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私の記憶にある小学生のころはもっと自然に囲まれてて物が少ない世界だった。今現在、子供のころと比べると、なんでも手に入る。物が増えたというべきだろうか。CD、車、テレビ、電話、パソコン、ゲームなど、色々と種類があり機能も満載で安くいいものが手に入る。お店には、ありとあらゆる物が置かれている。交通手段も発達して、バス、電車、タクシー、飛行機、どこへでもいける。世界旅行も夢じゃない。昔はなかったものが、現在、生活するにあたって、必要なものになっている。情報もいろんな所から簡単に入るようになった。でも、私的には、子供のころの何もない不便であるかのような生活のほうが温みがあって心地良かった気がする。只、単に、子供だったからなのかもしれないが・・・
自分には自分の考えがあって自分なりの、モノの見方や評価がある。でも、それは全て自分の世界の感覚であって、同じモノでも、他の人には違く見えたり、感じたりして、思い出や感覚や、感情として残るのは微妙に人によって違うと思う。自分は自分が世界の中心であって、世界のすべては自分の人生の中にあるもの。でも、他の人から見ると、自分はその他の人達の人生に在るもの。人を思いやるとか、人の為に働くだとか、流行に流されるとか、言われた事しかしないとか、いろいろと、周りから見ると、自分が無い様な人達でも、その人達に見えるモノは、その人が見て感じる、その人の世界であって、その人のみの人生なんだ。と思うと、なんだか、自分の存在なんて、自分が在ると思わなければ無に思えてきて、空っぽになった感じがする。
雨が好き。ザバザバ降る雨じゃなくて、しとしと、ぽたぽたと静かに降る雨が良い。雨の音を聞いたり、植物についた雫を眺めたり、水溜りに落ちる雨をみてると、なんだか寂しく憂鬱になる。でも、なんだか気持ちが安らぐというか…。毎日雨の降る国ってないかなあ〜。そんな国に住みたいなあ〜。
12月14日。非常に風の強いどんよりした一日だった。お昼休みに近くの空港の離発着の見学エリアにいった。風が強いためか、今日の飛行機は着陸のための滑走路がいつもとは違ったため、見学エリアの真上を飛んでふらふらと強風にあおられながら着陸していた。続々と着陸していく中で、ある飛行機が着陸寸前になって上昇しはじめ、雲の中に消えていった。おそらく、強風に煽られて着陸が危険だと判断したのだろう。ふらふらしている飛行機を見るのは恐ろしいものだ。ちょっとドキドキの時間だった。アノ着陸寸前でやめた飛行機に乗ってなくて良かったな…(^-^;
私には、何も目だった才能があるわけではない。両親がお金持ちでもなければ、美人でもなく、運が良いわけでもない。芸能人や作家やモデルやスポーツ選手など、成功して巨万の富を手に入れてる人達がいっぱいいるが、私にはその才能も無い。でも、将来は、豊かな暮らしをしたいと思う。そのためには、今、自分が出来ることを、精一杯努力して何らかの結果を出し、成功を修めることが、必要だと思う。なんでも良いから、やりたい事、好きな事または出来る事を、人以上に秀でるように成る努力をし、たった一つでも極めて、小さなチャンスを逃さずに頑張ろうと思う。才能や、能力が無ければ、努力で勝ち取るしかない。毎日毎日の努力が積み重なって、一つのモノと成り、きっと成功につながるだろう。
アメリカでの生活は、まるで夢の中みたい。毎日毎日を、精一杯頑張って生きて暮らしているのに、なぜか、空に浮かぶ紙の上をふわふわと歩いている感じがする。悲しい時もあるし、苦しい時もあるし、嬉しいときもあるけど、夢の世界にいる感じがする。やはり、日本での生活こそが、私にとっての現実であり、身に染みる気がする。私の現実は、8年前に止まったままで、夢の中をさまよっているようだ。竜宮城(極楽ではないけれど)にいる浦島太朗になった気分だ。そう思うのはきっと、私が大切とする物や欲しいものが、日本にあって、アメリカでの生活を捨てても良いと思えるからなのかもしれない。
2001年11月18日日曜日、早朝5時ごろしし座流星群を見るために早起きした。でも外は、深い霧に包まれており、空は全く見えない。慌てて、着替えて遠くへ運転して見に行った。しかし、アメリカ、どこにも街灯があり、真っ暗なところがなかなか見つからない。いったいどの方角に見えるのかと思いつつ、空を仰ぎ見ると、南以外の空すべてに、流星が見られた。単発的にしか見られなかったけど、綺麗だった。出来れば、周りが真っ暗なところで見たかった。(*^_^*)
日常の生活は無である。それが、楽しみも悲しみも無い日常である。なにか自分が行動を起こすと、無の中に有が生じる。毎日が平凡であると感じるのは、いつも同じ事をして、新しい行動、または発想をせずに有を作らないからだ。しかし、ある瞬間になにもしないのに有が生じることがある。それは、外からの自分への影響だ。自分は日常のいつもの行動をしていても、周りが多いほど、有が訪れる量も増える。波乱万丈な人生を送りたければいつも新しい事をして、周りとの関係を増やすことだ。平穏な、何も無い安定した暮らしをしたければ、なにもせず、いつもの行動を繰り返して出来るだけ、周りとの接触を控えることだ。ただ、有は悲しみ、楽しみ、憎しみ、喜びなどさまざまである。
幸せとはなにか。わたしの思う幸せは、私の知ってる人達が、悲しまないで、苦しまないで、楽しく人生を送ってくれていること。私一人が、どんなに満たされていても、家族や、友達、私に関わる人たちが不幸だったら、私は幸せにはなれない。自分が幸せな時は、みんなも幸せであってほしいと願う。