11、過去からの誘惑しばらくすると、莉恵が風呂から戻って来た。「天柿さん、とてもよいお風呂でしたよ。 大きな浴場がいろいろあり、 特に露天風呂というのは初めての経験で、すごくよかったわ」 莉恵は、湯上がりで赤く火照った屈託のない笑顔を見せた。 「莉恵さんの世界の『ホットスパ』よりは、ゆっくりとくつろげるでしょう」 天柿も莉恵の喜びように、温泉に連れて来たことは正解だった・・と思った。 「えぇ、人間としてとても自然な感じで入れて、本当にリラックスできましたわ。それに・・・一緒に入ってたお婆さんとか、同世代の人達が気さくに話しかけてきてくれて、この世界の人達って温かみがあるのですね・・まるで家族と一緒にいるような気がしましたわ・・・そう、それから、 川に魚が泳いでいるのが見えましたわ」 莉恵が嬉しそうに話す無邪気な姿に、天柿はふと、自分の娘のことを思い出してしまった。 「莉恵さん。 私には莉恵さんの妹くらいにあたる年頃の娘がいるんですよ・・・」 「えっ、そうでしたの、・・・で、お幾つになるんですか?」 「そう・・確か今年で成人式を迎える年齢なんですが・・・」 「えっ、せいじんしき?・・って?」 「そうか、莉恵さんの世界では、そのような式はもうないのかな。この世界では20歳になると大人として扱われる儀式があり、法的にも社会に対し、自己責任を持って歩まなければならない年齢になるんだ」 「そうなんですか。 私の世界では大人になった・・という年齢は17歳からで、特別に儀式みたいなものありません・・ただ皆、まだ学生なので大人になった証として、自由奔放な論文を書かされますね」 「へぇ〜、論文ね・・・どういったものを・・・」 「単位を取得する一環なのですが、世の役に立つ斬新的な考えを求められる論文です。例えば、宇宙工学、難病に対する病理学、環境汚染対策などとか・・・」 天柿は、聞いているうちに、社会に対する姿勢が、同じ年齢でも現在の人達がずいぶん幼く思えたのである。 「うむ・・莉恵さんの住む世界の若い人達は、しっかりとした考え方を持っているんだね・・・莉恵さんもまだ若いのにしっかりしているしね・・」 「えっ、とんでもないわ。 私は24歳になるのに自由に好きな事ばかりして、両親に心配かけたりして、まだまだ子供ですわ」 天柿は、莉恵の口から24歳という年齢をいま初めて知ったが、会った時から落ち着きのある雰囲気を感じとっていたので、年齢は意外に受けた。 そして、余り思い出したくない事を莉恵が聞いてきた。 「娘さんとは、いつ頃お会いになった事があるのですか?」 「いやぁ、生まれて間もなく・・訳あって離ればなれになってから、一度も会った事がないのですよ」 悲しそうにうつむいた天柿に向かって莉恵は、優しく話しかけた。 「大丈夫ですわ。 これからきっと会えるチャンスがありますとも・・・」 「う〜ん、そうですかね。・・・あっ、すみません、暗い話しになって・・」 天柿は、もう裕子のことを含め、話すのをやめようと思ってはいたのだが・・・・無理もない・・なにせ、乳飲み子以来、成長した姿さえ見たことがないのである。従って、時々見せる莉恵の無邪気な振る舞いに、娘とダブって映るのは仕方のないことであろう。 「では、私も風呂に行ってきますね。 ちょうど戻って来る頃、夕食になると思いますので・・」 天柿は、一階にある大浴場を素通りし、露天風呂に直行した。 ケヤキでできた長い階段を下りて行くと、硫黄の臭いがしてきて、そこは美しい渓谷に湯気が立ち上っていた。 天柿は脱衣所で浴衣を脱ぎ、岩風呂の一つ『瀧の湯』に浸かった。 その昔、傷ついた鷹が湯浴して癒したという伝説の湯と言われている。 湯船は天然のクリの木で造られた屋根で覆われており、天井が少し高く、湯気焼けというのだろうか、屋根裏や支える柱の黒ずんだ色が歴史の風情が感じられる。 天柿は、川のせせらぎに耳を澄ましながら、陽の落ちかけようとしている渓谷の雪景色を眺めていると、いつしか身も心もほぐれていくのだった。 顎まで湯に浸かり、手ですくった湯を顔に覆うと、岩場を背にし両腕を広げ岩の上に置き、じっと眼を閉じていると・・このまましばらく時間が止まってほしい・・と思うのだった。 