赤間の日記−完結編−



 赤間にはそれがとても長く感じられた。玲はゆっくりと階段を下りてくる。
一階に足をおろしてもその足取りは遅い。赤間はまだ仰向けになったままの状態でいた。
足音が床に響くのを体で感じる。緊張に鼓動も高くなる。
「お目覚めね」
トゲも裏もない声だった。その微笑みが心からの微笑みに思えた。
だがなんにしても赤間は緊張で一言も発せない。
「ここまであなたが来られるとは思わなかったわ………………そこにずっといなさい」
顔を背けて呟くようにそういった。赤間が予想した事態は起きなかった。
佐久間の後ろにはその言葉に意表をつかれたといった顔の浅黄の姿もあった。


 ……一体私はなにをするつもりだったの?……もういや………
顔を背けてそう考えた。……もうこんなのいやなのに………。
同じ言葉が繰り返し…繰り返し……。それでも気を入れ直した。
そう…私は今この男を制している………。どうせこの男も怯えてなにもできない……。
玲はそう思った。だが赤間が急に声を発した。
「返せ………俺たちに返せ………」


 『………そこにずっといなさい』
浅黄はまさかそんなことを言うはずがないと思った。ここに来たときにも何人も知っている顔が死んだ。
バカな男たち……。なにを期待していたのか。彼らはみんな死んだ。
吐き気がした。あの血だまり……。目の前で何人もが……大人までも……
だから今更、玲が赤間にそんなことを言うはずがない。
……でもそれでいいのかも。これ以上目の前で………
赤間の顔を見ると、玲の意外な言葉でやはり驚いている。だが目を開き何かを言おうとしている。
「…浅黄さんを家に帰せ……俺はいいから…帰せ」
……言わなきゃもっと生きていられるのに……バカね。


 赤間はその言葉をやっとの事で言った。半分うわずり、かすれたような情けない声だった。
だが玲は微笑んで背けていた顔を真剣にこちらに向けた。目は怯えているようにも見える。
赤間の顔をじっと見つめている。そしてゆっくりと赤間の方へ踏みよってきた。
自分が言った言葉を少し後悔した。だがこのままでいることはしたくない。逃げられなくとも。
踏みよってくる佐久間は前に出した脚をそのまま赤間の上を向いている腹部にのせた。
その脚は段々と力を込めだしている。それはすぐに赤間の柔な体には耐えられないものになってきた。
「ぐぅ…はぐぅ………」
顔をしかめる赤間だが玲は力を緩めない。そしてさらに体を傾け力を込めてくる。
赤間は苦しみの中、ほんの少しだが玲の顔を見ることができた。後は自然に目を閉じてしまった。
その玲の顔は、白い歯を強く噛みしめ赤間をにらんでいた。
どうにも辛い、やりきれない、己の力のなさを感じていた赤間だった。
次の瞬間、玲は一気に脚に全身の力を込めた。それに赤間が呻く前に、すぐその脚で脇腹に蹴りを入れた。
「うぁぁ……」
体を曲げて苦しむ赤間を背後に残し、玲は二階への階段を上った。
「……さっき言ったようにお願いね。」
玲は浅黄にそう言い残し消えていった。


 ……殺されなくてよかったわね。
浅黄はそう思いながら玲に言われたような作業を行っていた。
後ろ手に縛っているロープの先を壁の鉄の輪に縛った。
浅黄にそうされている間、赤間は腹部に残った苦痛に耐えることしかできなかった。
その苦しみから解放されてくると今度は手の痛みがおそってきた。
赤間の体をやっとのことで起こし、ロープを引き上げた。
手が壁に縛られ、ちょうどつま先立ちの体勢になっている。手がうっ血しているようだ。
その痛みから逃れようと体を動かすが無駄なことだった。
「悪く思わないでね」
無駄に苦しんで動いている赤間を横目で見ながら浅黄は言った。
微笑んでいたときの表情とは全く違う、暗く疲れた表情だった。
そして浅黄は、赤間には見えないように彼をあざ笑ったのだった。