ガラス 装飾・素材

イリデッセンス iridescence 大別して3つの意味がある。
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銀化。ガラスが風化して銀色になること。銀の中に虹色が現れることもある。ローマン・グラスが有名だが、200年ほど昔のガラスでも薄く銀化している物を見たことがあり、環境によっては案外短い時間で銀化するようだ。
銀色になるのは腐食によってガラスに雲母のような層が出来るためで、本物は水をつければ透明になる。だからツバをつけて真贋を見分けるのだが、雲母を貼った贋物には通用しない。
A
ラスター彩。表面を玉虫色の金属光沢で被う彩色。簡単に言えば器の表面にごく薄い金属皮膜を付けてシャボン玉のように光らせる。9世紀から11世紀にかけてのイスラム・グラスに見られる。
B
虹彩。ヌーボー期にラスター彩を進歩させたガラス技法。より輝きがあり、複雑な色彩を持つ。ティファニー、レッツ、スチューベンに見られる。
天下の大名器、燿変天目茶碗も原理は同じなのだが、なぜかヌーボーのイリデッセンス・グラスは日本であまり人気がなく、ティファニーのボウルなどは欧米の半値くらいで落札されることもある。

イングリッシュ・カメオ・グラス English cameo glass 英国ではあまり使われないが、日本やアメリカで英国製のカメオ・グラスガレドームなどのフレンチ・カメオと区別するため便宜的にこう分類している。
元祖は
ポートランドの壷をコピーしたジョン・ノースウッド。このコピーは数年かけてほぼ完成間際というときに、掌で撫で回していたら温度差で(寒い日だった)ヒビ割れてしまったという悲しい逸話を持つ。彼は気を取り直してこれを修理して完成、後に同クラスの優品を幾つも製作し、またジョージ・ウッダルを始めとする後進に道を開いた。
その後手彫り部分を少なくして量産化された「コマーシャル・カメオ」は彫りも薄くデザインも簡易だが、それでも現在では少し程度の良い品になると高価で手を出し辛い。

ウラン・ガラス (ワセリン・グラス)vaseline glass 放射性元素のウラニウムを加えたガラ
スで、紫外線に当てると蛍光を発する。通常は黄色がかった緑あるいは緑がかった黄色。その色艶が機械用練り油のワセリンに似たところから英米ではワセリン・グラス、日本ではストレートにウラン・ガラスの名称で呼ばれる。
ドイツで1830年から48年にかけて開発された。各国で作られており、フランス、アメリカ、それに日本製などが見られる。ウランで被爆する事故があったとかで第二次大戦前に製造が中止されたが、最近また人気が出て作られている。現代品の産地はチェコがほとんど。このチェコ製品はアメリカで大量に見られるが、色が黄色く、さぞかしウランをたっぷり含ませたのか紫外線には古いガラスよりずっと派手に反応し、晴れていれば紫外線ランプ(ブラックライト)に頼らずともそれとわかるくらいだ。
ディスプレィなど実用目的なら良く光る新品の方が良いだろうが、コレクションなら当然大戦前のアンティークをお薦めする。日本製は出来の悪い割りに品薄で案外高価だが、アメリカ製なら数万円の予算で20センチくらいの花瓶だとかコンポートなどが入手出来る。
ちなみに製品となったものに危険性はない。ウランは微々たるものだしガラスは放射線を遮断するからで、それは分子レベルなので割れても効能に変わりないと、さように思っているのだが・・・後は詳しい方に御教授願いたい。

エナメル彩色 さいしょく enamelling 完成した器にエナメル(酸化金属の顔料)を塗って低温で焼き付ける技法。エナメル顔料の基本的な組成は陶磁器用のとあまり変わりはないようだ。ローマ時代に使われはじめ、イスラム時代のエジプトやシリアで発展した。
ヴェネチアでは13世紀末に数例が確認されているが、本格的になるのは15世紀末のこと、その他ヨーロッパでは16世紀から取り入れられた。

