推薦のことば 

本設計のテーマは、現代映画の世界の鬼才といわれたS.キューブリックの映像手法を建築空間に翻訳し、これを一つのまとまった建築の中で表現しようとすることにある。ポストモダン以来、建築デザインの世界は混沌を来し、従来の建築の世界(デザイン・ボキャブラリー)、自家薬籠の中からは形態のみならず、そのコンセプトに新規性を求めることが困難な状況に至っている。新しいデザイン・ソースを他分野に求める、例えば自然界の造形構成(原理)、手法もこれまでに取り組まれてきたが、本計画では特に映像文化に注目し、すなわち人間の先端的文化活動の領域に建築デザインの可能性を求めた点がユニークと判断できる。映画の持つ空間構成は、ムービーという言葉が著すように連続性を基調として、この点が従来の建築デザインに欠如しているともいえる。具体的にはキューブリック空間の固有性である、シンメトリー、後退移動、クロースアップ、強度のパースペクティブ、ブレ等が計画の中で十分に生かされている。
 また本計画のユニークさは、彼の活動の中心であり、こよなくその風土性を愛したイングランドの民家の中にキューブリックの空間をインフィルし、彼の世界を創出した点にある。すなわち、新しい建築の提案であれば、彼独自の空間を自由に配置できるが、既成の器の中で、部屋の大きさ・連続性等の条件を克服しながら建物の再利用に取組み、一つのユニークなコンセプトに従ってデザインを展開し、全体の秩序を醸成した点は高く評価できる。特に各部屋の内部にキューブリックの空間手法を用いるのみならず、これらの部屋間にも、映画の手法で言えばフェードイン・アウトに等しい、計画上の留意が感じられる。また、中庭の地下に配置した空間では特に規模の大きさを必要とする映写場、展示室が配置されているが、これら諸室にもキューブリックの映像手法が十分に生かされている。

テーマと発想の原点 

空間のなかを、あるいは空間を通じて動き回れるという感覚は建築の設計においては極めて重要である。(それはまるで映画におけるカメラの動きに共通するものがある。)しかし、今日、建築においてはフォルムとボリュームこそが設計における主要条件として考えられがちで、建築に孕まれるもっと微かで、とらえにくい空間というのは後回しにされてしまう。そこで、この計画では、建築に通底する空間構成を持つ映画の空間を応用することによって、新たな空間の展開を試みる。

設計概要 

スタンリー・キューブリックの映画作品を分析し、そこで得られた空間構成要素を用いることによって、彼の映画のような魅力的な空間を設計し、彼の生涯から作品に至る展示を行うキューブリック・ミュージアムを提案するものである。このミュージアムはキューブリックがこよなく愛し、彼の創作活動の拠点ともなったイギリスのロンドン郊外のハートフォードシャーにあるカントリーハウスを改修、再生させたものである。伝統的な建造物を利用することによって、過去の設計者、建設者が傾けた努力を最大限に活用し、今日的機能が十分発揮できることを示している。
 ミュージアムの空間は、「シンメトリー」、「後退移動」、「クロースアップ」、「広角レンズ」、「ブレ」、「ハイ・アングル」という空間構成要素から構成されており、この空間を体験することで人々が、表面的なフォルムやボリュームではなく、空間のもつ流れや建築内部の美しさを理解することを期待する。