なかなか千秋楽に合わせて観劇する事が、叶いませんが、(千秋楽の一種独特な雰囲気が大好きなのだけど) 今回は、一、二幕だけでしたが、楽が観れて大満足です。 『毛抜』の段四郎さん、ひときわ華やかで、晴れやかなお顔でした。いつもの「無事、大役を・・・」の台詞に「無事、千秋楽まで・・・」 の言葉が加えられると、楽を迎えた喜びを役者と今日の観客が 共有しているようで、 なんだかとても、幸せな気分になりました。 『小鍛冶』は、すっかりハマって、8回観ました。 視覚的に見えるものは違っても、それぞれの役者さんが創りあげていく世界、体現する境地はもしかして 同じものなのかもしれない。 今年は(も!?)ほとんど、贔屓の猿之助さんの舞台しか観なかったけれど、 猿之助さんのパレットだけではなく、いろいろな沢山のパレットから混ざり合わされる、多様で複雑な色彩が描き出す舞台を 最後に観れて(文楽座も凄いっ!!)私の、本年の観劇も終わりです。 私たちに、観劇の喜びを与えてくれる、舞台にかかわるすべての皆様に感謝!! そして、こんな勝手な(!)書き込みを読んで下さった方々、失礼いたしました AND ありがとうございます! 良い新年をお迎え下さい。来年もカブきましょう。
歌舞伎座三月大歌舞伎演目は仮名手本忠臣蔵の昼の部&夜の部の通しだそうです。http://shochiku.co.jp/play/kabukiza/kabu3_index.html
いろいろ応援ありがとうございました。おかげさまで、仕事を投げ出して歌舞伎座夜の部を見てきました。 さて、今年の締めくくりで考えてみました。まず自分自身のノミネート作品を挙げてみると 二月 藤娘 藤の精=菊之助 三月 籠釣瓶花街酔醒 八ツ橋=玉三郎、次郎左衛門=幸四郎 平家蟹 玉蟲=福助 四月 傾城反魂香 又平=吉右衛門、おとく=芝翫 松竹梅湯島掛額、紅屋長兵衛=吉右衛門、お七=福助 六月 かさね かさね=玉三郎、与右衛門=孝夫 彦市ばなし 彦市=菊五郎、天狗の子=辰之助、殿様=染五郎? 七月 当世流小栗判官 猿之助一座 八月 真景累ヶ淵 豊志賀=芝翫、弟子新吉=勘九郎 浮かれ心中 栄次郎=勘九郎、太助=八十助、帚木=福助 九月 二人腕久 松山太夫=雀右衛門、椀屋久兵衛=富十郎 法界坊 法界坊=吉右衛門、甚三=団十郎 十月 盟三五大切 源五兵衛=幸四郎、小万=雀右衛門、三五郎=勘九郎 吉原雀 鳥売りの女=玉三郎、鳥売りの男=新之助 加賀見山旧錦絵 尾上=玉三郎、岩藤=孝夫、お初=勘九郎 神田祭 鳶頭=孝夫、芸者=玉三郎 十一月 大石最後の日 蔵助=幸四郎、伝右衛門=我當、おみの=幸四郎 奴道成寺 白拍子実は狂言師左近=八十助 勧進帳 弁慶=吉右衛門、富樫=菊五郎、義経=梅玉 芝浜革財布 政五郎=菊五郎、おたつ=松江 網打 漁師=八十助、たこ=みの虫 祇園祭礼信仰記 雪姫=雀右衛門、大善=富十郎、藤吉郎=鴈治郎、 河庄 治兵衛=鴈治郎、孫右衛門=富十郎 十二月 小鍛冶 童子実は稲荷明神=猿之助、宗近=勘九郎 盲目物語 弥市&藤吉郎=勘九郎、お市の方=玉三郎 梅ごよみ 仇吉=玉三郎、丹次郎=團十郎、米八=勘九郎 こうやってみると分かりやすい舞台が多いです(困) 時代物が少ないのも特徴ですね。 そこで、わたくし(歌舞伎初級者且つ不届物)が選んだ3本は、 浮かれ心中 この月は時間がなくて、3部を通しで見ていて、最後の最後に目に見張 る舞台でした。そしてとにかく笑わしていただきました。それに主人公 が死んでも全く暗くならず、ひたすら元気になる演目でした。まさしく 勘九郎の為にあるような演目でした。鼠にのっての“ちゅう乗り”の際 にかかった下座音楽が“It's asmall world”だったのも良かったです。 隣に座っていた外国人の子どもが口をあんぐりと開けて、手を叩いて大 喜びしていたのが印象的でした。 加賀見山旧錦絵 岩藤=孝夫、お初=勘九郎も良かったのですが、ただただ尾上=玉三郎 玉三郎の草履打ちの場の引っ込みにつきます。まるでその演技が神がか っていて、人間の能力を超えていました。 小鍛冶 猿之助は本当に再来年に還暦を迎えるのでしょうか?、小鍛冶でのその 踊りは、童子の時はひたすら“幼く”、キツネの際は“獣のように素早 く”、その動きは一点の無駄も迷いもくるいもなかったと思います。そ れと猿之助が花道より登場する際の揚幕のカーテンレールの音がするだ けで劇場全体の温度が0.5度ぐらい下がった様な緊張感は観客と舞台と の一体感を表していたような気がしました。 