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(一枚目は写真,二、三枚目はアールデコ期のデザイナーのイラストです。
ちなみに一枚目の右のフギュアはこのGalleryのブロンズ像No.3と同一です)
アールデコは現代の都市生活のルーツであるとも言えます。
我々が「大都会」をイメージする時、たいていは高い四角いビル群を思い浮かべます。
ガウディーのサクラダファミリアやその他の大聖堂、
ウィーンなどに見られる芸術品のような建物は思い浮かばないでしょう。
我々にとっての「大都会」とは、ニューヨークのマンハッタンや東京(新宿)の高層ビル群です。
それらは、ほぼ全てアールデコに由来しています。



(左二枚はクライスラービル、右はロックフェラー・プラザです)
それだけではありません、
映画や音楽(ジャズや近代西洋音楽)なども実はアールデコの時代から始まるのです。
もちろん、アールデコと現代はイコールではありません。
下の絵はランカスターが1938年(第二次大戦直前)に描いた風刺画です。
たいへん興味深いことに、
左の「現代的」室内がアールデコ調で,
右の「機能的」室内が現代のものとそっくりです。
すなわち、ランカスターの生きた1938年当時の「現代的」スタイルが左で、
『もし機能性のみを追求すると将来は味も素っ気も無い部屋ができますよ』
と彼は予言し、21世紀(私たちにとっての「現代」)まったくその通りになったのです。


18世紀に始まった産業革命はまさに“革命”と呼ぶにふさわしいものでした。
「ロンドンは一夜にして林立した煙突の煙で空が灰色になった」
と言っても言い過ぎではないでしょう。
その結果、資本家と労働者という二つの階級が形成されました。
当時、ゴシック様式、バロック様式、ロココ様式等、目を見張るような美術品は、
人口の1%にも満たない資本家や貴族のものでした。
このような復古調様式を否定し、
芸術を一般大衆の生活に取り入れようとしたのが、
19世紀末に花開いた “アールヌーボー様式”です。


(アールヌーボー様式のソルヴェイ邸)
しかし、アールヌーボーの試みは長くは続きませんでした。
というのも、交通、電話、ラジオ、レコード、新聞、雑誌など、
あまりにも急速な近代化の波がヌーボーを飲み込み、
あっという間に追い越してしまったのです。
アールヌーボー期の品はどれも手が込んでいて素晴しい芸術品です。
しかし 作家個人の製作であったため、
20世紀すなわち、大量生産、大量消費の時代には到底ついてゆけなかったのです。
アールヌーボーの代表格であるエミール・ガレは20世紀初頭に亡くなっています、
そしてその後、ガレの工房が彼の作品を大量に複製するようになります。
ガレのオリジナルともなれば、工房作品の10倍の値段が付きますが、
今日残っているものの大部分は工房の作品であることは有名な話です。

(ガレのオリジナル作品、左は蘭文様の花器、右はトンボ文様の小卓)
この近代化という大きな波に いち早く気付きそれに対応したのが
ルネ・ラリックというガラス職人です。
彼はヌーボー期でも有名な宝飾品作家でした。
(彼の作った宝飾品は、手に入れることが非常に難しく、
今では美術館でしか観ることができません。)
ラリックは高価な宝飾品にさっさと見切りを付け ガラス製品のみの製作に切り替えたのです。
ガラスならば 一つの原型から数百数千の製品ができます。
そしてそのどれもが全てオリジナルなのです。
そこには、本物、贋作の区別などない、全てが本物であり、偽物でもあるわけです。
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(左がヌーボー期のブローチ、右がデコ期のガラス器、どちらもR・ラリックの作)
このように1900年代前半、産業と芸術の融合、芸術の一般大衆化が成立したと思われます。
(解りやすく言えば、貧しい人でもラリックの花瓶を買って楽しめるようになったのです)
ガラス器だけではなく日常生活のあらゆるものに芸術やデザインが入り込みました。
アールデコはそのような運動だったといえるかも知れません。
時は第一次大戦と第二次大戦のはざま、
「アールデコ」という言葉は
1925年にパリで開かれた装飾美術(アールデコラティブ)の展覧会に由来しています。
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(1925年パリ万博のパビリオン、四枚目はルネ・ラリックの有名なガラスの噴水です)
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ここまでは、アールデコの革新性、大衆性を強調しました、
しかし、アールデコもまた他のほとんどの事象と同様 二面性を持っています。
第一次大戦直後、人々は平和 (仮の平和)に浮かれます、
退廃的、官能的で享楽的なものが つぎつぎに現れます。
裸の置物(ブロンズ像)、観るに耐えないような絵画、そしてジャズ。
(ああ、なんて素敵なんでしょう!わたしはこれらを否定するつもりはまったくありません)

