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1999年間 |
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1999前半 |
日本映画 外国映画 バウンスkoGALS 20世紀ノスタルジア FLIRT フラート TV「ウルトラマンティガ」シリーズ 目撃 ロマンス フェノミナン 誘拐 ジャック 東京日和 ジャイアント・ピーチ Lie Lie Lie 戦火の絆 うなぎ ブエノスアイレス 秘密の花園 八日目 萌の朱雀 マーズ・アタック 原田真人(バウンスkoGALS) ハル・ハートリー(FLIRT) 原田真人(バウンスkoGALS) ショーン・ペン(クロッシング・ガード) 阪本善尚(バウンスkoGALS) J・グリーン(目撃) A・ネビル+R・ロバートソン(フェノミナン) 玉置浩二(ロマンス) ジョン・トラボルタ(フェノミナン) 佐藤仁美(バウンスkoGALS) レネ・ルッソ(身代金)
洋画は余り面白くない年だった。。ベスト10に上げたのもそれ以外(ex身代金、陰謀のセオリー、デイライト)のもハリウッド映画は娯楽としてはそこそこ楽しめても、映画だけが持つ光に震えさせてくれるものはなかった。昨年その主演作でその光の震えを感じさせてくれたショーン・ペンもその監督作は破綻だらけで脚本監督としての限界を露呈しただけだった。でもかじりついても自分で脚本を書き、監督するその一途なひたむきさに脚本賞を与えたい。一位はなしで「ハル・ハートリーの斬新(=大島が既に「帰ってきたヨッパライ」で映画にした構造的映画)を恋愛映画として成熟させたうまさ」と「イーストウッドがさりげないエンターテイメントを熟達したセンスで撮り上げるというできるのに今までやらなかったことを遂にした」を2、3位にした。ジャックが以外に面白くて拾いものだった。このジャックやフェノミナン、マイケル、パウダー、のように
平凡だが異端の普通の人間のファンタジーがやたらに多かったのは興味深い。
邦画は原田が良かった。KAMIKAZE TAXI
のように評価の取り易い題材ではなく、際物っぽいkoGALSなんて題材を選んでも、そしてすこし今更なんて時節遅れであっても、そのドキュメントでドラマチックな彼の映画文法はこの映画を純粋に輝かせた。人物構成力が脚本上でも演出上でも相乗的に素晴らしい。トイレ掃除を強要する若手高級官僚、中国での人体実験を淡々と語りながらkoGALに否定されるや興奮する元軍医、インターナショナルを愛唱するインテリヤクザ、その元同士のブルセラショップを経営する女、そして背筋を伸ばした3人のkoGAL…。NYに旅立とうとする彼女とその熱さに共感してしまった2人の熱さ。成田空港に出発していくプラットフォームのシーンには思わず涙が流れる。主演女優賞は中山美穂(東京日和)、 (秘密の花園、学校の怪談3)、 (萌の朱雀)も考えたけれども3人の一人佐藤仁美にしたい。
97年
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96年
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96年
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95年
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ナチュラル・ボーン・キラーズ |
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ガメラ |
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恋する惑星 |
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インモラル・淫らな関係 |
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告発 |
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打上花げ…/Love Letter |
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コールド・フィーバー |
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無頼平野 |
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リスボン物語 |
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トイレの花子さん |
