多くいます。確かにそうとも言えるかもしれません。しかし、帰り際に、これまでほとんどピアノやヴァイオリンの生演奏に接したことのない人々が、口々によかったと言い、CDや次の二人の公演チケットを購入していた姿を見ると、二人の試みは大成功であると言えます。そして、将来この人たちから何人かは、硬派なファンが生まれることでしょう。ということは、このコンサートは、かえるか、かえらないか分らない卵を暖めている、とも例えることができると思います。そういう意味で、音楽を聴き始めたころの純粋な気持ちを思い出させてくれたコンサートでした。
次の二人の大阪公演(お薦めのコンサートのコーナー参照)は、ソプラノ歌手足立さつきさんを迎えて、美濃さんのアレンジでアリアを演奏するという初の試みです。どんな演奏になるか楽しみであると共に、いくつの卵をかえすことができるか、この二人の今後の活躍に期待です。
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1999.4.30(金) マリア・グレギーナ ソプラノ・リサイタル レフ・シャバーノフ指揮 京都市交響楽団 (フェスティバルホール)
- プログラム
ベッリーニ:”清らかな女神よ”(「ノルマ」より)
ドニゼッティ:「ドン・パスクヮーレ」序曲
”あたりは沈黙に閉ざされ”(「ラメンモールのルチア」より)
ロッシーニ:「泥棒かささぎ」序曲
”今の歌声は”(「セビリアの理髪師」より)
(休憩)
ヴェルディ:”世のむなしさを知る神”(「ドン・カルロ」より)
「運命の力」序曲
”柳の歌 アヴェ・マリア”(「オテロ」より)
”勝ちて帰れ”(「アイーダ」より)
「シチリア島の夕べの祈り」序曲
”勝利の日に…早く来て、明かりをつけて”(「マクベス」より)
- 雑感
私にとってはじめてのソプラノ・リサイタル、しかもBSの放送等で大のお気に入りであるグレギーナとあって、期待に胸膨らませながら臨みました。
この日は、赤(というより朱色に近い?)のドレスで登場。
はじめの2曲は”清らかな女神よ”と”あたりは沈黙に閉ざされ”のベルカント・オペラの2大傑作のアリアから。
はっきりいって、まだまだベルカントについては勉強不足で、どう聴いていいかわからない為かもしれませんが、これが意外に低調でした。
確かに歌自体は全然悪くはないのですが、高音部、特に「アアアア〜」と声を張り上げる部分(用語がわからなくてスミマセン)の声の伸びが今一つで、音があまり前に飛んでこないように感じました。もちろん、すばらしい部分もたくさんありましたが、いきなり昇天させられるほどの強烈な印象は受けませんでした。でも、確か彼女はベルカントをあまり歌っていないはずですよね? それでしたら今後に期待ということで。
次のロッシーニは意外でした。当日来てみたら、プログラムに加えられていたので、少し驚きました。彼女のような強い声にロジーナが合うのだろうか?と聴く前は半信半疑でしたが、その声はまさに、リリコ・レッジェーロそのものでした。歌唱や仕草も茶目っ気たっぷりで、グレギーナの違った一面が観れて大変よかったです。できれば、全曲聴いてみたいと思いました。
休憩後はヴェルディ一色。そして、調子が出てきたようで、高音の伸びもすばらしく、ピアニッシモの美しさ、声量の自在のコントロールに加え、演技の表現力も豊富で、圧倒されるばかりでした。グレギーナといえば豪快な(といえば語弊があるかも知れませんが)歌唱が持ち味で、その声量に圧倒されてしまいがちですが、実際の舞台に接してみて、その表現の繊細さに心奪われました。
最後の”勝利の日に…早く来て、明かりをつけて”は、この前バスティーユで「マクベス」のプレミエに出演して好評を博したことが伝えられていたので、最も期待していた曲です。圧倒的な声量に加え、マクベス夫人の燃え上がる野望がせまってきて、まさに本領発揮という感じでした。
アンコールは1曲歌ってくれたのですが、急いでいて曲名をチェックし忘れてしまいました(不覚!)。こういう時に初心者は困るんですよね。確か聴き覚えがあるので有名曲だと思うのですが…。もし聴きにいっていた人がいたら教えてください。もちろん、歌は最高!。
とりあえずグレギーナは”強い女性”というイメージがあったのですが、それとは全く反対の面を見れたのは大きな収穫でした。今後も大注目です。
指揮のシャバーノフは、オケを煽り過ぎる嫌いはありましたが(ヴェルディの序曲の演奏といえばこうなるものかもしれませんが)、弦の歌わせ方のうまい人だなと思いました。京響も金管に物足りなさはあったものの、好サポートで、木管のソロ(特にフルート!)がすばらしかった。
あと曲では、「ドン・パスクヮーレ」序曲を初めて聴きましたが、とてもいい曲だなと思いました。特に弦楽合奏の部分が気に入りました。機会があれば全曲も聴いてみたいです。
最後に一言。やはり今日も携帯の音が鳴り響きました。3回も。しかも、歌の入りの部分や、ピアニッシモで演奏されているところで。それだけがいつもながら残念でした。(と、ここで言っても解決するわけではないですが)