そして、また想いが駆け巡ってくるのだった。 「今日は確か1月19日のはずだ。 毎日会社に出てないと、月日の観念が薄れてくるなぁ・・会社の休暇は後10日ほどだけど・・・それまで莉恵さんの望む『岩森博士』と会うことができるかが問題だ・・」 天柿は、短期間で博士と会えるのは難しいと感じ、自分が会社に復帰して、洋館に莉恵を一人置いていくのも可哀想だし、博士の帰りを待っているより、こちらから捜し出そうと思いついたのである。 「会社に復帰するまで捜せないない時は、千葉へ連れて行くことになるだろうな・・しかし、住むにしても家を売却したし・・・」 天柿は、自分一人ならアパートを借りるつもりでいたが、一時的にせよ莉恵と一緒なら、ホテル住まいになると考えたのである。 千葉の家を売却したのは、住所登録を移動した松島の洋館に住むためにだが、会社の方はまだやり残した仕事があるので、まだ辞める考えはなかった。 だが、そんなに会社に長居するつもりもなく、キリのいいところで退社しようと思っていたのだ。 「博士は、今いったい何処にいるのだろうか?・・そういえば宇宙の果てで人生の終末を迎えたい・・なんて言っていたけど、まさかもう、そこに留まっているんじゃないだろうな・・・また、ブラックホールを調査するとも言ってたけど、地球の1000万倍以上の質量、重力があるとされている所に、今考えられている乗り物などで理論上、再び戻って来ることはできないと思うが・・・」 少し博士の動向に心配になった天柿だが、ふと・・松島の洋館に置いてあるタイムマシンのことが気になった。 「博士の造ったタイムマシンで実際500年先まで行ったのだが、これが100万年後とか1億年先とかに行けるのだろうか?また、宇宙の果てという所まで移動が可能なのか・・・」 天柿は、そんな遥か遠い未来に行くことは難しいのではないかと感じたが、マシンの機能も試してみたい欲望にもかられた。 「う〜ん・・例えば、1億年先なんてどんな世界なのだろうか?・・想像もつかないなぁ・・・だいいち、この地球はもうないのではないか、あるとしても金星のように灼熱地獄になっているはずだ。人間達は、そうなる前に火星を今の地球の環境にして住んでいるかも・・・いずれ、地球は太陽に呑み込まれると思うけど・・まぁ、何処かの天体に全員移住していることは間違いないな・・・」 そんなことを考えていると、一度確かめてみたい気もしたが、怖くてとても1億年先に行ってみる勇気なんて持てなかった。 渓谷に陽が沈み、露天風呂の電球だけが周囲を薄暗く照らす。 気がつくと露天風呂には、天柿一人になっていた。 長く湯に浸かって体が熱くなったので湯から出て、岩に腰を降ろし流れ出る汗をタオルで拭った。 冷たい風が、ちょうど快い体感となり吹きつける。 湯気が体全体から立ち上り、それが座っている場所の上にある電球に吸い込まれていくように見える。 天柿は博士と会うにはどうすればよいか、また、どのように捜し出すのか有効か・・と、何か思い当たるふしがないか思案した。 「博士は、300年後から現在を通り越し日本の戦後の世界に行った・・とか言っていたな・・・そして現在、私と出会い、過去私の人生を変えた・・と言っていたが、その過去に行けば意味が分かるのかな・・・」 天柿は、今までタイムマシとは、イコール“未来”とばかり考えていたが、ここで初めて“過去”の世界にも行けるはずだと思ったのである。 「そうか・・タイムマシンは過去にも行けるんだナ・・・地球が出来てから約46億年と言われているが、もし、マシンで46億年前に行ったら、どうなるんだろう?・・ガスの固まりような世界かな?」 天柿は突飛な空想をし始めた。 「宇宙が出来たのは約150億年前、いわゆる“ビッグバン”によって、現在の宇宙に存在するすべての物質が、一瞬に生まれたらしいが・・・その150億年以上前に行ったら・・・・宇宙という空間はなく、ガスの壁かマグマの固まりの世界かな・・・はははっ、これでは行ける訳ないか・・マシンが壊れちゃうな・・・」 天柿も半信半疑だが、マシンではたして150億年も遥か以前にも行けるのか、これも試してみたい気持ちになった。 