錬金術師たち
錬金術とは他の物質を金に変成させる試みを言う。
表面だけ捉えればそれだけの話だが、実はかなり奥が深い。
錬金術師たちは生命の誕生と死を考え、あるいは宇宙の真理を認識しようとする。
なんで金を作るのに生命やら宇宙が出てくるのだと思われるだろうが、錬金術とは金の変成ばかりでなく、生命の謎や物質の解明の為の学問なのだ。
すなはち森羅万象すべての謎を解くことで万物を自由に操ることが出来るようになる。不老不死が可能になり、水晶をダイヤモンドに変えることも鉄を銀に変えることも出来るようになる。美しく使いやすくまた安定した物質である金はそれらの象徴として取り上げられたのだろう。
結果の象徴が金なら、錬金術の方程式を象徴するのは「賢者の石」。石というが書物によって様々に姿を変えるので実体は不明。銅や水銀をこれで精練することで金が得られ、またあらゆる生命に良い影響を与える万能薬で、不老不死への道にも通じる。それほど便利なシロモノだが、通販でもネット・オークションでも手に入らない。古今に伝わるありとあらゆる情報と知恵を統合し、それをフルイにかけて抽出されるのが賢者の石。すなはち化学、数学、医学、天文学、物理学、生物学、そして文学・哲学までも含めたすべての学問に精通することが必要なのだ。
かのニュートンが錬金術にハマッたのもそんな総合学問としての面白さに惹かれたのだろう。
とはいえ、錬金術師と称するもの皆が皆まじめな探求者であったとはいえない。
むしろ悪貨が良貨を駆逐する世の法則通り、ウサン臭さい連中の方が多かったと思える。
そもそも正統な錬金術でさえあまり健全には見えない。主な原因は二つあって、一つはあらゆる分野に首を突っ込んだからだ。総合学問といえば聞こえは良いが、なにしろ錬金術の聖書と言われているのは古代エジプトの「ヘルメス文書」なるシロモノ。今も訳本があるが抽象的で意味不明。なんとか解読しようと魔術の領域にまで踏み込んでしまう。また、そこそこの化学的成果を残した者も秘伝の安易な流布を恐れて、つまりせっかくの研究結果を他人に勝手に使われてはたまらぬとやはり呪文のごとき文章に拵えたから、これもなにやら怪しげなムードを増長させる。
難解な文章は入門テストでもあったらしい。これが理解出来ないような頭脳ではやっても無駄、との親切心ということか。しかし理解できるか出来ないかすら解らないのが大半だ。
かくして凡人は無駄な努力を重ね、悪人は難解さをむしろ好餌と人を釣る。
「月と太陽を溶解して塩を得る。それを結晶化したのち加熱分解し、緑の獅子で溶かす。そのメンスルゥムには硫黄と水銀が見出せるからこれを哲学の卵の中で結合させる。重要なことだが太陽は射手座、月は雄羊座を選ばなければならない」
「何のことだが皆目わかりませんが、それで本当に賢者の石が得られるので?」
「安穏な道ではない。しかれどもその方が斎戒沐浴精進して日夜この書の解読に励めば必ずや世界霊魂の元に導かれるであろう」
「はあ?」
「賢者の石を得られる、つまり黄金がガバガバで大金持になり、美女を侍らせウハウハ遊んで永久に暮らせると言っておるのだ」
「ははーっ、ありがたいこって」
適当にでっち上げた秘伝書を売りつけたり、そうして出来たと称する金色に塗った鉛なんかで本物の金を巻き上げた。もっともこんなのは可愛らしい手口で、相手の資金を根こそぎ奪うやり方もある。すはなち。
・・・今はまだ実験段階で僅かの金しか変成できない。しかしこれを大掛かりにやれば多くの金を生み出すことが出来る。私の手持ち資金では今後何年もかかるが、あなたが資金を提供してくだされば数ヶ月後には馬車が潰れてしまうほどの黄金をあなたにお返しすることが出来るでしょう・・・。