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1999.4.26 大阪フィルハーモニー交響楽団・第327回定期演奏会 指揮:朝比奈隆/下野竜也 (フェスティバルホール)
- <プログラム>
1 ヒンデミット/ウェーバーの主題による交響的変容
2 ブルックナー・交響曲 第4番 変ホ長調 「ロマンティック」 (ハース版)
- 下野竜也
1969年鹿児島に生まれ、秋山和慶、黒岩秀臣、石井調、広上淳一、堤俊作、チョン・ミュンフン、ユーリ・テルミカーノフらに師事し、1995年より本格的に指揮活動を始め、97年より大フィル指揮研究員となり、朝比奈隆、外山雄三、若杉弘、ジャン・フルネをはじめとする一流指揮者の下で研鑚を積む。
- 雑感
まずは一曲目のヒンデミット。指揮は指揮研究員である下野竜也。下野さんは、背が低く、小太りで、お尻をぷりぷりと振って指揮をされていたので、彼の師の一人広上淳一の指揮姿とそっくりでした。もちろん情熱的な指揮ぶりもそっくりで、今後注目していく価値のある指揮者だと思いました。
勉強不足で曲についてはよく知らなかったのですが、打楽器が派手に活躍する「春の祭典」のような感じの曲でした。彼の情熱的な指揮に乗せられた大フィルが若々しい熱演を聴かせてくれました。特に終結部のクレッシェンドがすばらしく、今度は「展覧会の絵」やバルトークの「管弦楽のための協奏曲」のような曲を彼の指揮で聴きたいなと思いました。
次はメインの朝比奈指揮による「ロマンティック」。おそらくこれが最後の「ロマンティック」になるだろうと思い、一音も聴き逃すまいと思って演奏に臨みました。しかし、冒頭から先ほどの熱演がうそのように、オケに厚みがなく、金管もうるさく感じられました。今日はテレビカメラが入っていたので、気合が空回りしているのかなと思いました。でも次第に調子が出てきて、第1楽章の終結はいつもの豪快な響きがしてよかったです。
第2、3楽章はまずまずで、第4楽章がこの日の最高の演奏でした。この楽章で私が最も好きな第2主題の変奏のところは、前半とはうって変わった渋い弦の響きがし、しびれさせてくれました。そしてブルックナーといえば、巨大な音の建築物ともいうべきコーダですが、朝比奈はいつものようにゆっくりとしたテンポで音を踏みしめながら、次第にクレッシェンドしていき、見事に最後の和音まで決めてくれました。
朝比奈のブルックナーを聴きに行くと、いつも最後の和音の残響が消えてしまう前に拍手や「ブラボー」の声がかかりがちですが、この日は残響が消えた後もしばらく沈黙が続き、聴衆はみなそのすばらしさに圧倒されたみたいです。
全体的には、いつもより速めのテンポをとっていたので、その辺が厚みを感じなかった原因かもしれません。
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1999.2.15 ギドン・クレーメル&クレメラータ・バルティカ (ザ・シンフォニーホール)
<プログラム>
1 シュニトケ;合奏協奏曲第1番
(2つのヴァイオリン、弦楽、プリペアドピアノのための)
2 2つの四季(ヴィヴァルディ/ピアソラ)
<アンコール>
1 トラディショナル(マローン編曲);スウィートジョージアブラウン
(シュニトケの後に演奏された。)
2 アレキサンダーバクン;返事のない電話
3 Happy Barth Day to you 変奏曲
(曲名が発表されてなかったので、勝手に名付けました。
4 ピアソラ;鮫
クレメラータ・バルティカとは
クレメラータ・バルティカは、1997年にヴァイオリニストのギドン・クレーメルが母国のバルト3国の若い演奏家を集めて結成した室内オーケストラです。今回が初来日になります。
コンサートを通したこの室内オーケストラの印象は、自発性にあふれた質のいいアンサンブルを持っているオーケストラというところです。はじめは来日1回目ということで多少堅さがみられましたが、次第に調子が出てきて、ほんとにいいアンサンブルを聴かせてもらいました。
雑感
まずシュニトケですが、いまいちよく分からなかったというのが正直なところです。ただプリペアドピアノ(弦の間にコインなどを挟んで音色を変化させたピアノのこと)で今まで聞いたことのない様な音を出したり、1つのフレーズを2つの独奏ヴァイオリンの間で受け渡ししながら演奏しているところなど、なかなかおもしろかったです。
メインの四季は、ヴィヴァルディ、ピアソラの順で交互に、春、夏、夏、秋、秋、冬、冬、春、の順に演奏されました。
なかなか試みとしてはおもしろいとは思ったのですが、あえて交互に演奏する必要があるほどの効果は感じられませんでした。むしろ、作曲家別に演奏した方がよかったのではないかと思いました。
ただ、ピアソラの”春”の最後の和音が響く中、ヴィヴァルディの”春”のあの有名なテーマがチェンバロでゆっくりかき鳴らされて、曲が閉じるところはもう最高でした。この部分を聴いただけで、完全にイカされてしまいました。ということは、この試みは成功だったのかな?