天柿は、空想から現実の世界に戻った。 「う〜ん。 私の幼少時代に遡っても何も変わった事がないと思うけど・・・」 腕を組みじっと考えていると、電球の笠から湯気のしずくが冷たくなって天柿の背中にポトリと一滴落ちた。 はっとした天柿は、そこで驚くような推察をしたのである。 「待てよ・・もっと前だ・・ずっとずっと昔だ。 明治・・江戸・・・いや、もっと前かも知れない・・・何かがある。 き・きっと隠された何かがあるかも知れない・・」 天柿の動物的なカンだった。 なぜ、そう思ったのか、それは莉恵の存在だった。 「莉恵さんと出会いは偶然すぎる・・彼女は岩森博士の子孫で、その博士が私の過去を変えた・・そして、タイムマシンを譲り受け・・自由に過去、未来に行きき出来る・・・自分と莉恵さん、博士3人は、何か共通の結びつきがあるはずだ・・・」 そう考えた理由の一つに、見る“夢”であったのだ。 「松島海岸の風景、洋館・・現実に知る前から毎日というほど夢を見ていた・・・そして、博士と会った。・・・そして、莉恵さんは、戦国時代の夢をよく見る・・」 そこまで思うと天柿は、はっと息を呑んだ。 「莉恵さんがよく見る夢・・そ・それはきっと何かを暗示している夢だ・・・その戦国時代に何かがあるのだ!・・・」 莉恵が戦国時代に異常に興味を示す理由は、彼女自身は知らないが、何か秘密があるのかも知れず、それが夢となって現れるのだ・・と天柿は確信した。 それは自分が見た夢から自身の“変化”が起こり、その原因は博士の言う「過去」に起因するはずだと・・・。 そして天柿は、今まで思いつかなった考えが脳裏をかすめた。 「せ・戦国時代に・・行ってみたい・・・」 天柿は、体が冷えてきたので、次は今にも川に手が届きそうな所にある「河原の湯」に入った。そして、莉恵に自分の推測した考えを言ってみようか迷ったのである。 一方、莉恵は6015号の部屋で、天柿が風呂からあがって来るのを待っていた。 初めはテレビを見ていたが、自分の世界の立体映像を見慣れているせいか、違和感を覚え見るのをやめた。 それから、しばらく縁側の椅子に座り、窓のカーテンを少し開け、月の明かりでそれと分かる雪の渓谷を眺めていた。 「いきなり2000年の世界に来て、まだ半日も経っていないのに、見る物、聞くこと驚くことばかりで、これほど生活が豊かな世界だと思わなかったわ」 莉恵は現在の世界が、例えば、大正時代か昭和初期のようなイメージでいたのである。 「温泉は確かにこの時代の方が、質もいいし湯量も豊富な感じがするわ。私の世界では、温泉は貴重な“地下資源”の一つになっているし、この様に気軽に入れるという感覚ではないわ」 莉恵の世界・・「天体X」と呼ばれる前の2300年代に、全国規模で起こった大地震や休火山の大爆発などの天地異変で、日本海溝に交わる3箇所の地殻プレートが太平洋中央寄りにずれて、地層構造が安定した結果、日本列島は火山活動や地震が極端に少なくなり、その影響で2500年には温泉は激減したのだ。 莉恵は2500年の世界では、あまり経験のできない、ゆったりと気分で入れる露天風呂にもう一度入りたくなったのである。 「明日の朝でもまた入ろうかしら・・・」 そう思うと、部屋の暖気で曇ってきた窓を手で拭き、少し開けてみた。すると、硫黄の臭いをしたひんやりとした風が理恵の頬に吹きつけた。 「あの時、天柿さんをリゾート地に案内してなかったら、この世界に来ることは出来なかったのだわ・・」 莉恵は、タイムマシンは小説とか映画だけの空想の世界であり、まさか現実に体験できるとは夢にも思わなかったのである。 「世の中、絶対あり得ないと決めつけてはいけないのだわ・・科学でも説明できない何かが起こり得る事もあるのだから・・・でも、天柿さんをエアタクシーで案内したのは偶然だったのかしら?・・確かその時、私はツアーの団体様を案内するはずが、直前に変更になって一人のお客様・・つまり、天柿さんになったのだが・・・」 ここで莉恵も、会社の業務命令で案内を突然、天柿に変わったとはいえ、彼は500年前の世界から来て、彼女の祖先、信夫博士とすでに会っていた・・・そして、博士の造ったタイムマシンでこの世界に来た・・となると、妙に偶然すぎるような気がしたのである。 