こう呼びかけ、現金を巻き上げたところで姿を消すわけだ。現代でも姿形を変えて見られる詐欺で、悪事のネタも何百年経ってもあまり変わりはない。
ところでイカサマ師たちがタネ本にした秘伝書は結構な数が残され、多くは結果をうやむやにしてあるが、中には賢者の石を得、金の変換に成功したとの記録も残されている。
ホントかね。
金は元素の一つである。
宇宙の彼方で生み出され、無数の塵が集合して地球を形成するときに一緒に集められた。
水素やヘリウムといった軽い元素でも作るのには大変な高温と圧力が必要とされるのだそうで、ましてや重い金ともなると数千億度だか数兆度だったか、そんな途方も無い温度と外洋船が針の先位の大きさになってしまうような想像を絶する圧力が必要なんだとか。
それは太陽が爆発したくらいのエネルギーでもまるで足りず、宇宙でも中性子星と呼ばれる超重量星同士の衝突でもなければ出来ないと聞いている。
金を生み出すことは無理としても変換することは可能と思われる。元素に中性子をぶつけて別の元素に変換させる研究は進んでおり、自然界には存在しない元素が次々と作り出されている。同じ方法でやれば金も出来る筈だ。ただし変換される元素は微量で、中性子を加速させる装置は国家予算規模だから、この方法で錬金を試みるのはジャンボ機でトイレットペーパー一巻きをブラジルから輸入するほどに不経済になる。
どのみち中世にそのような装置が存在したとは聞かない。
まあ、それでも記録が残されているところを見れば金の変成に成功したのだろう。少なくとも人には成功したと報告する必要があったのだろう。
真面目な錬金術師たちでも資金は必要だ。多くは医者や薬剤師、工芸職人といった本業を持っていたが、その収入だけでは研究を進めるのが難しい。そこで提供者を募る。錬金術師に投資する人々にとって、相手が真面目人間であろうがペテン師であろうが関係ない。
ペテン師でも他人をだまして自分に利益をもたらしてくれるのであれば構わなかった。(その考えが墓穴を掘るのだが)とにかく資金提供者にとっては結果がすべてであり、見返りが無いのは持ち逃げするのも同じであった。
そのような相手に対して「出来ませんでした」では済まない。なんとかうまくいっているような素振りを見せなければならない。結果として・・・金の変換に成功した、ただしまだ実験段階で僅かの金しか変成できない。いま少し待てば馬車が潰れてしまうほどの黄金をあなたにお返しすることが出来るでしょう・・・と詐欺師と変わらぬ口上で相手を待たせたのだろう。いつまでもいつまでも。
「そういつまでも待てるか」
とザクセンの王は言った。
「おまえが金を作れるというから召し抱え、莫大な資金も提供したのだ。その恩も忘れて二度も逃亡を計りおった」
召し抱えられた覚えはない。有無を言わさず捕えられ幽閉された。資金だってすべて実験費用で個人的に使ったことはない。使えもしない。若い男にとって自由を束縛されるのも辛いが、死の恐怖に比べれば物の数ではない。大人しくしているなら命が助かるなら我慢も出来るが金を作れなければ殺される運命にあった。城に居るほうが死の確立は高かったのだ。逃げ出したくもなるではないか。
「寛大な慈悲をもって逃亡の罪を許してやった。そのときお前は確約したな。今月までに金を作ると。城を金で満たして恩返しすると。しかるにどうした、金は出来たのか」
若い錬金術師は黙ってかぶりを振る。
「これまでだな」
王の言葉は首切りを意味していた。リストラされて路頭に迷う、で済めばよいが今から三百年前の首切りは比喩ではない。
