三国志


(一)〜(五)

(一)桃園の誓い

(二)漢室の風雲

(三)董卓追討軍

(四)呂布と曹操

(五)徐州の謀略戦

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(一)桃園の誓い

目次
黄巾賊の乱
芙蓉姫
張飛
王者の剣
乞食部隊
初陣
青洲城救援
火攻めの計
渡り鳥
鉄門峡の死闘



あらすじ
西暦184年1月、張角という人物が自らを大賢良師と称して挙兵し、ここに黄巾の乱が起こる。黄巾賊はその力を強大化させ、漢王朝を滅ぼそうとしていた。そのころ、北京の南に位置する琢県に劉備玄徳という若者がいた。彼は母親から王族の血筋であることを知らされ、桃園の誓いを結んだ関羽・張飛と共に義勇軍を起こす。玄徳は、次々と勝利を収め、遂に張角の片腕である張宝を討ち取った。


(二)漢室の風雲

目次
十常侍
勅使
放浪の旅
乱兆
何進将軍の死
西涼の董卓
荊州の父子
赤兎馬
暴虐将軍
青年曹操
奸雄立つ



あらすじ
黄巾賊の総大将張角が病死し、もう一人の片腕張梁も討ち取られ、黄巾賊は全滅した。劉備は安喜県の警察署長という低い役職に割り当てられたため、安喜県を去り、放浪の身となった。その頃、世の中ではあちこちで謀反が起こり、宮廷内でも十常侍が権力をほしいままにしていた。これに対し、各州の将軍たちは都に集結し十常侍を排除した。これに乗じて西涼の董卓将軍は権力を手に入れようと新帝を擁立する。しかし、董卓の評判は悪く、政府の高官である曹操は董卓の暗殺を試みる。これは失敗に終わり、曹操は陳留に逃れ挙兵する。


(三)董卓追討軍

目次
義軍集結
氾水関
関羽の武勇
虎牢関の戦い
遷都
落日賦
壊滅曹操軍
曹操の危機
玉璽
袁紹のたくらみ
磐河の戦い
白馬陣
和睦



あらすじ
曹操の檄により各地の将は集結し、袁紹を総大将として董卓追討軍を興す。氾水関では孫堅が、虎牢関では関羽が活躍し、義軍は洛陽に迫る。危機を感じた董卓は洛陽から長安に都を移す。一足遅れて洛陽に入った義軍の中で、曹操はただ一人自らの兵を率いて董卓の後を追う。しかし失敗し、曹操は命からがら逃げた。この敗走を理由に曹操が義軍を去ると玉璽を偶然手に入れた孫堅も去り、義軍は解散した。


(四)呂布と曹操

目次
孫堅立つ
荊州攻略
凶兆
王允のたくらみ
亀裂
絶嬰の会
董卓暗殺計画
曹嵩の死
休戦勧告
悪来典韋
罠と罠



あらすじ
洛陽で玉璽を手に入れ長沙に去った孫堅は、袁術と手を組み袁紹・劉表を討とうと兵を起こす。江夏を破った孫堅は劉表軍に迫るが、罠にはまってあっけない最期を遂げる。一方長安では、かねてから董卓暗殺を企んでいた王允が、再度暗殺を試みようと奴隷女の貂蝉を董卓へ仕向ける。ある日、呂布は彼女に一目惚れしてしまう。ついに董卓と呂布の間でもつれ、呂布は董卓を暗殺してしまう。董卓の死が全土に伝わると再び黄巾賊が暴れ出し、朝廷は曹操にこの討伐を命じた。曹操は瞬く間に黄巾賊を平らげ、また力を貯えていった。父親曹嵩をを呼ぼうとしたが、途中徐州の兵に殺される。これに怒った曹操は徐州に兵を向けるが、空になった袞州を呂布に狙われた。ここに曹操と呂布の対立が始まった。


(五)徐州の謀略戦

目次
イナゴ
逆境の流軍
長安脱出
廃虚洛陽
土性の地
二虎競食の計
駆虎呑狼の計
裏切り
撤退
蛟竜
小覇王孫策



あらすじ
徐州の太守、陶謙の死後、劉備が太守となった。イナゴの大発生により一時休戦していた曹操と呂布は再び戦ったが、陣内の裏切りにより崩れた呂布軍は徐州劉備軍のもとへ落ち延びる。その頃、都長安はまた乱れ始めていた。身の危険を感じた帝は曹操にかくまってもらうことになる。曹操は董卓の手下であった李催・郭い軍を叩きのめし、都を許冒に移した。この時、曹操の脳裏には気になる二人の人物がいた。劉備玄徳と呂布である。曹操はこの二人を引き離そうといろいろ計をこうじるが、結局、二人はくっついたままであった。


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