「も・もしかしたら・・私は・・来るべきして、この世界に来たのかしら?・・もし、そうだとしたら、なぜ、どういう理由でなのかしら・・・」 莉恵は確信を持てなかったが、博士と会うために2000年の世界に来た事が、それ以外の未来、過去の世界でも何か不思議なことが起こるのでは・・と感じた。 莉恵は窓を閉め、座敷中央にあるお膳の前に座った。 お膳の上には仙台市内で買った戦国時代の歴史本が置いてあった。 莉恵は何気なく本のページをめくり始めると、伊達政宗の活字が目についた。 「伊達政宗ね・・仙台市内の公園に建ってあった銅像の人だわ・・・」 本は、夢でよく見る戦国の武将たちのことが史実のほかに、人間性も含め詳細に書かれていた。 「当時は領地の拡大よりも、いかにして安泰を願うかの武将たちの心の葛藤がかえまみるわ・・・」 莉恵には、自軍の領地を守るために、どちら側に付いて戦うか武将たちの駆け引き、苦悩がうかがえた。 そして、年代を遡ってページをめくっていると『織田信長』の名前が目に入った。 「織田信長ネ・・う〜ん、この名前が出て来ると、何か気になるのだけど、なぜだろう・・・」 動乱の続く戦国で最初の天下統一の野望を持った武将であるという本の行りを読むと、その瞬間、莉恵は何か体が金縛りにあったような強い衝撃を受けた。 「わ・分かったわ・・なぜ武将たちの夢をよくに見るか、私は・・その『織田信長』という武将に、何らか関わっていたような気がするわ・・危ない所を助けられたのも・・いや、それは夢の中だけど・・・だが、これから・・私の未来に・・いや待って・・過去、そう私が過去に行く事により、夢でしか見られなかったことが現実に起こりそうな予感がするわ・・・」 莉恵は、何度か見たおぼろげな夢の中で、一人の強い武将に危機を救われた事があり、天下統一を目指すほどのその強い武将は織田信長に違いないと思ったのである。 そして、その時代に莉恵自身が行ってみる事によって、今はっきりとは分からないが、心につかえる疑念めいたものが晴れるのでは・・という過去からの誘惑が心に伝わってくるのだった。 「タイムマシンで・・戦国時代に行ってみることが出来るかしら・・・」 莉恵の想いは、まさしく天柿と同じ願い感じるものであった。 「トン、トン・・・」 突然、ドアにノックの音が響いた。 はっ!・・とした莉恵は、天柿が風呂からあがって来たと思い、マシンが戦国時代にも容易に行けるのかを、すぐ聞いてみようか迷った。 「天柿様!、お食事の用意が出来ましたけど・・」 ドアの向こうから仲居の叫ぶ声がしたので、莉恵は慌ててドアを開けた。 「お待たせしました。 お夕食をお持ちしました」 「あっ、どうも・・ わざわざ部屋まで持ってきていただいてすみません」 莉恵は、仲居が食事をお膳まで運ぶのを見て、手伝った。 「あら、いいのですよお客様、 私がみんなやりますから」 「いいえ、このくらいお手伝いするのは当たり前ですわ」 「そうですか。申し訳ありません」 仲居は、莉恵がてきぱきと食膳を運ぶ姿を見て、まだ若いのに礼儀がいき届いていると感じ、これも親の教育がいいからなのだろうと思った。 仲居は部屋を見渡し、天柿が見当たらないのに気がついた。 「お連れ様はまだお風呂ですか?」 「えぇ、そうですけど・・もうあがって来ると思いますが」 「ところで、ここのホテルのお風呂はいかがでした?」 「実を言いますと私、露天風呂に入ったの初めてなんです・・全て衣服を脱いで入るの、最初、戸惑いましたけれど・・」 「まぁ、そうですの。外国生活が長いとおっしゃってましたけど、日本のように露天風呂がたくさんあるのですか?」 「私の世界では・・あっ!、い・いや、外国では、あまりなかったみたいですわ・・・それにプールに入るように、皆、水着を着用してます・・」 「ホホホッ・・そうですの、私しですと水着で入ったら、かえって恥ずかしくなるかも・・・」 「生まれたままの姿・・っていうんですか、何かリラックスしてきて、自然と見知らぬ人達と分け隔てなくお話できるようで、いいですね・・露天風呂って・・・」 食膳の支度が整ってからも、莉恵と仲居の会話はしばらく続いた。 