ミュージカルなエッセイ集
トップページ挨拶をエッセイ集としてまとめました。各題目をクリックしてみて下さい。
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ミュージカル・演劇一般
ミュージカルへの招待
主演俳優って大事ですね
演劇とテレビ・ドラマ 高校演劇コンクール
外人観光客
ミュージカル・チャンネル 中高生向けミュージカル スターが生まれる日本の舞台
ミュージカルの将来
シネマ・ミュージカル
映画館で観て! 美女と野獣 CGミュージカルの夢 ムトゥ・踊るマハラジャ ステイト・フェア
お勧めのミュージカル映画 字幕について ボンベイ ダラパティ メリー・ポピンズ インド映画あれこれ
野郎どもと女たち(ガイズ・アンド・ドールズ) フォー・ミー・アンド・マイ・ギャル
キャメロット (アーサー王と円卓の騎士) ショー・ボート 恋の手ほどき
シアター・ミュージカル
オペラ座の怪人
四季に思うこと
エリザベート
二人のロッテ
アップル・トゥリー
宝塚の魅力 コンクールで出会った宝塚の生徒さんたち 劇団制の良さとは?
キャッツ キャッツ・ロングランの秘密 王様と私 劇場について ロングラン公演の秘訣
ロストエンジェル 宝塚初観劇記(入り待ち&劇場探訪篇) 宝塚観劇記(タンゴ・アルゼンチーナ篇)
四季と宝塚(宝塚篇) 四季と宝塚(劇団四季の歴史) 四季と宝塚(2劇団の比較・その1)
四季と宝塚(2劇団の比較・その2) MAMA MIA! 壁抜け男
ミュージカルへの招待
かなり昔の話になりますが、
NHK・FMで「ミュージカルへの招待」という番組が
放送されていたことがあります。1ヶ月に1回だけ、第?木曜日に
8時から8時45分までの放送で、
ブロードウエイ・ミュージカルの名作について、
物語仕立てにナレーションで語りながら曲を紹介して行くという内容でした。
はるか遠いニューヨークで公演されている舞台を
日本にいながらにして疑似体験させてくれるというご機嫌な番組。
当時、高校生であった私は既に「王様と私」、「恋のてほどき」、
「足ながおじさん」など数多くのミュージカル映画を観たことがありましたが、
まだファンという訳ではありませんでした。
ちょっと興味があるかな、くらいのレベルでした。
ところがある日、珍しく机に座って勉強を始め、
なにげにラジカセのスイッチを入れたところ、
聞いたことのない美しい曲が流れてきたのです。
そしてナレーションが入り、物語が語られ始めました。
ミュージカル「回転木馬」でした。
印象に残った「美しい曲」の名は「六月はいっせいに花開く」。
ミュージカルの魅力に目覚めた私が、1ヶ月待ちに待ってやっと聴けたのが、
「オクラホマ」、ついで「オリバー」・・・・。
これでもう完全に虜になってしまいました。
それからというもの、この1ヶ月に1回だけの番組を
どんなに心待ちにしたことか。
「アニー」、「コーラスライン」、「エヴィータ」、
「ヴェローナの恋人たち」、「キスメット」・・・・。
数々の名作を、実際の舞台で観る前に
自分の想像の世界の中で楽しむことができたのでした。
このHPのタイトルの由来です。
主演俳優って大事ですね
私は実は連ドラが好きで、「女医」にはまってました。
大好きな中谷美紀さんが出てるので観始めたのですが、シドニイ・シェルダンの
原作の雰囲気を全く損なわずに、逆に新たな魅力も加えていたような気がします。
共演のりょうも大路ちゃんも、鹿賀さんも、それぞれ良い味を出してたし。
中谷さんって、どんな役でもこなせる真の女優の道を
歩み始めてるような感じがしますね。
恋愛物でもホラーでもSFでも推理サスペンスでも、
何でも来いって感じ。
特にホラーでは、今や菅野美穂ちゃんと双璧かな。
でもきっと、コミカル系や学園系でも上手くこなしてしまうんだろうと思います。
良い俳優が主役をはると、他の共演者や制作者にまでも好影響を与えて、
ドラマ全体が引き締まってきますね。
だから、私は連ドラを観る時には出演者の顔ぶれで決めています。
もちろん、シアター・ミュージカルにおいてもそうです。
鹿賀丈史さんと市村正親さん。この二人が出演される舞台でしたら
絶対に安心です。「エリザベート」の配役が発表されましたが、
市村さんが出なくなったのにはがっかりです。
でも、エリザベートは宝塚時代の一路さんの当たり役だし、
やはり観ようかな。
演劇とテレビ・ドラマ
テレビ・ドラマと演劇(舞台)の最大の違いと言いますと、
テレビドラマでは何度でも撮り直しがきくことです。
多少演技力に難がある出演者でも、何回かやらせてもらって、
その中で一番良かったカットを採用してもらえます。
台詞を覚えて無くても、その場で読んで、そのまま演技に入ったりできますし、
疲れた時には途中で休憩もできます。
忙しいタレントは自分の出演する場面の撮影の時にだけ現れ、
終わったらすぐに帰ることもできます。
体調が悪ければ、1〜2日くらいでしたら、休養することも可能です。
引退したばかりの有名スポーツ選手や、お笑い芸人などが容易に連ドラ俳優へ転進できるのは、
こういった理由によるのです。
ガッツ石松や赤井英和は元は超一流のプロボクサーでしたが、
今は中堅テレビ俳優として、なかなかいい味を出してます。
彼らのような非演劇系の人材を発掘して育て、ドラマに奥行きや深みを与えてゆけることが
テレビ・ドラマ界の良いところなのです。
これに比べ、舞台演劇の厳しさは筆舌に尽しがたいものがあります。
台詞は自分の分を完全に覚えておくことはもちろんのこと、
他の出演者の分まで把握していなければなりません。
稽古の時には演出家がアドバイスしてくれますが、本舞台では自分だけが頼りです。
本番中における様々なハプニング〜共演者が台詞を間違える、小道具が倒れる、
観客の反応が鈍い(あるいは逆に盛り上がり過ぎる)、などのような事態にも
臨機応変に対応して行かなければなりません。
2〜3時間続く舞台では、主役はほとんど出ずっぱりで休むことは許されません。
ロングラン公演では、日々の体調の管理も重要になってきます。
舞台演劇は本当に厳しい世界です。
でも、あの観客との一体感。あの独特の張り詰めた、舞台上の空気。
公演のたびごとに変化し、成長して行く芝居。
一度経験してしまうと、何ものにも代えがたい魅力があるのだそうです。
ミュージカルですと、この上さらに歌唱力、
声量、ダンス全般(クラシック・バレエ、タップなど全て)、
そしてたぐい稀な体力までをも要求されるんですね。
凄い、世界だなぁと思います。そしてそれを生で観れる自分たちは本当に幸せです。
映画館で観て!
シネマ・ミュージカルの良さは何かというと、
映画館で見逃してもビデオで観れることに尽きると思います。
もっとも、映画の大画面用に制作されたものを小さなテレビ画面で観るというのも、
制作者に申し訳ない気もしますが。
その映画の真価が分からずに終わってしまう面は否めないですね。
大ヒットしてた「アルマゲドン」も、ビデオで観ると
映画館の大画面・大音響で観たときのような感動は全く味わえませんでした。
映画館とビデオで差が付かないのはストーリー性の高い作品、
あるいは、個人の魅力やパフォーマンスを見せるような映画です。
シネマ・ミュージカルで言うと、フレッド・アステアが出演している一連の
ダンス系ミュージカルは、アステアと相手役の女優(ジンジャーとか)の
二人だけの場面が多いので、ビデオと映画館であまり違和感を感じないです。
だけど大人数のダンス・シーンなどが売り物の作品では、ビデオでは残念ながら
真価が全く伝わりません。具体的には、「ショーボート」、「略奪された7人の花嫁」、
「チキチキ・バンバン」、「パリのアメリカ人」、「オズの魔法使い」、「ウエストサイド・ストーリー」
などについてはビデオが出てますが、機会がありましたら、
是非、映画館で御覧になられることをお勧め致します。
逆に、「野郎どもと女たち」、「上流社会」、「バンドワゴン」、「イースター・パレード」、
「恋のてほどき」、「足ながおじさん」、「リリー」などは、ビデオでも十分に良さが伝わってきます。
私の大好きな幻の名作 「踊るニューヨーク、Broadway
Melody 1940」は日米開戦によって
ついに日本では上演されずに終わってしまっています。
モノクロですが、ラストの総鏡貼りステージ(床も側面も全て鏡)における、
フレッド・アステアとエレノア・パウエルとのダンス・シーンだけは
是非、映画館で観てみたいものです。
オペラ座の怪人
「オペラ座の怪人」というミュージカルのことは、
ここを覗かれている方でしたら
劇団四季のロングラン公演でお馴染みかもしれませんね。
言うまでもない?でしょうが、
アンドリュー・ロイドウエーバー作曲のホラー・ミュージカルです。
内容の奇抜さもさることながら、一つ一つの曲の何と美しいこと。
私は劇中劇「ハンニバル」の中でクリスティーヌが歌う、
「Think of me」が特に好きです。
ローマを討つために出征して行くカルタゴの名将ハンニバルを見送る時に
恋人が歌うナンバーです。
二人が一緒に過ごした思いで深い日々を、
どうかいつまでも忘れないでいてほしい・・・という内容の歌です。
私の独断?なのですが、この美しくも印象深いナンバーは、
ファントムとクリスティーヌとの関係をも暗示しているような気がするのです。
醜い顔を仮面で隠し、オペラ座の内部を
迷宮に改造して住着いているファントム。
誰にも愛されたことがなかった彼が
初めて見つけた愛情の対象がクリスティーヌだった。
ファントムは歌と演技の師匠として、
駆け出しの歌手であったクリスティーヌを鍛えて一流の歌姫に育て上げる。
裏工作によって、代役として本公演に出演するチャンスまで与える。
それもこれも全てクリスティーヌを愛するがゆえ。
しかしその公演がきっかけでラウル公爵が現れ、
クリスティーヌと恋に落ちてしまう。
ファントムは嫉妬の炎に狂う・・・・。
愛するがゆえに女の望みをかなえてやり、
それがあだとなって女を失ってしまう。
そんな悲しい男の物語なのです。
アンドレ・ジイド作の「田園交響楽」にそっくりです。
こちらでは、盲目の少女を愛する牧師が、
彼女のために高い手術代を払って目を治して上げるのだが、
目が見えるようになった少女の心は牧師から離れていってしまう・・・・
という、やはり悲しい男の物語。
オペラ座の怪人の場合は、ファントムを演ずる役者によって、
その辺の解釈にかなり差があるような感じを受けます。
市村正親さんのファントムは、
クリスティーヌとの関係にかなりの深みがありました。
父娘に近いような愛情、あるいは師弟愛が存在していたのです。
「Think of me」には、ファントムからクリスティーヌへの、
クリスティーヌからファントムへの、
互いの思いが込められているような印象を受けました。
しかし、市村さんが退団した後、そこまで演じている役者さんはいません。
ニューヨークで観た時もそうで、
ただのホラーに成り下がってました。
市村さんのファントムは彼独自の解釈だったのかもしれません。
しかし、観終わった後の感動の何と大きかったこと・・・。
残念なことに、市村さんのファントムを観ることはもはや無理でしょう。
CD録音と、私たちの記憶の中でだけ生き続けて行くのです。
美女と野獣
この10年間で制作されたシネマ・ミュージカルについて
思いを馳せてみました。大した数はないので、ほとんど全て観ていますが、
印象に残ったのはディズニーのアニメ・ミュージカルです。
中でも秀逸だったのは、シアター・ミュージカルにもなった「美女と野獣」。
アカデミー作品賞の候補にもなった、ほんとにすばらしい映画です。
あの当時、米国にいましたが、もう凄い人気で、街中に「美女と野獣」グッズが
溢れかえるような感じでした。子供だけでなく、大人にもアピールするだけの
すばらしい曲の数々、魅力あるキャラクター、オールド・ファンをうならせる
オーソドックスでしっかりした作りのミュージカル。
本場米国ですっかりすたれてしまったシネマ・ミュージカルですが、
あのミュージカルの殿堂MGMの遺産は、ディズニーに引き継がれていたのです。
その4年後に制作された「ノートルダムの鐘」も優れたミュージカル映画でした。
ドイツかオーストリアでシアター・ミュージカル化するという噂も入ってきています。
楽しみです。♪♪
CGミュージカルの夢
CG(コンピューター・グラフィックス)の進歩には本当に目覚しいものがあります。
その最も恩恵にあずかっているのがSF映画でしょう。
かつてはミニチュアの模型やヌイグルミなどで撮っていた特撮映画も
CGによって、より安価にリアルに表現できるようになり、
今やSF映画の全盛期と言えるほどです。
そこで、ふと気づきました。ミュージカルだって、CGで撮れるんじゃないかな?と。
CGで描いてしまえば、高価な舞台装置はもはや必要なくなります。
群舞シーンも大丈夫。そうなると、必要なのは数人のスターだけ。
フレッド・アステアやジュディ・ガーランドみたいなタレントがいさえすれば
シネマ・ミュージカルは制作できるんですよ。
その数人のスターまでCGで描かれては困りものですが、
来る21世紀にはミュージカル映画も復興するような予感がします。
幸いなことに、シアター・ミュージカルは絶好調。
シアターを観に行けない人たちのためにも
ミュージカル映画は望まれています。
是非、日本から世界へ発信できるような映画も観てみたいものです。
四季に思うこと
私が初めて生の舞台で観たシアター・ミュージカルは
劇団四季の公演によるウエストサイド・ストーリーでした。
主演(トニー)が何と、鹿賀さんでした。
マリアは久野さん、チノは飯野さん、そしてそしてベルナルドが市村さん。ぉぉぉっ!!
今思うと、何と贅沢なキャスト。
あの時の感動はとても言葉では言い表せないほどです。
思えば、私の観劇歴は劇団四季の発展とともに歩んできたのですね。
私にとっては最も馴染み多い、思い出深い劇団。
でも・・・この7年間遠ざかってます。
好きな俳優(市村さんなど)が次々と退団したことも一つの理由ですが、
それ以上に不満なのは、無謀な全国展開についてです。
現在、札幌から福岡まで複数の都市で同時に
劇団四季によるロングラン公演が行われています。
地方のファンの方々には非常にうれしいことでしょう。
その功績を否定する気はありません。
しかし、あまりにも手を広げ過ぎているのではないでしょうか。
単独の劇団で大型劇を4つも5つも同時に公演するなんて、
俳優が足りる訳がありません。
それでいて、人気・実力のある俳優の退団が相次いでいる矛盾。
劇団四季はいったいどうなってしまうのか。本当に心配です。
ムトゥ・踊るマハラジャ
「ムトゥ・踊るマハラジャ」を観ましたか?