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シリアルママ |
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学校の怪談 |
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愛情萬才 |
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あした |
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動くな死ね甦れ |
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のぞき屋 |
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静かなる一頁 |
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マークスの山 |
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ゴリラは真昼入浴する |
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大失恋 |
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オリバー・ストーン(ナチュラル・ボーン・キラーズ) |
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金子修介(ガメラ) |
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伊藤和典(ガメラ) |
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(コールド・フィーバー) |
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(Love Letter) |
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マデレウス(リスボン物語) |
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ケビン・ベーコン(告発) |
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(恋する惑星) |
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岡田奈々(無頼平野) |
邦画はガメラかLOVE LETTERかって事になるんだけれど、日本の娯楽映画の発展のためにも緻密で秀逸な脚本と映画とガメラに対する愛情溢るる演出で近来不世出の大傑作だったガメラにしたい。(なお年賀状で山口がLOVE LETTER打倒、ガメラを1位にと多数派工作を行ったこととは無関係です) LOVE LETTERR も(TVの異色監督が演出したんだが)、決してTVドラマじゃなく映画であることに誠実な、なおかつ現在の観客に最高の満足を提供できる唯一の映画だったと思う。それ故に海遊館、扇町といった映画館ならざるところで公開されるべくでなく、東宝洋画系ロードショーとしてマディソン郡に拮抗する大ヒットを記録することで日本映画の復興を宣言すべきだった。ミニシアター以下での上映ではその新しささえ色褪せてくる。事実、神代さん最後の「映画」となったオリジナルビデオ「インモラル 淫らな関係」の衰えの知らぬ斬新さの前にはその脆弱さを曝すばかりだ。だから敢えて3位とする(2位はインモラル…)。その一方「打ち上げ花火…」ミニマルなTVとして生まれビデオ撮影であることの画質の問題を乗り越えてもなおかつ新しい映画であることに4位としたい。不思議な魅力の無頼平野(併映で見たKAMIKAZE…は'97の傑作)、子供の心情を繊細に映画に定着させたトイレの花子さん。ワンパターンの大林WORLDが臭くても酔えるあした。御贔屓富岡ののぞき屋は決して悪くない、マークスの山だって東京デラックスと違って楽しめた。大失恋はアルトマン張りの大森演出が楽しい。
ナチュラル・ボーン・キラーズはJFKに引き続いて圧倒的な映像の洪水が、様々なテクニックに満ちた映像たちが、押し寄せてきて我々を二人の主人公たちのインナーマインドの中に押し流す。単なる映画的な疑似体験、主人公たちへの心情的共感では無い。まさしくバーチャル・リアリティ体験だった、心情の同一化でもなく、善悪への判断も停止して、暴走する二人の心が、僕の心の中でくるくる回っているのが見えた。タランティーノ的過剰な物語は暴走する視覚化された二人の心によって風景の彼方に押しやられたが、この物語が持っていた過剰なまでの二人の心は映画という装置によって見事に視覚化されている。傑作だ。ウォン・カ−ウェイはやはり最高で、やはり僕の最大のライバルだ。告発には思わず涙してしまった。