ちょうどその頃、天柿が食事の時間が過ぎているのを気にしながら、風呂から戻って来た。 部屋の中から二人の笑い声が聞こえ、一旦ドアの前で立ち止まったが、かまわず部屋に入った。 「あっ!お帰りなさい」 「お帰りなさいませ」 二人がほぼ同時に声を発した。 「やぁ、どうも遅くなりまして・・露天風呂がすごくよかったもので、つい長湯になってしまって・・・」 「そうですか、ではお食事の用意ができておりますので、どうぞこちらへお座りください。お連れ様もどうぞ・・」 仲居の案内で天柿は上座に、続いて莉恵も食膳の前に座った。 すると仲居は、食事のスタンバイが整ったことを携帯電話で誰かに伝えると、まもなくドアのノックがした。 仲居がドアを開け迎い入れたのは、岩松旅館の若女将ではないか。 30歳代前半だろうか、美しい女将がわざわざ来館の挨拶に来たのである。 「本日は、当岩松旅館をおい出でになり、誠に有り難うございます」 少し恐縮した天柿と莉恵に、女将が食膳に近づきさらに続けた。 「お夕食のメニューは、私どもが誠心誠意、お客様にお作りした料理でございます。 松島湾から取れたカキと、広瀬川から釣ったアユ、渓谷の山菜をふんだんに使った料理をメインにしておりますので、どうぞお召し上がりください」 女将の丁重な挨拶を受けると、二人はビールを注がれてから、料理に箸をつけた。 「いやぁ、このカキは美味しいですネ・・莉恵さんの世界・・い・いや、莉恵さんが暮らしてた外国で食べていた味とはどう?」 「こちらの方がカキの料理方法がたくさんあり、味も美味しいですわ」 「有り難うございます。 これからもカキを食材にした新しい料理を研究していくつもりでございます」 二人の料理に満足した様子に女将は、他の料理も作並温泉でも当旅館が自信を持って出せる料理であるということを自負した。 この後、露天風呂につけられた名前の由来とかの雑談をしてから、女将、仲居がゆっくりとくつろぐよう挨拶をして、部屋を後にした。 莉恵が天柿にビールを注いだ。 食事をしてから30分ほどが経過していた。 初めは、莉恵の住んでいる世界と2000年の世界の料理などの話しがはずんでいたが、話しの流れでタイムマシンのことが出てきたから、なぜか二人の会話は急に途切れてしまった。 意識してしまったのか・・・そうなのだ。 二人とも戦国時代の過去に行ってみたいという言葉が切り出せないでいたのだ。 それは何気なく莉恵の方から切り出した。 「こうして天柿さんと2000年の世界で、しかも温泉の一流旅館で料理を食べるなんて想像もつかなかったわ・・」 「・・・・・・・」 天柿は無表情を装ったが、内心は言うタイミングをうかがっていた。 「天柿さん・・・私たち偶然に逢って、この時代に来たのかしら?・・」 「えっ?、偶然に・・って言われても・・・じ・じやぁ・・偶然じゃないとしたら・・」 莉恵が言った突然の意味深の言葉に少し驚いた天柿だが、自分が不思議と感じている事が、彼女も同様に感じているのかも・・と思った。 「私がよく見ていた夢が、これからの私たちに何か関係あるような気がするわ」 「えっ、ど・どうしてですか?」 「だって・・天柿さんがよく見ていた夢で結局、岩森博士と会い、 過去を変えたと教えられた。 そして、タイムマシンで500年後の世界に来て、私と会った・・・私は博士の子孫、私はその過去の『戦国時代』の夢をよく見る…なぜ、そんな大昔の夢を見るのか・・・そ・それは、天柿さんの過去がどのようであったのかを暗示する夢だと思うわ・・」 何と莉恵は、天柿と同じ推測をしていたのである。 これにはさすがの天柿も驚き、莉恵の考えている事も一緒だったという事に対し、偶然ではなく、まさしく運命づけされた彼女との出会いであると確信した。 「莉恵さん!、実は私もそう考えていたのですよ・・」 「えぇ!、天柿さんもですか」 「そうです・・でも、一つ分からない事があるんです。 