Air
第1話「冷たくて柔らかな」
いつも見てる夢。
時計があって、チクタクと秒針が単調なリズムで動いている。
だんだん、秒針の動きが速くなる。
・・・女だ。女が見える。目が黒い。黒目だけでなく白目の部分も黒い。
その女が近づいてくる。嫌だ。嫌だ。女の目はこっちを見つめている。
名画「モナリザ」の目は、どこから見ても自分を見つめているように見えるが
この女は違う。焦点が合ってないのだがこちらを見ている。
女はさらに近づいてくる。
「・・・おはよう」
・・・後ろから誰かの声がする。
春の穏やかな日々の中、恐怖と共に起きる。
ただ、この夢を見る日は妙に気分がいい。
銭湯で入浴した後、
腰に手を当て冷たい珈琲牛乳を飲むくらい気持ちがいい。
全てのストレスを忘れて、全ての記憶を忘れられる瞬間だ。
が、今日は違う。高校の入学式日ということもあってか、
いやに緊張している。
こんな気持ちの日は・・・気分を紛らわすため思い出してみたりする。
この夢を見るようになったワケを・・・。
この夢を見るようになったのは中学1年生の春だった。
「中間テスト」と呼ばれる学校全体でテストをやるという行事の時、
みんなが一生懸命今まで授業で学んできたことを復習しているのを見て僕は思ったんだ。
「なぜそんなことをするのか」と。
英単語で表せば「why?」だ。
だって、おかしいじゃないか。授業でやったことをもう一度やるなんて。
僕は困惑した表情で友人に聞いてみた。
「なぜ、テスト勉強なんてするんだ?」
友人はばかげたように答える
「当たり前じゃないか。1ヶ月も前に習った奴なんてとっくの昔に忘れてるだろ?」
・・・忘れる。
心底、「はぁ?」と思ってしまった。
その後もいろいろ質問しては見たが、友人にとってジャマだったのだろう。
次第に顔の表情などが険しくなってきたので、この話題を振るのをやめた。
・・学校が終わり、自宅のベットに横たわりながらとりあえず今日のことを整理する。
ええっと、なんだ。忘れるって単語の使い方は、
例えば
「今日提出しなければいけない宿題のプリントがあるのを思い出さなかった」
の「思い出さなかった」の部分に当てはめて
「今日提出しなければいけない宿題のプリントがあるのを忘れた」
という形式で使う単語だといままで僕は思っていた。
つまり、忘れる=思い出さないことだと。
しかし、友人が言うにはどうやらそうでは無いらしい。
「思い出さない」ではなく「思い出せない」のだそうだ。
一度習ったことなのに思い出せない?
思い出せないってなんだ?意味的にはどういうことだろう。
ええっと・・・、
〜〜出せないってことは否定の文章で、「できない」と、同じ意味だと言っていいだろう。
そして、「思い出す」というのは、過去の記憶を引っぱり出すことだ。
つまり、「思い出せない」ということは、
「過去の記憶を引っぱり出すことができない」ということになる。
う〜〜〜〜ん。どういうことだ。一種の記憶喪失というものだろうか・・・・
イタチゴッコのように同じような文章が僕の頭を回っている。
忘れる=思い出さない=思い出せない=過去の記憶を・・・・
そんなことを思いながら、僕はいつの間にか寝てしまった・・。
・・・そして冒頭に書いてあった夢を初めて見たのだ。
汗をびっしょりかきながら起きて、思った。
背筋がゾクッとして、心の奥底からニヤリと不気味な笑いを浮かべた。
わかったんだ。「忘れる」という言葉の本当の意味を。
窓を開けて狂ったように笑う。近所の目が気になるから声はあまり出せないようにしたが
それでも隣家のおばさんが何事かと窓を開けてこちらを見たくらいだ。
おばさんにすいませんという言葉を言って、窓を閉めた時、
自分が他人とは違う「選ばれた者」なんだという何よりも捨てがたい自信のようなものがこみ上げてきた。
説明するとこうだ。
僕の頭ははチョット人とは違うらしい。
頭がおかしいとか、程度が低いとかいうのではなく。
むしろ、逆に頭が良い。
ただ、頭がいいだけではない。
頭に入っている記憶をいつでも好きなだけ引き出すことができるのだ。
例えば、1年前の11時42分34秒にどこで何をしていたのかさえわかる。
幼いときからワケは知らないまま眠る事を知っていたように
それまでは、この能力は誰もが持っている能力だと思っていた。
