英語留学のすすめ VOL 2       

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さて 3ヶ月の英語留学のあと 一時日本へ帰り その後パースにアパートを借りました。 
本当の話 老後はパースに 移り住む気持ちでしたので まずは 住むところを探したのです。
アパート情報は新聞に載っていますので 探すのに 苦労はありませんが 車は必要です 私の場合ジリアンが手伝ってくれ とても助かりました。

そのアパート生活を 約3年でやめ 日本に帰ってきた理由は.............オーストラリアに住むには まだ早すぎたんです。のんびりして何の変化も無い状態には 年齢的に若すぎたようです いやそれより めまぐるしく変化のある日本に住んでいて そのめまぐるしさに いい加減疲れていたはずなのに まだ エネルギーはあまっていたようです。

純粋の日本人なんでしょうね 季節の変化も無く 明日までにやらなくてはならない なんて期限の無い生活、そして のんびりすることが下手なのかも....a little embarrassed) (^.^;
しかし スーパーマーケットに行っても 日本のように次から次へと 新製品が出るのも めまぐるしすぎるが あれほど いつも同じ物ばかり というのも 日本人の私には つらいものがありますね(*^_^*)
その3年間で いろいろなことにトライしましたので これから おもいだしながら 書きこんでいきます    
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英語の勉強を 続けなければならないし 人と接触を持たないと じょうずにならないので 街にある移民のための英語のクラス(ボランティアでやっているようです)に通いだしました。 2時間で200円ぐらいの そこに言った時に現金で授業料を払うという システムです
そこで またいろいろな国の人達と 知り合いになりましたし 学校とはまた違った 雰囲気で 楽しい時間を過ごせました。

英語の勉強のため 車の免許を取りに行くことにしたのも この時期です
もちろん 国際免許証で運転はできますが 日本の免許証を持っていると 学科だけです。 日本領事館へ行って 日本の免許証を英語に直した紙を 作ってもらい それを持っていくと 試験を受けることが出来ます。
日本領事館に入ってみたかったし 試験を受ける手続きも 興味がありましたし なんでも経験と思い せっせとやっていました。
この時は 自分でも積極的だったと思いますよ(⌒。⌒)オホホホ 
学科試験を受けるのに 簡単な法規をかいた本が必要ですが それは警察にいくと ただでもらえます
それをもらってきて 毎晩 読みました もちろん分からない単語は辞書 
学科試験が いつ行ってもいいのです その日突然 免許証を発行などしている所にいって 試験を受けられるのです もちろん タダです
書き終わったら 勝手に担当の人のところにもっていって 採点してもらい 合否がすぐわかります
テスト用紙も 問題が書いてある用紙は 何度も使っている物なので いろいろな印がついているんです 解答用紙だけに チェックしていくので簡単といえば簡単ですが 日本の学科と同じように ひっかっけっぽい問題が多いんです
ちなみに 私は3回おちまして 4回目に やっと受かりました この時は さすがに勉強のためとおもいつつ うれしかった!!!!

受かるとすぐ 免許証の期限により 金額がちがいますが 受付をします
この勉強も かなり自分の役に立ったと思います。

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パースの街から30分ぐらい 列車に乗っていったところに フリーマントルという港町があります。 
そこに アートの学校があり その中で一般の人向けにアートの講座がひらかれます。 いろいろな講座があり 私はたくさんの人と 接触を持ちたかったので 何個かの講座を申し込み 毎週参加していました
自分では気が付きませんでしたが ちゃんと会話が出来るようになっていたようですね。ここで 普通の人達との接触で 学校とは違う会話をすることにより 英語に対しての耳慣れが 出来上がってきたようです。 

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そうそう 面白いことがありました。 ある日 パースの街中のフードコートで 友達2人(日本人)とお茶を飲んで おしゃべりをしていた時 中年のご夫婦(日本人観光客)が 声をかけてきました
女性 「あのー 日本人ですか?」 
私達 「はい そうです」
女性 「道がわからないのですが おしえてくれますか?」
 ということで 私達は簡単に道をおしえて その時は終わったのですが 彼女の夫は少し離れた所にいて そんな事 聞かなくても行って探せばわかる  なーんて威張った態度でかまえてました。
おもしろいもので 女の人は人に聞くことが 平気なのに 男の人って 聞きませんね よくご夫婦で旅行すると イライラする原因のひとつのようです。(わたしもその経験あり(=^^=) ) それから その二人がまた 戻ってきたのです。
女性 「あのー こちらにお住まいですか?」
私達 「はい 」
女性 「私もこちらに住んでみたい とおもっているんですが 大変でしょうか?」
私達 「いいえ 簡単ですよ」
男性 「お前が出来るわけ無いじゃないか!それに 生活費も相当かかるんでしょう?」