なぜ、私の過去の秘密めいた夢を莉恵さんが見るのかということです・・それも戦国時代のを・・・」 「博士です・・それは岩森博士が天柿さんの過去を変え、別な人生を歩ませてしまった責任から、時空を超えて伝えたかったのであり、それが夢となって自身の存在を知らせ、タイムマシンで何気なく2500年を訪れた博士が子孫である私を知って、起因となった時代背景をメッセージとした夢として伝達した・・・ということです」 「う〜ん、しかし何も莉恵さんに伝えなくても、私に二つとも夢を伝えてもいいと思うのだが・・・」 「それはきっと、長く続く同じ夢の伝達は一人に一場面しかできないから、私に白羽の矢がたった・・ということだと思うわ・・・」 天柿は莉恵の言っていることが、何となく説得力があると感じてきた。 「でも、私が考えが正しいかというと・・それは自信を持てないわ・・・」 「い・いや、それは莉恵さんの言うとうりだと思う・・間違いない・・・」 天柿は組んでいた左手を顎に当て、納得するかのように顔を上下に揺らした。 そして、それは特別な意識もせず、すんなりと言えた。 「莉恵さん!・・せ・戦国時代の過去に行って確かめてみませんか」 「えぇ!・・私も戦国時代を訪れてみたいわ。 博士の意図としたことが分かるような気がする・・」 「それじゃ莉恵さん。 明日、早めに松島に戻りましょう」 「えぇ、分かりましたわ」 まさしく二人の決断は、これからの過去への旅が厳しい道程を予想されるものであり、待っている先には、驚愕する展開が起こるとは、今の彼らには想像もできなかったのである。 どのくらい時間が経過したのか、二人にはよく分からなかった。 「ごめんくださいませ」 ノックの音と同時に、仲居の声がした。食膳の後片付けにやって来たのである。 「いかがでしたか?、お料理のほうは」 「とても美味しかったですよ」 ほぼ同時に、天柿と莉恵が返事したので、お互い顔を見合わせ笑った。 仲居もそんな二人を見て微笑んだので、少し重苦しい雰囲気がなごんだ。 「料理がいっぱいで食べきれなく、残してしまいごめんなさい」 「あら、いいのですよ無理しなくって」 二人が、ゆっくりと味合う雰囲気が出来ないほどの話しをしていた原因か、天柿も少し料理を残してしまった。 「やぁ、すみません。 少し飲み過ぎたようで・・・」 「あら、気にされなくても、大丈夫ですよ・・ところで、いかが致しましょうか?。お布団をしきましょうか?」 仲居の突然のその言葉に、天柿はしどろもどろになりながら答えた。 「そ・そうですね、莉・莉恵さんの部屋も敷いて貰わないと・・・」 「えぇ、そうですね・・」 何か、莉恵も少し赤面しながら答えた。 「かしこまりました」 片付けた食膳をワゴンに運んだ仲居は、両方の部屋の布団を敷き終え、再び天柿の部屋にやって来た。 「それでは、ごゆっくりとお休みください。 なお、明日の朝食は7時からとなっており、1階の大食堂でのバイキングとなっております」 そう言うとワゴンを静かに押し、帰って行った。 「じゃぁ、莉恵さんも今日はいろいろあり、疲れたでしょうから部屋に行ってゆっくり休んでください」 「そうですね・・また明日から未知の世界に行くことになるので、もう休みますわ・・では、お休みなさい」 莉恵は自分の部屋に行き、早めに寝ようと布団に入ったが、500年後から来て、更に400年以上も昔の世界に行くとなると、いろいろな想いが巡り、寝付かれずにいた。 そして、6015号室から持ってきた戦国時代の歴史本を、また読み始めたのである。 また、天柿も同じだった。 「戦国時代といっても、何処の場所に行けばいいか・・・莉恵さんは織田信長に興味を示していたけど・・・とりあえず、信長の領地に行ってみようか」 信長の領地、すなわち尾張の地、現代の名古屋近辺にマシンの行き先をセットすることを考えた。 「でも、500年後の世界と違って、 戦国時代は危険な世界だし、気をつけないと・・特に莉恵さんには危害が及ばないように充分注意しないといけないな・・・」 天柿は、危険も予想されるため、その時代にはない何か役立つ品物を、今の世界から持って行くことを思いついた。 何を持って行くのが有効か、あれこれ考えているうち、部屋の柱時計は12時をまわっており、戦国時代に行く日がやってきていた。 天柿は、いつの間にかぐっすりと眠っていたのである。 その夜は不思議と夢の一つも見なかった。 戻る 次へ |