乾太郎窯のこと

「かんたろうがま?」それとも「けんたろうがま?」ホントの呼び名は「けんたろうがま」、でもほとんどの人からは「かんたろうがま」と呼ばれています。

福岡県久留米市山本町柳坂曽根の櫨並木は晩秋の筑後路を赤く染めていきます。乾太郎窯ではこの風景を陶器に表現できればと思い櫨の落葉を拾い集め、燃やした灰を釉薬の原料にしました。山吹色や赤みのある陶器はあたかも秋のイメージを写し撮った様であり、 また櫨の実を燃やした灰は薄墨色や薄い小豆色の釉薬となり冬に雪が積った墨絵の様な世界を描き出します。 その他、釉薬を乳白色と桜色(イネ藁の灰)などの自然灰を使い春夏秋冬、四季の色を釉薬で表現します。個性的な櫨の釉薬や天然の原料にこだわりを持って作陶している陶芸家です。

「おかえりなさい」

陶磁器フェア展の時、お客様が二度も三度も会場内を回られて何回も乾太郎窯のブースに立ち寄られます。そんな時「おかえりなさい」と言葉をかけます、「何故かここに引き寄せられる」との、お客様の言葉です。

強く主張するハデさはありませんがやさしさがギッシリと詰まっています、シンプルで控えめな器ですが料理を最高に引き立ててくれると確信しています

最初に見た感じ「ボー」としているかも知れませんがとりあえず使ってみてください、使いやすさがにじみでてくるようです。ということで「作者と作品が似ている」と言うのはどうやらホントのようです。

芽吹きの春

せせらぎの夏

櫨の木が色づく秋

あぜ道にのこり雪

新しく生まれくる季節

轆轤がまわり

暮らしを描く

四季の肌合い

土のぬくもり

手の中から溢れ出て

景色をうつしだす

はぜの釉薬について

 久留米市山本町の櫨(ハゼ)並木は約200本の幹回り約1M内外、樹高約5〜6Mの老木が枝を連ね、18世紀からロウソクの原料として植栽され筑後路を赤く染めていきます


櫨の落ち葉を集め燃やした灰が「ハゼ灰釉」の原料となります、そのやまぶき色した陶器はあたかも秋のイメージを写し撮ったかの様です。

しかし落ち葉は集めても少量で原料不足をおぎなうため、これに変わるものがないかと思ったのが「櫨の実」を使うきっかけでした。

櫨の実を搾り和蝋燭の原料として四角い蝋のかたまりをつくります。その時の搾りかすを燃やした灰が原料となります。
雪が降り積もった冬のイメージを墨絵の世界の様にモノトーンで表現できたらと思い「黒ハゼ釉」が出来上がりました。

 「葉と実」のように使う部分によって様々な表情を見せてくれる二種類の「櫨の釉薬」で乾太郎窯だけのオリジナリティーの有る、焼き物を創りつづけたいと願っています。            

  
陶歴
  

1977年
伊万里在住の 今岳窯、溝上藻風氏に師事 唐津焼きを学ぶ、日展を通じ、13代中里太郎右衛門氏及び 中里重利氏に学ぶ、唐津・伊万里・有田地方の古窯史の探索
1983年 熊本県南関町にて小代焼を学ぶ
同  年 日本新工芸展 九州新工芸展
1984年 日本新工芸展 光風会展 九州新工芸展 西部工芸展
1985年 久留米にて開窯 光風会展 九州新工芸展 西部工芸展
1986年 光風会展 西部工芸展
1987年 日本美術工芸会展
1989年 W.ワシントン大学JAPAN ARTS CENTERに納品
1990年 光風会展 日本美術工芸会展 淡交、茶道美術公募展
1991年 光風会展
1994年 淡交、茶道美術公募展
1997年 高良山(久留米市)山中に独力で、半地下式穴窯を作り始める
1991年 光風会展
2000年 穴窯を完成させ、初窯を焼く
2003年 光風会展

百貨店等、展示会の履歴ページへ

乾太郎窯への案内地図

毎年、5月と11月の2回、櫨並木近くの自宅展示場で展示会開催展示会の日程については窯元までお問い合わせ下さい

櫨並木ハゼ灰釉で作る乾太郎窯,TOPに戻る

櫨並木のページ