女性のほうが 興味を持って 私達に聞いていたのですが 実は男性のほうがより興味があったようです そのあと 生活費から 住居など 本腰をいれて 男性のほうが 質問してきました。
男性のほうは 最初まったく興味も無い態度でしたが 話をしているうちに 相当の興味があることが わかりました。
その時の会話だけでは 物足りなかったのでしょう 夕食を一緒にして もっと話を聞かせてくれということになりましたが わたしは行きたくなかったので 友達に おまかせしました。
あとで友達から聞いたのですが そのご夫婦は老後は海外生活との希望はあるそうですが ちょっと不安もあり でもやってみたい .......との事.
その気持ちは良くわかります。 一般に 男の人は 考えて考えて一歩がなかなか踏み出せず 女の人は やってみたらなんとかなるさ で即実行型が多いようにおもう。
ちなみに 我が夫も その仲間です。 (~_~;)  

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パースにいると 日本人の観光客によく出会いますが 女の人のほうが 積極的に ジェスチャーを交えて会話しているんです。
ソレに対して 中年の男の人は 絶対といっていいほど恥をかくのを嫌がり 話しませんね 
英語を聞くことができるようになると 英語が話せないとばれるのがイヤで ただ笑っている男性を良く見かけます。それと ハッキリ判らないのに判ったようにフンフンとうなずいている人 多いですよね そんな態度するより  単語でもどんどんだして 会話しているほうが いいとおもうし 英語が出来るからといって 鼻高々なんておもわなくなります。
英語学校に入る前と後では 英語に対する考え方が 変わりました。 英語イコール勉強と考えてしまうこと事態に 問題があったようで
日本人は学校で英語という教科を 習っていたから それで 話せないということは 成績が悪く 頭が悪いと 思われたくないという防衛本能が働くのかも........
わからなくて当然!!! という堂々とした態度がなかなか とれないものなんですよね。
ちょっとしたポイントをつかんで 英語が聞けるようになったのですが そのポイントというのが何とは 説明できないんですよ。会話をしていて その中の 必要な単語を頭の中でチョイスして わかるんですが これも耳慣れからできあがったものなのでしょう  多分...... 

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アートの学校へ行くのに 駅のホームで列車を待っていると 男の人が 話しかけてきました。
小声で話すので 聞きズらいからそばへ寄って会話をすると なんと ナンパしてきたのです おどろいたね-  こんなおばさんでもオーストラリアでは ナンパされるんですよ それも おじさんからですけれどね。
冗談じゃないよ 日本には夫がいるんだ というと 「 ここはオーストラリアだから わからないよ」 だって  そんなことでチャラチャラ付いていくとでもおもっているのか 非常に腹が立ちました それでも この男はしつこくて自分の名前と電話番号を書いた紙を 渡すのです。そんなときの強い断りの英語 まだ習っていませんでした。 そういえば 学校では 丁寧な言い方 ばかりでしたよ  ハハハ.....
午前中にアートクラスがおわり 午後から パースの街中でやっている 移民のための英語クラスに行って フリートーキングの時 その日の無神経なナンパ男の話をしたら  なんということでしょう また笑い話ができてしまいました
女性 「ねえ その男の人 ボビーっていわなかった?」
私 「そう ボビーって名前だったよ」
女性 「黒の革ジャン着ていなかった?」
私 「そう 着ていたよ」

なんと この辺で有名な 日本人の誰にでも声をかける 男のようです
その時この英語のクラスは 大笑いの渦  その後 ボビーを 2,3度 ナンパしているところを見かけました。 もちろんいつも 黒の革ジャンを着ていましたよ。 (((≧(≧∇(≧∇≦(≧∇≦)≧∇≦)∇≦)≦)))
       
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パースに住んでいた時に友達になった 韓国人のjung   彼女が韓国に帰っていったとき 彼女のところに遊びに行きました
慶州という古い歴史のある町に住んでいて 仏国寺という日本人が観光に必ず寄る世界遺産があります。 
jungの父母は その仏国寺に勤めていたので 観光客が入られない所や 社員食堂にも入って ごちそうになったんです こんな経験ができたのも 英語留学があったからです。
Jungの親戚の家に 滞在したのですが すべて単なる観光旅行と違い 似ているようで違う文化などを認識。
そうそう 仏国寺の社員食堂では 地位によって 座る場所が決まっているんですよ 私はお客さんなので席を同じにしてくれましたが わたしが お世話になっているjungの親戚(男性)ははなれて座っていました。