エッチング etching 加工しない部分をワックス等でカバーし、フッ化水素酸と硫酸の混合液で残りのガラス表面を溶かして凹凸を出す技法。技法が開発されたのは1771年のことだが、実際に良く使われるようになったのは19世紀も半ば。少し後にイングリッシュ・カメオの下地作りに応用され、また20世紀に入ってからガレ工房作品に多用された。

オーバーレイ overlay →きせガラス

オパーリン・グラス opaline glass 半透明ガラス。骨を焼いた生石灰と様々な酸化金属でガラスを水で薄めたミルクに絵具を少し落したような色合いに変化させる。薄いブルーが代表的だがピンクや黄色、濃いブルーそして黒いのもある。もちろん白も。17世紀にヴェネチアで開発されたが1823年にバカラで「オパーリン」と命名され、その後フランスで最も人気あるガラスの一つとなった。
なお、似たような名前のオパーク(opaque)グラスとは不透明の、いわば白磁にも似た白色ガラスのことで、多くの場合
エナメル彩色が施される。
ついでに書いておくとオパール・グラスとは乳濁させるのに生石灰でなく酸化錫を使った、原理的にはオパークと同じだが半透明であるガラスを言う。

オパルセント・グラス opalescent glass 19世紀末にガラス器のレリーフ部分だけを乳白色にする技術が開発された。これをラリックが多様化させ、それまでと逆に中央部を乳白色として外側を透明にするなど様々なバリエーションを生んだ。オパルセントとは部分的にオパーリンとなったガラス器のことだと覚えていただいていいだろう。ラリック以外ではサビノが有名だが、日本の大正ガラスにも多く見られる。ちなみに古い資料ではイリデッセンスのことをオパルセントと表記しているのも見かけるが、現在ではほぼ部分的乳白色ガラスに限られている。

かがみ 鏡 mirror 古い鏡は金属製だった、と思っていたら黒曜石や水晶などの石を使ったのもあるらしい。人類は昔から自分の姿を確認するのが好きだったようだ。今の鏡のように明確に映らなかったから、さぞや哲学的にもなったことだろう。
板ガラスに銀や錫を裏打ちした、現在とほぼ同じ原理の平面鏡は13世紀以前には発明されていた。しかし14世紀のフランス宮廷でも金属鏡しかなかった処を見ると不完全だったのか。実用に耐えうる透明でほとんど歪みのない平面鏡は1507年以前にヴェネチアで完成した。そして16世紀から17世紀中期過ぎまでヴェネチアは鏡の製法を秘密にして市場を独占していたのである。当時鏡はものすごく高価で、宮廷画家の描いた肖像画の十倍程もした。小さな物でも労働者の賃金数十年分といった単位で、だからヴェネチア鏡の流行は各国宮廷財政を悩ませ、中でも重商主義でお馴染みコルベールなどはフランスの金がヴェネチアに流れているのを苦々しく思っていた。そこで彼は考えた。フランスで作ればいいじゃないかと。それが出来るくらいなら他国も苦労はしない。ただ、彼の発想には柔軟性がある。なにもフランス人に作らせることはないと、彼は脱走者には死刑が待つヴェネチア・ムラノ島のガラス工場から十数人の鏡職人を勧誘した。おそらく劇的展開があったのだろうが残念ながら伝わっていない。
ともあれ他社のプロジェクト・チームをごっそり引き抜くようなアコギな手段によってフランスの鏡産業は一気に開花し、やがてヴェルサイユ宮殿「鏡の間」の誕生となったのである。
コルベールは他にヴェネチアのレース職人も引き抜いており、彼がヴェネチア共和国経済に与えた負の効果がそのままフランスの興隆に繋がっている。そして斜陽のヴェネチアは百数十年後にナポレオンによってトドメを刺されることになる。

かたガラス 型ガラス mould-blown,pressed glassware 金属の鋳型の中でガラスを吹いて型通りに膨らませる「型吹き」と、外型に溶解したガラスを流して内型を押し付ける押し付ける「プレス・グラス」とがある。
プレス・グラスは元々英国で開発されたが1827年にアメリカに導入され、19世紀半ば過ぎには同国で最も一般的なガラス器になった。プレス・グラスはあくまで
カットグラスの代用品で安価な大量生産品なのだがアメリカにはコレクターが多く、初期の物や珍しい形のは結構な値がつく。
型吹きガラスは2世紀から4世紀にエジプトで開発された古い技術だが、近年までボトルや電球を作るのに使われていた。現在でも同じ原理で作っているが、人が息を吹き込むのではなく機械で空気を送り込んでいる。