男に後悔の念がつのる。錬金術などに手を出さなければ、金の変成に成功などしなければと。もちろん真実ではない。ちょっとしたマジックだ。なかなか実験が成功しないとシビレを切らした出資者の前で僅かな金を出し、それを利子代わりにプレゼントした。ところが感激した出資者の話を聞いて更なる出資希望者が現れた。しばらくして新たな出資者が焦れ始めた頃に同じ手品を披露した。金は金を呼ぶ。実験で出現する黄金は増えていき、借金も増えたが賞賛の声も大きくなり、彼自身もその快感に酔うようになった。噂が広まることに若干の危惧は覚えたが、いずれ噂は真実となる、本当に金の変成に成功すると思っていたから自転車操業の焦りはなかった。ところがそれが王の耳にまで及んでしまったのだ。
そして若き錬金術師ヨハン・F・ベトガーは城に幽閉された。
最初はそれでもタカを括っていた。成功を信じて王に多くの資材や人材を提供させた。ところがここでも自転車操業に陥ってしまった。資金をつぎ込んでも成功しないから更に実験規模を大きくして万を期す。それでも駄目で、これは基本が間違っているのだと器材を全部取り替える。が、やはり結果は芳しくない。いよいよ切羽詰まって逃げ出したが捕まり、これが失敗に終われば死罪も覚悟という文字どおりの必死の実験も実らず、とうとう事実上の死刑宣告を受けることになってしまったのだ。
ところでザクセン王アウグストは浪費家であったが吝嗇家でもあった。すなはち身の回りには贅を凝らしたが、他人に払う金はとことん惜しんだ。一旦はベトガーに死刑宣告したが、費やした金を思うと悩んだ。現在の邦貨になおせば億を超えている。なんとも惜しい。すぐに取返せると思って器材から助手から何でも揃えてやったことが悔やまれる。あんな奴につぎ込むくらいなら愛妾たちに贅沢させてやればどんなに気分が良かっただろうと、まるでサイフを落して「落すと分かっていればキャバクラで豪遊したのに」と話した筆者の友人のようなことを考えていた。
そこへ一人の老化学者が現れた。
E・V・フォン・チルンハウス。
貴族の老学者は、化学だけでなく数学・哲学にも通じ、ガラス工場の設立などでザクセンに利益をもたらしていた功労者だ。今は磁器の研究にうちこんでいる。
「何の用だ。哀れな錬金術師の命乞いなら聞かんぞ」
「今日は別の話です。どうにも実験が行き詰まっておりましてな。何か良い知恵を拝借できればと」
「知恵の権化がワシに何を聞こうというのかね」
「どこぞに有能な助手がいないものかと」
「・・・だめだ。あいつは処刑する」
「タダとは申しません。買い受けます」
「ほう。幾らで買うつもりだ」
「四万ターレルで如何です」
ちょうどベトガーに出資した金額である。
「奮発したものだな。しかしおまえにそのような貯えがあるのか」
「ございません。ツァーリに借り受けます。磁器の秘法を担保にすれば心安く応じてもらえるかと」
ロシアのピョートル大帝に借りるというのだ。むろん本気ではない。それだけの価値があることを説いているのだが、大帝の並外れた好奇心を良く知っているアウグストには満更冗談にも聞こえない。確かにツァーリならそれだけの出費も惜しまないだろう。そして完全な磁器を手にする運も力もある。同盟、というより隷属しているにも近い立場のアウグストであるが、唯一ロシアの文化的後進性を笑って鬱憤を晴らしていた。それが出来なくなる。
東洋磁器と比べてもなんら遜色の無いロシア磁器を誇らしげに見せびらかすピョートルの姿が浮かんで、アウグストは錬金術師の首を捨てる気が失せた。
「・・・あれに磁器ができるか」
「わかりません。しかし他に適任者はおりません」
ガラス以上に体力を消耗する磁器の開発は老学者には酷であり、その完成は危うく見えていた。それでもアウグストが自由にやらせていたのはそれまでの功労があったからだが。
