(1) 11月末の土・日に鳥羽へ一泊旅行に行ってきた。
高校時代の友人5人と赤ちゃんが一人、そして私を入れた7人旅。
最初は6人だけだったので、車2台(エスクードとパジェロイオなの)でなんとかいけるかな?というカンジだったのだけれど、
友人の一人が子供を連れて行くことになった。ちなみに赤ちゃんは6ヶ月。大丈夫なのかぁ〜???と思ったけれど、
お母さんである彼女は「全然大丈夫」とにこやか。さすが、かあさん!
かくして、1台にチャイルドシートをつけ、もう1台にベビーカーをのせ、いざ出発!!
(2) 夜は豪華に生け作りなので、「あんまりたべちゃいかんねー」といいつつスナック菓子をバリバリ、バリバリ。
「全然お腹すかへんわー」そう言った隣の運転手はハンドルを握ったまま、くねくねやっていた・・・・。
「こうすれば、お腹が減るかな。」うーん・・・・・・・それはどうよ?
(3) 松阪を越えた辺りからまわりにはほとんど何もなく、ただ道だけが延々と続くようなイメージ。
その道の両脇に等間隔で延々と電信柱が並んでいるが、そこに貼ってある看板は御存知、赤福。
延々と続く赤福の看板・・・。名づけて赤福ロード。
(4) 車中にスピッツの歌声が流れる中、車は一路、鳥羽の相差へ。
鳥羽からパールロード(海が見えるビューティフォーな有料道路)に乗っていくと楽なんだろうけど、海岸ぞいに下道で走れそうな勢い。
有料より無料という貧乏根性もあいまって、パールロード手前で下道へ・・・のはずが、道は見えるが降りられない。
2回ほどUターンをかまして、海岸沿いの道へ降りられるトコロを探すが、これがどうにも見つからない。
辺りも暗くなってきたため、パールロードでいきゃイーじゃんってことになった。

隣の運転手曰く、「でもここまで探したら、見つかるまで探したかった気もするなあ」
そう、ここまできたらお金じゃない。必死になれる何か、それが大事なのよね。などと思いつつ
暗くて景色も見えないパールロードに乗った。
(5) やっと相差。
旅館は目前。でもやったら入り組んでて、もう一台が違う道に行ってしまった。あぁ・・・。
旅館目前にして、何故か現地集合という事態に・・・。(ちなみにナビ担当は、わたくし)
そして、旅館到着!全9室の小奇麗な旅館で、その日は全室満員御礼だったらしい。

赤ちゃん(彼女の名はみ○○ちゃんなので、仮に「みーちゃん」と呼ぶことにしよう)=みーちゃんはすこぶるおとなしく
無事に着いてよかった、よかった。
達成感と安堵感により、全員部屋でまったりとする。
お腹もいい具合に空いてきた。「おっさかな!おっさかな!」私の心はおさかな(=お魚)コールでいっぱいだった。
(6) 本日のメインイベント=夕御飯
ごっはーん、だ!舟盛だ!すごいぞー!!!!