最近話題のインド映画です。
歌と踊りとアクションと笑いがてんこ盛りの楽しいミュージカル映画。
2時間46分もの超大作?ですが、最後まで飽きさせません。
素朴で単純なストーリー。唐突に始まる歌とダンス。
こんな映画って、どこかで観たような・・・?
そうっ♪、馬鹿馬鹿しくも楽しいこの雰囲気は、まさに1930年の頃のMGM。
やっぱ、こうゆう映画って、良いですよねぇ。心の底から笑えて楽しめます。
最近、シネマミュージカルの制作本数はめっきりと減ってしまったけれど、
それは廃れたからじゃなくて、
観客のニーズに答えるだけの作品がつくられていなかったからなのです。
「ムトゥ」のロングラン上映でも証明されたように、
楽しければ客は集まるのですよ。
ミュージカルというものの原点にもう一度戻ってもらいたいものですね。
そして、日本の映画製作者たちにもインド映画を見習ってほしい。
インド映画は観客のための映画です。
エリザベート
昨晩は、というかいつものことなのですが、
ミュージカルのCDを聴きながら、しこしことHPの更新にいそしんでました。
ウインナ・ミュージカルのヒット作「エリザベート」。
エリザベートと言えば、東宝の公演の配役が決まり、
とある掲示板では非難轟々の嵐です。
最大の問題は、ルキーニ役に決まった高嶋あにぃでしょう。
「ミス・サイゴン」で言えばエンジニア、「エヴィータ」で言えば
チェ・ゲバラに相当する重要な役どころ。
ルキーニはイタリア系独特の巻き舌で軽快に皮肉っぽく語る、
劇の重要な進行役なのです。
この手の役が最も得意なのが市村正親さん。
場(客席)の雰囲気に合わせてアドリブも自由自在にきく。
観客の心をつかめる俳優。
市村さんで観たかった。
客寄せのために高嶋あにぃを使いたいのなら、他の役にしてほしかった・・・
ここにもまた観客不在の現実が。悲しい。
興行主も、役を引き受けた高嶋氏もミュージカルのことを分かっていない。
エリザベートで一路さんが出るというだけで、公演の成功は間違いないでしょう。
でも、こんなことで良いのだろうか?
東宝の方々にも、インド映画を観て反省してほしいです。
二人のロッテ
ミュージカルとの初めての出会いがいつだったか
はっきりとは覚えていませんが、
小学生低学年の頃に観た映画「足ながおじさん」、
あるいは劇団四季のミュージカル「二人のロッテ」の
どちらかだと思います。
二人のロッテは、それ以来観ていないのですが、
印象に残った歌を今でも覚えています。
双子の姉妹が両親の離婚で離れ離れになっていたのが
私立の全寮制学校で偶然に同じクラスになります。
やがて自分たちが双子であることに気づき、
入れ替わって、それぞれの家の子になりすます。
そして作戦を練り、見事に父母を再婚させることに
成功するというお話です。
印象に残ったその歌の曲名は忘れましたが
もしも、みんなで一緒に暮らせたら・・・と切々と歌う
印象的なナンバーでした。
あれからかなりの年月がたっているはずですが
今でも歌詞まで覚えているとは、子供の記憶というもの
馬鹿にならないなぁ、とつくづく思います。
四季の子供ミュージカルは
今でも日本中を回って公演を続けているそうです。
すばらしいことです。
アップル・トゥリー
私はミュージカルに限らず、演劇というものが大好きです。
それも観るだけでなく、台本を書いたり演出したりするのも好きです。
唯一駄目なのが自ら演ずること・・・ぁぁぁ。(泣)
以前はよく、高校演劇のコンクールを観に行ってました。
北海道、特に札幌地区は高校演劇のレベルが非常に高くて、
全国大会でもしばしば優秀賞に輝いています。
その中でも今でも強く印象に残っているのが
札幌開成高校が演じたミュージカル「アップル・トゥリー」です。
リンゴの木が、自分の愛する男の子の、幼児から青年までの成長を
見守りながら、彼のために最初はリンゴの実を、それから枝を、
最後には幹(自分の命)までをも与えて行くというお話です。
最後はただの切り株になってしまったリンゴの木。
うらぶれた男(木が愛した男)がそこに腰掛けて終わります。
非常に本格的なミュージカルでした。
曲は全て学生たちの自作。
舞台で繰り広げられる楽しいダンスナンバーの振り付けも学生。
舞台の後部に生バンド(もちろん学生)が控えて演奏。
プロも顔負けの非常に完成されたミュージカルでした。
地元北海道では当時大評判となり、テレビでも録画中継されました。
もちろん、全国大会でも優秀賞を受賞。
「トゥリー」を元気に演じていた主役の女の子は今、どうしてるのかな?
ステイト・フェア
「ステイト・フェア」というミュージカル映画は
1945年公開の米国映画ですが、非常に美しいカラー作品です。
今ではもう、カラーどころかCGが当たり前の時代ですが、
あの当時としては非常に画期的なものでした。
しかもこの映画が制作された1944年当時の米国は、
ヨーロッパでナチス・ドイツ、アジアで日本を相手に
世界戦争を展開していた最中だったのですから驚きです。
全てが戦争一色に染まっていた日本やドイツに比べ、何と余裕のあることか。
米国が超大国であることを改めて実感させられます。
「ステイト・フェア」は本当にのどかで平和な内容の話です。
アイオワ州の片田舎で農場を営む一家が、
家族総出で年1回の州を挙げてのお祭り「ステイト・フェア」に
出向いて過ごした3日間のお話です。
父親の飼っている豚が品評会で優勝したり、
母親が自作ピクルスのコンクールで勝ったり、
息子と娘がそれぞれスイテイト・フェアで恋人を見つけたりとか、
ほのぼのとした出来事でつづられています。
ロジャース&ハマースタインのコンビによる
ご機嫌なミュージカル・ナンバーの数々。
とても55年前の映画とは信じられない美しさです。
数年前ブロードウエイでも再演されて、ロングランしてました。
古き良き時代の米国を体感できる映画です。
高校演劇コンクール
ただ同然で楽しめる最高のエンターティメント
それは高校演劇コンクールです。
全国大会の凄さは言うまでもないですが
ブロック大会(例えば関東大会)でも
大変ハイレベルな演劇を観せてもらえます。
創作ミュージカルも花盛り。
ミュージカル・ナンバーの作詞作曲、踊りの振付、
舞台装置の設計、それら全てが高校生の自作であることもあります。
その才能の斬新さ、瑞々しさには驚嘆させられます。
「奇跡の人」のような既成の名作劇を
若い才能たちがどう解釈し、演ずるかを観るのもまた楽しいですし。
どこでいつ行われているのか情報が入りずらいのがちょっと困りもの。
でも運良く観れたらもう最高です。
舞台で大事なのは、演技力もさることながら、
観客とのハート(心)の交流なのだと言うことが改めて実感させられます。
1万2千円出して四季や東宝のミュージカルを観るのも良いですが、
チャンスがありましたら、是非、演劇コンクールを
ご覧あれ。
お勧めのミュージカル映画
レンタルで借りられるミュージカルの中で
皆さんにお勧めできるものは何だろうかと云いますと、
お子様と一緒に観るのでしたら「オズの魔法使い」か「チキチキバンバン」。
ミュージカル・アレルギーの方にでも抵抗無く
楽しめそうなのは「恋の手ほどき」。
そしてミュージカルに慣れてきたら観てほしいのが、
「略奪された7人の花嫁」と「バンド・ワゴン」です。
アニメ好きでしたら、
「美女と野獣」、「ノートルダムの鐘」、「ムーラン」など
ディズニー・アニメも良いと思います。
考えてみますと、子供の頃は
ほとんど誰でもミュージカル・ファンなんですね。
だけど、それぞれの生活環境によって
しだいに変わって行ってしまうものなのかもしれません。
ここで一つ確実に言えることがあります。
ミュージカルを観ている人は幸せだということです。
どんなに落ち込んでいる時でも元気が出ます。
また前向きに頑張ろうという意欲が湧いてきます。
だからこそ、ファンを拡大したいと思ってます。
外人観光客
最近、香港や台湾などを中心にアジアからの観光客が増えてきています。
行く先はディズニーランド、秋葉原電気街などがメインなようですが、
劇場を訪れる方も最近はちらほらと目に付きます。
ツアーのパックになっているのかもしれません。
お隣の韓国は知られざる演劇大国で
ソウル市内など、小劇場がたくさんあって、
非常にレベルの高い芝居を観せてもらえます。
もちろんミュージカルも公演されてます。
それに比べると中国・香港・台湾ではどうなってるのでしょう。
非常に興味がありますので、劇場で中国系の方に
出会うことがありましたら、聞いてみようかと思ってます。
中国は京劇や曲芸団など独特の伝統を持っていますが、
それらは非常に型にはまった特殊なものであり、
一部の愛好者や海外からの観光客が観るものであって、
一般の方々にはまた違った演劇文化があるような気がするのですが。
中国の厖大な人口と多彩な人材は、いずれは
インドにおける映画産業のように大発展を
遂げる可能性を秘めていると思います。
その最初の実験場が香港、そして台北、上海になって行くと期待しています。
中国のミュージカルを観たい。
ミュージカル・チャンネル
インド映画やディズニー等のアニメ・ミュージカルを除けば
ミュージカル映画を映画館で観ることは今や残念ながらほとんど不可能です。
最大の原因はビデオの普及によって、リバイバル上映専門の名画座が
どんどん消えて行っていることによります。
もはや、ビデオやLDで観るしかないでしょう。
しかし困るのは技術革新の早さです。DVDです。
困ったことに米国と日本で規格が異なるため、米国製のDVDソフトを
日本で観ることはできません。
日本でミュージカル映画のDVDソフトが製作される
可能性は非常に低いですし、せいぜい「オズ」などに限られてくるでしょう。
古くからのミュージカル・ファンである自分のような者は
既にビデオやLDでほとんどの作品を保有していると思いますが、
これから観ようと思い始める方々には非常に酷な状況になっています。
ひとつだけ解決策があります。ケーブルテレビ放送です。
米国ではミュージカル・チャンネルがあり、
年がら年中ミュージカル映画が放映されてます。
なんせ500作以上もありますから、タネは尽きないのでしょう。
日本ではケーブル・テレビの普及はまだまだですが、
近い将来必ずや全家庭に敷設され、
ネットや画像通信に利用される時代が来ます。
その時、何百もあるテレビ・チャンネルの中にはきっと
ミュージカル専門のものもあって、契約さえすれば何でも観れるように
なるのではないかと期待しています。
あるいは我々ファン自身が自主的に運営して行くべきなのかもしれません。
字幕について
私の自宅の近所のレンタル・ビデオ屋さんは
知る人ぞ知るミュージカル映画の宝庫です。
元々は開店したばかりの頃に、ゴミ同然に段ボール箱に詰め込まれていたビデオの山から
私が押し掛けボランティアでミュージカル映画を発掘したのが始まりです。
今では、廃盤になっている貴重なビデオを含む数十作で
ミュージカルのコーナーにまで発展してしまっています。
これ以外にも、インド・ミュージカル映画や宝塚関係も増えてきているのはうれしい。
私は仕事柄、一般の方に比べて英語のヒアリング能力が高いと思いますが、
それでもスラングを含む発音のあいまいな米語会話を聞き取るのは、
非常に疲れますし、話の中にもいまいち入り込めません。
字幕は本当に助かります。
輸入盤で米国のミュージカル映画はほとんど全て手に入りますが
字幕は入ってません。ダンスや歌は楽しめますが、
肝心のストーリーがはっきり分からないのは残念な限りです。
字幕付きの国内製造版が必要なのです。
それにもかかわらず、次々と廃盤に追い込まれているというこの現実。
今となっては字幕付きのビデオは貴重な文化遺産なのかもしれません。
中高生向けミュージカル
子供向けのショーというと歌や踊りが付き物です。
子供はほとんど皆、ミュージカルが好きなのです。
それが大人になるにつれて変わって行ってしまう。
どうしてなのでしょうか。
変わり目は小学校の高学年あたりだと思います。
もしかすると、間が抜けてしまっているからなのかもしれません。
幼児や小学低学年向けには子供向けのミュージカルが、
大人には四季・東宝・宝塚などのミュージカルやオペラがあります。
でもその間の小学高学年から中学生・高校生向けには適当なものがありません。
大人向けのものはチケットが高過ぎて自力ではとても購入できませんし、
子供ミュージカルで楽しめる年代でもない。
彼らのために観せられるような
安価で良質で、それでいて同年代が出演していて共感できるような
そんな作品があったらと思います。
かつては、ミュージカル映画がそのような役割を担っていました。
ビートルズやプレスリーの一連の映画が良い例です。
中高生向けのミュージカル映画を製作してほしいですね。
アステアやジュディのような超本格的なものでなくて良いのです。
インド・ミュージカルのように楽しいものを
若手アイドルたちの出演で製作できないものでしょうか?