カット・グラス cut glass ガラス面に角度をつけた溝を切り、光の反射や屈折で美しい視覚効果を得るようにしたガラス器。和名は切子。骨董市でもなかなか掘り出しものがない昨今だが、ことカット・グラスに関しては拾い物が出来る。手でカットした物とプレス機で作られた物の違いはカット面を見ると、ハンド・カットは曲面では下手に剥いたリンゴみたいに僅かな段々が見られ、また平面でも切れ味の悪いナイフで切った羊羹のような薄い筋が見出せる。ただ全体を酸で僅かに溶かし、その後磨いてカットをなだらかにしたのは一見プレスグラスのようで、慣れないと難しいかも知れない。
同じ物が2つ以上あるようなら両者を見比べてみる。ハンドカットの場合は微妙に形が違っていることが多く、プレスならまったく同じである。またハンドカットではカットの筋がはみ出していることも多い。

カメオ・グラス cameo glass ガラスに別の色のガラスを被せた、いわゆる被(き)せガラスにカメオ彫りを施したガラス器。起源は古代エジプト。ローマ時代に作られたポートランドの壷は古代ガラスとしてもカメオ・グラスとしても最高峰とされる。カメオ・グラスの技法はローマ以降久しく絶えていたが(なにしろ手間が掛かるし難しい)19世紀になってガラスを酸で溶かす技術が確立されて後、再び試みられるようになった。
近代カメオ・グラスの完成は1876年の事、英国のノースウッドが3年かけてポートランド壷の複製に成功した。この後カメオ・グラスは人気を博し、多大な需要のためウェッブ工場などでは工程を簡略化し、量産化させた。アールヌーボーがもてはやされる日本やアメリカでは、これら英国で作られたローマ風カメオ・グラスを
イングリッシュ・カメオと分類することもある。
他のカメオの代表格が
ガレ。エミール・ガレは独自の視点から草花や蝶などあしらったオリジナリティ溢れる作品群を発表したが、彼の没後、工房ではグラヴィールの仕上げを必要としない腐食技法のみの製法・デザインを開発して更なる大量生産を可能にした。なお中国の乾隆ガラスもカメオ・グラスの一種で、エミール・ガレに影響を与えたと言われる。一七世紀から技術が開発され一八世紀の乾隆時代に完成された。乾隆・ガレ共にレリーフ部分が白色に限らない、というより他の色が多いのがローマやイングリッシュ・カメオとの違い。

ガラス glass 昔むかし、フェニキア商人が野営するとき、商品のソーダ塊でかまどをこしらえた。食事が終わってソーダ塊を片づけていると、底の方が妙なことになっている。砂と混ざり合った部分が溶けて半透明になって固まっているのだ。かくして人類はガラスを手に入れた・・・との伝説がガラスの起源にあるが、多分嘘だろう。土器を強い火力で焼くと溶けた砂(珪砂)と空中に舞う灰とが混ざり合って表面にガラスが出来ることがある。いわゆる自然釉だが、これがガラスの発見ではなかったか。
いずれ原始的なガラスは5千年ほど前には存在していたらしい。紀元前3千年といえば青銅器時代で土器に遅れること少し、案外古いものである。そのように早くに発見されていたガラスだが、土器と違ってその発展は遅く、長らく装身具やミニチュア壷といった玩具的時代が続いた。
実用的器が登場するのは今から2千年ほど前、拭き竿技法が確立されてからのことである。鉄パイプの先に溶けたガラスを巻き付けて吹いて膨らます。今も伝わる技術によってガラス器は飛躍的な普及を見せ、また徐冷の過程なども発見されてローマ時代のガラス器はそれまでの宝石のような貴重品から実用品に変わった。
ところで珪砂とは浜辺の砂に混じる半透明の粒。成分は石英、つまり不純物の混ざった水晶と同じものらしい。すなはちガラスの主成分は水晶。これだけだと溶けにくいので融解剤として先にあげたソーダを混ぜる。これがソーダ・グラス。ソーダは天然でも産出するが無い場合は海草を燃やして作る。海の近くなら良いが大陸中央のドイツやボヘミアでは輸送が大変だ。そこで樹や羊歯類を燃やして作った炭酸カリウムを代用とした。これがカリ・グラス。そして一七世紀に英国でソーダやカリの代わりに鉛白を混ぜると光沢が増し屈折率が高くなることが発見されたのが
クリスタル・グラス
以上のソーダ、カリ、クリスタルがアンティーク・ガラスの三大種でいずれも他に安定剤として石灰が加えられる。
なおガラスは日本語、グラスは英語ということで、本書では英語のカメオなどに付く場合はグラスとし、単独か日本語に付く場合はガラスとしている。念の為。