告発は昨日ビデオで見て思わず涙しそうになった。主演男優賞も動くなの男の子から変更してしまった。コールド…、愛情万歳は意外な国から生まれた意外な映画、予断を捨てて見ることを改めて心した。リスボンとシリアルは2人の異才が軽やかに作った秀作。
2つのロシア映画はその特異さによって選ばざるを得ない。マディソン郡はイーストウッドとしては当然すぎて外れた。マカベイエフは御贔屓なので入れたかった。
ナチュラル・ボーン・キラーズ 1 ガメラ プレタポルテ 2 LOVE LETTER ゴリラは真昼、入浴す 3 のぞき屋 静かなる一頁 4 君といつまでも 愛・アマチュア 5 エコエコアザラク
ナチュラル・ボーン・キラーズはJFKに引き続いて圧倒的な映像の洪水が、様々なテクニックに満ちた映像たちが、押し寄せてきて我々を二人の主人公たちのインナーマインドの中に押し流す。単なる映画的な疑似体験、主人公たちへの心情的共感では無い。まさしくバーチャル・リアリティ体験だった、心情の同一化でもなく、善悪への判断も停止して、暴走する二人の心が、僕の心の中でくるくる回っているのが見えた。タランティーノ的過剰な物語は暴走する視覚化された二人の心によって風景の彼方に押しやられたが、この物語が持っていた過剰なまでの二人の心は映画という装置によって見事に視覚化されている。傑作だ。
「プレタポルテ」「ゴリラは真昼、入浴す」「愛・アマチュア」この3本はそれぞれの監督の決してベストではなくせいぜい70%程度のできなんだけれど他に意外と余り良いのがなかったし御贔屓筋なんで選んだんだ。「静かなる一頁」は見たこともない映像の独自性に満ちた映画だ、ロシアの西欧ともアジアともイスラムとも決して違う孤絶性、そして映画文法のワールドワイドな累積とも孤絶していることの不思議さ故に入れた。(作品的には「セカンド・サークル」の方が分かりやすかったんだけれど。)
日本映画は「LOVE LETTER」は、TVの人とは思えない映画的な映像センスとTV的なバランス感覚に溢れた近来稀にみる商業性と尖端性を持った秀逸な映画であり、今後の日本映画の本流となるべき映画だと思う(それだけに配給方法に大きな疑問を感じるしかない)。でもそれ以上に「ガメラ」をベストワンに選ぶことこそ、日本映画を救済するために一番必要な批評の方向軸だと思う。脚本、演出、特撮、設定、キャラクター、全てに於いてこの20年間で最高の成果、エンターテイメントであったこの映画をベストワンにし、会う人全てに口コミで伝えることは、日本映画を滅ぼさないための映画ファン全ての責務だと思うんだ。
「のぞき屋」。富岡のこのメジャーデビュー作は、この作品の前に撮られた「尻を撫でまわしつづけた男」のように奇妙に古典的でモラリッシュな映画だ。ブルセラやらテレフォンクラブやら女子高生売春を題材に取り上げておきながら、瀬戸朝香演じる主人公はどこまで飛んでるのだろうかという予感を覆してどこまでも純情で、飛ぼうとして売春しようとしてできなくて、下着姿で手を震わせて立ちすくむ。その瀬戸の姿に、その古典的な映像に僕は奇妙に感動を覚えるしかない。
「君といつまでも」は最後の方のどんでん返しで話がまとまってしまってつまらなくなってしまった。でもエンディングでの、復活した伝説のシンガー早川義夫の唄は奇妙に感動的だ。「エコエコアザラク」は結構うまい監督だと思う。でも古賀新一の不気味さとは少し違っているよね。
ちなみに「マークスの山」は悪くはなかった。原作のせいだと思うんだけれど、推理小説の常で結論としてなんやねんて言うのがあって、不満が残る。KCC発足が崔の「友よ静かに眠れ」を面白く感じるか感じないか始まりの話だったて、聞いているけれどその面白さのゆえんであるところの映像的センスは健在あるいは復活って言う気はして好きなんだけれど、「オリエントエキスプレス」以来推理小説ものは好きになれないんだよね。
ピアノレッスン 1 トカレフ スピード 2 棒の哀しみ ショートカッツ 3 ありふれた事件 4 シュート サリバンの旅 5 裸足のピクニック レイニングストーンズ 6 木を植えた男 7 全身小説家 時は翼にのって 8 釣りバカ日誌スペシャル 水の話 9 怖がる人々 カリフォルニア 10 夜がまた来る ジェ−ン・カンピオン 監督 阪本順次(トカレフ) プレストン・スタ−ジェス 脚本 田中陽造(居酒屋ゆうれい) ピアノレッスンのカメラ 撮影 石井勲(トカレフ) マイケル・ナイマン(ピアノレッスン) 音楽 梅林茂(トカレフ) トム・ハンクス(フィラデルフィア) 男優 大和武士(トカレフ) サンドラ・ブロック(スピード) 女優
