<モタザル観察記>
1日目
僕の部屋からは小さな公園が見える。閑散とした住宅街にある閑散とした公園だ。
今日は土曜日だというのに誰も遊んでいないようだ。サルが1匹雲梯にぶら下がっているだけだ。そのサルは気だるそうに左右に揺れていた。前に進むわけでもなく、そこから降りるわけでもなく、ただ揺れていた。僕はキッチンにバナナを取りに行きポケットに一本だけ入れて、公園へむかった。サルはまだ揺れていたが少し疲れたようだった、ぶら下がっているほうの腕がプルプルとふるえている。疲れたでしょバナナをあげるよ、と僕は言った。するとサルは「いらない!!」とぶっきらぼうに言って雲梯をおりた。名前はなんていうの?と僕が聞くと逃げるように走りだした。そして「モタザル!!」と投げ遣りな捨てぜりふを残して住宅街に消えていった。
2日目
今日はなぜか早く目が覚めてしまった。ゆっくり時間をかけてベットから出て窓から公園を見た。公園のベンチに大きな新聞のかたまりが見えた。その端からは茶色の毛並みが風に揺れていた。そこにはモタザルが寝ていた。すこしの間、僕は断続的に揺れる毛を見ていた。すると一人の男が公園に入ってきた。年は40歳くらいにみえる。近所に住んでいるのか味気ないトレナーを着ていた。彼はわき目も振らずベンチに向かって歩いて新聞の中を少し覗き込んだ。モタザルが寝ていることを確認すると男は片手で新聞ごとかかえて何事もなかったように公園を後にした。そして僕はキッチンにいきバナナとコーヒーという朝食をとった。
3日目
私事だが僕の部屋にはインコが1匹いる。名前はジェフ。もう2年になるだろうか。黄色と赤が印象的でその他に青や紫や緑が上品に彼を演出している。どうして俺は鳥かごに入れられてんだ、とジェフは言った。僕は鳥かごを開け彼をつかみ野球のボールでも投げるように窓から空に投げた。鮮やかな色のボールがやわらかなカーブを描き透き通った青に吸い込まれていった。冬の風はやけに冷たかったが僕は窓を開けたままタバコを吸い公園を見てみた。モタザルは何処にもいなかったが、昨日の男がベンチに座っていた。どうでもよかったのだが僕は男のところへ行き、モタザルをあれからどうしたのかと聞いてみた。家に連れて帰ったがまた逃げられたと彼は言った。モタザルは彼の家のペットらしい、そしてよく逃げるらしい。僕はジェフのことを考えた。すこし寂しくなった。僕は家に帰り部屋の窓をあけておくことにした。それから鳥かごを押入れの奥にしまった。
4日目
昼過ぎに起きた。火曜日だけど会社とかはない。
実は内緒にしてたが僕はフリーターだ。23歳。やっぱり金はない。人間生きていくには金が必要なのだろうか。そんなことはないと思い今日から金を使わないことにした。まず手始めにガス、水道、電気を使わないことにした。それほど金がないわけではないんだけど、これは実験なんだ。とにかく金は使わない。昼過ぎといえども冬、寒い。エアコンをつけたい。そんな衝動を抑え、顔を洗うことにした。いつもの癖でお湯を出しそうになった、「おっと、あぶない・・・」思わず呟いた。顔を水に浸した。冷凍食品になりそうになった。次に朝ご飯、いやもう昼だ。パンと牛乳を用意した。たっぷりイチゴジャムを塗り、大きな口を開けてほお張った。うまい。世知辛い世の中だ。
5日目
午前10時、チャイムが鳴った。こんな朝早く誰だろうと思いながらドアミラーを静かに覗き込んだ。
モタザルだ。ドアミラーの向こうの彼は不自然に歪みタイムスリップでもしそうな勢いだった。
ドアを開けると、ほっとくと倒れそうなほど疲れきった様子で彼は立っていた。「なんだ?なんか用か?」と僕がいうと、「追われてる」とモタザルは周囲を気にしながら答えた。どうやら飼い主と喧嘩したという意味らしい。僕は「入れ」と強く静かに言い、クールな感じでタバコに火をつけた。蒸し暑さが体中を一瞬で湿らせた。「クソ暑い日だな」と吐き捨てるように呟いた。
喧嘩の原因は言わなかったが、飼う者と飼われる者の間の複雑な関係において葛藤しているようだった。僕は冷蔵庫に常備しているヨーグルトにバナナを切って入れブルーベリーソースを多めにかけてテーブルに出した。ソースは多めの方がおいしいはずだ。自分にはコーヒーをいれた。そして僕は新品の黄色いソファに腰掛けゆっくり話し始めた。「人と人との関係では、葛藤と親密はコインの表と裏なんだよ。逃げるのは簡単だが、それはコインを受け取らないってことなんだ。つまりゼロなんだよ。」と言い放ち、モタザルの方を見てみると彼は泣いていた。感動したらしい。そのあと、彼はすっきりした顔で帰っていった。おみやげのバナナを片手に・・・・