韓国の人は 年上を敬い 男性がいばっています 昭和初期の日本のような.........  しかし ソウルのような大きな町では そんな秩序も乱れ今の日本とあまり変わりはありませんが 私が訪ねた慶州あたりは 自由があまりないようです 女性は家庭のために炊事 洗濯 旦那につかえよく働いていますし jungの親戚ご夫婦は 子供が出来なかったので かなり他の人からの中傷があったようで そんなのを見ているからでしょうかjungは 三十代でまだ独身 でも韓国の封建的な男性とは 結婚したくないとのことでパースの知人を頼って 飛び出したんです
一緒に飛び出した友達は 手伝っていた韓国食堂の息子と結婚  私の目から見ると 友達よりJungのほうが 美人だと思うんですが なによりj決め手は 友達の方が若かったということでしょうか

もう一人 一緒に飛び出した友人(合計3人)は スイスから英語の勉強に来ていた 男の子と結婚 只今スイスに住んでいます
jungはその後 スイスにも行っていたのですが その後帰ってきたようです でも いまのところ ちょっと連絡とれていません
いろいろな国の人と 友達になったことで 若い人の変化に富んだ 人生模様を たくさんみせてもらったんですよ
   
ホームステイメイトのスイスからきていたジェニファーが2年ほど前 結婚することになり 招待状が来ました
9月の結婚式だったのですが 結婚式本番の出席には躊躇して 6月に 一人でスイスに会いに行ってきました
そうそう ジェニファーは 一度札幌へ 来まして 彼女の明るい性格に 私の夫もめろめろでした そのあと 彼女のお姉さんが 来たのです というのも お姉さんはスイス インターナショナル エアラインのフライトアテンダント ジェニファーが日本にきていろいろ話を聞き 興味を持ってフライトの希望を出して くることになり よかったら会って欲しいとのこと  成田に着いて 次の帰るフライトまで5日間の休み
札幌から 成田まで行って お姉さんのキャロラインに会って その後東京見物 2人でその帰りのフライトまで 十分たのしみました。
その後 キャロラインは関空にもきて また会い 関西地区を観光しました。
そんな訳で 私がスイスに行った時は ジェニファーとキャロラインの歓迎パーテイ 日替わりで 観光旅行 二人が仕事で都合が着かない時はお母さんとお父さんが私の相手をしてくれます (私と年齢的には 合っているのよね)
言葉にはいいあらわせないぐらい歓迎され  たくさんの思い出が出来 キャロラインの旦那 ダニエルともすごく親しくなり 来日の約束
その後 ダニエルとキャロラインが 休みを取って 日本に来ることになり 私と夫の4人 羽田で会い そのあと 姫路 京都など 旅行しました

3ヶ月英語留学しただけなのに たくさんの友達 たくさんの思い出  普通じゃ考えられないほどの経験をしました
「おばさんの英語留学のすすめ」は このへんで終わりにしますが とりとめもなく書いてしまって どのように伝わったのか 心配ですが また時々 思い出したことがあったら 日々の出来事に かきこみします

PS キャロラインに いろいろなフライトでの出来事など おしえてもらいましたよ
やはり 日本人と違い 客の態度の悪さは 半端じゃないようです。  日本人はおとなしくて とてもいいお客様だと言ってました
有名人で 会った人を聞いたら 「小野ヨーコ」  でした

  
   
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今 日本では韓国の男性スターが とても人気がありますよね。
英語学校にも 韓国人がいましたが 日本人の男性と比べると まじめで 勉強にも一生懸命でした。
韓国には 徴兵制度がありますので そこで秩序など いろいろ経験してくるらしく いまの日本の男性とは 根本的に思考が違いました。
強くて たくましく 自分に男としての自覚があり 確かに魅力ある存在ですね。
それが極端になるから 韓国女性が封建的と思うのであって 韓国スターが人気があるのは 日本人に見られなくなった 男らしさを彼らに見出したんでしょうね 

