ようこそようこそ!河野君写真への道へ。年表は多分ちょっと間違っています。
- 1990年この頃から写真にやや興味を持ち始める。しかし一眼レフカメラは高いと思っていたのでズームコンパクトカメラを買い映画の仲間などと記念写真を撮る。
- 1993年大学の卒業アルバムの制作委員長に就任。印刷屋さんに通うようになると共に、写真への興味再び。しかし写真なぞいまさらやるっていってもなー。と思い特に行動は起こさず。
- 1994年春、上京。学生時代の自主制作映画「国道8号には0なんてない」のポスターやパンフレットをぜひ写真入りにしたいと考え8ミリフィルムから35ミリネガに落とすことを決意。同時に一眼レフカメラ購入も決意。同時にフィルム現像、印画紙現像など一通りの設備を整えることも決意。即座にニコンのFGという絞り優先機を購入。また引き伸ばし機LPL66SUという初心者向けマシンも購入。本を一冊買ってきてその他小物も購入。本に書いてあった通りに現像し、成功。意外に簡単に出来ることに気をよくする。ちなみに当時東京がよくわかってなかったのでとりあえず高円寺の四畳半の部屋に住んでいた。狭いから作業は大変!
- 1994年以降、写真がかなり好きになる。友達など撮る。街も撮る。年賀状にも写真を使うようになる。とても暑かったり寒かったりの中、本に書いてあった現像温度を守ろうとがんばった。冬はストーブが電気でパワー不足だったので意味もなくガスコンロもつけていた。夏は氷をがんがん入れてみたが途中から諦めた。でも出来あがったプリントが大して変わらないように思ったのでだんだんいいかげんになる。
- 1995年フジのティアラをクリスマスプレゼントでもらう。コンパクトで大変気に入る。レンズの周辺光量落ちが気に入る。この頃からいろいろなカメラが気になりだす。下井草へ引っ越した。中平卓馬の写真がいたく気に入り、高感度フィルムを使うようになる。
- 1996年知人にカメラをプレゼントしたことがきっかけになり、「写真」から「カメラ」に興味が傾き始めた。FGを売却し、ニコンFAを購入。ニコンEMを購入。さらにコニカC35FDを購入。
- 1997年ペンタックスMXを旅行用に購入。コンパクトさと電池が要らないことでいたく気に入る。後EMを売却。ペンタックスとニコン各一台保有、マウント互換なしという非経済的な状態に。映画「写真展」制作。その中で実際に河原で写真展を行った。映画参加者がそれぞれ写真を撮り現像、プリントした。他の人の写真のほうがよかったように思う。がーん。
- 1998年経済的事情その他からC35FD売却。しかしスクリューマウントが気になりだす。ペンタックスSV購入。デザインがいたく気に入る。しかしますます不経済になってきたので使わないレンズ等売却。ますます機械としてのカメラに熱中し、肝心の写真はほとんど撮らなくなる。映画の方が忙しかったからかもしれない。
- 1999年フィルムスキャナCANONFS2710購入。これは映画「sea
breeze」のチラシ制作などの作業を簡略化するためであったがHPで写真も飾ることに決定。しかしたいした写真がなく困る。伊豆に徒歩で旅したときのものを「伊豆へ」というタイトルでまとめる。また、後、東京に来てからの身の回りのスナップも「TOKYO」というタイトルでまとめる。HPの写真への反応もあり、徐々に写真熱が復活し、年末は久々に、写真を撮ることを目的とした外出を何度かした。
- 2001年カメラはほとんど買わなくなった。使わないものも売却。代わりにまた写真を撮るようになる。自主映画活動が忙しくなっていく中、2000年後半からスタートした知人達のポートレートを撮り進める。ライフワークとして続ける予定。
- 2002年から2003年公開できない写真を量産する。フィルムは安いというだけの理由でコニパンに変える。
- 2004年ようやく知人達のポートレートをシリーズとして発表し始める。再び撮影開始。
管理人:河野和男
茨城県生まれ岩手県育ち茨城県を再経由し現在東京都在住のフリー労働者
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