ベスト1は上半期のベスト1そのままになった。この二つの映画以上に映画であった、美しい映画であった映画はなかった。(トカレフの公開当時はあれだけ非現実的でご都合主義的ストーリーと思われたトカレフ入手の下りが、たった半年で現実的なものになったのは映画の先見性というよりは恐るべき事と言わざるを得ないが。)
特集上映でプレストン・スタ−ジェス,ケン・ローチなどの連続上映に出会えたことは94年の幸福な出来事であった。このような意欲的な上映に馳せ参じることは映画ファンの至福であると共に責務でもあると思うのだが。(2/18より扇町ミュージアムスクエアでのアレクサンドル・ソクーロフレイトショー連続上映方々お見逃しなきよう)
スピード、これほど雑な映画はなかったが、サンドラ・ブロックのアクセルを踏む太腿がこの映画のすべてだった。映画とはお話は単なる枠組みであり、映画の魅力とは映像の官能であることを改めて感じ入った。(蛇足ながらS・ブロックの太腿は僕の好みとしては太すぎてスチール写真では決して魅力的ではないのが、映画の中でのキャラクターとシチュエーションの中でこれほどにまで感動的になれることこそ映画の素晴らしさであり女優であることの素晴らしさであると思う)
ショートカッツ、アルトマンはハリウッドに復帰するための戦略としてオールスターキャストによるグランドホテル形式を選んだ。キャストとキャラクターの捌きにおいて映画史上比類なき天才であり、このことで我々が予算を十二分に使ったアルトマン映画を劇場でゆっくり観られることは至福である。しかしながらその形式が必然であった傑作ナッシュビルを観た事のある人間としては、まずオールスター有りきになる窮屈さは否めない。次作プレタポルテにその意味で形式と映画との一致を期待したい。
ありふれた事件のスタイルはなかなかスリリングで全身小説家を軽々と越えた。原一男の最高傑作はゆきゆきて神軍ではなく極私的エロスであった事がこの二つの映画で明確になった。
棒の哀しみ、神代の新作がわずか10日ばかりのレイトショーだけなんてこんな哀しい事はない。ボンベを乗せた台車をひっぱて歩く監督の姿も哀しいし、ビデオ屋に屑のようなVシネマは置いてあってもこの傑作をなかなかおいてないことも哀しい。老いて病にやんでも神代節は健在であり、新境地すら感じられる。ともかく文句無しに2位にする
居酒屋ゆうれい、上映日程が予定より早く打ち切られたためこの田中陽造脚本の新作を見損ねたのはとても残念である。しかし脚本を読んだことで脚本賞とするのは十二分であろう。
ピアノレッスン 1 トカレフ パームビーチストーリー 2 シュート レイニングストーンズ 3 裸足のピクニック ジェロニモ 4 水の話/プチシネマバザール 5 毎日が夏休み
トカレフは映像のアンサンブルの映画って言いたい。佐藤浩一の働く印刷工場や子供が死んだ後の団地の中の大和武士達の表情を描く時のざらざらしたドキュメンタリータッチな映像、誘拐シーンや身代金引き取りシーンでの緊迫感のあるビビッドな映像、誘拐犯と子供の遊ぶシーンのリリカルな映像、等々シーンごとに映像のタッチは変わっていく。それはカメラマンが変わったのかと思うほどそのカメラタッチが変化でもある。僕らはその多彩な映像のアンサンブルに引きずり込まれていく。そして最後の風車の前のシーンで映画は新たな疾走を始める。あれはいったい何だったのだろう?大和は佐藤と妻と彼らのの子供を見つけた。映画は決着を付け始める。大和が佐藤を追う、そして風車が現れる、火がつけられ風車が燃え始める、パトカーが来る、大和がトカレフを撃つ、佐藤が撃つ、そして終わる。観客の期待を心地よく(あるいは心地悪く)裏切りながら意外な展開でもって映画はその決着を付けようとする。辻褄が合わない、展開が強引で安易だ、あんなに簡単に二人の男がトカレフを手に入れるわけがない。登場人物の心理がわからない、とにかくわからない。当然の感想だ。でもこの映画を無心に見てほしい。そんなことはどうだっていいじゃないか。ストーリーは何も説明しきれていない、だけど、佐藤は孤独だ、死んだ子供は決して帰ってこない、大和は心を引き裂かれた、妻はいたたまれないからどこかにに行くしかない。映像は十分に語りきっているはずだ(語るために映像タッチの統一すら放棄している)。ストーリー=常識的論理=言葉で説明される(あるいは説明できる)心理なんて人の心の一部だが、映画は人そのものを映すことだってできる。この映画がそうだ。この映画の彼らのことを僕たちは言葉では説明しきれないけど、もどかしいけれど、心は彼らのことを知ってしまっている。だからこの映画を見た人は話が無茶苦茶だ、そのことが残念だと云っておきながら心は囚われてしまっている。そして風車の前のシーンで、僕たちは二人の男の心の風景に、二人の男に、立ち会うしかない。この映画を見て心を掴まれながらお話が破綻をきたしているからなんて思っている人はもう一度虚心で見てほしい、人は現実は何だってあり得る、だからこの映画だって何だってあり得るし、人は何だってしうる、この映画で僕たちはリアルな3人の男女を見たのだ。