立役をあげると 芝浜革財布の政五郎=菊五郎、 この演目自体は、名作というわけではなく佳作だと思うのですが、地味 ながら何となく心の残る舞台でした。菊五郎の何が良かったというと困 るのですが、なにか菊五郎のこの舞台を見て良かったなぁ、もう一度見 てみたいなぁと思わせてくれました。 女形をあげると 籠釣瓶花街酔醒 八ツ橋=玉三郎 見初め場で八ツ橋=玉三郎の微笑で、僕も次郎左衛門になってしまいま した。 今年の三大後悔 阿古屋と新薄雪物語と文楽仮名手本忠臣蔵を見なかったこと。 全部忙しくて見れなかったのですが、阿古屋はこれだけ評判が良いので いずれまた演目として加えて貰えると思うのですが、新薄雪物語は通し でやることは随分先になりそうですので後悔でイッパイです。 以上が、私の今年の締めくくりです。 古今東西、さて、皆様今年いっぱい誠にありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
ほりこしです。 千龝楽は役者さんによって違いますが、澤瀉屋一門ならカーテンコールがあります。 また、芝居の内容によっては千龝楽でいきなり遊ぶ役者さんもいます。つまりアド リブで科白を変えたりしちゃうわけです。でも千龝楽だから何かやる、という約束 があるわけでもないので、どうなるかは分からないのが本当ですね。 今月は「梅ごよみ」ですから筋に影響のない範囲で勘九郎さんあたりは遊びが入る 可能性はあると思います。 ちなみに先月の「芝浜」の千龝楽では菊五郎さんが松江さんの女房に最後の場面で 酒を飲ませるくだりで「いい飲みっぷりだなぁ。今日は千龝楽だからこの勢いで」 とか言っていました(笑) もちろん「先代萩」や「加賀見山」なんかではそんなことはあり得ませんが…。 私としては孝夫さんが「孝夫」としての最後の舞台になるので、何かないかなぁ という期待をしています。 と、いったところでしょうか。
吉左右衛門さん 何とかして観られるように頑張って下さい。 吉左右衛門さんの「今年の締めくくり」楽しみにしています。 実は私、明日はちょっと早めに仕事を終えて、「連獅子」からになると思います が夜の部に行く予定です。[千秋楽夜の部]は初めてなので、何か特別なことを やってくれるといいなと期待しています。
どうしましょ、時間がなくて歌舞伎座の夜の部に行けない。 夜の部の舞台を見てから、今年の締めくくりを書こうとしたのに、このままでは行けなく なってしまう。何とかしなければ(自分でたてた企画なのに) ところで、12月の千秋楽の夜の部の最後に、なにか特別な催し物(一本締めとか)は あるのですか?
相変わらずの稚拙な文章ですが、よろしかったら、ご覧下さい。 以前「一幕見席」にも書いたのですが、毎月何回も歌舞伎を観に 行ったのは、今年が初めてです。それまでは、年に3〜4回でした。 もちろん、一年の歌舞伎を振り返るのも初めてです。何だかとっても 幸せです。自己満足でごめんなさい。(^_^;) [感激した演目]3つには絞れませんでした。 *羽根の禿〜うかれ坊主 子供の頃、所作は退屈で、あまり好きではなかったのですが、 10年位前(高校生になった頃だったと思うので)に富十郎さん の踊りを観たとき、目から鱗が落ちました。 相変わらず、素晴らしい身のこなしでした。特に「うかれ坊主」 は最高でした。 *色彩間苅豆・かさね 玉三郎さんの‘かさね’は、今でも思い出すと背筋がゾッとします。 与右衛門へ伸ばしたあの指の先からは、何か出てましたね。ぜったい。 *団子売 染五郎さんも孝太郎さんも、若々しい、清々しい、爽やかな お似合いの夫婦でした。孝太郎さんのチラッと漂う爽やかな 色気?も良かったです。とにかく、くどいようですが(^_^;) 爽やかだったのです。 *加賀見山旧錦絵 今年の観た中で、どうしても一つだけと言われたら、これです。 尾上、岩藤、お初それぞれピッタリはまっていて、何度観ても、 飽きませんでした。 ‘NEWバージョン加賀見山’は大成功だったと思います。 (いつものことながら…勘九郎さんの声が、かすれちゃうのが 気になったけど) *心中紙屋治兵衛・河庄 このお芝居は、以前テレビで観た時から、是非LIVEで観たいと 思っていたのですが、意外に早く希望が叶いました。配役もその 時とほぼ同じだったと思います。 期待どおり、鴈治郎さん・富十郎さんのセリフの掛け合いは最高 に楽しかったです。