1.プロローグ少年が中学3年の、そんなある日のことだった。少年が家に帰ると、何か慌しい気配が感じられた 大きなトラックが家の前に来ていて、家の荷物を運び出したり、大勢の人が詰めかけて父親に怒りながら抗議をしていた。 母親はただ、おろおろ夫の横で泣き崩れているだけであった。 少年の父親は友人に騙され、大きな負債を抱えることになってしまったのだ。 経理を任せていた、友人の「杉元 聖」(すぎもと きよし)が会社の金を着服し、経理をごまかし5年間に渡って約5億円を懐に入れていたのだ。 これだけならまだしも、小豆相場に手を出し、約7億円もの損失を出していて、二重帳簿で発覚を隠していたが、会社の監査で逃れられないとみるや、なんと、社員のボーナスとして銀行から運んだ、5千万円の現金を持ち出し、夜逃げをしてしまったのだ。 訳の分からないまま、少年もただ悔しくて泣いていた。するとそんな少年のそばに、突然見知らぬ老婆が現れ、なだめるように少年に話しかけた。 「泣くんじゃないよ。いいかい、お婆さんがいい物をあげよう。これは君が大人になったとき、西暦でいうとちょうど2000年だよ。必ず君の役に立つ物だよ。ただし、決して他人に言ったり、あげたりしてはいけない。大事にするんだよ、いいね忘れるんじゃないよ!」 老婆は表面が革でできた、小さな箱を少年に渡した。 「お婆さんは誰なんですか?こ・これは、何の箱なんですか?」 少年はしゃくりあげながら、老婆を訝しげに見上げた。 「なにも心配することはないんだよ・・・約束だよ2000年になるまでは、絶対、箱を開けちゃいけないよ・・」 老婆は少年にそう言い残すと、何処かへ消えて行ってしまった。 なんのことか訳は分からなかったが、それ以来、少年はその箱をいつも大事に保管していた。 1999年12月の師走も押し迫っていたある日のことだ。 男が勤める会社は、有楽町 一角にあり、オフィスビルの3階から5階のスペースを本社として使用していた。 決して大手とはいえないが、りっぱな総合商社だ。不景気で希望退職、リストラの話が出ている企業がある中で、業績はいいらしい。 男は4階に勤務していた。肩書きは食品部「第3営業課長」だ。 黙々と仕事をしているが、なにか精彩がない、いつも疲れているようだ。 今日は土曜日だ、会社は休みのはずだ、しかし男は何かに執りつかれたように仕事をしている。 男は毎週、土曜日か日曜日のどちらかは仕事をしている。会社に来ているとなにか、心が落ち着ける・・・いわゆる仕事中毒なのかもしれない。 ブラインドから、冬の日差しが入り込む昼下がり、男はやっと時計に目をやり、自分で作った弁当の夕食の残り、カレーライスを食べ始めた。 そして、おもむろに自分の鞄から広告の束を取り出し、机の上に置いた。 男はいつも、昼ごはんを食べながら、新聞の広告をチェックし、仕事の帰りに スーパーでタイムサービスの品物や、割引になったお惣菜を買って帰るのが日課であった。 休日の唯一の楽しみが、都内の有名デパートに行くことで、別に何を買おうともしない、ただ、展示されている商品等を見て歩くのだった。 きっと、誰もいない家に一人でじっとしているのが辛く、寂しさから逃れるために出かけているのだろうか。 男の名前は「天柿 渋太郎」(あまがき しぶたろう)、48歳、生まれは東京の下町浅草だ。 天柿が子供の頃、家はとても裕福であり、父は大きな物産店を経営していた。 広い敷地、大きな邸宅に住み、家にはお手伝いが二人もいた。 天柿も幼稚園から中学校まで有名な私立の学校に通っており、何不自由ない暮らしをしていた。 父親が、友人に騙され、大きな負債を抱えるまでは・・・。 父親は少年を親戚に預けると、夫婦で何処かへ行ってしまった。 借金の目途がつかなかったので、他県で住み込みの仕事を探しに旅立って行ったのだ。 天柿は、親戚の家で肩身の狭い思いをした。そして、従兄弟の子がいつも意地悪をするので、叔父や叔母にその事を言いうと、「渋太郎、誰のお陰でご飯を食べさせてもらっているんだい?」・・と、いつも口癖はこうだった。 中学を私立から公立に替え、3ヶ月もすると卒業した。 ガソリンスタンドで働いていたが、居住費ということで、給料のほとんどを、叔父に取られてしまっていた。 わずかに残ったお金も、従兄弟に取られるありさまだ。 約1年過ぎた頃、天柿は一大決心をして、叔父の家を飛び出した。 職を転々としながらも、やがて千葉県の木更津にある建築関係の仕事に就くことができ、会社のはからいで夜間の高校に通えるようになったが、両親からの連絡は未だに音沙汰なかった。 苦労に苦労を重ね、夜間高校を卒業し、やがて夜間の大学にも入ることができた。 仕事は真面目に働き、夜間大学も苦労をしたが、なんとか卒業することができた。 そして、卒業後はお世話になった建築会社を辞め、東京にある総合商社に就職した。 木更津にいた時、片桐裕子と知り合い同棲した。裕子は岩手県の盛岡生まれだが、高校の時に両親と衝突してしまい、卒業と同時に知人を頼って、千葉の木更津に来たのだ。 そこで、建築資材等を販売する会社の事務をしていて、頻繁に出入りする天柿と知り会ったのだ。 二人は同棲をしていたが、籍を入れてなかった、やがて女の子が生まれた。 しかし、そんな平穏で幸せな生活は長くは続かなかった。 その日は、あまにりにも突然に訪れた・・・・ 裕子の両親が、天柿の留守の間に、裕子と生まれて間もない子供を連れて盛岡に帰ってしまったのだ。 天柿は、気が抜けたようになり、しばらくは仕事も手につかなかった。 裕子とは、その後も連絡が取れなかった。 |