きせガラス 被せガラス cased glass 二色かそれ以上の色を重ねたガラス。通常カットグラヴィール、カメオなどの装飾を施す。ケース・グラスの名称は欧米でもあまり使われず、もっぱらオーバーレイかフラッシュとそれぞれの技法で呼ぶことが多い。オーバーレイの製法は外側のガラスの中に内側のガラスを入れるので、被せると言うよりは挿入ガラスである。内外二つのガラスの膨張係数が違うとヒビ割れてしまうので厄介、失敗が数多かったという。
フラッシング・グラスは下地ガラスの上に薄くガラスを被せたものを言う。ただし表面だけ着色したガラス(ステイン・グラス)を無知か故意かフラッシングと称する業者も多いので注意。

きんあかガラス 金赤  gold ruby glass ドイツのKunckel(クンケル)が発明した。
正確な年代は不明だが1679年には完成されていたらしい。ガラスの中に微量の金を溶かして赤色を発色させる。金で赤を出すのも不思議だが、我々が見ている金色は反射色であり、ごく薄い金箔を透かしてみると赤紫に見える。つまり透過色を出している訳だ。
ちなみに含まれる金はわずかで、金赤ガラスが尊ばれるのは金の値段うんぬんよりも、その工程の難しさ・複雑さにある。

ぎんか 銀化 → イリデッセンス

グラヴィール engraving グラインダーを使った陰刻・陽刻技法のこと。グラヴィールは仏語で、英語ではエングレーヴィング。研磨剤を付けた銅の回転盤でガラスを削り、凹面状に鹿や風景などのインタリオ彫刻を施す。カメオのように凸面を彫刻するのはレリーフ・エングレーヴィングだが、長ったらしいのか単色でもカメオで通すことが多い。
以前に独学でグラヴィールに挑戦したことがあるが、削られたガラス粉が邪魔になって図案が見えず苦労した。そこでプロの仕事を見ると、ガラス器を手前に持ち裏からグラインダーを当てていた。なるほど、と思ったが、裏側の見える透明ガラスはいいとしても濃い色ガラスの場合はやはり図案が見えない。勘と経験だけがモノを言う世界のようだ。
グラヴィールの起源は古いが18世紀以降に盛んになり、ボヘミアではインタリオ・エングレーヴィングとレリーフ・エングレーヴィングの両技法を一つの作品に駆使した、ガラスの彫刻と表現するのが相応しいような優れた製品も作られている。

クリスタル・グラス crystal glass 昔はガラスの中でも無色透明さを誇るヴェネチアやボヘミアの高い質のガラスを言った。クリスタル(水晶)に似ていることから付けられた名称である。
近年では1670年頃に英国で開発された鉛・クリスタル・グラスのことを指す。鉛(酸化鉛)を入れることで屈折率が高くなり、カットを施したときに輝きが増す。欧州内の法律では鉛の含有率が24%のものがハーフ・クリスタル、30%でフル・クリスタルで、24%以下だと「Crystal」のラベルは貼れないとのことだが、昔はともかく技術発展した現代では別にクリスタル・グラスだからと有り難がる程のもんじゃない。デザイン・加工がモノを言う。

