著者紹介

c o l l e c t i v e m i n d

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Reference: Something what I've felt, experienced, and learned untile now.

名前の由来
野球がらみだった。西鉄ライオンズファンの親父がラジオ中継に耳を傾けていたときであった。『中西 太』の名前が呼ばれたとき、これだとおもったそうだ。いいかげんながら、ありがたい名前である。

表面
真顔をすると眼つけているような顔になり、先生によく『ふてくされるな』といわれた。とても不利な顔である。

幼少時代
ばあちゃん子だった。ちいさい頃からよくデパートのアトラクションによくつれていってもらった。

中学生時代
一番勉強したのは、高校受験日前の2週間。まがいなりにも県立に受かったのは本番への勝負強さがでた。野球では市の大会で優勝投手になり、野球選手への切符が目の前にあるような気がした。

now
どう生きるか模索しながら、くるしんでいる。アメリカにかえりたい。

野球
親父が野球狂であったことを感謝する。子供の頃、自分の見ているチャンネルが野球中継に変わるに怒りをおぼえていたことを忘れずにいる。オレたち、ひょうきん族世代にとって野球で番組がなかった週はくやしかった。しかし天敵である野球に魅了されるのであった。

内面
今でさえ人見知りが激しい。それに内気である。どう見てもアメリカ留学を自分を決めるだけの度胸はないはずなのだが.....

小学生時代
勉強より野球だった。当然、先生からはよく怒られた。やんちゃで手のつけられないガキであった。しかし新聞配達をして家計を助けたのは知られている。

高校生時代
肩を壊して、型が悪くなり野球をあきらめた。勉強はボロボロで、やる気はなかった。別の高校を受ければよかったとおもった。

留学生時代
自分の人生を生きている気がした。いろんな人のいろんな人生を見て自分の教訓にすることができた。

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