夜風 / 噴水

CONTENTS/ top / lyric 1,2/ scenario / gallery / novel / link / keizi-ban見る書く / profile / mail /

夜風                          
                                                              
 僕は夜の下でうずくまっていた。もう、ずいぶんと長い間こうしていた。

 夜ははるか上空で黒々としたうねりを見せていた。僕は夜に憧れていた。

僕の周りには夜になりそこなった光の落ちこぼれ達が、ぼんやりとした鈍

い光を放っていた。それは、髪の毛を焼いたような匂いをたえず放ってい

た。

 ある時、遠くの方から歩いてくる人影が見えた。その影はどんどん近づい

てきて、しまいに僕の隣へ座った。それは、二十代後半の男で、背広を着

ていた。やたらと顔が青白かった。男は無遠慮に、僕の顔をまじまじと見つ

めながら話しかけてきた。

 「キミは、ここ長いの?」

 「忘れたよ。日付の感覚がなくなってしまったんだ」

 「ボクは、今日ここに来たんだ。良かったよ、人がいて。誰も居ないのかと

思って心配してしまったよ」

 男は、弱々しい笑顔で笑っている。僕は男から目を離して、また夜を見上

げた。夜は、生き物のようにうねっていた。ここでは、夜だけが生きているん

だ、と思った。
 
 しばらく、僕等は並んで、夜を眺めていた。

 すると、突然、背広の男がこちらを向いて喋り出した。

 「ねぇ、キミはこれからどうするの?」

 うるさい奴だと思った。

 僕はそれに答えず夜を見続けた。男の視線が肌に突き刺さる。

 「ボクは、これからどうしたらいいんだろう」

 と男は言った。

 「ボクは、これからどうしたらいいんだろう」

 と男は同じ事を繰り返し言った。

 「ボクは・・・」

 男は、もう一度同じ事を言おうとしたので、僕は遮って怒鳴った。

 「お前は死を待つのみだ!!」

 もちろん、本当かどうか知らない。ただ、あまりにも鬱陶しいかったので、傷

つけてやりたくなったのだ。男は目を丸くして、ジッと僕の顔を見た。

こいつは視線でさえもうるさいな、と思い、もう一度怒鳴ってやった。

 「俺もお前も後は死ぬだけだよ。死んでからの事は神様に聞いてくれ!!」

 男は、うつむいたまま黙り込んでしまった。僕はまた夜を見上げた。

 どれくらいの時が過ぎただろう。僕はもう、時間を計る術がないため、一分な

のか、一年なのか、あるいはそれ以上なのかわからないが、それまで押し黙っ

ていた背広の男が、つぶやいた。

 「ボクは、ここに来てどれくらいたつんだろう・・・」

 僕に尋ねたというよりも、独り言を言っているようにくぐもっている。

 「ここには、時間を計る術も、理由もないんだ。いや、むしろ時間がないって

 言った方いいだろうね」

 と、僕は言った。

 「キミはそれに耐えられるの?」

 と、男は独り言のように言う。最初に会ったときの馴れ馴れしさは、すっかり消え

ていた。

 「上を見てみろよ。僕等の上には夜がある。俺は夜に憧れているんだ。俺は

いつか、あの夜の中へ行きたい。俺にはもう、朝は見えないし、眩しい光は、

もう欲しくないんだ。俺は暗闇の中でしかグッスリ眠れないんだよ」と僕は言っ

た。そして、言った瞬間に僕の中で、その憧れが現実味をおびてきた。今だ、

今を逃したら当分夜の中へ行くチャンスはなくなるような気がした。

 そう思った瞬間、冷たい夜風が僕の回りを這いまわり始めた。

 「俺は夜の中へ行くよ。今がチャンスみたいだ」

 僕は、背広の男の手を一瞬だけ握った。男の手はまだ、少しだけ暖かかった。

男は、軽くうなずいた。

 僕は、夜風に飛び乗り、あぐらをかいた。 長い間、憧れ続けていたわりには、

喜びはなかった。疲れがどっと出てきて、急に眠たくなった。僕は、もう目を開け

ていられない。これで、グッスリ眠れる・・・。と、目を閉じようとした瞬間、氷のよ

うな後悔が僕を突然切り裂いた。そして、僕は、本当は眩しい朝に憧れている自

分を発見した。そして、朝は意外とすぐ側にあったって事に気がついた。が、目は

もう開かない。深く澱んだ睡魔に僕は包まれ眠った。

 夜風は僕を乗せて、上に昇っていく。長い間、憧れた黒々とした夜の中へ。
 
 背広を着た男は一人ぼっちになり、夜を見上げた。

 落ちこぼれた光の髪の毛を焼いたような匂いが、少しだけきつくなっていた。

                                        - FIN - 



夜風 / 噴水


CONTENTS/ top / lyric 1,2/ scenario / gallery / novel / link / keizi-ban見る書く / profile / mail /