サンド・ブラスト sand-blasting 1870年にアメリカの化学者によって開発された装飾技法。
加工しない部分をゴムなどでカバーして砂(もしくは粉砕したガラスや鉄粉など)を高圧で吹き付けた後、カバーを取り除くと吹き付けた部分だけが曇りガラスになって模様となる。
雑誌等に「喫茶店などで需要大!すぐに独立して年収1000万!」とか紹介されているように、短時間で大きな面でも楽に装飾可能な技法だが、これだけではあまり美しくない。他の技法と合わせる研究が必要かと思われる。

じょれい 徐冷 annealing 普通のガラスのコップに熱湯をいきなり注ぐと割れてしまう。湯に触れた内側のガラスが膨張するのに外のガラスはそのままで、その歪みで割れるのだ。だから熱湯を注ぐならゆっくり入れなければならない。
同様に溶解したガラスを成型してすぐに外気にあてるとガラス内部に歪みを含み、香水瓶くらいの小さな器ならあまり問題はないが、ビール瓶のような大きな物では触っただけでも壊れる軟弱な製品になってしまう。そこでお湯を注ぐのと同じように、成型したガラスを専用炉の中でゆっくり冷ましてひずみを取る。この工程を徐冷という。
以前は600度前後の炉で一晩寝かすのが一般的だったが現在の大手工場ではベルトコンベアー式で冷めた製品が出てくる仕掛けになっているとのこと。
徐冷の正反対のことをやってみると、すなはち溶かしたガラスを水の中に落として水滴型の棒ガラスを作ると、細い尻尾部分の先をペンチで割っただけで瞬時に全体が粉々になってしまう。

ステム stem ワインやシャンパンなどの飲用グラスの脚、つまり上部ボウル状の飲み物を受ける部分と下部台座(フット)を繋ぐ部分を言う。ツイストやノップなど色々な形状があり、英国の飲用グラスなどはステムの形状で時代が判別出来る場合が多い。デザイン変更の主な理由はガラスへの物品税にあるという。
ステムは日本語の脚同様、数勘定にも使われる。例えばワイン・グラス6本、リキュール・グラス6本なら12ステムス。つまり12脚だ。なお、正式な呼び方ではないようだが(辞書類には載っていない)ワインやシャンパンなど脚のある飲用グラス類をステム・グラスと呼ぶことが多い。

ステンド・グラス stainned glass イタリアでとある古い教会を訪れたとき、ステンド・グラスだけが真新しいのを残念に思って尋ねると「タダで新品と交換してやる」という親切な業者の申し出に応じたのだという。無知は罪なり。
ステンド・グラスの起源は中近東で10世紀頃にヴェネチアに伝わった。そして13、14世紀にゴシック美術の中で全盛期を迎える。この時代までのステンド・グラスは多くが色ガラスを鉛で組んだだけなので「これこそが正統派、色絵付けをしたのは邪道だ」なんて方もいらっしゃったが、これでは「古代ギリシャ・ローマ美術以外は認めん、レオナルドもミケランジェロもみんな邪道」というのに等しい。美術工芸は宗教じゃないから原典に忠実である必要はないのだ。
もっとも色絵付け自体は古くから部分的に使われていた。それが16世紀頃に多用され始め、17世紀には鉛組みを少なくして大きなガラス面に彩画した色絵ステンド・グラスが全盛となる。
近年ではティファニーが複雑な発色を見せるステンド・グラスとそれをランプにした製品で有名。

ソーダ・グラス →ガラス。

ちゅうふき 宙吹き free−blown 紀元前1世紀の後半にシリアで発明されて新興ローマ帝国のガラス産業を飛躍的に発展させた技法。風船を膨らませるようにガラスを吹いて成形する。更には木や陶器または金属の型に吹き込む技術(型吹き)が開発されて様々な形のガラス器が瞬時に出来るようになった。
吹き竿による成型技術はガラス器の普及に画期的な役割を果たしている。