堅実とか安定感って、こういうことなんだと 思わせるお芝居でした。 その他の役者さん方の息もぴったり合い、上方の雰囲気にどっぷり ひたりました。 [はまってた立役] 幸四郎さんの源五兵衛:小万に子供を殺させる場面など鬼気迫る名演技 だったと思います。先日早くもNHKで放送して いましたが、改めて怖さを感じました。 3月の籠釣瓶の次郎左衛門よりもこっちの方が はまっていると思います。 [はまってた女形] 玉三郎さんの尾上:今年演じた大役の中では、地味なものかもしれませんが 尾上は秀逸だったと思います。草履で打たれた後、花道 を去っていく時の‘尾上’の目は、今にも溢れそうな涙 でいっぱいでした。その涙を観た時は、ゾクッとして鳥肌 がたちました。私はすっかり金縛り状態でした。(ちなみ にその時の席は、は列38番:まぶしかった) 何と表現すればいいのかわかりませんが‘玉三郎の’とい う感じで、感激しました。 [その他の忘れ難いもの] 時蔵さんのお舟:6月国立劇場・歌舞伎鑑賞教室で「神霊矢口渡」 という芝居は、初めて観ました。 一途な娘役は素晴らしかったです。泣けました。 今年は玉三郎さんの派手さに圧倒されてしまったのか あまり目立たなかったような気がするのですが、 時蔵さんも大好きな役者さんなので、来年も地味な役 でも頑張ってもらいたいです。 孝夫さんの‘脚’:「かさね」を仮花道のすぐ脇(に列4番)で観る機会が あったのですが、その時観た孝夫さんの脚がとっても 綺麗で、色気がありました。 手を伸ばして触りたい気持ちをグッと堪えました。 ***** 御 礼 ***** 今年の玉三郎さんの(歌舞伎での)活躍がなければ、私はこんなにも劇場通いを することは無かったでしょう。 “玉三郎さん ありがとう。” という一年でした。来年もたくさん歌舞伎に出演してほしいです。 それから何といっても、このHPを発見したことも今年の大きな収穫でした。 “吉左右衛門さん ありがとう。 皆さん ありがとう。” 来年もよろしくお願いいたします。 つい、ながくなってしまいました。お許しください。
はじめまして。さくらと申します。 15日に『梅ごよみ』見て参りました。実は3度目だったのですが。 亀治郎さんのお蝶とても素晴らしかったです♪玉三郎さんと勘九郎さん扮する 深川芸者の中で、それはそれは初々しく、意地らしい娘役、光っていました。 特に、序幕の立ち姿は、なんともいえない雰囲気で、意地らしさの中に、品が 格がありました。 あの立ち姿は、亀治郎さんにしかできないのではないでしょうか。 限りない可能性を秘めている亀治郎さん、これからも見守っていきたいです。
ごめーん!!!
お名前:YASUKO
投稿日:12月18日(木)03時19分49秒
ぎゃー!!なんだか変だと思ったら・・・・すみませーん!! 最後の一行は・・・・どーすればいいの〜 変な送信の仕方してごめんなさい。
今、自分の文章を読み返していたのですが、 12月昼の部、小鍛冶での羽左衛門さんに関する発言ですが、 あれを読むと、なんだかいつもヨロヨロ(失礼!) されているような、印象を与えてしまいますね、ゴメンナサイ。 たぶん私たちの観劇した日の体調がよろしくなかったか、たまたまだったのでしょう。 それと、<潮時>というのは、羽左衛門さんにかかっている言葉ではなく、すべての役者さんに対しての、言葉というか願い。 何年か前にホロビッツが、引っ張り出されてきた事があったでしょう? ああいう残酷というか無非?なことはして欲しくないし、見たくない!もう、<生きて動く事実>だけを確認したい、みたいな・・・ 役者でも(音楽家でも)自己の肉体を使って、その芸術性_性を表明するというなら、 やはり、それに支障をきたす状態になたら、(私は)、舞台に上がってほしくない。どの役者さんであっても。 そして、羽左衛門さんですが、 先日は「1階は列」なんかで観たものですから、どうしても全体というものが、見えてなかったかも。 上から観ると、とぉーっても、バランスが良いのですわ!3人の!!羽左衛門さんの存在感、 しっかりと幕見席まで伝わってきました。なるほど〜って感じ。 (何がなるほどかって?なんか上手く言語化出来ないんですけど、その存在感がなるほどなのだ) 幕見も、あと何回か行ってしまうでしょうけど、 三階(22、たぶん23も)と、一等(千秋楽)でもまた観ます。 ああ、これが役者が揃うってことかと、認識しましたわ!! 前列にいるとどうしても、役者の表情や細かい所作に気持ちがいってしまって、(あるいは好きな役者の顔だけ見ちゃうとか!) 舞台の上手から下手花道までを含む、劇空間の全容を解明(なんだかニュースの言葉みたい・・)出来なかった。 別に今回は<解明>出来た!ってわけじゃないけど。 もー小鍛冶大好き! 1月も踊って頂きたいくらい好きになっちゃいましたわっ!! それと、<潮時>と書いたのは、羽左衛門さんに対してではなく、