アンコールは、休憩前の1曲も含めて4曲演奏されました。
1曲目はジャズっぽいのりのいい曲でした。
そしてプログラム終了後の1曲目、”誰も出ない電話”は、なんと携帯電話の着メロを使った、着メロ協奏曲と言っていいような作品で、このオーケストラの結成2周年を記念して作られたものらしいです(クレーメルがたどたどしい日本語で紹介してくれた)。
アンコールに何をひくんだろうとドキドキしながら待っていると、チェンバロの人が突然椅子を持ち出してきて、舞台の中央に置きました。はじめは指揮をするのかなと思いましたが、ちょうどオーケストラの配置の真ん中ぐらいだったので指揮ではないなと思って待ってました。すると、クレーメルが何も持たずに舞台に登場しその椅子に座りました。
すると、なんと携帯電話をポケットから取り出したので、ホール内は、えっという驚きと笑いに包まれました。そして演奏開始。
しばらくは普通の演奏が続き、突然、携帯が鳴り出したのです。その着メロにチェロが合いの手を入れたり、まさに着メロ協奏曲という趣になりました。もちろん曲名が”誰も出ない電話”と言うぐらいだから、携帯を持ったクレーメルはでる素振りも見せず、ついにはステージ上をぶらぶらと歩き出す始末。もう大爆笑。これが何回か繰り返された後、最後はコントラバスの人の携帯が鳴り出して、それをクレーメルが受け取りステージを1周して、音量を下げながらステージ袖に消えていって終わりました。
演奏が終わると、私たち聴衆はもちろん、オケの人達も”ああ、おもしろかった”という感じで、会場のボルテージは最高潮になりました。ステージに戻ってきたクレーメルも、満面の笑みで拍手に応えていました。
しかもこれだけで終わらなかったのです。ヴァイオリンを持って再度現れたクレーメルは、”クレメラータバルティカの2周年の誕生日を記念して、バッハ、ベートーベン、モーツァルト…(多分10人ぐらい言ってたと思う)に手紙を書いて曲を依頼しました。そうしてできた曲がこれです”と、日本語で説明した後、’Happy
Barth Day to you
変奏曲’をひき始めたのです。
よく聴くとどこかで聴いたようなメロディーにあわせて’Happy
Barth Day to you
’が変奏されていきます。これにはもう場内爆笑の渦。最後に、ブラームスのハンガリー舞曲第5番にあわせて、変奏され始めると自然と手拍子が始まりました。すると、突然第2ヴァイオリンの人達が立ち上がり、ハンガリー舞曲の原曲をひきはじめ、訳が分からないうちに盛り上がって曲が集結しました。
しかし、まだこれでは終わらなかったのです!この後何度かステージに呼び戻された後、ステージ袖に全員引き上げてしまったので、もう終わりかと思って帰ろうと、ホールのドアをくぐろうとしたところ再び全員ステージに戻ってきてくれました。私も含め、帰りかけた聴衆はホール内に戻り、”もう1曲ひいてくれないかな”と淡い期待を抱きながら大きな拍手を送りました。するとどうでしょう、彼らは楽譜を持って戻ってきたのです。そしてひき始めたのが、”鮫(Escualo)”でした。オケのメンバーは皆ノリノリで、ヴィオラのトップの女性は思いっきり足音でリズムを取りながら(コントラバスの木の部分を手のひらでたたいて演奏している部分で)演奏してるし、チェロはクルッと1回転させるし、もう最高でした。
トータルしてみると、プログラムは少し不完全燃焼だったけれど、アンコールで一気に爆発した演奏会でした。特にアンコールは実演ならではという内容で、”やっぱり生はこれがあるからやめられないんだよなあ”、と改めて思いました。聴く前は、”本当はブエノスアイレスのマリアを聴きたかったのに、なぜ大阪ではやらないんだ”とぶつぶつ文句を言ってたのに、全くそれを吹き飛ばしてくれました。
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