もしも錬金術師が磁器を完成することが出来れば四万どころか十万ターレルにも二十万ターレルにも化けよう。どのみち一度は外れたクジ、失敗しても損はない。
「・・・わかった。わしが四万ターレルを貸そう。何としても磁器を完成させ、利子をつけて返すのだぞ」
冗談にたいして冗談で返した形だが、意図するところに遊びはない。磁器の完成を見なければお前も無事では済まされない、ということをアウグストは告げていた。
とあれ、こうしてベトガーはチルンハウスに救われ、その元で磁器開発に携わることになった。
ヨーロッパで磁器の製造を試みたのはチルンハウスが始めてではない。
15世紀には中国磁器もほとんど幻に近い存在から美しい工芸品として鑑賞される対象になり始めていた。しかし価格の点ではまだまだ幻。そこで自前の磁器を作ろうと研究努力が始められた。
16世紀は錬金術の全盛時代である。全盛とは衰退の始まりであり、優れた錬金術師も登場したが、なにしろ変成に成功した者はいないから、理論で人々を納得させることが出来るか疑り深くなった出資者をなおもペテンにかけられるほどのツワモノでなければ生き残れなかった。ベトガーがマジックで金を出したのは16世紀も終わりで、よほどの化学的説得力があったのだろう。そんな演出力のない並みの錬金術師たちは店仕舞いを余儀なくされた。
それでも夢を捨て切れない一部の者が眼をつけたのが新しい物質の磁器であった。
磁器は陶器と違う。磁器は硬質で艶があり、半透明で白い。現在では日本はもちろんヨーロッパのどんな貧乏な家庭にも磁器のカップや皿の一つくらいは転がっているだろう。陽光にかざして透ければ磁器だ。
東洋では磁器と陶器をあまり区別しないが、西洋では厳格な規定があり、法的には吸水率で区別する。なんで法律まで出てくるかといえば、陶器は実用品、磁器は贅沢品とみなされ輸入関税が違っていたからだ。
そんな贅沢品の量産を夢見た錬金術師たちだったが完成品は中国磁器とは似ても似付かぬシロモノ。磁器の製造は金の変成と同じく幻であった。
それでもかなり本物に近付いた例がある。
1575年に創窯されたメディチ磁器。
陶器と磁器はそもそも土が違う。そこをなんとか陶器の土にガラスを混ぜて磁器風に仕上げたのがメディチ磁器、と簡単に言えばこうなる。だから西洋の定義では真正(硬質)磁器とは認められず、軟質磁器と呼ばれて区別されている。
そんな合成磁器ではあるが、当時の技術力では画期的なことで、フィレンツェの支配者メディチ家がマヨリカの陶工に作らせたとされているが果たしてどうか。
熟練工になればなるほど工夫は出来ても創意は難しくなる。しかし焼き物に長けていなければ実技が困難である。学者であり職人でなければならない。
焼き物に精通してなおかつ独創的発想も出来ただろう人物が一人いる。ただしその男はフランス人でフィレンツェに滞在したことはない。
男の名はベルナール・パリッシー。1510年頃フランス南西部で生まれた。フランスでもルネッサンス美術が開花したころである。
パリッシーは辞書によっては錬金術師と書かれている。しかしこれは誤解、錬金術の研究はしており錬金術師の友人もいたが本人は違う。むしろ批判もしている。あえて言うなら博物学者だろう。
若い頃にはステンドグラスの下絵職人として各地を転々、他のガラス技術や土地の地質や農業、林業などまで幅広い知識を貯えていった。30歳の頃に結婚し、同じ頃に陶器に興味を持ち、同時に錬金術にも関心を示した。忙しいことである。