はじめまして。チャットにはちょくちょく顔出させていただいてるんですが・・・ さて、きのう16日南座の顔見世に行ってきました。 夜の部でしたので、吉右衛門さんの“俊寛”と菊五郎さんの“京鹿子娘道成寺”と 幸四郎さん&鴈治郎さんの“籠釣瓶花街酔醒”でした。 ねらいは、吉右衛門さんの“俊寛”だったのですが、もう想像していた以上によかったです。 最後の岩の上から御赦免船を見送るとき叫ばずにただ、まばたきもせずにボーゼン・・・と見送る姿に 余計じーんと胸に込み上げてくるものがあり、いっしょに行った友人3人と号泣してしまいました。 それから、菊五郎さんの“京鹿子娘道成寺”の白拍子花子もなんと艶やか・・・・表情が豊かで うきうきする踊りのとき(xxxxの踊りとかいうのでしょうが・・・すいません)の目線が、ほんとにまぁ 色っぽい・・・見つめられているようなきもちになり、ドキドキしました。 最後の“籠釣瓶花街酔醒”は、とにかく八つ橋役の鴈治郎さん! いやはやもうまいりましたぁ・・・・ 以前福助さんの襲名披露興行で福助さんが八つ橋をなさったときは、「う・美しすぎるぅ・・・」と ため息がでましたが、鴈治郎さんの八つ橋はなんといったらいいんでしょうか・・・ 全体からにじみ出てくる美しさがプラスされていました。 いやそれだけではありません。見染めの場での微笑みがなんともはや・・・・ うーん うまくことばになりません。 とにかく、おわってしばらくは興奮覚めやらず・・・の状態でした。 今回の3本は、3本とも非常にノーミツでしたが、連れの2人もすっかり歌舞伎にはまってしまったようです。 やっぱり、いいですね。歌舞伎は・・・ あまり、まとまりないことをかいてしまいましたが、いい年の締めくくりになりました。 来年も行くゾー! *************************************************************** 吉左右衛門さん お約束の「どシロートの感激ッ!歌舞伎観劇記」はこんな風になりました。 ご期待に答えられなくて申し訳ありませんでした・・・・
ほりこしです。すいません。またまた不用意な言葉を使用して温度を上げてしま いましたね。 これは言い訳ですが、私が見に行った日に「おいおいお前ら芝居見に来てんだろ う!!」という態度のお客さんに囲まれまして。で、玉三郎の顔だけ見て「綺麗 ねぇ〜。ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ…」。そしてあの場面だけ舞台に目を向けて 「ゲラゲラ」という次第で、キレてたのですよ。 勢い「笑いを取る」という言葉に過剰反応して「芝居を見るセンス」などと言う 言い方をしてしまいましたが、よく考えれば(考えなくても)それは「マナー」 の問題でしたね。 これは悪い例ですけど、例えば中村屋の後援会のひとには極端な人がいて、たと え1階の最前列をまとまって確保していても中村屋の出番が終わると揃って席を 立っちゃたりね…。そういう見方をする人が少なからずいることが、ほりこしは やっぱりイヤなんですよ。 と、まぁ日頃のそういう鬱憤を溜めたた結果「センス」という言葉になっちゃっ たんですけど、やっぱりマズかったですね(^^; とにかく、私は最低限のルールは守って欲しいわけです。3階席に座っていると きは後ろの人も見易いように乗り出さずに座席に背中をつけて見るとか、花道が 見えなくても無理に中腰になったりしないとかね。イヤホンガイドの音は(私は 借りないですけど)聞こえる最小限の音にしておくとか、ビニール袋をガサガサ いわせないとか、隣の人とお喋りはしないとか…。最近とみにこういうことが酷 くなってきていると思うのですよ。 ね、今自分で書いた文章見ても思ったけど、こういうことに私は苛立っているの ですよ。それが結局「暴言/失言」になってしまったのは私の「センス」の問題 ですね。 申し訳なかったです。>YASUKOさん、まりりんさん、思議さん、皆さん と、いうことでそろそろこの問題には終止符を打ちたいのですが、いかが?