そんなことを最近、考えたりしています。
ボンベイ
最近、インド・ミュージカルに凝ってます。
「ムトゥ」のブレイクのおかげで映画館での上映が増えましたし、
レンタルにも数本置かれるようになりました。
「ムトゥ」がコメディ・ミュージカルでしたので
インド映画は全てそうなのかと思っていらっしゃる方も
多いかと思いますが、
実は色々とバラエティが豊かなのです。
昨日観た「ボンベイ」(1995年製作)は
「ムトゥ」とは全く正反対のシリアスな内容でした。ミュージカル映画でしたが。
インドは実は非常に複雑な国なのです。
未だに残る階層構造、多様な言語、多様な民族・習慣、そして多様な宗教。
それらが混在しながら一つの国を構成しているのがインドです。
しかし宗教問題、中でもイスラムとヒンズーの対立は深刻です。
しばしば権力者たちの勢力争いに利用され、
血みどろの内戦が頻繁に起こっています。
この映画は、ヒンズー教の男性とイスラム教の女性とが
禁断の恋に落ち、家族・親類の反対に逆らって
駆け落ちし、ボンベイで暮らすことになる物語です。
やがて可愛い子供たちが生まれ、それを機会に親たちと和解するのですが、
イスラムとヒンズーの対立でボンベイで内戦が起こり、
彼らも否応なしに巻き込まれて行ってしまいます。
両親たちは家への放火で命を落とし、子供たちとも生き別れになります。
最後にやっと子供たちと再会できますが、内戦はまだ続いている。
そんな、やるせないラストで終わります。
インドでは未だに宗教問題が解決されていないのです。
映画って本当に説得力がありますね。
「ボンベイ」はインド社会の抱える様々な問題を
私たちに教えてくれます。
ダラパティ
「ムトゥ」のブレイクで一躍日本でも有名になったラジニ・カーントの
8年前の主演作で「タラパティ(頭目)」という映画があります。
日本では「踊るゴッドファーザー」などというふざけた題名が付いていますが、
昨日話題にした「ボンベイ」と同様、シリアスなミュージカル映画です。
インドでは腐敗した政治家や警察が頼りにならないどころか
有害でありさえするそうです。特に地方はひどいとのこと。
そこで頼りない官側に代わって、地元の有力者が治安維持を担っていることがあります。
場合によってはそれがマフィアのような組織であることも。
最近日本でも警察の不祥事が盛んに報道されていますが、
それでもなお、「湾岸警察シリーズ」などのテレビ・ドラマが示しているように、
日本では警察は正義の味方として、まだ認められているのです。
しかし途上国では全く事情が異なる。
権力をかさにきて悪事を働く警察官が横行しているのです。
政治家も役人も警察官も、民衆にとっては敵。
この映画では、捨て子として貧民街で育ち、マフィアの頭目となった主人公と、
彼とは血を分けた兄弟なのにそれと知らずに
知事として治安維持を官側に取り戻そうとする
弟との、争いが核になっています。
最後には互いに兄弟であることを知り、抗争も収まることになります。
この映画に限りませんが
インド映画で繰り返し描かれるのが、権力者への不信感です。
警察官はもちろんのこと、役人、政治家、宗教リーダーなどは
しばしば悪玉として現れ、正義の味方に徹底的に成敗されます。
「タパラティ」でも、結局、マフィア組織はおとがめなしで、
主人公は罪を問われることもなく、頭目(タパラティ)として
生きて行くことで終わっています。
これが日本の映画でしたら、どんなに善意の行いでも
最後には必ず犯罪は犯罪として裁かれねばならない
という暗黙のルールにしばられていますが、
インド映画にはそれがありません。
おそらく、映画が民衆の気持ちを代弁しているのでしょう。
メリー・ポピンズ
ディズニー映画「メリー・ポピンズ」を御覧になられたことはありますか?
ジュリー・アンドリュース&ディック・バン・ダイク出演の
ミュージカル映画。子供向けですが、大人が観ても十分以上に楽しめます。
運の良いことに、この映画を映画館で観ることができました。
冒頭でロンドンの上空にメリー・ポピンズが
現れるシーンがあるのですが、何と美しいこと。
私自身を含め、観客は皆、息を飲んでしまったほどです。
あれで映画の中に一気に引き込まれてしまいました。
ディズニー映画のお得意な手法です。
残念ながら、ビデオではあの感動が全くありません。
ちっとも美しくも幻想的でもないんです。
もちろん、それでもなお楽しく優れたミュージカル映画であることは事実ですが。
映画館で観てもビデオで観ても変わらない作品もありますが、
ディズニー映画はスケールの大きなものが多いので
是非、映画館で観ていただきたいと思います。
ディズニー作品ではありませんが、
「チキチキ・バンバン」も、よく比較される作品です。
文句なく楽しい。そして、スケールはさらに大きい。
車が空を飛ぶところとか、お菓子工場のダンスとか、
映画館でなければ、あの魅力は伝わって来ません。
ビデオの普及はありがたい話ですが
その一方で映画館の上映が減ってきてしまってるのは、残念な限りです。
映画は、映画館の大画面と大音響で上映されることを念頭に製作されているのです。
ビデオでは本来の魅力は伝わってきません。
確かに、料金は高いし、混んでたりしますが、
映画はやはり映画館で観るものだと思います。
他の観客と一緒に盛り上がったりできるのも、なかなか得難い体験です。
インド映画の上映中なんかは凄いですよ。歓声が出たりして〜(笑)。
皆さん、映画館へ足を運びましょう♪
宝塚の魅力
宝塚歌劇。まだNHKの舞台中継でしか観たことがありませんが、
近いうちに生のステージを観てみたいと思っています。
ミュージカルがメジャーになってきたのは、つい最近の話ですが、
宝塚はそのずぅ〜っと前から(戦前から?)、根強い人気を
維持してきているとのことです。
パソコン通信の会議室でも宝塚はミュージカル関係の中で最も活動が活発。
とにかく女性ファンばかりです。
ミュージカルは元々女性ファンが多いものですが、
宝塚は特にそうです。
女性ファンが宝塚人気を支えてきているのです。
なぜ宝塚歌劇は女性に人気があるのか?
もしかすると、理想の男性像というものを求めているのではないでしょうか?
歌舞伎とは逆に、宝塚では男役も女性が演ずる。
しかも、劇の内容も男役中心。
エリザベートとでも男役(トート)が事実上主役扱いでした。
女性中心の原作でも男役中心に作り替えてしまうという徹底さがあります。
女性の気持は本質的には女性にしか理解できないもの。
女性が求める理想の男性像を女性自身が演じてみせるというところに
宝塚の魅力があるのだと私は考えています。
またそれは、我々男性陣にとっても女性というものを
理解する上で得るものが多いような気がします。
宝塚の舞台を観たいです。
コンクールで出会った宝塚の生徒さんたち
10年以上昔の話ですが、宝塚音楽学校の生徒さんたちが
合唱コンクールの全国大会に出場されたことがあります。
コンクールでは、中学、高校、大学、一般、職場の部と分かれて、
出場団体は、それぞれ課題曲と自由選択曲を2曲合唱し、
審査員から金賞・銀賞・銅賞の3段階の評価を受けます。
音楽系コンクールにはよくあることですが、優勝はありません。
音楽は感動を分け与えるものであり、勝ち負けというものはないからです。
金賞・銀賞についても数は決まっていません。
審査員たちは、ある一定の絶対的な評価基準をもって出場団体の審査を行います。
時には、金賞がないことさえもあります。
宝塚音楽学校は高校ではないので、一般の部での出場でした。
合唱に詳しい方ならよくご存知だと思いますが、
一般の部のレベルの高さは非常に高いものです。
少女たちの声だけで難関の近畿大会、それも最高レベルの
一般の部を勝ち抜いたことは全くの驚きで、当時かなりの話題になりました。
それで噂を聞きつけて私もコンクールに出向いた訳です。
コンクール会場に入ってみると、楽屋入り口手前のロビーに
制服姿の美少女たちが50人ほど待機していました。
揃いもそろって、美しく(可愛く)、そして上品な子たちばかり。
一目で音楽学校の生徒さんたちだと、分かりました。
頑張ってね〜と思わず声をかけてしまったら、
生徒さんたちの何人かがお礼を言って下さったのですが、
彼女たちの仕種や表情は芸能人(俳優)そのものでした。
今思うと、あの美少女たちの中に、後のスターたちがいたんですね。
一路さんとかいたのかな?
劇団制の良さとは?
オーディションとエンジェルが米国シアター・ミュージカルの特徴です。
エンジェルとは一般投資家のこと。
新作ミュージカルが企画されると、エンジェルが募集され、集まったお金で
ミュージカルの制作が推進され、公演されるのです。
ミュージカルは金食い虫。出演者が多いので人件費が莫大ですし、
稽古に時間がかかるし、舞台装置が豪華。
その上、曲の作曲、踊りの振り付け、衣装のデザイン、
最後のだめ押しで劇場の使用料がまた、馬鹿高いと来ている。
ロングランしてくれないと大赤字で、エンジェルには配当金が1$も戻りません。
でも、それを承知で貴重なポケットマネーを投資するエンジェルたち。
夢を買っているのでしょう。
競走馬の馬主になるのに似ています。
これと対照的なのが、日本の劇団制。
宝塚、四季などは、時には大手スポンサーとタイアップすることはありますが、
劇団の自前でほとんど全てをまかなっています。
一般オーディションが行われることもまれ。
自ら俳優を鍛え、スターに育て上げます。
宝塚、四季のスターのレベルは非常に高く、退団後はテレビや映画で大活躍しています。
米国流と日本流。いったい、どちらのシステムが
良いのかと思うことがあります。
安定感があるのはもちろん日本の劇団制。
それぞれに固定ファン層があり、演目にかかわらず観客が集まります。
宝塚ではそれを逆手に取って、レパートリーを巧く広げています。
四季はそれと対照的に、売れそうな演目でお金を稼ぎ、
浮いた予算で地方公演や子供ミュージカルを
公演したり、若手の育成に力を入れたりしている感じがします。
宝塚や四季の成功を観るに、やはり日本では劇団制が向いているのかもしれません。
願わくば、四季には退団したOBやOGを再び取り戻すこと、
宝塚には、娘役中心の舞台もたまには公演することを望みます。
かなわぬ夢でしょうか?
噂によると、日本でもすっかり有名になったインド俳優ラジニ・カーント氏は
次回作を最後に映画界から引退し、政界に転身してタミルナドゥ州の首相を目指すとのことです。
踊り・アクションが激しいインド・ミュージカルはラジニ氏には
年齢的にそろそろきつそうかなと思っていましたので、驚きはしない話ですが。でもさびしい・・・
世界で最も映画好きなインドには映画製作のメッカが3つあるそうです。
ラジニ氏の活躍するマドラス、それにボンベイと○○バード(←ど忘れ)の3都市です。
それぞれ言語圏も異なり、別個の俳優が活躍し、映画の内容にも個性があります。
マドラス系の映画は田舎の村を舞台に、水戸黄門のような勧善懲悪の娯楽作が中心ですが
ボンベイ系は都会を主な舞台にした、シリアスな問題作が多いのが特徴です。
しかしいずれも、歌・踊り・アクション・笑い(お涙)などはてんこ盛りです。
そして、とにかく映画が長い。2時間半以上の超大作が当たり前です。
でも最後まで飽きさせません。あっという間に観終わります。
そして楽しいので、何度でも観たくなります。
リピーターが多いのもインド映画の特徴。
私も「ムトゥ」を4回観ました(笑)。何度観ても心の底から笑えます。
未だに根強い階級制度が残り、貧富の差の激しく、多様な言語や宗教によって
多くの問題を抱えるインドですが、一般庶民はきっと
あくせくと生活に追われる日本人よりも、ずっと幸福に生きているような気がします。
戦前の映画を観ていると日本もかつてはインドのように楽しい作品を数多く制作していたことが分かります。
インド映画が日本人の意識改革に役立ってくれることを願います。
キャメロット(アーサー王と円卓の騎士)
「アーサー王と円卓の騎士」と言えば英国では定番の時代劇。
アーサー王は日本で言えば、源義経や豊臣秀吉、坂本竜馬にも匹敵する人気者です。
西暦7〜800年頃?、日本で言うと平安時代、各地に群雄割拠していた諸侯を
まとめ上げて、英国を統一した伝説的な人物です。
アーサー王は諸侯(騎士)たちに序列を付けないために
会議や食事の際に、上座も下座もない丸いテーブルに座らせることを考え付きました。
それが円卓。以来、彼らはアーサー王と円卓の騎士と呼ばれるようになるのです。
この話が「キャメロット」と言うミュージカルになっています。
キャメロットはアーサー王の居城の名称。そこに円卓が置かれていました。
この物語の主な主人公は3人。
アーサー王と美しい王妃ギネヴィア、そして最強の騎士ランスロットです。
アーサーは人格者であり頭の切れる男だが、騎士としての力強さはありません。
そんな王に物足りなさを感じている王妃ギネヴィア。
そこへ円卓最後の諸侯であるランスロットが現れます。
最強の騎士の参画は英国の統一を意味しました。
喜ぶ、アーサー王。しかし、ギネヴィアとランスロットは
初めて会ったその日から運命の恋に落ちてしまうのでした。
やがて二人の中は他の諸侯たちにも知れるところとなり、
円卓においてランスロットは激しく糾弾されます。
しかし統一の夢を壊したくないアーサーは二人をかばい続ける・・・
二人も分かっていながら、どうしても別れられない。
この悲しい三角関係の末にランスロットは円卓を去ってしまいます。
そして英国は再び分裂し、戦乱の中に戻って行く。
最後のシーン。焼け落ちるキャメロット城を前に呆然と立ちつくすアーサー王の前に
騎士になりたいという子供たちが現れます。
そこで王は、はたと気づくのでした。
諦めてはいけない。子供たちに未来を託してみよう。
王の剣を一人の子供に手渡して物語はエンドとなるのでした。
感動的なラストシーンです。
しかし史実は残酷。分裂した英国はその後、北欧のバイキングたちに侵略されてしまうのです。
アーサー王の統治がうまく行っていさえしたら、そうはならなかったはず。
歴史背景を知らない我々外国人にとっては、格好良い騎士たちのミュージカル。
しかし、本場英国の方がたは複雑な思いでこの舞台を観るのです。
野郎どもと女たち(ガイズ・アンド・ドールズ)
「野郎どもと女たち」は私の最も好きなミュージカルのひとつです。
シネマ版はMGMが制作し、名優マーロン・ブランドが主演して大ヒット。
シアターでは、数年前にブロードウエイでリバイバル。