パリッシーと聞けば、西洋陶器に詳しい方ならグロテスクな、カエルやヘビ、イモリ、カタツムリといった爬虫類他をメインに据えたいささか気味の悪い皿や壷など思い浮かべることだろう。女性に嫌われそうなモチーフばかり選んだようで、何かコンプレックスでもあったのかと勘ぐりたくなるが、これはパリッシーの自然指向による。彼には理想の庭園の夢があり、それは普遍的な美しさを持ち、かつ出来るだけリアリティに富んだ内容を備えていなければならなかった。
彼は化石や鉱物の研究もしており、そのメカニズムについても当時としてはかなり正確に捉えていた。そのため創世記との矛盾もみられ教会に睨まれたりするが、それはさておき、化石や鉱物の持つ普遍性と自然の美しさを彼の庭園で融和させようとし、その材料に陶器を使おうとしたのだ。
ただし当時の陶芸材料で生きているように表現するのはなかなか難しい。パリッシー自身は「ぼくの陶芸工房にある犬の陶器を見て、幾匹もの生きた犬たちが、本物の犬だと思い込んで夢中に吠えかかる・・・」と書いているが、まあウブな犬たちであったのだろう。毛のある哺乳類や鳥類にくらべて爬虫類や両生類は易しい。なんとなればそのまま型取りすることが出来るからである。また陶器に掛けるガラス状の釉薬は両生類や魚類のヌメリをうまく表現できた。何もグロテスクな生き物を選んだ訳でなく、(彼等にしたらこんな言われかたは心外だろうが)リアリズムを求めたらそのような生き物が主体になったということなのだ。
田園風陶器と呼ばれるその手の陶器以前の作風は分かっていない。おそらく唐三彩風の釉薬に独自の工夫を凝らしたものでなかったかと想像するがあくまで想像、確実なのは生活が悲惨を極めていたことだ。陶器を焼く燃料にことかいて家具や床板まで剥がした。
現代でも同様だが陶芸で身を立ててゆくのは並大抵の苦労ではない。卓抜した技量と周囲の迷惑を省みない意志力と、それに宝くじの高額当選者なみの運が必要だ。
ほとんどは一つ乃至二つあるいは三つとも欠けて挫折する。しかしパリッシーにはどれもが備わっていた。
大元帥・・・翻訳本しか読んでないのでどんな役職なのかわからないが、まあ将軍に大臣とか総督などといった立場を加えた役目だろうか。とにかくその大元帥に気に入られたことがパリッシーの幸運だった。貧困から救われ、作業場まで与えられて自由な研究に打ち込めるようになったのだ。
ところが田園陶器が軌道に乗り始めたところで教会反逆罪で逮捕されてしまう。
普通なら運も尽きたと思える事態であるが、これが更なる幸運を呼ぶことになる。大元帥は彼を助ける為に宮廷に助勢を仰いだ。よほどパリッシーを買っていたのだろう。
時の宮廷の事実上の主はカトリーヌ・ド・メディシス。メディチ家で最初にフィレンツェ君主となったロレンツォ・イル・マニフィコのひ孫でフランスに嫁ぎ、この頃には年少の国王の母后、摂政となり権勢を振るっていた。
彼女はパリッシーの作品を気に入り、「国王・母后御用、田園風陶工術元祖」の肩書きを授け、これにより王室の庇護が得られるようになったのだ。
ところで先に書いたように田園陶器は女性好みとは思えない。カトリーヌの肖像画をみると、確かにヘビやカエルなぞ屁でもないという顔つきであるが、やはりそこはオンナ、出来れば美しいものを作らせたかっただろう。事実宮廷に入ってからのパリッシーの作風は神話や寓話から題材を得たものが多くなっている。しかしそれでも不足、美術の素養もあったカトリーヌだから他の貴族にもまして中国磁器への憧れは大きかったと思われる。
彼女は錬金術の心得もあるパリッシーに期待を寄せる。そしてその期待は裏切られなかった。
「すると塩を活かせば磁器も出来るというか」