おはようございます。朝も早くからスミマセン 寒い季節にあつ〜いこの場 我慢できませんわ。 私 思うに「芝居を見るセンス」というのは ちょっと・・そりゃ 最初から睡眠の為に 来ているというなら いざ知らず ごく普通に「さあ、お芝居を見よう」というくらいの気持ちで 感動できなきゃ私はウソだと思います。 まま、歌舞伎に関しても「言ってることがわかんない」とか「ストーリーが荒唐無稽で現実感がないわ」 など いろいろ言い訳はできますが 断言してしまう。「いいものはいい」 結局 ハマるか、ハマらないかなんだと思います。 たとえ デパートの福引きか何かで券が当たって(あるのか?そんなもの?)一生に一回くらいは 歌舞伎座でも覗いてみようかいという人が見てもはまる人ははまる。 はまってしまい、昼夜とわかたず 頭から歌舞伎のことが離れない状態になってから 「ああ、そうか そういう意味なんだとか あそこの動きはこういう気持ちということか」 わかってもくるし、興味もわき、いろんなことが知りたくなる。違うかな? 歌舞伎座にきてる人が全部(歌舞伎を上演している劇場すべて)が歌舞伎を愛しているかは わかりませんし、確かに現代の感覚で昔は泣くところが笑われたりとかあると思う。 12月の芝居のことじゃないです観ていませんもの。う〜ん うまく言えない。 また 芝居そのものの善し悪しもあるでしょうし、その人にとってはまる芝居そうでないもの もあるだろうし、例えば私は吉右衛門さま命ですが、評判のよい『俊寛』はあまり・・ 4回くらい拝見したでしょうか 上手いこともわかるし、ご本人の一生懸命さも伝わり 劇評でも絶賛されていたようですが 私はいまひとつ・・わかりやすい話ですし 吉さまも好きな お役だと思うのですが・・「感動しろよお」とプレッシャーをかけられている感じが 今、南座にかかっていますが 飛んでいって再度 観てみたいですわ。 何を言っているのかよく わからなくなってきましたが 誰が観てもいいというわけにはいかず、かといってお勉強してくりゃ感動するともいえず 狭くてふかあい歌舞伎の道 何はともあれ滅びぬように身体が丈夫なうちは 一生ついていきまする。 ほりこし 様 私も去年『関寺小町』拝見しました。吉さまが 『おしどり』(ほんとの題名は感じが難しい)踊られたので。 で、何の予備知識もなく、 歌右衛門さまの偉大さも知りませんでしたが (名前は知っていた) 何か私の中に深い印象を残しました。あの 踊り どなたが踊ってもああいうものか知りませんが 私の記憶が確かならば座ったままだったような気がする。 最初 舞台に現れたとき正直(なんだと思いました。)バリバリのお婆さんだし 100歳の小野小町だから後で考えれば当然ですが その時はそういう踊りがあるって 知らなかったので。これも私の記憶が確かならば出のときと舞台そでにさがられる時 後見さんに支えられていたような気もするし、 が、しかし、私 全面的に感動したとは言い難いののですが それでもなお あの踊り 座ったままだけど(わたしの記憶の中では)何か鬼気迫るというか ああ この女の人は寂しくて悲しいんだなあという想いがひしひしと伝わってくるものでした。 その後 歌右衛門さんの生舞台をみることはなく TVだけなんでしょうもないんですけど 凄いなと ちょびっと感じるところはあるものの私 個人としては雀右衛門さんの方が 単純に好き!って思えます。好き嫌いはどうしようもないですよね。失礼なこと言ってたら ごめんなさい。 とにかく 毎日、歌舞伎のことで頭がいっぱいです。主に吉さまのことで頭がいっぱい でもなあ ここ 毎日 おたずねすると 歌舞伎座に行きたくなってきちゃった 劇場の空気が吸いたくなってきちゃった。 千秋楽までに行ってこようかな よおし 行くぞ!宣言しつつ そろそろ お暇を・・(仕事せえよ) YASUKO さま 私 YASUKO様の意見に?と感じるところもありますが 歌舞伎への情熱 猿之助さまに対する情熱 私 おおげさでなく ちと涙ぐむような気持ちです。ちと湿っぽいな う〜ん 血潮を沸騰させられる想いです。なんのこっちゃ 私は 吉右衛門 さま命です!がんばりますぞえ