こんな都合のいい頭を持ちながら気づくのが我ながら遅いと思い、また狂笑した。
・・むろん、隣家のおばさんがまたかと窓を開けて迷惑そうにこちらに目を向けたのは言うまでもない。
第2話「2人で書きかけた小さな世界 -デットマン編-」
「デットマン」
電車から覗く景色は格別なものだ。特に誰にもジャマされない
グリーン車の指定席だとなおのことだ。
次から次へと出てくる電柱の電線を目でたどるのも楽しいし
道路の片隅にある物体に焦点を当てて何かを識別するのも良い。
やはり、電車に乗るのは景色を楽しむ以外には考えられないのだが
今の私にはやらなければいけない「仕事」がある。
私は「仕事」が生き甲斐であり、自分が成長する過程の出来事だと感じている。
そして、私はある仕事を今、受け持っている。
とてもつまらない仕事だ。
日曜日の午後、日曜大工に精を出す健康を強調したいらしい
年老いた男を見る方はまだ楽しめるかもしれない。
・・おっといけない。今私は電車に乗っているのだ。
景色を楽しまなければ。
そしてしばらく経つといい加減景色にも飽きてちょっとした考え事をする。
「・・・鼻がなくなった象か。
鼻がなくなったならば、水浴び、食事等で不便なところが出ることは確かだろう。
だが、逆に利点は無いものだろうか・・・。」
俺は以前本屋で見かけた「鼻をなくした象」という別にあまり売れてもいない
本のタイトルを思い返していた。
あのとき、中身をちらっとでも見ておけば、どうでもいい内容で忘れられたのだろうが
見ないでいると、やけに気になるもんだ。
以前、幽霊屋敷で失敬させてもらった『我が輩は猫である』は
まぁ、名作と言われているだけあって、それなりに楽しめたが
現在との価値観が違っていたためそれほどでも無かった。
まぁ・・鼻のない象よりはましだろう・・。
「お、この席だこの席だ。」
私の後ろの通路で声がした。
「あぁ〜グリーン車に座れるなんて夢のようだよなぁ」
「これも、俺のおかげだからな。感謝しろよ」
・・彼らが座った席は私のすぐ後ろの席だった。
ちょうど景色にも飽きた頃だ。こいつらの会話を聞くのも良いだろう。
「昨日さ、俺、ひ〜〜〜さしぶりに思いっきり笑っちゃってさ」
「へぇ、なんかあったのかい?」
「ちょうどコンビニにエロ本買いに行く途中でさ。したら、前から
頭に赤い洗面器を乗せた男が歩いてくるのよ。」
「はぁ?頭に洗面器の乗せた男?なんだそりゃ」
「いいか、いいか。こっからが面白いんだ。
俺は、その男に尋ねたんだ。
何で、頭に赤い洗面器を乗せているのかってね」
「おぉ。それで?」
”エー、次ハ、杜王町、杜王町デゴザイマス”
む。車内に放送が流れる。
私の目的地はここだ。さて、降りる準備をしよう。
第3話「かすかに伝わってきて」
ここは、杜王町のとある高校。その学校の名は成高高校。
この地方の公立学校では有名所でこの高校に入られれば文字通り人生に成高すると言われている。
今日、4月8日は入学式。この入学式には『Air』の登場人物が多く存在した。
そして『Air』の登場人物になるためには何か特別な能力を持っていなければいけない・・・
・・・
入学式が終わり、各自、廊下に張り出されたクラス分けの表を見て
一年間過ごすことになる自分のクラスへの向かう。
友人と同じクラスで無く落胆した表情の奴もいれば、
これからの高校生活に胸をときめかせている奴もいるだろう。
------1−A組。
ここに、このAirという小説にピッタリの性格と運命を持ち合わせた人物がいた。
窓際の席で春の暖かく優しい風に体をゆだねながら今にも寝そうな男・・。
彼は、学校帰り、文房具屋でノートを買おうかどうか迷っていた。
彼にはそれが、一番重要なすべきことで、他に考えることが無かった。
徐々にホームルームやクラスメートの自己紹介も終わり、
文房具屋に寄ることを決意した彼は帰りの準備をしていた。
「あ、ねぇ、文房具屋・・寄るんだ?」
突如、隣の席に座っていた女が話しかけてくる。
「え?あ、そうだけど?」
彼はキョトンとした顔で返答する。
それもそうだ。彼が文房具屋に行くことは彼が一人で考えていた事だ。
誰にも言葉では言っていないし、そこまで考えている事が顔に出るタイプではない。
「んー、えっと。名前、何だっけ?」