「はい。塩と言いましても料理に使うものと少し違いまして塩基性塩というものでございます。これを石英の粉末と共に陶土に混ぜれば完全なる磁器が出来上がります」
「それでは早々に作ってくれまいか」
「理論ではわかっておりますが、実践となると。塩、石英の分量や土の精製など色々と実験が必要でして。私には理想の庭園に向けての仕事が」
「それは後でよいではないか。磁器を先に。この摂政、いや国王の願いじゃ」
支配者の願いは絶対命令である。しかしパリッシーは気が向かない。中国磁器の滑らかな肌をみればその陶土がリアルな造形に向いているとは考えにくかったし、生地そのものが美しいのであって表現手段としては適してないように思われた。
それでも若いころなら挑んだかもしれないが、もはや老齢、時間が惜しかった。そこで思い付いたのが実験を委託することだった。彼は考えられる限りの陶土の処方箋、そして窯の設計図までをそろえた。問題は委託の相手である。独立独歩で道を切り開いてきたパリッシーは懇意の窯元がいない。秘密を守ってもらわねばならないから信用出来る相手が欲しい。そこで摂政に仲立ちを頼んだ。
「ここまで出来れば後は自ら完成させます。ただ準備といいましてもかなりの腕が必要とされますので、どこの窯でもという訳にもまいりませぬ」
「それでサン・ポルシェールの陶工にやらせよと」
「さようで」
「それはならん」
サン・ポルシェールは故・アンリ二世が贔屓にした窯。アンリ二世はカトリーヌの亭主であったが彼女の才走ったところを嫌い愛妾にかまけた。彼女がパリッシーを贔屓にしたのはダンナへのあてつけもあり、だからパリッシーにとってもサン・ポルシェールはライバルになる。しかしそれも昔の話、アンリ亡きあと窯は廃絶の危機にあり、今さら怨讐でもあるまい、と彼は思っていたのだが。
「・・・・何もあの者たちを嫌ってはおらん。それより相応しい者たちがおるではないか」
「いったいどこに」
摂政の答えは意外なものだった。
「フィレンツェじゃ」
イタリア陶器、マヨリカの陶工たちなら技術も確かには違いない。意外なのはカトリーヌはメディチ家出身ではあるが、分家筋から現当主になったコジモ一世を嫌っており、また彼女自身がフランス人であろうとしていたからメディチ家との直接的な交流はなかった。
それでも散々苦しめられた夫の縁故よりはマシというのだろうか。
「むろんスペインかぶれには内緒にしておく。なに、フィレンツェは本家筋の私の味方。言うことは何でも聞いてくれる」
フィレンツェでは大国フランス摂政の指図を守らない訳にはいかなかった。しかしコジモ一世も怖い。そこでコジモの長男、摂政太子のフランチェスコに相談し、父コジモとスペイン人の母には内緒で実験を開始することになった。政治に無関心なのを心配して摂政太子に就けたくらいだから、コジモが知って怒りを買う心配もなく、タテマエとしてはカトリーヌとの約束も守ったことになる。
フランチェスコは政治的興味の少なさを科学的興味で補っていた。錬金術などは高名な専門家をドイツから招いて直接手ほどきを受けている。磁器の話などは棚からボタモチだったろう。
権力者に守られて実験は順調に進んだ。
やがて試作品の軟質磁器が完成する。しかしその結果をパリッシーが受け取ることはなかった。新教旧教の諍いに巻き込まれ、命からがら逃亡、磁器どころではなかったのだ。なにしろパリッシーが帰依する新教を弾圧したのはカトリーヌ自身だったから、命を助けるのが精いっぱいの擁護だった。
やがて騒乱が一時的な収束を見せたころ、フィレンツェで異変が起きた。コジモが病没したのだ。
後継者のフランチェスコ一世は陶工たちを説得した。父は実験を知らぬまま死んだ、約束は守られたのだからこれ以上秘密にしておくこともない、と。