がぁーって女6人(いや、厳密には7人か)お酒をのみつつ、魚をつつきつつ、どんちゃんどんちゃん。
鳥羽・相差の夜は更けていったのであった。
などと、椎名誠ばりの大宴会と思いきや、酒をたのんだのは7分の4人。しかも一杯、おかわりなし。
そして、食事中の会話はこうだ。
ずんちゃん 「うわぁーんサザエ嫌やー、中ちゃん食べてー。」
ぴろ 「せっかくやで食べてみやなな。(サザエのつぼ焼きを食べる)・・・(無言)」
わたし 「(サザエのつぼ焼きの中身を見る)・・・グ、グロすぎる・・・」
ぴろ 「釜飯の中に牡蠣がぁー!!!」
わたし 「ちょ、挑戦、挑戦。」
要するに、この三人は魚介類があまり駄目らしいということがわかる。
じゃあ、なんで魚食いに来たんじゃー!!!!!
と、つっこみたくなる気はするが、みんなで一泊するということが大事なのであって、えーっと、うーんと。
まあ、そういうことなのだ。
お魚コールまでしておきながら、まことにすまん。でも食べたぞ(威張る)。
後から後から料理がでてくるのだけれども、その中に「車海老の踊り」があった。
実は、私は海老があまり好きではない。でもエビフライは例外だ。
旅館のおばちゃんが、生きてる海老をむいて一人一人に渡してくれるのだけれど、動いている・・・・。(当たり前か)
お皿の上で、痙攣ぎみに頭なし海老が動くのを非常に渋い顔で見ていた、その時
しばらく前におばちゃんにもがれて、痙攣もおさまっていたずんちゃんの車海老が、
めっちゃ勢い良くはねて、暴れてお皿から出て行った。
・・・・・#%&*@〒∞※!!!!!!!
その時の私の恐怖は、↑のように言葉にならないほどだった。
♪こわーいぜ、こわー過ぎるぜ、車〜海老〜♪(BY エキセントリック少年ボーイ)
などと思わず歌ってしまいたくなったほどである。
隣の部屋は盛り上がっているらしく、その声を背中で聞きながらしめやかに魚をつつくのだった。
ちなみに、6人の中で一番好き嫌いなくほとんど食べていたのは、中ちゃんであった。さすが母!
その愛娘、みーちゃんはその母の隣でひっくりかえって、お皿でおとなしく遊んでいた。でも、離乳食。
(7) 題名 「夜の女」
しめやかで豪華な?(私にとっては恐怖だった・・・)夕食も終り、何故か教育的なテレビ番組を見て(何故だ)
風呂に入った。そして、就寝。
しかし、これでは自分の家にいるのと同じではないのか?
夜の語らいがあってこその一泊では?ということでちょいとしゃべるかね、と修学旅行を彷彿とさせるような
夜の語らいが始まった。しかし、すでに一人脱落。寝た。
そこで、ぴろと私はロビーへ一服しに行って、少し話しこんでしまった。
しばらくたって、さすがにもうみんな寝てるだろうねぇと部屋に帰ると、ちょっと疲れた3人の顔と
奇声を発してご機嫌なみーちゃんの姿があった。
どうやら、12時あたりの深夜が彼女の活動時刻らしく、いつもは活動時刻手前に運動をさせて疲れさせて
眠らせる(「させる」って使役ばっかりだなぁ。でも、赤ちゃんだからそうなるよなぁ)作戦を実行しているようだ。
その日は、夜の運動量が足りなかったらしい。生まれ落ちて6ヶ月、この歳にして夜の女。
行く末が楽しみなBabyである。
ちなみにみーちゃんの奇声の隣で、ずんこ嬢は深く深く眠っていたのだった。
(8) 翌朝、少し曇ってはいるがとりあえず天気だ。
今日は、伊勢のおかげ横丁に寄って帰る予定である。
おかげ横丁とは、伊勢神宮の内宮の通り沿いにある門前町「おはらい町」の横丁に造ったミニタウンで、
「おかげ参り」からとったらしい。
朝食も豪華で、色んなオカズがたくさん並んでいてたらふく食べてしまった。
お腹も満たされ、いざ伊勢へGO!
(9) 旅館→パールロード→展望台→伊勢・おかげ横丁→へんば屋→
→中ちゃん宅→各自宅へ。
展望台 パールロードの途中にある展望台へ寄った。
とりあえず寒い。この日が特に寒かったのでつらかったが景色はよかった。
天気が良いと富士山まで見えるらしいが果たして・・・・。
伊勢・おかげ横丁
内宮に近づくにしたがって大渋滞。さすが天照大神、さすが日曜日。
江戸時代末期は、伊勢参宮ブームで「死ぬまでに一度は行きたいお伊勢さん」といわしめたほど。
国民的大行事だったのだ。「そーかぁ、全国の人がここに集結してたんだなぁ。」そう思うとなんだか
嬉しくなる私は、日本文化をこよなく愛している。
なんとか駐車場を見つけ、おかげ横丁で昼食を取る。

おかげ横丁のコロッケ屋は、大繁盛で寒い中で食べたコロッケは美味かった。
店の名前は、「豚捨(ぶたすて)」。なんだか、切ない気持ちになるのはあたしだけだろうか?
この名前の意味は、「うちは豚肉は捨てて、牛肉一筋なんじゃい」ということらしい。

そして、お約束の赤福。本店で赤福を食べる、これぞ通。
私達はジモティー(地元の人ってコト)なので、あまりめずらしいものでもないのだけれどね。

そして、陶器屋さんで湯のみを二つ買った。この湯のみは、以前友人のお母さんがお茶の時に出してくれた
湯のみと同じ陶芸家の同じもので、すごく気に入っていたのでかなりご満悦な私であった。
みーちゃんの母である中ちゃんは、私と同じく買い物に時間をかける人である。
なので、中ちゃんの買い物中は私達がおかんとなる。といっても、もっぱらおかん役は
「ぴろりん」と「なほ」である。
ぴろりんは、本当に子供が好きそうでとても面倒見が良い。
ぴろりんとなほとずんちゃんは同じ車組だが、この日はどうも揃って体調が悪そうであった。
お腹が満腹になったところで、へんば屋へ。
へんば屋 へんば屋とは、知る人ぞ知る伊勢名物「へんば餅」の店である。
「へんば餅」は、赤福とは逆で、餅の中にこしあんが入っているもの。ジモティーは赤福を食べ飽きているので、
この「へんば餅」がけっこう好きである。餅の焼き目が大変香ばしく、少し堅くなったのがこれまた美味い。
そして、赤福ほど甘くないのが良い具合。
食べ過ぎと体調不良のぴろりんとずんちゃんを車に残し、私達4人は2度目のおやつを食べた。
私が乗っている車組は、すこぶる良く食べ元気である。

(10) へんば餅も買ってなつかしの我が家へ、と言いたいところだが、たかだか一泊なのでまた我が家という感じ。
とりあえず中ちゃん家へ立ち寄って、チャイルドシートなどをおろしつつあがりこむ。
運転手2人は、疲れてへばっていた。本当にお疲れさん。
そして、中ちゃんのいれてくれたコーヒーを飲みながら再びくつろぎ、それぞれの我が家へ。
一泊はあまりに短くアッという間に終ってしまった。とにかくみんな何事もなく無事に帰ってきてよかった、よかった。
この次があるとしたら、その時はおかあさんがもう一人ふえてるかもしれんなぁ。
いや、BABYが3人くらい一緒だったりして・・・・・。
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