日本では宝塚が「ガイズ・アンド・ドールズ」として大地真央さん主演、黒木瞳さん共演で
10数年前に公演しているそうです。
1920年代、禁酒法時代の米国ニューヨークを舞台にした
古き良き時代のギャングや賭博師たちを巡るコメディです。
魅力的な主人公が登場します。賭博師のスカイ・マスタースン。
彼は賭けでは負け知らず。それで「天井知らずの強さ」、と言うことで「スカイ」と呼ばれています。
一匹狼の変わり者で、未だに恋をしたことがありません。
ヒロインとして現れるのが救世軍のNYC支部長、
色気無しの堅物女のセイラ・ブラウン。
賭博の元締めネイサンはお金に困って、スカイからお金を巻き上げようと目論み、
スカイに、堅物女セイラを口説いてハバナへ連れて行けるかどうか、賭けをしようと持ちかけます。
まんまと賭けに乗せられたスカイは執拗にセイラの後を追い回しますが、振られまくり。
そんな折り、セイラに危機が訪れます。
NYC支部の成績が不振だと言うことで、本部から支部の廃止を勧告されたのでした。
存続条件はギャングたちを改心させること。
セイラはギャングたちを救世軍の説教会に参加させることを条件にスカイとハバナへ旅立ちます。
堅物と思われていたセイラですが、ハバナのレストランで泥酔して大騒ぎ。
実はとても素直で可愛い女性であることを知り、スカイは生まれて初めて
恋心を覚えます。もちろんセイラも。この時の歌が、「恋を知らない私」。とてもロマンティックな場面。
ハバナからNYCに戻ってきた二人。初めて恋を知った彼らには
見慣れたはずのNYCの街並みも妙に新鮮。ここの場面の演出にはどきどきします。
さて、セイラを救うためにスカイは一世一代の大勝負に出ます。
自分の財産の全てを賭け、ギャングたち全員とサイコロ勝負。
その時の歌が、「女神よ、今夜はしとやかに」。最高に格好良い場面。
結果は・・・ギャングたちは大人しく説教会に参席するのでした(笑)。
そしてラスト。スカイ、ネイサン、それぞれのカップルが結婚にゴールインして、
目出度く、フィナーレです。
楽しく、可笑しく、格好良く、素敵な音楽とダンスが満載の
最高のミュージカルです。
フォー・ミー・アンド・マイ・ギャル
50年以上も昔、第2次大戦の最中に製作されたMGM映画です。
主演はジーン・ケリー&ジュディ・ガーランド。
最盛期の最も輝いていた頃のジュディと、まだ無名の新人であったケリー。
元々はエレノア・パウエル&ジョージ・マーフィーの
ダンス・コンビによる映画になるはずで、既に練習も始めていたものを、
日の出の勢いのジュディが無理矢理に役を奪い取ったと言う、
いわく付きの作品です。
当時MGMのトップ女優はエレノア・パウエルでした。
彼女をライバル視し、虎視耽々とトップを狙っていたジュディ。
エレノアの出演作を奪い取ることによって、自分がトップになったことを
アピールしようとしたのでした。
作戦は大成功。でもジョージ・マーフィーを相手役にする訳には行かない。
そこで当時まだ無名の新人であったジーン・ケリーに白羽の屋が立った訳です。
ジュディVSエレノアの熾烈なトップ争いがジーン・ケリーにチャンスを与えた訳です。
ケリーにとってはジュディはまさに恩人。
さて、物語の舞台は1940年代初頭の米国の田舎町。
売れないボードビル役者のケリーがふとしたことからジュディとコンビを組み始める。
二人の夢はブロードウエイのパレス劇場の舞台。
やっとチャンスが巡ってきた時にケリーに陸軍への招集礼状が。
兵役を何とか免れたいケリーは自ら指の骨を折る・・・
しかし、そんなケリーに幻滅してジュディはコンビを解消。
独立してから人気が出、スターの道を進むジュデイ。
対照的に落ちぶれて行くケリー。
しかしケリーは兵役逃れをしたことを反省し、戦地での慰問公演を志願する。
そこで偶然巻き込まれた戦渦の中で人命救助で大活躍。
一躍、英雄となるのであった。
そして再びコンビも復活。
二人の夢であったパレス劇場での公演で感動的なフィナーレ。
米国が日本&ドイツと二面戦争中の戦意高揚映画でした。
ジュディは戦地に赴く若者たちのアイドルであり希望でもあったのです。
キャッツ
先日、キャッツのビデオを観ました。ロンドン版です。
キャッツはブロードウエイで観ましたが、実は私はまだ四季版を観たことがありません(泣)。
もちろんロンドン版もこれが初めて。
キャッツの初演は1981年(ロンドン)。作曲はご存知のアンドリュー・ロイドウエーバーです。
その斬新さと舞台から溢れんばかりのエネルギーは、
この作品をして、「21世紀に届くミュージカル」と言わせしめました。
18年前の予言はどうやら当たっていたようで、現在もロングラン中〜♪♪
原作は「おとぼけおじさんの猫行状記〜T.S.エリオット詩集」で、
ロイドウエーバーはこれに曲を付けて、まずコンサート用にまとめ、
やがてミュージカル「キャッツ」へ再構成したとのことです。
この舞台のために劇場は根本的に大改造されました。
ここからはNYCウィンターガーデン劇場でのお話。
入り口をくぐると、ぉぉぉ、そこはもう、猫たちの世界。
実物の約5〜6倍?にスケールアップされた
靴、空き缶、車輪その他の小道具で埋もれています。
猫たちから観た実物大のガラクタたち。
劇場に足を踏み入れた時点で既に芝居が始まっている訳です。
もちろん舞台の上もガラクタだらけ。
英国は世界で最も芝居が盛んな国ですが、演出のノウハウもやはり世界1です。
公演が始まる前から、もう楽しくてしょうがありません。
このまま帰っても良いくらい(笑)<そりゃ、絶対にもったいない(爆)
さて、子供達と一緒になって喜んで走り回っていると開演のベル。
あわてて客席に座ると場内が暗くなり、あぁぁ〜っ、猫たちがぁ〜・・・
ネタばれなので省略ぅ〜(笑)。ビデオ版でもここを撮ってないのは親切(爆)。
舞台を観てのお楽しみで〜す。
と言うことで、筋らしいものは特になく、次々と個性的な猫たちが登場し紹介されて行きます。
そして最後に、選ばれた猫が天上界へと上って行ってフィナーレとなります。
圧巻は鉄道猫スキンプルシャンクスのシーンでしょうか。
これもネタばれになるので説明できませんが、すばらしい演出。
舞台史上に残る名シーン。
ここで再びビデオのお話に戻ります。
舞台では距離もあって、ぼやっと何となく眺めていた猫たちですが、
ビデオ画面のアップで観ると
何とまぁ、個性的な顔、そして豊かな表情。
舞台の時には見逃していた、それぞれの猫たちの細かな演技にも魅了されました。
キャッツでは出演猫、全員が主役です。
全ての猫に見せ場があります。
観れば観るほど奥が深い。
リピーターが多い理由も納得できます。
21世紀どころか、22世紀にまで届きそう?
キャッツ・ロングランの秘密
キャッツのビデオ、返却する前にまた観ました。3回目で〜す(笑)
何かもう、何度観ても飽きません。返したくな〜い(爆)。
リピーターが多いという理由が分かる気がしますよ。
観劇人口自体はだいたい決まってますから、
ロングランを成功させる秘訣は、いかにリピーターを増やすかにかかってきます。
四季は配役を固定せずにヴァリエーションを持たせることによって、新鮮味を出しています。
当日、劇場内に入るまで配役が分かりません。
配役表の前では「わぁ〜石丸さんだぁ」とか「京子ちゃんだよ。ラッキー!」とか
お決まりのざわめき(歓声とか)が起こっている・・・。
その点で「キャッツ」は非常に有利です。
登場猫のそれぞれに性格付けがきっちりとされ、見せ場がたくさんあります。
最初の観劇の時は舞台全体の雰囲気を楽しみ、
次回からは自分のお気に入りの特定の猫だけに注目して、また新しい発見があります。
そして次はまた別の猫に、あるいは俳優が代わってまた性格が微妙に変わったり・・・
とにかく、際限なく観客を引きつける魅力をもったミュージカルです。
明るく楽しく、優しさに満ちた内容ですから、安心して子供にみせることができ、
家族みんなで楽しめる貴重な作品でもあります。
私が注目するのは猫たちの群舞のシーンです。
決まった振り付けで踊ってはいるのですが、
よーく注意して観ていますと、猫たちは各々のキャラクターに従って
微妙に個性を出しながら踊っているのが分かります。
だから、ただの群舞ではないのです。
踊りが生きている。あの躍動感と迫力は、そこから来ているのです。
かつて、「屋根の上のバイオリン弾き」がセミロングラン(毎年、決まった時期に上演)
していたことがありました。主演は森繁さん。
実はあの舞台では、端役に至るまで性格付けがしっかり決められていました。
理由はやはり、群舞のシーンで迫力を出すためだったそうです。
そう言った、ちょっとした努力や工夫が舞台の魅力を豊かにしてゆくのです。
キャッツの唯一の弱点は劇場の大改造が必要なこと。
その点、テント小屋公演は非常に良いアイデアでしたが、
消防法など規制の多い日本では、仮設劇場で長く公演することが許されません。
キャッツ専用の常設劇場が必要なのです。
札幌のJRシアターのようなものが、どこかの町にできないものでしょうか?
ここの町へ行けば「キャッツ」が観れる、というようにして観光の目玉にしたらと思うのですが。
ディズニーランドの隣(土地が余ってます)にでも建設すれば、
観光客は両方観れて非常に良いと思いますが。
色々と夢はかってにふくらみます。
王様と私
「王様と私」は、ミュージカル・ファンでなくても知っている有名な作品。
ブロードウエイでは何度もロングラン上演され、映画にもTVドラマシリーズにもなっています。
スキン・ヘッドの名優ユル・ブリンナーの印象があまりにも強い。
実際、彼にとっては出世作でした。
原作は実話に基づく「アンナとシャム王」というお話。
舞台は19世紀のタイ王国。美しい未亡人のアンナ婦人が、一人息子を連れて
王宮へやって来ます。王子たちの家庭教師として英国から派遣されて来たのでした。
一夫多妻の王には、王子たちが何と100人以上もいます。
赤ちゃんやよちよち歩きの幼児から立派な若者まで。
そんな王子・王女たちがアンナに挨拶に来るシーン、「王子たちの行進」は
とっても微笑ましくて、楽しい場面。
アンナは子供たちだけでなく、王の奥方たちの教育も担当します。
優しくてユーモアのセンスが豊かなアンナは、すぐに生徒たちと打ち解け、
すっかり仲良しになります。中でも、タイの敵国ビルマから政略結婚で嫁いできた
賢い少女ティプタムには目をかけます。
そんなアンナを王様も頼りにします。
何でも知ったかぶりする王に手を焼きますが、
アンナは王としてのプライドを傷つけないように
さりげなく色々なことをアドバイスして助けてあげるのでした。
各国の大使たちを呼んでの晩餐会でもアンナが大活躍。シャム王も大満足です。
晩餐会の出し物のハイライトが、ティプタムの創作による
オリジナル・ミュージカル。この劇中劇がまたすばらしい。
晩餐会にはアンナの昔の恋人が思いがけず出席していました。
ダンスを踊ると久々に胸がときめくアンナ。
晩餐会が終っても、その思いが収まりません。アンナは一人で踊り出す。
すると、そこにシャム王が現れます。
Shall We Dance? (踊りませんか?)
野蛮(そうな)シャム王と美しく清楚なアンナとの
コミカルでロマンティックなダンス場面。このミュージカルのハイライトです。
シャム王はアンナのことが好きになっていたのでした。
でもこの幸福は続きません。
ティプタムが王宮を脱走しようとして、国境近くで捕まったのでした。
見せしめのために鞭打ちの刑を執行しようとする王を
アンナは体をはって阻止し、二人は決定的に仲違いしてしまいます。
やがてアンナは帰国を決意し、荷造りを始めます。
その頃、王は心労で倒れていました。アンナと仲違いしたことが原因で
健康を害してしまったのでした。アンナが見舞いに行った時には既に危篤状態。
瀕死の王はプライドを捨て、本心からアンナに謝罪し、礼を述べます。
そして跡継ぎの第一王子に最後の力を振り絞って、王としての心得を伝えるのでした。
思い出しただけでも涙が溢れてくるような感動的場面です。
ユル・ブリンナーが舞台の「王様と私」に初めて出演した時は、
まだ駆け出しの新人俳優でした。緊張してガチガチだった彼に、
アンナ役の名女優ガートルード・ローレンスはおまじないとして
自分のピアスをはずして彼の耳に付けてあげたのです。
初日の舞台は大成功。それ以来、ユル・ブリンナーはこのピアスを生涯はずしませんでした。
日本での舞台初演は数十年前でした。主演は松本幸四郎さんと
雪村いずみさんだったと思います。
最近は高嶋あにぃと一路さんのコンビが定着しつつあります。
「劇場について」
映画はどこの席に座っても、だいたい同じように楽しむことができます。
しかし舞台では、座る席によって観え方に天地の差が付いてしまう。
一番困った存在が、音響効果だけを追求する、日本独特の
あの細長の箱型劇場。舞台が見えるのは、はるか遠く。出演者は豆粒のごとし。
舞台では何よりも臨場感が大事なのに、設計者は全く分かっていません。
その点、欧米の劇場は違います。特に凄いのがイタリアの歌劇場。
円筒の真ん中に舞台があって、どこの客席からでもよく見えます。
ブロードウエイの劇場も舞台を中心に扇型に客席が広がっていて、
最後部からでも舞台からそれほど離れていません。よく見えます。
公営の長箱形劇場とは対照的に、演劇好きの個人が建設した劇場は
非常にすばらしい設計です。
私が最も愛するのが、新宿のシアター・アプル。
ジャック、ステップス、洪水の前に・・・。皆、ここで観ました。
ミュージカルに最適の劇場。
何処の席に座っても大丈夫。席取りに一喜一憂することもありません。
公営の長箱形劇場は、負の遺産。これがある限り、新しい劇場はできない。
不幸中の幸いでしょう。四季の公演と言えども、
地方都市では空席がちです。
前が空いているので、詰めて座ることができます。
だから長箱劇場でも問題なし(笑)。
でも都会であんな劇場を作られたりしたら、たまったものではありません。
あんな劇場を設計した人たちって、
学芸会を観たこともないのかな?
ロングラン公演の秘訣
ミュージカル上演には莫大なお金がかかると言われています。
人件費です。普通の舞台に比べて、出演者が多い。
歌や踊りの練習のため、俳優や演出家、振り付け師の拘束期間が長い。
その上、オケの演奏者や指揮者・・・・
人数を考えただけでも、人件費は普通の演劇の5倍くらいは行ってそうです。
チケットが高いのもやむを得ないのかもしれません。
ミュージカルは金食い虫。黒字を出すには、どうするか?