そしてメディチ磁器が世に現れた。
カトリーヌは地団太踏んだが、宗教がらみでパリッシーとの縁も薄れていたし、なにより新教の突き上げを食らって足元が揺らいでいたのでそれどころではなかった。
やがてパリッシーは旧教同盟の告訴で捕らえられ、才を惜しんだ人々が上訴の手続きを踏んでいる最中、劣悪な環境の中で獄死した。
「だからサン・バルテルミーの虐殺さえなければパリッシーは本物の磁器を完成させただろうというのじゃがな」
と病床のチルンハウスは言った。
彼が病に倒れたことはベトガーにとって痛手であったが、それは精神的なものに限られていて、磁器の研究自体に大きな影響はなかった。というのもずっと以前からチルンハウスはベトガーに総てを任せるようになっていたからだ。
「よく出来た話ですが、少しパリッシーを買被り過ぎです」
夜はベトガー自身が看病にあたっており、実験の疲労に加えてての仕事は辛かったが、老学者との会話はそれを補った。
「メディチ磁器もフランチェスコが命じて作らせたものでしょう。あるいは彼自身が開発したのかも知れません。統治者としてはともかく錬金術師としては一流でしたから」
ベトガーは錬金術に知識を得ておきながら距離を置いていたパリッシーよりも、君主でありながら自ら怪しげな実験に没頭したフランチェスコを評価する。
「まあパリッシー崇拝者の作り話かもしれん。真実は神のみご存知だ。ただ重要なのはパリッシーが本当の磁器を作れたかどうかだ」
「作れなかったでしょう」
「どうしてそう思うね」
「陶土にガラスを混ぜる方法では、どんな工夫を凝らしても真正磁器は出来ません」
それは二人で実験していたころの結論だった。
「そしてパリッシーにそれ以上の発想の飛躍が出来たとは思えないからです」
「庭園に嵌まっていたからな」
「ハマらなくとも出来なかったでしょう。それがパリッシーの限界です」
ときおり鼻持ちならない奴だとも思う。しかしそれほどでなければ磁器の開発など出来ないのかとも考える。
「それで我らが錬金術師さまは何か新しい発見を?」
やり込めるつもりはないが、増長を許すのも癪である。
「ええ、まあ」
期待してない答えだった。
「焼くと純白になる土を見つけました」
「それは半透明になるのか」
白さと共に磁器に求められる重要な要素だった。
「もっと高い温度にすればと思って、いま窯を作り直しているところです」
「なぜ早く知らせん。食えん奴だ」
「・・・その結果が出てからお知らせしようと」
「そんなに長生きできんぞ」
ベトガーが見つけたのはカオリンと呼ばれる粘土で、わかり易く言えば雲母の一種を含んだ土。磁器には欠かせない重要な材料で、これに石灰分やら長石分やら混ぜて焼成する。言葉にすれば簡単だが、真正磁器に至るまでには膨大な実験が必要になる。
チルンハウスが亡き後ベトガーは寝食を忘れ、粘土にまみれ熱気にやられ煤煙に悩まされる中でとうとう磁器を完成させた。
かくしてベトガーは自由を与えられ、欧州最初の真正磁器開発者の名誉と共に幸せな晩年を過ごした。と、書いておきたいところだが事実は違う。
支配者アウグストはこう考えた。磁器を完成することが出来たのなら、金の変成もきっと叶う筈だと。そして金の卵を生む雌鳥を城から開放しなかった。
いつ殺されるやもしれぬ恐怖。有害な薬品による中毒症。肉体も精神もボロボロになったベトガーはわずか38歳でこの世を去った。
奴隷同然の生涯ではあったが、三百年近く経った現在でも名前は語り継がれている。彼同様、あるいはもっと悲惨な境遇だったかもしれない陶磁先進国の中国陶工たちが、その成果にも拘らず歴史に埋もれてしまったことを考えれば、まだ救いはある気がしている。