韓国は 極端な学歴社会で 男性の最低条件として まず英語が話せること のようです
英語がはなせなければ なりたい職業に付くこと が出来ないそうです  

韓国の友達jungの所に遊びに行ったときの事 彼女のお家は狭いとのことで 親戚の夫婦のアパートに宿泊させてもらいました。 年齢は40代の 二人ですが 私のほうが年上のため とても丁寧に 扱ってくれるのです。
 ただで泊まらせてもらっているのに とても申し訳ない気持ちになりましたが 仕事が終わると 友達などを自宅に呼んで 一緒にわいわいお喋りをしたんです。 言葉はまったくといっていいほど つうじませんが jungが間に入って 通訳をします。私とjungは英語での会話なので 彼らの日本国の質問には 答えるのに私自身 悪戦苦闘でした。
反日感情にも 私達は申し訳ないけれど 学校教育で 都合のいいように習ってきたと 私の知っている範囲で答え 従軍慰安婦なども 自分の知っている範囲で 自分の考えを伝えましたが なんせわたしのpoorな英語ですから むずかしくはいえませんでした 

彼らの 一番興味ある質問は 「どうやって英語を おぼえたか?」でした というのも 若い人で英語が話せる人は このごろたくさんいますが
私のような年齢で 話せる人は 非常に興味の対象でもあり 彼ら自信が英語をマスターする良い方法を私から 聞きだしたいという気持ちがありありとわかるのです 
そこで 私は もったいぶりながら 彼らにどうやって英語を覚えたか を答えたんです
「死ぬほど 勉強することのみ」
かれらのがっかりした顔  勉強に近道はありません これ実感でした

スイスにも 兵役があり ジェニファーのフィアンセにおしえてもらったのですが スイスには国民の90パーセントのが入ることの出来るシェルターを持っているとのこと 中立国だからことそ 自分達で自分の国を 守るとのこと などなど たくさん聞いたのですが だいぶ忘れてしまいました。スイスは平和な国と思っていたら ユーゴスラビアなどからの 移民が多くなり 治安がかなり 悪化しているそうで ジェニファーのお母さん名前はアリアナ と街で会った時 まわりで子供達がワイワイ遊んでいました ソレを見たアリアナが 「あれはユーゴからの移民よ」と いやな顔をして 言ったのです。 私はどうしてユーゴだとわかるのか不思議で 聞いてみると 頭のカタチだそうです
とても格好の良い頭の形なんですが 彼女にすると 奇妙だそうで.........

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英語留学のおかげで その後海外旅行にいっても 言葉に困るということはなくなりました。 聞き取れなかったら 何度も聞きますし わからない言葉があったら簡単な言葉で いってもらうようにしています。恥ずかしいという感覚はまったくなく 年齢も加わって なにをやっても平気
海外 特に アジアの国にいくと 私の英語 とても褒められるんですよ 「わーあなた英語上手ですね 日本人は英語をはなさないのに」
私の英語はけっして上手じゃないんです 文法的にも めちゃめちゃなんですが こんなにメチャメチャ英語をまくしたてる日本人が珍しいのかも本当のこというと 私の英語は すごくアジアっぽいんです  でもね 通訳になるわけでもなし 英語で生計立てるわけでもなし こんなもんでいいんですよ。  正しい英語をつかえるようになるというのは理想ですが ようは 通じればいいんですo(^▽^)o ゲラゲラ 

「馬食べる日本人 犬を食べる韓国人」という本をよみました。韓国に友達ができ なんどか遊びに行ってると なるほどということがたくさん書いてあります 韓国人はとてもせっかちで 走り出してから考える・・・・
バスやタクシーも町中をすごいスピードで走るんです ともだちのjungとバスに乗っていたとき あるバス停から よれよれの老婆が乗りこみましたが その老婆は空いている席をみると すごい勢いで飛び込んで座るんです 日本では老婆が座るのを確認してから発車しますが 韓国のバスはどんな状態でも すぐスピード出すんです バリアフリーもないし 韓国のお年寄りは寝込んでなんかいられませんよ だからパワフルなのかも jungの親戚ジェイウオンの車に乗せてもらったけど  その時も すぐ前の車を抜こうとするんです その時のジェイウオンの言葉思い出しました「韓国人は 前へ前へといきたがるんだ」
飛行機でも 韓国の人は うしろからどんどん押してきます 非常に気になったので「 そんなに押すな!」と怒鳴ったら あやまってきましたが 習慣なんでしょうね
この本には そうだったのかということがたくさん書いてあって とても理解できました
そんなことも ちょっと思い切った短期間の英語留学のおかげで 普通の観光旅行とは別の楽しみができたのです