(ル・ファギエ作、「ファウン・アンド・ニンフ」)
ピカソはいち早くこれらから逃れ キュビズムを芸術の域まで持ち上げました。
しかし大半はこれらを受け入れます。
唯一この享楽から抜け出たのが、エンパイアステートビルやクライスラービルに代表される
アメリカン・アールデコかも知れません。
この当時の代表的なアールデコの部屋は下の写真のような、
どぎつい赤と黒、そして金色が入り交じった『吐き気』のしそうな代物です。
(でも、もう一度言います、わたしはこれらを否定はしません)





(五枚目は良さそうですが、よく見るとコンソールの上に人体、絵もいかがわしいです)
アールヌーボーやアールデコの画家、工芸作家が美術の教科書に載っていないのは、
この辺りに原因があるのかもしれません。
この時期の作家達も 自分の作品が芸術だとは考えていなかったのでしょう。
ただ時代のニーズに従って物を作っただけ、
自分はピカソやロダンのような“アーティスト”ではない、
ただの職人だから売れればいい、
後世に名を残すなどという大それたことは考えもしなかったでしょう。
こうして、彼等は “知る人ぞ知る”幻の作家になっていったのです。
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(左上から順に、Raphael Delorme、RobertPougheon、Emile Aubry、Jean Despujols、すべて油彩)
ガレ、ドーム兄弟、ラリック、イカール、エルテ、カッサンドル等の人たちは、
既にポピュラーになり 各地にそれぞれの美術館も多く作られています。
しかし、その他のまだ良く名前も知られていないレアな作家を発掘し、
密かに楽しんでいるわたしのようなコアなファンもいます。


(タマラ・ド・レンピッカの油彩)
ART=芸術、美術。DECO=decolation=装飾、飾り。
アートやデコレイションなどはどこにでもあるありふれた言葉です。
ただ 1920年代、アートをただアートとして美術館で見るのではなく
生活の一部として身近に取り入れようという運動があったことは、
まぎれもない事実です。
現在、アールデコは不当に過小評価されています。
大戦と大戦の間のわずか十数年間で消えてしまった(飽きられた)様式だというのです。
そして、ル・コルビュジェのように
「家具やインテリアには装飾など必要ない」
という人もいます。
はからずも、ランカスターが予言したように味も素っ気もない“機能的”なものが現代の主流です。
人々は置物をライトをインテリアを楽しむ心の余裕さえないほどに生き急いでいるように思えます。
しかし、アールデコは死んではいません。
そのエッセンスは現代の室内装飾に、少なからず影響を与えています。


(ロビー,バスルーム、デスク、すべてアールデコのインテリアです)
都会的な建物、特に高級ホテルのエントランス、エレベータールーム、ロビー等に
アールデコは生きています。
実にさり気なく。
あたかもドラマやコマーシャルのバックグラウンドに
モダンジャズが多用されているのに似ています。
ただ人々がそれと気付かないように。
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(アールデコのブロンズ、ガラス等を展示しています、下のクロネコからGalleryへお入りください)