ピアノレッスンはカンピオンがアメリカ映画を撮ってとてもわかりやすくなった。だけど映像のイメージはとても素晴らしい。海辺で波に浸食されるピアノ、海に沈んだピアノ、ピアノを弾く金属の義指、卓抜としたイメージだ。ハーベイカクテルと彼女の関係を描く文法は殊更新鮮なものではなく定石だが、ラマンのようにインチキで扇情的でないので、とても成功した文芸ロマン的娯楽映画になっているし、総体として高い完成度を持っている。文句無しのベストワンである。
シュートは大森の久々の改作だ。男の子の青春映画を未だこんな風にみずみずしく撮れるとは思っていなかった。ヒロインの彼女も可愛らしく、SMAPのファンも決して裏切らず、映画ファンもサッカーファンも裏切らない丁寧な作りだ。大森の映画における造詣の深さとうまさを再認識した
パームビーチストーリーとレディイブはプレストンスタージェス初体験だった。面白かった。スクリューボールコメディの神髄を味わった、ハワードホークスの前に彼のいたことを実感した。とても幸福だった。僕はこんな映画が好きだし撮りたい。
そして裸足のピクニックは今の日本で作られたスクリューボールコメディなんだと思う。僕はこんな映画を作りたい。でも少し期待と違っていたんだな。どこだって指摘しにくいんだけどでも少し違ってしまったんだと思う次作に期待したい
レイニングストーンズとリフラフはケンローチ初体験だった。こいつもなかなか興味深かった。貧しきアングロサクソンたちが平然と清潔に平和に貧乏とつきあっている映画だった。バブルが崩壊し、アジアに追いかけられ空洞化していく日本の大和民族の明日であり明日の日本映画の主題やも知れぬとと思った。
93年
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外国映画 日本映画 マルメロの陽光 1 結婚 シンプルメン 2 湾岸バッドボーイブルー ザ・プレイヤー 3 4 月はどっちにでている ボブ・ロバーツ 5 僕らはみんな生きている 6 ゲンセンカン主人 許されざる者 7 ソナチネ レサボア・ドッグス 8 お引越 ジャック・サマスビー 9 眠らない街・新宿鮫 トイズ 10 人間交差点・雨 ビクトル・エリセ(マルメロ…) 監督 鈴木清順(結婚) ハル・ハートリー(シンプルメン) 脚本 斎藤久志(湾岸…) ネッド・ライフル(シンプルメン) 音楽 男優 岸谷五郎(月…) シンプルメンの鼻輪をした美少女 女優 ルビー・モレノ(月…)
(エリナ・レーヴェンソン?)
自分の映画がなかなか撮り終えることができず、だから気持ちの区切りもつかず、撮影に時間もとられ、1993年はあまり映画をみていない。ということで各10本を揃えることができなかった。
そしてまたウムこれはって言うのにもあまり巡りあわなっかた。ということで、ベスト1は二人の巨人の作品とした。「マルメロ」はエリセの映画に対するストイックさにささえられたプライベート映画であり、「結婚(鈴木清順パート)」は清順のすごさに支えられた怪作である。
今年の収穫ということでは、本邦初お目見えでもある長編第1作と第3作が連続公開されたハートリーとどこからか出てきた富岡につきる。ベスト1的感動にまでは至らなかったものの、ムムムものではあった。
ハートリーの映画は奇妙なユーモアに満ちた珍しく退屈しない「ニューウェイブ&インディペンダント映画」である。音楽の趣味がまた良くて、ネッド・ライフルとはハートリーのことである。全体の音楽もエレクトリック・ギターを抱えたガソリンスタンドのにいちゃんのキャラクターもソニック・ユースに合わせて踊るシーンもウムムものである。そして鼻にピアスをした女子高生の美少女ぶりは、我が主演女優とならんでウハウハものである。途中から出てきて途中でいなくなったのがとても残念であった。
富岡の映画は今どきの新しい人の監督作品には珍しくさりげないストーリーテリングのうまさに満ちた映画でこんなにいこごち良く観れたのは久々であった。全体の雰囲気は昔の日活ニューアクション時代の青春映画のようで、しらけて斜めに構えた主人公と肉体関係もある平凡な女子高生の恋人がいて妙にとんがった少女が絡む三角関係といういまさら類型的で古めいた物語でありながら妙に今のリアリティを感じさせる。これは才気というものだろう。これからの絶対の一押だね。
3位以下はそれなりである。とにかくでも観ていないんだからベストテンにはならないよね。たまたま観た映画の羅列でしかないんだけれどまあいいよね。…じゃあまた来年。
93年
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