ーーーー>ほりこしさんへ。 そーそー結局貴方は歌右衛門命!?で私は猿之助命!なわけなのよ。 でも、これだけ両極なのに、お二人共大衆性(←業界的には歌右衛門の地位は高いままだし、 かつては、戦後の疲弊した日本の中で、日本が失う事のなかった美の具現者とまで思われ、抜群の人気を誇ったという意味で。 そして猿之助さんに関しては、言うまでもなくの集客力と、多くの層を歌舞伎の観客に取り込んでいるという点において) があるということは、伝統とか芸術性というのは、通俗と決して切り離せないものではないかしら。 たとえが妥当かどうか、分からないけど、世界三大名画のひとつにベラスケスのラス・メニーナスがあるじゃない? 今年、また新たな技術によって過去の下絵が発見されて、いろいろ見解(美術評論家の!)が、変わったりしてるけど、 技巧・芸術性の高さと共に、大衆に絶対的な人気があるから、残っていくし評価されるわけでしょう。 モーツアルトとかさ! (この人の曲なんて、それを弾きこなす力のある人しか、本来はその技巧的エクスタシーを、体感できないんじゃないかと思うけど) だから、最近の観客は芝居のセンスが・・・なんて、(そんなこと言うと保ちゃんと、呼ぶわよ!) それは、暴言だよ。じゃあ、どのセンスが基準なわけ!?となってしまうわ〜。 真の芸の力というのは、多様な人々の魂を、揺さ振る力だと私は思います。 だから、<今の観客>のせいにしちゃいかんわ。常にその時代の<今の観客>に支持されたからこそ、 過去の役者も名が残ったり、作品も残ったり(消えたり)してるんでしょう。 あー、ひと月ぶりに出待ちしたので、ちょっと気持ちが高揚してます。理路整然と文章を書きたかたのだけど、 話し言葉そのまま打ってたらなんだか、長くなってしまった。 ご静聴!?ありがとうございました。 歌舞伎には、この物語の眼目はここ、みたいなお約束がたくさんあって、もちろん、それを楽しみに、 この役者は、ここをどう魅せてくれるかを期待して行く人もいるだろうけど、違うところを観たって全然オッケーじゃない? もう、自由に受けとめて下さいという役者もいるかもしれないし、ここが見せたかった、これを伝えたかった というのもあるかもしれない。だから本当は、千秋楽あたりに役者が、これを狙ってたんですー!なんて、 発表すると面白いかもね。(なのにハズした、とか、観客が思うつぼにはまってくれて、ガハハとか!)
亀次郎ではなく、亀治郎です。 ごめんなさい。
続いてスミマセン。 14日に夜の部を観て参りました。 「酒井の太鼓」…團十郎さんの酒井は、初役ということですが、家の芸という こともあって、なかなか良かったと思います。 前半の泥酔状態の場面は、空振っているところもあったよう に思われますが、後半の鳥居との立ち回りでの見得や太鼓を たたく場面などは、かっこ良かったです。 酒井の“かっこ良さ”だけしか印象に残ってないといえば、 それまでですが・・・ 「連獅子」…孝夫さん、孝太郎さんの連獅子は、東京では初めてということで、 仁左衛門襲名前の大好きな“孝夫さん”の最後の舞台でもありますし (べつに仁左衛門という名前が嫌いなわけではないのですが)、観る 側としても気合いを入れました。完全に贔屓目です。 演じる側としても気合い入ってたと思います。 特に印象的だった点をいくつかあげると、 *谷に突き落とした子を探す親の様子は、観ているこちらも 息を殺して見守るような緊迫感がありました。 *何といっても孝太郎さんの若々しい元気はつらつな舞いは、 期待以上でした。 *孝夫さんの獅子の姿になってからは、荒々しい勢いだけでは なく、気品も感じられ、気高い獅子の雰囲気がたっぷりでした。 間狂言も全く飽きず◎です。 「梅ごよみ」…團十郎さんの丹次郎は、意外に◎。孝夫さんの丹次郎は写真(玉三郎 の仇吉とツーショット)でしか見てないのですが、色男の雰囲気が、 バッチリ伝わってくるものでした。というわけで今回、観る前は少々、 配役に不満があったのですが、江戸の芝居ということを考えると團十郎 さんのほうが良かったのかもな、かっこ良かったし。 勘九郎さん、玉三郎さんは、期待どおりに楽しませてくれました。 テンポのいいセリフが飛び交い、粋な深川の雰囲気を満喫しました。 亀次郎さんも爽やかで◎。 しかし、玉三郎さんは綺麗すぎますね。芝居が終わって役者さんが 勢揃いした時、つくづく感じました。 やっぱり仁左衛門さんの丹次郎も観たいです。 ながくなってスミマセンでした。
ほりこし様 わざわざのお出まし、恐悦至極に存じます。(ちょっとやり過ぎかな(^_^;) 先程の私の書き込みは気になさらないで下さい。 私は、自分でも色々な意味で未熟者と思っているので‘芝居を見るセンス’ についても、これから精進する所存です。 これからも、よろしくお願いします。 それから勘太郎さんといえば…七之助さんは最近どうなさっているのでしょう? ここに書き込むことではないですね、失礼しました。ちょっと気になったので。