それはもう、ロングランしかありません。
莫大な初期投資費用(上演権、舞台装置、歌・踊りなどの練習、宣伝広告・・・)
を考えると、同じ演目をできるだけ長く興行することが成功の秘訣なのです。
劇場賃貸料が馬鹿高いブロード・ウエイでは、ミュージカルは
1年間はロングランしないと赤字だと言われています。
日本も最近やっとミュージカル専門の常設劇場が増えて
ロングラン公演が可能になってきています。。
しかし劇場があればそれで良い訳ではありません。
客が入らなければ、逆に赤字が膨らんでしまうのです。
いかにして客を呼ぶか、興業元は色々と頭をひねります。
劇団四季は「四季の会」という会を設立し、会員に毎月楽しい会報を送付して、
巧みに宣伝活動を行っています。会員優先予約や、稽古見学会も大きな特典です。
宝塚歌劇団はHPを開設しています。盛りだくさんな内容で、
当日券情報や掲示板など、リアルタイムで非常に役立っています。
小さな劇団では、俳優さんたちも一生懸命です。
旧音楽座は、アンケートに答えると、定期的に公演情報を送ってくれました。
差出人がなんと、俳優さん。アンケートで、「○○さんの踊りが良かった・・・」
などと俳優さんの名前を出すと、その方からお礼の手紙がきたりします(喜)。
土居裕子さんのような超大物さんから礼状を頂いたこともありますよ。頭が下がります。
そのような地道な宣伝活動と並んで重要なのが、観客のリピーター化です。
一度来た観客に同じ演目を再度観にきてもらうためには
舞台に新鮮さを出すことも必要となります。
東宝の「レ・ミゼラブル」では鹿賀丈史さん、滝田栄さんのダブルキャストで
主役ジャンバルジャンと宿敵ジャベールを交互に演じて話題になりました。
四季は主役級を固定しないで、毎回のように組み合わせを変えて
舞台に新鮮さと緊張感を出すように工夫しています。
観客も、劇場に入場するまでは誰が出演するか分かりません。
宝塚はトップ・準トップは長く固定されていますが、
演目がとにかく多彩。それぞれの公演期間が限られているため、
人気がよけいに煽られています。
太っ腹の阪急さんは、ロングランして経費を浮かすよりも
トップ俳優を色々な演目に果敢に挑戦させることで新鮮さを出し、
各演目というよりも、宝塚へのリピーターを増やし続けているのです。
とにかく大事なのは、私たち観客が劇場へ足を運ぶこと。
観劇貧乏、大いに結構。毎月1回は劇場へ行きましょう♪
ロストエンジェル
4年前に宝塚バウ・シアターで上演されたミュージカルです。
幕が開くと2階建てのセットが現れます。上は天界。下は下界。
天界には可愛い天使たち。その中の1人がメフィスト。
TVドラマでも売れている涼風真世さんが演じています。とても愛らしい。
天使達はやっと羽根が生え始めたばかりの子供たち。
羽根の長さを自慢しあっています。でも・・・メフィストだけは、まだ1本しか生えてません。
メフィストはくやしくてしょうがない。そこへ下界の悪魔が付け込んできます。
羽根を交換しようと持ちかけるのでした。
悪魔に羽根を渡したのが運の尽き。掟を破ったメフィストは下界へ降ろされてしまいます。
堕天使〜ロストエンジェルとして悪魔の手先になってしまうのでした。
可愛い天使が冷酷無比な悪魔に変身してしまう、涼風さんの役作りは非常に見事。
人間の醜い欲望が最も渦巻いているのが芸能界。悪魔には最高の棲家。
メフィストはタレントのオーディション会場に現れます。
そこで歌手の卵のアンジェラと知り合う。天使のように純真な心の持ち主。
麻及佳世さんが役にぴったりはまっている。
オーディションでアンジェラは「天使のささやき」を唄います。
心にしみるような麻及さんの歌声。オーディション会場に光が差したように感じるほどの美しさ。
一目惚れしてしまうメフィスト。しかし彼女はマイクに心を惹かれていた。
マイクを演ずるは、天海祐希。とてもハンサム。
オーディションでは、結局、受かったのはアンジェラだけだった。
マイクは審査員のプロデューサーに酷評され憎しみを覚える。
そこにメフィストが付け込む。そして死の契約を交わす。
マイクは3人グループのロックバンドとしてデビューできることになった。
初めてのステージは偶然にもアンジェラのステージの前座。
久々に再会したアンジェラとマイク。そしてマイクたちの歌は大成功。
マイクはチャンスを掴んだのだった。
それに続くはアンジェラのステージ。メフィストの仕事は彼女を失敗させること。
しかし何もできずに、逆にはげましてしまう。彼女を愛しているから。
アンジェラのステージも成功裡に終わり、スターの座が約束されることになった。
その日、アンジェラはプロデューサーにプロポーズされるが、
逃げ出して、マイクのアパートにやって来る。
改めて愛を確かめ合う二人。
しかし朝は無情にやって来る。アンジェラは連れ戻され、マイクは
グループから追放されてしまう。契約違反だった。
悪魔と契約する者は誰かを愛してはいけないのだ。
逆上したマイクは契約カードを半分ちぎってしまう・・・
契約カードを破った者は命を失う。マイクは廃人と化す。
何も知らないアンジェラ。
人気が急上昇し、スターの仲間入りをするのだった。
でも彼女は悩む。押しつけられる歌や仕事は、自分が心から望むものではなかった。
「天使のささやき」も唄わせてもらえない。
意を決して、彼女は契約を破棄した。そしてマイクを捜す・・・。
彼は病院に居た。廃人だった。
メフィストがアンジェラに提案する。
マイクを助けたければ、自分に心を売ることを。つまり悪魔と契約することを。
マイクを助けるためにメフィストの申し出を受け入れるアンジェラ。
しかし・・・、サインしようとする契約カードをメフィストは奪い取ってしまう。
そして破り捨ててしまった。
愛するアンジェラのためにメフィストは自らの命を捨てたのだった。
正常に戻ったマイク。アンジェラと無事を確かめ合う。
その時、天使に戻ったメフィストが天上界へと上って行ってフィナーレ。
劇中でアンジェラが何度か唄う美しい曲「天使のささやき」は
ウイーン・ミュージカル「エリザベート」の中の名曲、「私だけに」です。
演出家の小池さんはラヴソングと誤解してこの曲を使ったそうですが、
非常に劇の雰囲気にマッチしていました。BGMとしても効果的に使われています。
メフィストを演ずる涼風さんの中性的な妖しい魅力は出色です。
そして、涼風さん、天海さん、麻及さんの歌の巧いこと。本当にすばらしい。
是非また再演していただきたいミュージカルです。
願うことなら、この3人の顔合わせで。
ショーボート
今から百数十年前、黒人奴隷が解放されたばかりの頃の
米国南部でのお話です。
あの当時、ミシシッピー川を行き来して、川沿いの街で
興業を見せてまわるショーボートというものがあったそうです。
船自体を舞台とした、移動劇団。それがショーボート。
主人公は興行主の娘、マグノリア。
MGMの誇るソプラノ歌手のキャサリン・グレイスンが演じています。
ショーボートのスターは美しく妖艶な歌手のジュリー(エヴァ・ガードナー)。
そして夫婦のダンス・コンビ(ガワー&マージ・チャンピオン)もこのボートの看板スター。
マグノリアも父の心配をよそに舞台デビューを果たし、
ジュリーに次ぐ歌手の座につくのでした。
そこへ、さすらいのギャンブラーであるゲイロードが登場。
これもMGMの誇るテナー歌手、ハワード・キールが演じています。
二人は恋に落ちてしまいます。
ここで大事件が勃発。ジュリーに横恋慕した男が、
ジュリーに黒人の血が流れていることを暴露します。
黒人は白人の主催する舞台には立てません。
ジュリーはショーボートを去って行くのでした。
ジュリーがいなくなったショーボートでは、マグノリアが新しいスターになります。
しかし父の反対で、マグノリアはゲイロードとシカゴへ駆け落ちするのでした。
最初は幸せだった二人の生活ですが、ギャンブラーのつきが長続きする訳もなく、
やがて二人は貧乏のどん底に落ちます。
ゲイロードはマグノリアが妊娠していることも知らずに家を出てしまう。
残されたマグノリアは1人さみしく出産し、
生活の糧のためにクラブ歌手の仕事を捜す。そしてあるナイト・クラブへ行く。
実はそこでは、ジュリーが歌手として働いていた。
事情を察知したジュリーは自分から店をやめ、
彼女が雇ってもらえるように協力します。
やがて、父が店を尋ねてきます。マグノリアは
娘を連れて、懐かしいショーボートへと帰るのでした。
自分に娘がいることを人づてに知ったゲイロードも、
ショーボートへ帰ってきます。目出度し、目出度しのラスト。
1929年、36年、51年と、3回も映画化されています。
日本でも宝塚が公演しています。
米国に根強く残る人種差別問題を扱った問題作。
51年版では、アフリカ系の混血である名歌手レナ・ホーンは
出演を許されませんでした。
問題提起してたはずの映画界自身が人種差別をしてしまったという皮肉。
ジャズ歌手として未だ現役で活躍しているレナ・ホーンですが、
この時の心の傷が癒えることはないと語っています。
スターが生まれる日本の舞台
日本と外国(米国や英国)のミュージカルを比較すると
最大の相違点は興業形態でしょう。
興行主が各演目ごとに新しくスタッフを集め、オーディションで
出演者を決定し、出資者を募って予算を確保して開演にこぎ着ける。
興業成績がふるわずに打ち切りになると、スタッフも出演者も
それで解散。二度と同じメンバーが勢揃いすることはありません。
それがブロードウエイやロンドンのミュージカル。
演出家も作曲家も俳優も、仕事は不安定。いつもハングリーです。
日本はこれと全く対照的。劇団制で安定した興業と雇用を確保しています。
宝塚や四季のように強力なファン(多くはリピーター)を抱える劇団は
演目や出演者にかかわらず安定した観客動員が期待でき、
実験的な演目に挑戦したり、無名の若手俳優に主役を与えたり
というような冒険が可能になっています。
当然のことながら、ファンのあり方も全く違ってきます。
先日、復活コンサートで話題になったライザ・ミネリ。
70年代を代表するミュージカル女優でしたが、アル中になって
10数年も舞台から消えていました。
日本でもお馴染みのジュリー・アンドリュース。
有名だからと言って、必ずしも舞台の仕事がコンスタントに
入ってきている訳ではありません。
また、大御所の二人とも言えど、舞台でこければ直ちに酷評され
2度と次の仕事は廻って来ないのです。
ハングリーで厳しい世界。
それに比べると、日本のミュージカル俳優の恵まれていること。
宝塚や四季のような劇団へ入ることができれば、
安定した収入・レベルの高いレッスン・ミュージカルの舞台
その三っつが確保されるのです。何と幸せな!!
トップはいつもトップとして扱ってもらえ、必ず主役が回ってくる。
そしてそれに応えてさらに実力に磨きをかける俳優たち。
おっと、最も大事なものを忘れていました。
四つめに確保されるもの。それはファンです。
宝塚でも四季でも、人気俳優がいて、それぞれに熱狂的な
ファンが付いています。それも忠実なファン。
俳優が劇団を退団しても、ファンはずっと後を付いて行きます。
映画、TVや舞台における活動を暖かく見守ります。
引退して演出家に転身したり、結婚して家庭に入ってしまっても
ファンは彼らのお気に入りの俳優たちのことを片時も忘れません。
日本独特の劇団制が生んだ副産物がこの熱狂的で優しいファンたちです。
それをぬるま湯体質だと批判し、米国流を目指すべきだと言う人もいます。
しかしスターとは作られるもの。
周りから注目され、もてはやされて行くことも重要な条件なのです。
さて、ブロードウエイやロンドンにスターは居ると思いますか?
ノーです。実力者はたくさん居ます。でも人を呼べる俳優は居ません。
オーディション制ではスターは生まれないのです。
ファンも育ちません。
もしかすると、ブロードウエイやロンドンに必要なのは
宝塚や四季のような劇団制なのではないでしょうか?
2000年の到来を前に米国を訪れてみて、つくづくそんなことを
考えてみた次第です。
21世紀のミュージカルって、どんな風になるんでしょうね。
何だか楽しみです♪
宝塚初観劇記(入り待ち&劇場探訪篇)
宝塚の舞台を観ました。
ビデオや舞台中継では何度も観てますが、生舞台はこれが初めて。
花組公演「タンゴ・アルゼンチーノ」と「ザ・レビュー
'99」です。
雰囲気を知ろうと開演の2時間前に1000days劇場に到着。
すると劇場手前の歩道に沿って女性ばかりの集団が整列してました。
30〜40人は居ました。ああ、これが噂に聞いていた「入り待ち」か・・・。
各自のお目当てのスターが劇場入りするのをファンが待っている訳です。
匠ひびきさんがまだ来ていなかったようで、彼女目当てのファンが
それぞれファンレターを片手に大人しく待っているのが目に付きました。
綺麗に整列してるなと思ったら、仕切ってる子が居まして、
なるほどぉ〜と感心しましたぁ(笑)。
入り待ちは宝塚に限りません。アイドル・タレントには付き物です。
私はかつて(高校生の頃)、劇団四季の入り待ちの方々に団員と間違われた
経験があります(笑)。四季って大人の劇団なんですが、何で高校生の子供を
団員と間違ったものやら・・・・ぁぁぁ
入り待ちに私も混ざってましたが(笑)、匠さんがちっとも現れないので、
劇場横の宝塚グッズのお店に入ってみました。
外からはよく眺めたことがありましたが(<閉まってて・・)、中に
入ったのは初めて。
足を踏み入れてみると、不思議な世界。スターの写真がたくさ〜ん。
各組ごとに分類されてました。生徒さん全員のものがある訳ではありません。
男役はトップから3〜4番手くらいまで?娘役はトップだけでした。
この辺は厳しいですね。
宝塚の役者さんたちは一方で生徒さんでもある訳で、序列をきちんと
つけることがやはり必要なのでしょう。
しばらくぶらぶらしてからまた外へ出てみますと、入り待ちの人数が
10人くらいに激減。仕切りの子が、通行人や来場者の邪魔にならないように
集団を誘導して位置替えしてました。匠さんは、私が店でうろついている
うちに来てしまってたんですね。残念・・・
ここでふと見ますと、何気に佇んでいる人が目に付き始めました。
これが「さばき」でした。ファン・クラブなどの方が大量に買い込んで
るのですが、当日までに余ったチケットの買い手を捜しているのです。
無駄な空席を作らないためにも、ありがたいことです。
買い漏らした人は、さばきを狙うのも手でしょう。
開演1時間前になりました。
やっと劇場が会場。
1000days劇場は新しい東京宝塚劇場がオープンするまでの
仮の劇場として建てられたものだそうです。
しかし仮のものとは言え、かなりゴージャスな内部です。
新劇場が建ったら、ここは壊してしまうのだろうか?
