書評


2003/01/06
■「シャーロック・ホームズ ベイカー街の殺人」 E・D・ホック他■

原書房 2002年



恐らく一度は誰もが読んだことのあるシャーロック・ホームズ。 その物語はファンの中では「聖典」と崇め奉られ、「緋色の研究」でのホームズ登場から既に1世紀が過ぎ去った今でもその人気は健在である。今ディケンズを読んでいる人がどれくらいいるのか?名ばかり知られるシェイクスピアの戯曲を実際に読んだことがある人は?芥川って教科書でしか読んでないんじゃ・・。そう考えて見ると、ここ東洋の果てでも、少なくとも通過儀礼としてのホームズ物は未だ機能していると言わざるを得ない。
 そんな風に一度はホームズ物を読んで夢中になった人ならば、ぜひお薦めしたいのがこの本。エドワード・D・ホックやアン・ペリー、ローレン・D・エスルマン等現代の推理作家が自分たちの原点に戻るかの様な筆致でそれぞれのホームズを現代に(というかビクトリア朝の当時に)よみがえらせている。
 正直なところ、トリックやドンデン返しを期待すると肩透かしに会う。むしろ、この本の魅力はそんなところにはないのだ、と敢えて言ってしまおう。石炭バケツに放り込まれた葉巻やペルシャスリッパの中のパイプ煙草、謎めいたギャソジンや物憂げにモロッコ革のケースから取り出される皮下注射器、壁に撃ちぬかれたVRの弾痕、そんなガジェットに囲まれた冒頭から、下宿に繋がる階段を慌てて登る依頼人の足音、そして「獲物が飛び出したぞ!」・・・ガス灯に浮かぶその横顔・・・。全てがあのころのまま、胸をわくわくさせながら読んだあのころの心地よく秘密めいた場所へのタイムスリップの旅へのパスポートなのだ。
 恐らくは執筆した現代の推理作家にとっても至福の時であったろう古き良き時代への旅を我々も追体験してみよう。そこにあるものは単なるノスタルジーだけであっても、それを体験することさえこの今の世の中では大切なことかもしれないから。


2003/01/05
■「ナショナリズムの克服」  姜 尚中  森巣 博■
集英社(新書) 2002年

 在日韓国人の東大教授と在豪日本人の博打打ちによるナショナリズムを巡る対話。内容は日本における、近年のナショナリズムを巡る言説(所謂「つくる会」についてや石原都知事は極右政治家であるとの至極真っ当な発言まで)に始まり、ほぼ同世代であるお互いの人生の披瀝を介して、表題にある「ナショナリズムの克服」の為のアイデア出しに至る。  この本の最大の読みどころは姜氏の「個人的な体験」、在日2世としての今までの人生について語った部分だろう。日本人でも韓国人でもない自分のアイデンティティに悩む大学時代から、政治の季節を通して、最後はある意味敗北に終わる諮問押捺問題まで。  一方  


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