ども、時間をおかずに登場します。ほりこしです。 全然関係ない話ですけど「贔屓目」ってやっぱりありますよね。そもそも、 客観的である必要がないのだから当たり前ですがね。 例えばほりこしは、孝夫、菊五郎、玉三郎に対してはファンの要素が強いの で比較的点が甘いし。勘九郎、八十助、福助あたりは「もっとできるはず」 って思う分厳しくなるし。猿之助であれば「もっと演出は控えても、十分に 芸の力で見せられる人なのに」って思ったり。團十郎は、最近頑張ってるし 健気だしなぁ、とか思ってつい同情票が入っちゃうこともあるし。 ま、好きな役者でもあんまりだと可愛さ余っちゃうこともありますけど…。 ん〜、何が言いたいのか自分でも混乱してきました(^^; まぁどうしても好きな役者のことは良く見えるし、そうでもない人のは冷静 に厳しく判断しちゃったりして、それをまぁ思ったまま、こういうところに 書き込んでいるから誰かを不愉快にしていることもあるんだろうぁ、って。 ちゅうわけで、まぁ色々(気付かぬ内に)失礼を書くこともあるかも知れま せんが、どうもすみません。 って、おいおいこりゃ反省文じゃないか(笑) -------------------------------------------------------------------- 話題を変えます。 昼の部の「毛抜」「小鍛冶」にもコメントします。カチンときても怒らない で下さいね。そう思っちゃったんだから。 「毛抜」 段四郎さんはもっともっと期待していたのだけど、皆さんのご指 摘通り、突っ込み不足だったなぁ。特に色気がねぇ…。 やっぱりやや仁から外れているのかしら? 同じ十八番ものでも 弁慶や暫は完璧に仁にピタリだと思うんだけど…。 それと、もう一つ気になったのが歩き方。出や引っ込みは別とし て、何か軽くスタスタと歩いているのがかなり気になりました。 あの歩き方だけでも随分、役が軽く見えてしまいました。 ※ただ、段四郎さんの見得はとても美しかった。イキを詰めていく 感じと、極まったときの顔の立派さは無類ですね。芝居として、 ではなく一枚の絵としてまったく感心しました。 「小鍛冶」勘九郎、羽左衛門さんの両名はまず役の人物として行儀が良いの でそれが良かったですね。小鍛冶という舞台の中で目立ち過ぎも せず、かといって何もしないのではない、というのが好感。きち んと存在感ありました。 で、猿之助さん。私は前半がかなり好きです。飛ぶ、廻るという 動きが「見せよう」っていうのではなく、非常に神秘的な存在故 の動きとして「自然」に見えたからです。この童なら、まさしく こういう動きだろう、と思えたところは流石に舞踊の名手です。 後半、ちょっとライトの演出がやりすぎにみえないこともなし。 猿之助さんは松羽目ものみたいな照明でも、十分に森厳とした雰 囲気と凄みを創り出せるはずなので。スポットを弱くして明るい 照明の中でやるのも見てみたいな、と思いましたね。 もちろん、舞踊の名手猿之助。踊りの手はたっぷりと楽しみまし た。猿之助さんの足遣いは本当に大したものです。 右近、猿弥、亀治郎の間繋ぎ(あえてこう書いてしまいますが) も、それほどもたれることもなく、次への期待感を煽るには丁度 良かったように思います。まぁ舞踊の楽しみ、というほどでもあ りませんでしたが(^^; と、いったところで何か週明け一気に書き尽くしている感があるほりこしでした。では。
ほりこしです。 すみません。何か申し訳ない気分になったので出てきました>まりりんさん 勘九郎さんが「笑い」をとっちゃう芝居をしていたのは確かです。でも、そ れだけを狙っていたようには見えなかった、ということです。 でも結果としては、かなりの数のお客さんを笑わせてしまったのですから、 やっぱり…なのでしょうね。でも実は笑いを狙っていたのなら、私の弁護も 虚しくなりますなぁ (^^; ただ、私には単純に笑えないなぁ、という芝居をしているように見えた、と いうだけで、結局は受け取り方一つなのでしょう。 そうそう、いま思い出しましたけど、笑いの一端には勘太郎の責任もあるよ うな気がします。「なんなの、このひと〜」って感じの芝居が余計に笑いを 煽ってしまった感はあります。まるで町娘みたいな逃げ方でしたから。あの 芝居の受け方ひとつでも、変わっていたかも知れません。 と、いったところでしょうか。では m(_ _)m