もしそうだったら、本当にもったいない・・・・。
さて早速、客席の方へ入ってみました。
2階はありませんでした。そして舞台から客席が近い。これは良い。
自分の席(C席)に座ってみましたが、なかなか舞台が観やすそうでした。
これで5500円は絶対に安い。帝劇のレ・ミゼの時は、ここよりも
もっと舞台から離れていたのに、S席で1万3千円も取られたぞぉ〜(怒)。
やっぱ演劇はこうゆう劇場で公演されるべきだとつくづく思いました。
今度は舞台まで行ってみました。
まずオケ・ピットを覗く。私も演奏者でしたから(笑)。
残念ながら、そのための空間はありますが、スピーカーが上向きに
配置されているだけでした。
しかし、各楽器の音がそれぞれの位置から出るようになってました。
こんな配慮は初めて。生演奏ではないけど、音響には期待できそう(喜)。
オケピットをはさんで客席側に、穴に沿って花道がありました。
これが宝塚独特。ここをうまく使って芝居を続けながら、舞台の方では
セットの模様替えや衣装の早替えを済まして、幕で中断することなく
話を進めて行く訳です。
ふと横を見ると、舞台の両袖にも花道が続いています。
新宿コマ劇場などでも見られる、日本独自の作り。
ここの使い道もオケピット手前の花道に準じますが、舞台に広がりを
持たせる上でも大いに役立っています。
そうこうしているうちにお客さんが集まってきました。
女性が多いことは予想通り。ざっと数えてみましたが、男性客は自分を
含めても20人くらいでした。そのうちの半数は年輩の方。
奥さんの付き添いみたい。後は20代の客。これも、ほとんどが
彼女の付き添い(笑)。独りで来ている男性客はほとんど居ません。
女性客は50代以上の年輩の方々が目に付きました。
私の横に座った方は70代のおばあちゃんでした。広島からわざわざ
出て来られたそうです。年齢層は、20代と50代に集中してる
感じでした。あとは30代。40代の方はほとんど見かけませんでした。
きっと育児で忙しいのでしょうね。
さて時間になりました。
開演に先立ち、男役トップの愛華みらさんが挨拶。
いよいよ開幕です。
宝塚観劇記「タンゴ・アルゼンチーナ篇」
花組東京公演「タンゴ・アルゼンチーノ」と「ザ・レビュー99」がついに開演。
上演時間は「タンゴ・アルゼンチーノ」が約1時間30分、30分程度の
休憩をはさんで、「ザ・レビュー99」が約1時間でした。
「タンゴ・アルゼンチーノ」は宝塚オリジナルのミュージカル劇です。
脚本・演出は、エリザベートで注目を集めている小池修一郎さん。
1時間半弱という上演時間は一見短いように見受けられますが、さにあらず。
通常のミュージカルでは幕が上がる前の序曲と2幕目が上がる前の間奏曲が
それぞれ3〜5分程度演奏されますが、宝塚のオリジナル・ミュージカルでは
これらが省略されています。また、幕による中断が全くなく、
オケピットの周りや、舞台そでの花道を利用して、
場面転換中も途切れることなく物語が続いて行きます。
2幕で二時間半くらいのミュージカルに匹敵するものを
一時間半の1幕ものに濃縮しているような感じを受けました。
幕が上がるとそこは、20世紀初頭、第一次大戦前のパリ。
絵のオークションに引き続いて、カフェ「タンゴ・アルゼンチーノ」では
今宵も盛大な夜会が開かれています。
燕尾服を装った男役数十人による一糸乱れぬダンスが始まり、冒頭から圧倒されます。
とにかく格好良い。そして舞台全体のバランス(人の配置)が非常に良い。
もう、この出だしからして、演出の小池さんが只者でないこと、
花組のレベルが高いことは歴然としています。
さて、カフェの女主人はピエール伯爵(星原美沙緒さん)の愛人であるミシア。
渚あきさんが演じています。
やり手でだが暖かく、懐の大きい女主人の雰囲気が良く出ていました。
ここでガウチョ姿の男が登場。男役トップの愛華みれさんが演ずるフリオ・デスノイエル。
アルゼンチンからパリ美術アカデミーに留学している画学生。
学生らしくとても若々しい感じが溢れています。
これが愛華さんの持ち味なのでしょう。
フリオはメシアに頼まれて、この日だけガウチョ姿のダンサーとして
アルバイトしていたのでした。
夜会にはドイツ貴族のカールとその妻マルグリットも同席しています。
マルグリットはピエール伯爵の養女です。
ピエールからロートレックの絵を買い受けるためにはるばるやって来ていたのでした。
カールを演ずるは男役準トップの匠ひびきさん。
少年っぽさの強い愛華みれさんとは対照的に男っぽさがみなぎる。
マルグリットは娘役トップの大鳥れいさん。演技力抜群の方です。
台詞の言い回しがほんとに巧い。男役二人を差し置いて、
結局、大鳥れいさんが事実上、舞台全体を仕切ってました。
ここまで観ていて気づいたことは、出演者たちがそれぞれの役柄にぴったりとはまっていること。
これが宝塚ならではのオリジナル・ミュージカルの最大の強み。
出演者を念頭に置いて、脚本が書き下ろされているのです。
さて、カフェではフリオがマルグリットにダンスを申込みます。
そしてタンゴを踊る二人。
一瞬にして互いに惹かれ合ってしまうのでした。
しかしフリオはたまたまカフェに来ていたアカデミーの学長に
その現場を見つかり、退学を言い渡されてしまいます。
奨学生のバイトは禁止されているのです。
ところは代って、下町のボロ・アパート「幽霊船」。
ここには画家を目指して世界中からやって来た若者と、
駆け出しのモデルの子たちが雑居しています。
フリオもここの屋根裏部屋の住人。
お金はないけど夢はいっぱいの若者たちが楽しく暮らしています。
画家たちを演ずるは花組の次代を担うであろう、元気一杯の若手俳優たち。
一方、モデルの子たちを演ずるのもやはり、若手の娘役俳優たちでした。
彼らが楽しく歌い踊るナンバーは、今回の舞台の見所のひとつ。
ここで目立っている娘役さんを発見。
フリオに片思いする女の子ルネを演ずる彩乃かなみさん。
良い雰囲気を持っているし、とても可愛い。
後で調べてみると、何と、新人公演で主役(マルグリット)に
抜擢されていた方でした。どうりで目立つ訳です。
数年後の娘役トップ候補でしょうか?でもまだ97年入団!
若い。
代わって、場面はカールとマルグリットのパリ滞在中の宿、ボーマン邸。
3人の娼婦がマルグリットを訪ねてきている。
貴族に嫁いだマルグリットにたかりに来たのだ。
偶然、会話をカールに聞かれて、過去があばかれてしまう・・・。
マルグリットは元高級娼婦。弟の学費を稼ぐために身をやつしたのだった。
皮肉にも弟はそんな姉に反発して家出してしまったのだが。
そしてマルグリットはピエール伯爵の弟の愛人となった。
献身的に尽くす姿にうたれたピエールは、弟の死後、マルグリットを
自分の養女とし、弟の資産を継がせたのだ。
誇り高いドイツ貴族のカールがマルグリットを見初め、結婚したのだが、
マルグリットのために過去を全て秘密にしていた。
プライドを傷つけられたカールは所用もあり、独りドイツへと帰国するのだった。
さて、ここはライバル店の「タンゴ・ノアール」。
ジゴロたちがたむろする怪しい店。今で言えばホストクラブのようなところ。
彼らのダンスがまた格好良くきまっている。
ジゴロの中の一番の売れっ子がジャン。男役3番手?の伊織直加さん。
マルグリットの生き別れの弟である。
ジゴロらしく、ワイルドな感じがよく出ている。さすが目立つ。
オーナーのロベールは「タンゴ・アルゼンチーノ」に客を奪われて商売が
上がったりな上に、狙っていたロートレックの絵も買うことができず、機嫌が悪い。
ロベールを演ずるは磯野千尋さん。すごく渋い。専科の方?
ロベールは絵を買えなかった腹いせに、タンゴ・アルゼンチーノで
騒ぎを起こすようにジャンたちジゴロに命じるのだった。
場面はまた「タンゴ・アルゼンチーノ」。幽霊船の貧乏画家たちはお揃いのガウチョ姿で
フリオからタンゴの特訓を受けていた。女主人ミシアから、アルバイトでダンスを踊ることを
頼まれていたのだ。彼らのコミカルな掛け合いはとても楽しい。
結局、大して上達しないうちにぶっつけ本番となってしまう。
そこへマルグリットが訪れる。絵を受け取りに来たのだ。またフリオと出会ってしまった。
互いの気持ちを確かめ合う二人。そこへジャンたちジゴロが乱入。大喧嘩となる。
警官がやってきてジゴロたちは逮捕されるが、ジャンだけはマルグリットの口添えで
逮捕を免れる。しかしここでもマルグリットの過去が暴かれ、フリオの知るところとなった。
事情を知ったフリオはマルグリットに対する思いをさらにつのらせる。そして彼女の
絵を描かせてもらいたいと申し出るのだった。
ここでの大鳥れいさん(マルグリット)の演技はとてもすばらしかった。
良い女優さん。これからが楽しみ。
ジャンがタンゴ・ノアールに戻ると、ロベールはご立腹。ジャンがマルグリットの弟
であることを知った彼は、邸に忍び込んでロートレックを盗むように命令した。
パリの町中は新聞売りの号外が配られて、騒然としていた。第一次大戦が始まるのだ。
幽霊船の画家たちも国へ戻って従軍し、敵味方に別れて戦うことになった。
友たちの悲しい別れ。これが最後と彼らは飲み明かすのだった。
その頃、フリオはアパートの屋根裏部屋兼アトリエに居た。マルグリットをモデルに
絵を描いていたのだ。しばし休憩ということで、屋根裏部屋の窓を通り抜けると
場面が転換して裏側はアパート屋上。二人は戦争が始まることも知らずに、
屋上に出てパリの美しい夜景を眺め、踊る。
とてもロマンティックでどきどきするような場面。
部屋へ戻り、さあこれから(笑)というところで、邪魔が入った。
酔っぱらった画家たちが戻ってきたのだ。
戦争が始まることを知ったマルグリットは、フリオと共に喧噪のパリ市内を抜けて
邸へと戻るのだった。
そこでは、ちょうどジャンたちが絵を盗みに来ていた。
結局、失敗に終わり、ジャンはまたしても姉の口添えで助かるのだった。
そこへ折悪しく、カールが戻ってきた。
戦争が始まって国境が封鎖される前に妻を帰国させにきたのだ。
妻の不貞を知ったカールはフリオに決闘を申し込んだ。
決闘はあっけなかった。フリオの銃弾はカールの銃を弾き、フリオの
勝利に帰した。しかし決闘は非合法。二人は国外追放となる。
フリオはアルゼンチンへ帰らなかった。
外人部隊に従軍し、パリを守ることにするのだった。
マルグリットも、もはや夫の元へは戻らなかった。
従軍看護婦に志願した。
カールはドイツに帰国し、大佐に復帰。
そして第一次大戦は始まった。
軍服姿の男役たちが颯爽と踊る。いかにも小池さんがやりたそうな場面(笑)。
戦場での夜。フリオは夢を見ていた。夢の中には看護婦姿のマルグリットが。
やがてドイツ軍の猛攻でフリオの隊は破れ、捕虜となる。
陣地に連れて行かれると、そこにはカールの姿が。司令官なのだ。
決闘で自分を殺さなかった理由も知り、
もはや互いに憎み合う感情はなかった。
カールはマルグリットと正式に離婚することを約束する。
そして、カールはフリオからタンゴを教わるのだった・・・。
とても男らしく、そしてちょっと悲しい場面。
やがて、ドイツ軍陣地は連合国からの砲弾で破壊され、
フリオは自由の身となったが・・・
やっと終戦。
タンゴ・アルゼンチーノも模様替えし、今はチャールストンのお店。
ミシアの計らいで、マルグリットもこの店で働かせてもらっていた。
戦争帰りの兵隊に絡まれている時に・・・・。
戦死したと諦めていたフリオが帰ってきた。
二人が踊るタンゴで幕。
中身の濃いお話でした。1時間半しかたっていないのが嘘のよう。
初めて生舞台で観る男役たちは皆、役にはまってました。
台詞や仕草も決まってた。男装の違和感がなかった。
誰もが踊れて、そして歌が巧い。演技力は確か。
自分はなぜ今まで、宝塚の舞台を観に来なかったのだろう。
馬鹿でした。学校の生徒さんだから、四季やブロードウエイには
かなわないだろうと思っていました。とんだ誤解でした。
でもみんな同じように誤解している。
宝塚ファンも、四季やブロードウエイは宝塚よりずっとレベルが高い
のだと思いこんでるし。とんでもないよ。レビューなんか、間違いなく世界1。
これからは、今までの分を取り返しま〜す。
恋の手ほどき
1958年公開のMGMミュージカル映画です。
私が最も好きなミュージカルの一つであり、思い出深い作品でもあります。
中学生くらいの頃にTVで放映されたのですが、主演のキュートな女の子、
レスリー・キャロンのファンになり、今に至ってます〜♪
その前に小学生の時に観た「足ながおじさん」でも彼女は主演してたので
すが、当時はまだ子供でしたので・・・(笑)。
レスリー・キャロンは元々はフランスのバレエ・ダンサーで、
10代でプ
リマドンナをつとめたほどの有望な方でした。ところがところが、「パリの
アメリカ人」(1951年MGM)の撮影が彼女の運命を変えたのです。名
ダンサーであり、また名監督でもあった天才ジーン・ケリーは、たまたま訪
れたパリで彼女を発掘。持ち前の勢いで口説き落として、映画に出演させる
ことにしたのでした。レスリー・キャロンは役にぴったりとはまり、「パリ
のアメリカ人」は大ヒット。MGMを代表する作品となっています。彼女は
その後、「足ながおじさん」、「リリー」に出演し、新人ながらも、ジュディ・
ガーランドが去った後の50年代MGMミュージカルを支えることとなった
のでした。彼女の出演作のうち日本で公開されたのは以上の4作です。いず
れもしばしばTVで放映され、レンタルビデオ店にも並んでます。
「GIGI 恋の手ほどき」は、古き良き時代の最後のミュージカル映画と言われ
ています。この作品以降、ミュージカル映画の制作は時代の流れでスタジオ
からロケ撮影に変わり、大型化し、スターも次々と引退。急激に輝きを失っ
て行きました。1920年代末から始まったミュージカル映画黄金時代の終
焉がこの作品だったのです。
舞台は19世紀のパリ。
当時の社交界の花形は貴族とお金持ち、そして高級娼婦です。
オノレ・ラシャイユ(モーリス・シュヴァリエ)は結構なお年ですが、まだ
まだなかなかのプレイ・ボーイ。街を行く女の子たちに声をかけまくります。
この時の歌が「Thank Heaven for Little Girls
可愛い娘たちに感謝」です。
当時のパリやウイーンは本当にこんな感じの平和な街だったそうです(笑)。
さて、彼のかつての愛人が元高級娼婦のイネス・アルヴァレス(ハーミオン・
ジンゴールド)。愛人たちからの貢ぎ物のおかげで今では悠々自適な暮らし
です。彼女には可愛い孫娘が居ます。それがジジ(レスリー・キャロン)。
お転婆娘です。レスリー・キャロンはこの時、26歳でしたが、どう見ても
17歳くらいにしか見えません(笑)。まさに役にぴったし。イネスの家で
は女性は全員が高級娼婦。自分たちに誇りを持っています。当然のことなが
ら、ジジも跡継ぎにしようとしますが、まだまだ遊び盛りの彼女は反発。街
へ飛び出して行ってしまいます。この時の歌が「The
Parisians ザ・パリジ
ャンズ」。パリジャンなんかになりたくないわ!と愉快に歌います。一方、
オノレにも甥っ子が居ます。ガストン・ラシャイエ(ルイ・ジュールダン)。
まだ20代のハンサム・ボーイでパリ社交界の花形です。でもそんな生活に
退屈しきってます。パーティーで出会う令嬢や高級娼婦たちには魅力を感じ
ません。イネスの元にやって来ては、ジジをからかって遊ぶのを楽しみにし
ています。ジジの前では童心に帰って、心からくつろぐことができたからで
す。でもジジも、いつまでも子供でいる訳にはいきません。二人の仲の良さ
に気づいたイネスは、ジジに行儀作法やマナーを仕込んで淑女として成長さ
せ、ガストンの愛人にさせようと目論むのでした。ガストンに惹かれている
ジジは祖母や叔母の計略に乗り、特訓が開始されるのです。どんどん美しく
なって行くジジ。元々非常にキュートなレスリー・キャロンですが、映画の
中で変身して行く姿には驚かされます。美しい大人の女性へと変わり行くジ
ジの姿にガストンも心惹かれ、二人はデートを繰り返す。イネスの計画は大
成功・・・と思いきや。ガストンは気づくのでした。自分は彼女を愛人にし
たかったのではないと。彼女だけを愛したい、という気持を歌います。この
曲が「GIGI」。とてもロマンティックな恋の歌。何と彼はジジに結婚を申し
込みます。ジジもそれを心待ちにしていたのでした・・・。ラストはブロー
ニュの森。馬車に乗る二人は社交界の面々に挨拶して回っています。新妻を
紹介しているのでしょうか。
二人の姿を暖かく見守るオノレが「Thank Heaven
for Little Girls」
を歌いながらエンディングです。
ほのぼのとして、観終わった時に、とても暖かい気持になる映画です。
私の一押しのミュージカル映画です。
ミュージカルの将来
ついに2000年になりました。
ミュージカルが生まれて100年たったんですね。
フランツ・レハールに始まって、エリザベートで終った100年。
ウイーンに芽生えたミュージカルが再び故郷に帰って来たのです。
2000年代のミュージカルはどうなって行くことでしょう。
私なりに予測してみたいと思います。
85周年を迎えた宝塚歌劇。
ファンが20万人も居るそうです。そのほとんどが女性。
今後とも人気は揺るぎ無いと思いますが、さらなる発展を考えるならば、
男性ファンをいかに増やすかが鍵となることでしょう。
それには娘役の魅力を伝える努力が必要。
娘役中心の舞台も是非、やっていただきたい。
男役のあり方については、時代とともに変貌して行くと思います。
今現在は、少し女性寄りの男役が主流になっているようですが、
それがいつまでも続くとは限らないです。
ファンのニーズを敏感に汲み取って行ってほしいものです。
いずれにしろ、親会社(阪急電鉄)のバック・アップが続く限り、
宝塚歌劇の21世紀は安泰です。
世紀末に急成長を遂げた劇団四季。
小さな劇団だった頃から知っています。
まさか、これほど成長するとは、浅利さんも想像だにしなかったことでしょう。
日本のミュージカル人口を増やした功績には多大なるものがあります。
しかし、1個人で経営するにはあまりにも大きくなり過ぎました。
また浅利さんの後を誰がどうやって引き継ぐのか?
