やー まいった まいった、馬のような鼻息が出来たらなー
☆ 手術室より出た時は?
手術がどのように行われたなんて全身麻酔では知る由もなく、気が付いたのは手術室より部屋までの帰
り廊下で、部屋で利用していた車付のベッドに乗せられて『おや爺さん、もう終わりましたよ。私の声が
聞こえますか?』と甲高い声が届いた時でした。
但し頭は朦朧<モウロウ>として思考力なんぞまったくなく、瞬間『あれー、俺はあの世から娑婆へ戻っ
てきたのかな?』って思おうとするのが精一杯の感覚だったように記憶している。 また鼻と口は酸素吸
入用のマスクが掛かっており、鼻の穴は両方とも出血を止めるためガーゼや綿球がいっぱ詰まっており、
看護婦さんが付添いのケイちゃんに手術の経過やこれから暫く注意すべき事を説明している話し声さえも
私の頭に響き、黙っていて欲しいと手で合図したように覚えている。
ともかく口からしか息が出来ず、従って口の中がカラカラに乾いてしまい、かと言って上半身を起こし
てお茶など飲める訳もなく、横飲み器で飲ませて貰っても咳でも出たらどうしようかと非常に弱気な状態
にあって、普段何気なく鼻で息をしていることがどんなに健康的で幸せな事かと、つくづく思い知らされ
ると共に、この鼻に詰まっているガーゼが2日後、即ち48時間後になると取って貰えるんだと期待半分、
取り除く時の痛さや新たな出血を予測すると怖いような気もするし、こんな複雑な気持ちになるんだった
ら手術じゃなく何か別の方法が無かったのかと、今更ながら訳の解らない思いが頭をよぎるほど弱気な状
態に陥っていたのが、術後数時間の状態だったようだ。
☆ 麻酔が覚めてくると?
手術を終えて部屋へ戻ったのが午後4時頃で、6時頃には麻酔は完全に消えたはずだが、相変わらず頭
はボーとしていて目の奥がズシーンと痛みを持ったまま、口の中はかさかさに荒れ放題の感覚である。
だから頭の下に氷枕、目は冷たいお絞りで冷やさないととても我慢できない。 さてこんな状態がいつま
で続くのかと思うと正直心細い。早く鼻で普通の呼吸が出来て口の中の感覚が戻って欲しいと、これほど
普段何気ない呼吸が如何に有難いことか、健康というものがごく普通の自然体のままで五感や運動動作が
出来ることが如何に素晴らしいことであるか、このベッドの上でつくづく感じさせられたものである。
(@_@) 早くにこにこ顔をしたいけど (*_*) になっちゃうんだよね!
さて、手術は絶対成功したと信じよう。何事も良いほうに向かって考え、自分の努力で普通より早く目
標に到達できることを信じて頑張ってみる決意をした。 その努力の第1は痛さや苦しさを心頭滅却で抑
えること、と云っても痛み止めの座薬や偏頭痛を忘れるためのアイスノンなどは使用し、あとはひたすら
精神を睡眠に向けて統一し、時の経過を早めることに専念した。
努力の第2はベッドに横たわって何もしないことは自分の運動能力を蝕むことになるゆえ、せめて手の
ひらを閉じたり開いたり、足首を頻繁に動かしたりして、体全体の血行を促す補助運動を欠かさないよう
に心がけた。 なお手術後48時間は栄養補給と止血その他の目的で点滴が切らされることなく、腕に針
と点滴管を直結したままトイレや洗面も行わねばならず、他人様のお見舞いではそのような光景を見て『
大変ですね。頑張ってくださいね』と励ますことはあったが、実際自分がその立場に立つことは大変なこ
とであり、会社の者や友人知人はもとより、身内でさえ長男夫妻のみにしか伝えてなく、家内以外は誰も
見舞いに来させないよう内密にしておいたので、幸い<人様の災い(?)>は避けさせて貰うことができ
てよかったと思う。
また自負心ながら私の場合は手術・入院を誰かに知らせておくと、例え数日間とは言えどこへ行ったか
何をしに行ったかと問質されて、見舞い来院も少なからずが予測されるので、そうなるとお見舞いのお返
しやお礼挨拶を考えるだけでも憂鬱になり、幸い下の娘がお婿さんの仕事で目下台湾に在住しており、丁
度この機会お婿さんの両親と一緒に台湾生活を見に行くことになったと大嘘をついて、実際は入院に及ん
だ次第である。
あー! 早く可愛い孫達と楽しく美味しい食事がしたいなー!
よーし、それを目標に1週間以内には絶対実現させるぞー!
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