13日に昼の部を観て参りました。 「毛抜」…いまひとつ盛り上がりに欠けたような気がしました。 段四郎さんの弾正は、色気とか愛嬌をもっと派手に ‘パァーッ’と出してほしいと思いました。 期待が大きかったので、ちょっと残念でした。 「小鍛冶」…猿之助さんの踊りは素晴らしかったです。あの身のこなしは、 人間業とは思えませんね。狐を演らせたら日本一いや、世界一 ですね。金歯には、ちょっとギョッとしましたが・・・ 勘九郎さんと相槌を打つところも盛り上がって◎でした。 期待どおりでした。満足、満足。 「盲目物語」…玉三郎さんと勘九郎さんのコンビは大好きなので、どうしても 贔屓目でみてしまうのですが、今回の勘九郎さんには、ちょっと 首を傾げます。弥市があんなに笑いをとらなくても、と思うので すが、私には‘芝居を見るセンス’がないのでしょうか? 玉三郎さんの琴の演奏と唄も良かったです。ただ演奏が終わると 緊張の糸が切れてしまうのか、セリフに詰まる場面があったような(^_^;) 玉三郎さんでも、こんな事があるのかと、ちょっと意外でした。 何だかんだといっても、最後の琵琶湖の辺の場面では泣けました。(; ;) あの弾き語りは弥市の悲哀がとてもよく表現されていたと思います。 私はこういう芝居も好きです。
ほりこしです。 ちょっとまってYASUKOさん。私は羽左衛門さんの勅使はとても良かっ たよ。肉体の衰え=芸の衰えだとはほりこしは思わないし…。 ほりこしはどこが良かったか、といえば…何もしないでも「勅使に見える」 ということです。猿之助さんの神様(だよね?あれは)→勅使→鍛冶という 位がハッキリ見えたところに各々の技量を感じるわけです。しどころも殆ど ない中で「勅使」に「なれる人」はそういるもんじゃないと思うわけ。 たとえば去年も歌舞伎の舞台は100回以上見ているけど、一番感動したの は藤間会で歌右衛門が見せた「関寺小町」だもの。たしかに肉体の美と精神 の拮抗する40〜50代の舞台というのが素晴らしいのは私も認めますが、 そこから先を否定するのも肯定するのも個人の自由。あんまり断定的に書か れちゃうと悲しいぞ。 ☆と、いうわけで桟敷席の皆さん、同じ舞台を見てもこんなに違う見方になる ☆んだから、やっぱり劇評を見る前に自分の目で確かめに行くのが一番です ☆よ。(←ここはYASUKOさんと同意見だぁね) ちなみに私は十二月の昼の部では「小鍛冶」が一番かなぁ…。「盲目物語」 は、ほりこしは、ああいう手の芝居はもともと得意じゃないので意見がまし いことは書けないです。一ついえばYASUKOさんのご指摘の「笑いをと ってしまう」部分。あれは勘九郎さんの責任半分、客席の責任半分だね。 ほりこしは思うけど、最近客席の人の「芝居を見るセンス」も落ちてきてる んじゃないかな。そこまで芝居を真剣に見てきていないから、弥一の狂気の 部分だけが断片的に「面白く」なっちゃうんだと思う。あそこまでの芝居を しっかり見ていれば、あの滑稽味の中に人間の哀しさと愚かさがあることが 見えてくるとおもうんだけどね。確かに勘九郎さんはあそこでやや愛嬌を見 せすぎの感もあるけど…。あの弥一の狂気は、本人にとっては一大事でも、 他人から見ればある意味で滑稽で悲しいものの筈。勘九郎さん本人はそれを 表現したいと思ってるだろうし、ほりこしはそういう面が見えたけどな。 とはいえ、あの芝居自体を好きかどうか、というのは別問題でね(^^; あと玉三郎が「お市の方」と「淀君」を見事に演じ分けていたのには感銘を 受けましたけど。ちゃんと「淀君」の方が若かったもんなぁ。 まぁんなところでしょうかね。とりあえずは。 YASUKOさん> 別に敵意はないですよ、相変わらず(^^; 分かってくれてるとは思うけど。
今日、ここの座長である富野屋吉左右衛門さんと一緒に歌舞伎座へ行ってまいりました。 演目はすでにYASUKO様がお書きになられていますけど、私にとりましてはとても 素晴らしい内容でした。特に童子を演じられた猿之助さんの身のこなしには圧倒されました。 また、勘九郎さんの早変わりにも圧倒されました。 歌舞伎初心者ですので、とんちんかんな書き込みになってしまいましたが、今度ともよろしく お願い申し上げます。 そして、富野屋吉左右衛門様、また連れてって下さい。
す、すみません。 もちろん 14月じゃなく 4月です。おばかあ