この10年以内に体制を作らないと、大変なことになります。
地方ファンには有り難い全国展開ですが、主役級俳優への負担が大き過ぎる。
演目を絞るべきです。さもないと、今後も大物俳優の退団が続くでしょう。
それ以外の解決策としましては、OB、OGの復帰です。
鹿賀丈史さん、滝田栄さん、市村正親さん、土居裕子さん、榎木孝明さん、
山口さん、鈴木(芥川)さん・・・・。
四季の21世紀は、浅利さんの考え方次第。
大作の好きな東宝ミュージカル。
四季の退団者と宝塚OGで成り立ってます。
実力者だけで公演すれば良いのに、観客を無視して芸能タレントを
平気で主役にしたりする悪い体質は一向に変わりそうにありません。
21世紀もこのままでしょう。ぁぁぁ・・・・
最近大ブレイクのCONVOY
CONVOYが評価されるのは、観客のレベルが上がってきた証拠です。
名前だけのタレントではなく、実力のある本物を観たがってるのです。
CONVOYのような実力者集団は今後どんどん増えて行くと思います。
最近人気のインド・ミュージカル映画
馬鹿馬鹿しい内容だけど文句無く楽しく、何度でも観たくなります。
娯楽に徹していさえすれば、21世紀も安泰でしょう。
世界中にどんどん広めてほしいです。
ディズニー映画
インド映画と共に、シネマ・ミュージカルを支えてくれています。
CGを駆使して、かつてのスター(ジュディ・ガーランドなど)を
スクリーンに復活させるであろうと思います。
楽しみです。
ロンドン&ウイーン・ミュージカル
21世紀もヒット作を発信し続けることでしょう。
特に、ウイーンに注目すべきです。新しい作曲家が出てくるかどうか。
ロンドンももちろん、ロイドウエーバーやシェーンブルグの後釜に注目。
ニューヨーク・ブロードウエイ
もはやかつての勢いは取り戻せないでしょうが、
依然としてミュージカルの中心地の一つとしてあり続けると思います。
と言うことで、21世紀のミュージカルはどうなるでしょう?
科学の進歩は舞台にも大きな影響を与えると考えられます。
つくば科学万博の時に、立体映像を取り入れた舞台を観ました。
役者さんがCGによる怪物と戦ったりするのですが、
凄くリアルでした。
近いうちに実際の舞台にも取り入れられるようになることと思います。
映画は既にSF映画でCG化が凄いですけど、やがては
俳優のCG化が進むことは間違いありません。
人件費のかかるミュージカル映画も容易に制作できるかも。
いずれにしろ言えることは、21世紀もミュージカルは
大いに健在であるということです。
四季と宝塚 第一部・宝塚篇
日本のミュージカルは世界でも珍しい劇団システムによって興業されています。
その中でも双璧が劇団四季と宝塚歌劇。
自前の劇場と練習場を保有し、数百人にも及ぶ団員を雇用し、育て、
日本全国で複数の演目を同時上演。
日本にミュージカル文化を根付かせたばかりか、最近では中国やヨーロッパなど、
海外にまで影響を及ぼし始めています。
ともに熱烈なファンを抱え、両劇団を合わせた観客動員数は、
ロンドンやブロードウエイを凌ぐかもしれない。
しかし面白いことに、この二つの劇団のあり方、
そして目指しているものは全く正反対です。
今回はまず、宝塚から説明して行きましょう。
宝塚は創立してから86年。女性だけの劇団。
男役を女性が男装して演ずるのが特徴。
宝塚では男役を中心とした徹底したスター主義が貫かれる。
男役のトップとそれに次ぐ数人の男役を中心にして舞台が構成される。
娘役は男役を引き立てるための存在で、目立つことは許されない。
宝塚の団員は実は生徒である。
団員を目指す者は競争率20倍を越す超難関の宝塚音楽学校に
まず合格しなければならない。
2年制であり、徹底して行儀作法、歌、踊り、演技などが指導される。
成績が厳しく査定され、この段階で既に将来の主役候補に目星が付けられてしまう。
卒業式の後ですぐに入団式。研1と呼ばれる。
年を経るにつれ、研2、研3・・・と称される。
学年による序列は厳しい。下級生は上級生に絶対服従である。
男役の場合、序列は舞台にまで及ぶ。
いくら実力や人気があったとしても、下級生のうちは大役はまわっってこない。
トップが退団するに従って、一つずつ序列が上がって、大役へ近づく。
娘役の場合には下級生の大抜擢がしばしばあるが、
追い抜いた上級生達との人間関係に悩むことも多い。
宝塚には月、宙(そら)、雪、星、花という5つの組がある。
研1生の40数名は男役・娘役のバランスを見ながら、
これら5組に振り分けられる。
それぞれ70〜80名の団員で構成され、単独の興業をこなす。
ようするに5つの劇団があるということである。
各組間での団員の異動は少ない。しかしトップ候補者たちは
少ないポストを巡って、しばしば異動を余儀なくされる。
宝塚はスター主義だから、当然トップ俳優の出番は多い。
それは限界に近いほどの負担である。
もちろん稽古も他の団員よりもきついし、TV出演やディナーショー
などもあって休む暇がない。
そのためトップの寿命は決して長くない。最近は3年くらいである。
トップを降りるときは退団するのが決まり。
宝塚における退団は卒業である。暖かく送り出すのが慣わし。
涼風真世さんが退団するときには、彼女のために新作ミュージカルが
創作されたほど。「ロスト・エンジェル」。
そういった団の姿勢のおかげで、宝塚とOGたちとの関係は極めて良好。
OGはしばしば舞台に招かれ、さらには音楽学校の講師も務める。
宝塚の団員は生徒だから、トップと言えどもマネージャーは付かない。
これは忙しい身には厳しい。そこでそれを補っているのが、
ボランティアのファンによる無料奉仕である。
自宅への送り迎えから、買い物、お昼のお弁当から、ペットの犬の散歩
まで喜んで引き受ける。団もそれを容認している。
宝塚の親会社は団員に非常に甘い。TVやFMなどへの出演、
CF、団員による芸能グループの結成(例えば、T.A.P.)など何でもOK。
ファンクラブも禁止が建前だが、これも黙認。
体調を崩せば長期休暇。復帰する時にはまた元の序列に戻してもらえる。
宝塚の団員は「飴と鞭」の中に居るのである。
「飴」は優しい親会社と熱烈で献身的なファン。
「鞭」は学年の序列とトップ競争。そして厳しい稽古。
かくして美しくも逞しいミュージカル女優たちが育って行く。
これが宝塚。
世界で最大の劇団兼ミュージカル専門学校。
四季と宝塚 第二部・劇団四季の歴史
四季について語る前に、この劇団の沿革について考えてみたい。
劇団四季の歴史も古い。
創立は昭和28年。今から47年も前のことである。
現・劇団四季代表の浅利慶太氏を中心にして
慶応大・東大の演劇好きの学生が集まって劇団が旗揚げされた。
翌年に第1回の公演として、フランスの劇作家ジャン・アヌイの
「アルデールまたは聖女」が上演されている。
出発点は学生演劇。しかしすぐに転機がやったきた。
昭和38年に日生劇場がオープンしたのを契機に、
四季はここを拠点にして活動するようになる。
つまり、大劇場に見合った本格的な作品を上演し始めたのだ。
また、この年から「日生名作劇場」を開始し、都内の小学生を
無料で劇場に招待するようになった。
第一回公演では「はだかの王様」が上演されている。
これが後の子どもミュージカルへと発展して行く。
私を含め、どれだけのミュージカル・ファンを増やしたことか。
その貢献には多大なるものがある。
四季は最初からミュージカル集団であった訳ではない。
しかし劇団員の基礎トレーニングとして、当初から歌唱やダンスに力を注いでいた。
その先見の明が次のステップにつながったことは確かである。
昭和47年に上演された本格的なミュージカル「アプローズ」。
主演が越路吹雪で共演が雪村いずみ。
当時の日本ミュージカル界の大御所二人が顔を揃えている。
四季がこの次期に既に一流の劇団であったことが伺い知れる。
この二人の大スターを看板にして、次々とミュージカルを
上演していた。「メイム」「日曜はダメよ!」・・・・。
おそらく、ここまでが四季の創生期であろう。
学生演劇がプロ化し、やがてスターを得て本格的な
ミュージカル集団として軌道に乗り始めた時期である。
翌年(昭和48年)に上演された「ジーザス・クライスト=スーパースター」。
四季はここから新たな成長期に入る。
オーディションで発掘し、育てていた俳優達が力を発揮し始めた。
鹿賀丈史、飯野おさみ、久野あき子、市村正親・・・。
中でもマリア役が、大スター雪村いずみから、芸大出の
新人であった久野あき子に交替したことは大事件だった。
四季はもはや既成のスターに頼らなくなったのだ。
つまり完全に自立したのだった。
ここにおいて、「ミュージカルの劇団四季」は定着し、
「ウエストサイドストーリー」、「ヴェローナの恋人たち」、
「コーラス・ライン」、「エヴィータ」と
たて続けに大作を上演する。
特に「エヴィータ」では化粧品会社とのタイアップに成功し、
四季はメジャーな劇団として完全に認知されることになった。
これにさらに拍車をかけたのが同年(1983年)に
臨時の大テント劇場で上演された「キャッツ」。
大ロングランし、その人気沸騰ぶりは社会現象にまでなった。
1980年代後半に入ると四季の経営は完全に安定した。
「オペラ座の怪人」の上演の際には、四季史上最高の顔ぶれが揃った。
市村ファントム・山口ラウル・野村クリスティーヌ。
もはやブロードウエイをも凌ぐほどになっていた。
団員の給与は完全に保証され、充実した練習場や自前の劇場。
高度成長した四季も、安定期に入った。
安定期になってからの最大の変化は、スター主義からの完全なる脱却である。
既成のスターを起用しない、起用しても優遇はしないという方針は
以前から認められていたが、この時期になると、
自前のスター(例えば市村氏、山口氏)に対してもそれが徹底されるようになった。
劇場に入るまで出演者が分からない、四季独特のシステムが始まる。
これはスターにも、彼らのファンたちにも辛かった。
スターたちは次々と四季を後にした。スターと共に古参ファンも去った。
しかし四季の団員数は既に数百人。人材はいくらでもいる。
次々と現れる新しい才能たち。そして新たなるファンの獲得。
四季はまだ成長を続けている。
これが四季の半世紀の歴史。
四季と宝塚 第3部・2劇団の比較(その1)
四季と宝塚には様々な点で異なっている。
似ているところを見つける方が難しいくらいである。
項目ごとに分類して論じてみたい。
1、入団の仕方
四季はオーディションによって団員を集めている。
そのため様々な年齢層や経歴を持った人材が揃う。
元タレントも多い。
例えば、大御所の飯野おさみさんはジャニーズからの転身。
東宝で活躍している川崎麻世さんも一時、四季に在籍し、
キャッツに出演したことがある。
その他、宝塚OG、元音楽座団員も数多い。
四季のオーディションは非常に厳格でフェアー。
相応の実力があれば採用され、新人でも大役に抜擢される。
四季にはスポンサーが居ないし、浅利氏個人の劇団なので
コネ採用など絶対にあり得ない。
四季が急速にレベルアップし、時に本家(米国)をも凌ぐほどに
伸びたのは、このオーディションシステムの賜である。
宝塚は学校なので入学試験によって入る。
歌・踊り・ルックスなどで選別され、競争率は20倍を越す難関。
2年間の課程を終えると生徒全員が宝塚歌劇団に入団する。
年齢層は若い。入団時で17歳〜19歳である。
芸歴をもって入ってくることは無いが、芸能人の子弟は多い。
また元貴族や会社社長令嬢など裕福な家庭の子が多いのも特徴。
例えば、宙(そら)組で人気の花總まりさんの実家は醍醐家。
2、劇団の運営
宝塚は阪急電鉄によって経営されている。
親会社の強力なバックアップがあればこそ、2大劇場や、
専属管弦楽団、音楽学校、専属演出家や作曲家の維持が可能なのである。
客の入りや、制作コストを気にしないで良いので、
同じ作品をロングランせずに、次々と新しいオリジナル作品を創作し、上演できる。
チケットは驚くほど安い。
もちろん親会社の援助のおかげである。
対照的に、劇団四季は未だに浅利慶太氏の個人劇団である。
17年前の「エヴィータ」の大ヒット、さらにそれに続く
「キャッツ」テント公演のロングラン。
劇団四季は演劇界の常識をうち破る黒字経営を可能とした。
ここから大発展し、今では団員数はかつての10倍、
さらには専用練習場、専用劇場まで持つに至った。
チケットは高い。宝塚の倍である。
その代わり、ひもは付いていない。自由である。
観客こそがスポンサー。
3、観客
四季の公演では、固定ファンよりも一般客が多い。
ブロードウエイのヒット作など有名な作品を上演し、ロングランさせるので