「えっと、草野茂・・って言います」
「ん!オッケ〜。草野、茂君ね!」
・・・彼の名は、草野茂と言うらしい。
主人公にしようとしているのに、三人称だとわかりづらいので今度からは草野と呼ぶことにしよう。
女の方は・・・後で名前が出てからそっちの名で呼ぶことにしよう。
「うん。で、なんで俺が文房具屋に行くことがわかったの?」
彼女は少し考えてから答えた。
「んー・・そうね、言うなら、予知って奴かな?フフフ☆」
彼・・もとい、草野はいかにも、なんなんだ・・この娘は。という表情で彼女を見つめた。
「うーん、それで、・・用件は?」
「えっとね、お金は出すから・・ちょっと買ってきてほしいものがあるんだ」
彼女は申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせて言った。
「ほぅ、まぁ、別にいいよ」
草間もたいした性格で、この程度の物事に断る、断らないの概念はないらしい。
無論、今日初めてクラスメートになった人だ。
無闇に断ると今後のクラスでの居場所が無くなる可能性も少なくともある。
草間は意識的にそこまでは考えていないが、脳が自己判断を下したのはそういう理由もあったのであろう。
人間はそんなことまで無意識的に考える。
さて、話の腰と途中で折ってしまったが、続けて見よう。
「えっとね、シャーペンなんだけど、柄の部分にピンク色のハートが付いてて、
押すところが、犬の寝てる形なの。全体の色は白っぽくて・・太さは0.3ね。
値段は、2500円もするから。お金渡すね。はい、2625円。消費税分も入ってるから。
あ、ごめん、一気に話してもわからないかな?シャーペンの特徴とか紙に書くよ。
チョット待ってて?」
ふむ、彼女は多少は親切な心を持っているようだ。
だが、全てを意識レベルで記憶している草間に無意味なことだ。
「いや、良いよ。俺、物覚え良いから。明日渡せばいいよね。」
時間を無駄にしない反応。
「ごねんね!それじゃ・・・よろしくね!バイバイ」
「あい。さよなら」
クセであろうか。はい。ではなく「あい」と答える草間。
なるほど、他人のクセを見つけるのも楽しいものだ。
今後も注意してみてみよう。
・・もちろん、この小説を読んでいるあなたも是非探してほしい。
草間は文房具屋に向かった。
第四話「縮んで -1999/4/8/PM1:30-」
文房具屋に向かう僕は考えていた。
学校で隣同士の席になった女子・・名前は『大貫 愛』と自己紹介の時に聞いた。
彼女はまるで、僕が文房具屋に行くことをわかっていたかのように話しかけてきた。
そして、僕が彼女の願いを断らないと言うことを知っていたかのように
文房具用品の代金を事前に用意していた・・。
そぅ、それはまるで彼女は笑い混じりに言っていた『予知』とも取れる行動だ。
「ま、まさか彼女も僕と同じような『能力』を持つ人間なのか!?」
思わず声に出る。自分で言っておいてなんだが、恥ずかしい。
む、突然声を出したせいだろう、通りすがりのおばちゃんがこちらを見て変な顔をしている。
・・ああ、よく見れば隣家のおばさんだ。
知らない人ならまだしも知人にこの行動を知られてしまい、僕は赤面してしまった。
それを誤魔化すように、軽く会釈をして、
その場を過ぎようとしたその時、道隅に何か落ちている物を発見した。
ちょうど会釈した角度で光が反射して目に映ったせいだ。
どうせ時間はたっぷりあることだし、僕はその落ちているものに興味を向けた。
よく見ると、その物体は落ちているにしては不自然であった。
普通、人間は不注意でものを落とすため、道路の真ん中に堂々と落ちている事が多い。
しかし、その物体は光の反射がなければ見えないだろうという所に落ちていた。
つまり、人為的に落としたとも取れるその物体。
僕はその物体に興味をそそられた。
多少苦労して拾ってみると、その物体はカードだった。
やや青っぽいカードで、周りを薄いプラスチックの板で熱して中身を取れないようにしてあった。
どうやら光に反射したのはそのプラスチックの部分らしい。
カードにはひとつの単語が書かれていた。
「REMEMBER」
ゾクリ・・僕の体から冷や汗が吹き出す。
この単語の意味のひとつに・・・確か・・・
・・・覚えている・・・という意味があったからだ。