演目で観客が集まる。
宣伝もうまい。ポスターを観ただけでも効果的である。
やはり女性ファンが多い。年齢は20〜30代で年配の方は少ない。
男性は少ない。たまに居ても、女性の付き添いくらい。
四季の観客は厳しい。
レベルの低い俳優に対してはブーイングも起こる。
しかしすばらしいプレイにはその場で歓声が湧く。
つまらない舞台には客が入らない。
客は「四季」を観に来ている訳ではないのだ。
宝塚の公演では、観客の多くは固定ファンである。
しかもリピーターが多い。
一度目は作品を観るために、二度目からはお目当ての
俳優を観るために通う。
時間とお金が許す限り、何度でも観に行く。
宝塚の作品はオリジナルでしかも新作ばかり。
だから演目で観客を集めることはできない。
宣伝は非常にへた。と言うか、あまり積極的でない。
固定ファン以外へアピールする姿勢は感じられない。
四季と同様に観客は女性ばかり。
しかし年齢層はバラエティに富んでいて、
10代から60代まで、満遍なく様々な世代が集う。
男性は女性の付き添いくらい。
宝塚の観客は優しい(甘い)。生徒さんだからと、失敗も大目に見る。
だからブーイングがない。でも、歓声もない。
大人しく観ていなければいけないような雰囲気があるので。
客は常に入る。人気のある舞台では全て完売になる。
客は「宝塚」を観に来ている。
四季と宝塚 第4部・2劇団の比較(その2)
4、オリジナル・ミュージカル
宝塚の舞台の基本はオリジナル・ミュージカルの制作と上演である。
脚本、音楽、振り付け、舞台装置、全てを新しく作る。
5組が毎年それぞれ別のオリジナル・ミュージカルとレビューを上演する。
つまり年間に10作以上も新作を制作しているのである。
オリジナルであるが故に未完成のまま上演が始まることも多い。
そして、日々手直しも同時進行して行く。
すさまじいエネルギーである。
四季の演目は翻訳もの中心である。
一時はアンドリュー・ロイド・ウエーバーの作品が主だったが、
最近はディズニーやフランスものなどバラエティーに富んで来ている。
オリジナルも子供向けを中心に新作が制作されることがあるが、
上演は非常に慎重である。
四季は純粋な営利団体なので、客が入るかどうかは死活問題なのである。
宝塚のオリジナル作品を支えているのは、親会社の金銭的なバックアップと
演目によらずに舞台に足を運んでくれるファンの存在である。
ある面、薄氷のの上に立っているような気もしないではない。
しかし86年も続いているオリジナル・ミュージカル作品。
四季も将来は、演目ごとにスポンサーを確保するようにするかもしれない。
あるいはブロードウエイのようにエンジェル(個人投資家)を
集めるようになるかもしれない。
その時にはオリジナルの制作が可能となる。
5、スターの存在
四季と宝塚との最大の相違。それはスターについての考え方。
スター主義の宝塚とノン・スター主義の劇団四季。
日本を代表する2劇団がこのような対照的な考え方で
運営されているのは非常に面白い。
宝塚のスター主義は徹底している。
四季のスターは自然に育つが、宝塚のスターは団が育てる。
最初の関門は宝塚音楽学校時代。
歌や踊り、演技などの成績とルックスによって
将来のスター候補が決められる。
そして入団するや否や、すぐに大役が与えられる。
そこでどれだけ期待に答えられるか、厳しく試される。
人気も厳しくチェックされるようだ。
スターは客を呼べなければならないからだ。
こうしてトップ、2番手、3番手・・・と順位が付いて、それに応じて
配役が振り分けられる。
若手の有望株には新人公演や小劇場(バウ)で
主役が与えられる。
四季もかつてはスター主義だった。
越路吹雪、雪村いずみという大スターを呼び水として観客を集めていた。
その後、自前の俳優が育ち始めたが、彼らがまた
新たなスターになっていった。
魅力のある俳優には必ず熱狂的なファンが付く。
しかし、四季は10年ほど前からノン・スター主義の徹底をはかっている。
複数キャストの場合、当日の出演者を秘密にしている。
観客は特定の俳優を目当てに劇場へ来ることができなくなった。
入場してキャスト表を見るまで、誰が出演するか分からない。
時には抜擢された新人が主役になっていることもある。
観客の自然淘汰が進んだ。
スターに付いていた観客は自然と足が遠のき始めたが、
新たな客が演目で集まるようになった。
ブロード・ウエイに似ている。
これが今の四季が目指しているもの。
でも、結局スターは育つ。
日本人はスターを求めているのだ。
職場、学校から政治に至るまでリーダーが居ない不満を
スターやアイドルを追い求めることで解消しているのかもしれない。
MAMA MIA!
ロンドンで今、大人気のミュージカルです。
「アバ」のことは皆さん、ご存知ですか?
スウェーデン出身のポップ・グループです。
数々のミリオン・セラーを記録した世界的なアーティスト。
知らない方でも、彼らの曲を聴けば必ず耳覚えがあることでしょう。
「アバ」の数々のヒット曲を使って制作されたのが、このミュージカルです。
舞台はギリシアの或る島。
ヒロインのソフィーは愛するスカイとの結婚式をこの島であげることにしました。
幸せ一杯のソフィーですが、一つだけ気がかりなのは母親のドナのこと。
離婚して今はシングルのドナは、自分が嫁いだら1人ぼっちになってしまう。
そこで妙案が・・・・。
母のかつての恋人たちを、皆、結婚式に招待することにしたのでした。
ソフィーが撒いた粋ないたずらの種が波紋を呼びます。
招待された元恋人たちの中に、ソフィーの実の父親がいるのではないか?
男達は疑心暗鬼にかられます。
その一方で、ドナにも素敵な恋が実って行く。
2世代、それぞれの愛を描く、とってもロマンティックなラブ・コメディー。
このミュージカルのテーマはおそらく世代を越えた愛。
アバの数々の名曲はこの主題にふさわしい。
なぜなら、アバはデビュー26周年。世代を越えて支持されているから。
ロンドンの舞台では、アンコールで出演者と観客が一緒になって
「ママ・ミア」と「ダンスィング・クィーン」を歌うのが恒例になりつつあるらしい。
こんなミュージカル、日本でも創れないかな?
壁抜け男
劇団四季の「壁抜け男」を観てきました。
JR浜松町駅から浜離宮越しにライオンの顔が見えます。それが四季劇場。歩いて5〜6分です。
四季劇場は、大劇場(春)と中劇場(秋)がドッキングした造りになってます。
「春」では「ライオンキング」が、「秋」では「壁抜け男」がロングラン中。
中央の出入り口は共通ですが、家族連れは右へ(ライオン)、女性グループやカップルは
左(壁抜け)へと別れ、完全に客層が違っているところが面白い。
「秋」へ入るのは初めてでしたので、例によって劇場内をくまなくチェックしてみました。
舞台は非常に小ぶり。でもちゃんとオケピットがあります。
客席から左手にピアノ&木管楽器系、右手に打楽器系が設置されてました。
スペースから見て3人だけで演奏するのかと思ったら、本当にそうだったのにはびっくり。
しかも指揮者なしです。でも良い演奏でしたよ。
客席は非常に巧妙に設計されていて、どこの席からでも舞台が近く、
よく見えるようになっています。臨場感が非常に大事にされています。
面白いのは3階席。これはいわゆる、天井桟敷です。
席の前の敷居の上にクッションがあり、そこへもたれて乗り出して観るように設計されてます。
舞台を真上から見下ろすような感じです。席が安いのに観やすそうです。
私は2階の6列目で観ました。通路の後ろなので前に席が無く、非常によく観えました。
なかなか狙い目の席です。まぁ、特上は2階の1列目ですが。
客層は7割くらいが20〜30代の女性でした。
中高生や子どもはほとんど見かけませんでした。
男性もほとんどが女性の付き添い。
四季の場合は演目に合わせて客が集まるので、今回はこのような客層だったのだと想像されます。
開演は1時からでしたが、なかなか始まりません。
どうやら、全員が着席するのを待っているようでした。
しばらくすると係りのお姉さんの確認終了の合図がありました。
なんと満席です。普通は、招待席などで必ずいくつか空席がちらほらと見つかりますが、
今回はそれが全くありません。インターネットの威力。凄いです。
宝塚でも早く導入してほしい。
あたりが暗くなったなと思ったら、客席と舞台の間に「画家」がいつのまにか現れました。
半場俊一郎さん。四季でも有数の歌手です。今回は舞台の進行役。
でもこの時は、何も歌いませんし、話しません。無言で何かを語りかけてきます。
ラストを観た後でその理由が分かるのですが・・・。
リピーターの方はここで既にほろっと来るかもしれない。
幕が上がると、あるお役所の一室。典型的な小役人の4人のコミカル歌で始まります。
適当にやって、5時になったらすぐに帰ろう!という内容(笑)。
でも、その横で石丸幹二さん扮する主人公デュティユルが真面目に仕事している。
他の4人にとっては、くそ真面目な彼は非常に迷惑な存在なのです。
4人は5時になると彼をおいて、さっさと帰宅します(この時の退散の仕方が面白い)。
さて、独りとぼとぼと帰ったデュティユルに異変が生じます。
病気なのかと思って医者のところへ行ってみると、
壁抜け能力が身についてしまったのだということが分かりました。
医者は壁抜けに疲れたら飲むようにと薬を渡してくれます。でもデュティユルの気は晴れません。
切手集めと花の世話だけが楽しみの平凡で目立たない男だった彼にとって、壁抜け能力など迷惑この上なかったのです。
翌日役所に出勤すると、新しい部長が赴任して来ました。
軍人上がりの封建的な男です。要領の悪いデュティユルは早速目を付けられ、配置換えを宣告されます。
真面目に働いているのになぜ自分がそんな目に!、と、さすがの彼も怒り心頭。
壁抜け能力を使って部長を驚かし、ノイローゼーにして退治します。ここの場面のトリックが面白い。
彼は、帰りがけにパン屋に侵入してみます。それから宝石店へ。
何なく宝石を盗むことに成功した彼は、初めて自分の能力の凄さを知り、自信を持ちます。
この時の歌が楽しい。CFで流れているあの歌です。
石丸さんが喜び勇んで舞台狭しと駆け回る(跳ね回る)このシーンはとてもコミカル。
観客(女性)にも、「石丸さん、可愛いぃ〜♪」と
大受けでした。
ところで、デュティユルには密かに思いを寄せる女性が居ます。
悪徳判事の妻イザベルです。若く美しい彼女は、嫉妬深い夫に監禁同様にされています。まさに籠の鳥。
イザベルを演ずるは井料瑠美さん。「アスペクツ・オブ・ラヴ」以来、久々ですが、相変わらず妖艶な方です。
歌も巧いし、踊れるし、四季でも有数の女優さんです。役にはまってました。
おっと、大事な方を紹介しなければ。ご存知、大御所の光枝昭彦さん。悪徳判事です。
実は部長も演じてました。この後で、囚人役にもなります。独り三役の大活躍。
さてさて、デュティユルにとっては盗むことが目的で、盗んだ物には興味がありません。
貧しい人たちに配ったことから義賊(怪盗)として人気が沸騰し始めます。
でももちろん、彼が怪盗であることを知る人は居ません。
デュティユルは依然としてただの平凡な役人に過ぎないのです。
そこで彼は一計を図ります。銀行の金庫を襲って、警察に逮捕されることを計画します。
大々的に新聞に名前と顔写真が載れば有名になれるはず。
そうなれば、イザベルの気も引けるかもしれない・・・・・。
という感じで話が進んで行きます。これ以上はネタばれになるのでやめておきます。
台詞はほとんどなく、歌で進行して行きます。12人の俳優さんだけで演じられます。
芸達者な方々が集まっていて、独り二役、三役は当たり前。
各人にそれぞれ見せ場があり、役者さんたちにとっても、非常にやり甲斐があったろうと思います。
今回目立った俳優さんの1人は、役所の同僚役を演じた佐和由梨さん。歌が巧くて、とてもキュートな方です。
それから、新聞売りの少年役を演じた、有賀君。
彼のことはしばしば四季系のHPで話題になってましたが、非常に場慣れしてました。
新人とは思えない動きです。歌も巧い。
楽しいミュージカルでした。カーテンコールではアカペラを聴かせてもらえます。
そしてさらに、アカペラの伴奏で客席も一緒に歌わせてもらえるんです。
前もって譜面のコピーを渡されたので、もしやと思ってたら(笑)。
観客の皆さん、大喜びでした。
リピーターは歌を覚えていて、歌詞カードを見ないで大声で歌ってるし(爆)。
リピーターで席が埋まった時には、大合唱になるんだろうなと想像されます。
安く、観やすく、楽しいです。
是非、観に行かれることをお勧めします。