まるで、僕を象徴するかのようなこのカード。
そして、僕と同じような能力を持つ女。
春の穏やかな日々の中、僕は恐怖の海に落とされた。
第五話「伸びて -デットマン編- -1999/4/8/PM1:30-」
※この話を読む前に、もう一度二話目を読むとより理解ができます。
昼夜というものは私にして見ればあまり関係がない。
むしろ、食事も睡眠も必要ではない私にとったら無意味なものだ。
だが、周りに生きる生命や環境は違う。
とかく人間は自分たちのルールで「時間」というものを決めた。
そして、人間というものは愚かなもので「時間」というものが、
ルールということに気づいていない。
朝、まぁ、つまり太陽が昇る頃だが、
人間はその時に起きれば「早起き」という称号がもらえる。
そして、たかがそれだけのことで気分がすがすがしくなったりする。
そんな特徴を持つ人間は、他から見れば愚かと言える。
・・・だが、人間同士で見れば・・・
「デットマン」
杜王町。ここで私がすべきこと。
それはこのカードをある人物に渡すことだ。
カードには「REMEMBER」と書かれている。
私には渡す理由やなぜ文字が書かれているのかはわからない。
ただ、私は仕事をしていると落ち着く。
自分で考えて動かなくても良いからだ。
もし仮に自分から動いて、自分が不利益になった後には後悔が待っている。
多少なりとも他人の力を借りた方が楽だ。
そんな思いもあって、生まれた時から自分の「運命」を知っていれば良いといつも思っている。
自分のことについてなんら悩まなくて良いし、無駄な努力もしなくて済むからだ。
・・・とにかく、私は杜王町でこのカードをある人物に届ける。
さて、それでは、電車を出たいのだが私はカードを持っているため
素直に出られないのがめんどうだ。
この場合、他人のポケットでも利用して出るのが一番だろう。
(まぁ、素直にカードを持って出ても良いのだが、
もしかしたら、好奇心のある奴はこのカードを奪おうとするかもしれないからな。)
さて、それでは杜王町に降りる客を捜そうか。
探すのは簡単だ。
放送が流れた直後に降りる準備をする奴は大抵放送された駅で降りる。
そんな奴を捜していると、・・・まぁいた。
しかし、私が予想したのとは違い、電車乗り降り口付近で立っている男がいた。
その男はせわしなく動いており、一分に一度は窓から首を出し
まだ着かないのか?と言わんばかりの態度をとっている。
・・・私はしばらく考えたが、他に降りそうな客もいなかったので、このせっかちな男をターゲットにした。
方法としては、彼の上着のポケット、
もしくは、側に置いてある大きなバックの脇に付いているファスナー式のポケットだ。
さいわい、ファスナー式のポケットはファスナーが開いているため楽に入れられる。
さて、ここはどちらに入れるべきか・・・。
→上着のポケットに入れる。
ふむ、ここは上着のポケットに入れるべきだろう。
春と行っても午後にもなると暑くなることだ、
このせっかちそうな男も上着を脱ぐことだろう。
そのときに取り出せる、好都合だ。
暑さで脱がないようであれば、軽く水でもかけてやれば良いな。
→バック脇のポケットに入れる。
やはりバックのポケットが一番だろう。
いずれ、バックは置くだろうから、そのときに取り出せばいいだろう。
いくら、せっかちな男だからって常にバックを手に持っているわけはないしな。
私はさっそく、側にまで近づけておいたカードを
男が窓から首出して目をそらしている時に上着のポケットに入れる。
男の顔を見る限りこの行為には全く気づいてないようだ。
・・・そして二、三分後、電車は杜王町に着いた。
さて、いつまでもポケットに入れておくと何かの拍子に見つけられる可能性もある。
そんなことが起こらないうちにさっさと取り出さなければ・・・・
せっかちな男はそそくさと電車を降りる。
そして次の瞬間、男はポケットから私が入れたカードを取り出し、破いた・・・・
「な、なんだってぇ!?」
私は大声を出した。
男はカードを二つに破き、四つに破き、八つに破いていく・・
「悪いな。無駄な時間は使いたくない。
他人に利用されることもまっぴらさ。
そして、私を利用すること。それは、無駄な努力さ」
こ・・こいつ・・・私が見えている!