トンボ玉→ビーズ

パート・ド・ヴェール pate de verre 粉末にしたガラスを型に入れて溶解、成形する技法。
やり方自体は簡単でシロウトでも楽しめるが、予想以上に縮むので形を整えるのが難しい。また色ガラスをそのまま使うとげんなりするほど生々しく、淡い色合いを醸し出すのは困難だ。
現在でもドームなどで製品を作っているが、ワルターやルソーなどの自然な色合いは出せていない。
事実上滅んでしまった技術と言っていいだろう。

ビーズ beads 単数形ではビードゥだが普通ビーズと複数形で呼ばれる。つまり玉の中でネックレスのように複数で使われる物。起源は石器時代にさかのぼり、その種類も石や骨、金属、陶器など数多いが、もっぱらコレクション対象にされているのはガラス玉が多い。日本でトンボ玉と呼ばれている類の、様々な模様を描いたガラス玉である。トンボ玉は古代エジプトやメソポタミアをその起源とし、実に多くの国で生産されたが、ヨーロッパではヴェネチアが主産地。
なお英語ではトンボ玉のように古いガラス玉を総称する言葉はなく・・・強いて言えばアイ・ビーズなのだが、これだと丸い模様に限定されてしまう。細長い縞模様のはシェブロン、金太郎飴のような人面のはフェイス・ビーズなどとそれぞれに分けて呼ばれる。

フット foot 飲用ガラスなどを支える台座。つまり底の広がった部分を言う。多くは円盤状だが八角、六角も見られる。また塩入れなど分厚いガラスでは四角もある。三角は見たことないが。

ファイアー・ポリッシュ Fire polishing 製造加工を終えたガラス器を炉でもう一度焼いて表面を
溶かした。鉄の鋳型で取られたガラスは艶がないが、こうすることによってガラス表面の輝きを取り戻した。現場を見たことは無いのだが、熱加減が難しそうである。

吹き竿 →ちゅうふき

ぺーパー・ウエイト paper-weight 実用目的としてなら石ころでも置いておけば文鎮の役目は果たせる。ガラス製のが重宝されたのはその美しさで欧米ではコレクターも多く、手元のガラス辞典でも全六頁半をこの解説に費やしている。ただその9割は今のところ日本では役に立たない情報だ。
アンティークとして収集対象になっているガラスのペーパーウエイトは1845年にオーストリア産業展に出品されたヴェネチアの製品だった。それを見たフランスではすぐに追撃にかかる。同年には
サン・ルイが、翌年にはバカラとクリシーがペーパーウエイト戦争に参加、3年後には英国も参戦した。穏やかならぬ表現を使うのはあまりに急に発展し、急速にしぼんだからである。ペーパーウエイト登場のきっかけはペニー切手だった。つまり一ペニーで全国どこでも配達する英国式郵便体系がヨーロッパに伝わり爆発的に手紙が増え、ペーパーウエイトが必要になった。風と桶屋の関係。しかし熱し易いのは醒め易くもあり、わずか15年ほどでブームは終焉し、その後は僅かに作られるだけとなった。
代表的なペーパーウエイトは半球形で透明なガラスの中に花や蝶、あるいはトカゲやヘビなど閉じ込めているが最もポピュラーなのはミレフィオリ・グラスを敷き詰めたタイプ。このようなペーパーウエイトは一九世紀半ばにボヘミアとヴェネチアでほぼ同時期に製造が始められ、ほとんど間を置かずにフランスのサン・ルイ、バカラ、クリシィで、そして英国やアメリカでも作られ始めた。
希少価値のあるものでは500万円、中には一千万円を越えるのもあるが、普通は盛期の品でも数十万円ほど。バカラの19世紀
ミレフィオリ・グラスの状態の良いので40〜50万円といったところ。

ポンテ・マーク puntee mark ポンティル(pontil)・マークとも言う。ポンテとは宙吹き竿からガラス製品を外す時に使う鉄棒。この棒を外したときに製品の底に棒先の跡が残るこれをポンテ・マークとかポンテ跡と呼んでいる。宙吹きで作られた古いグラスの底には必ず見られ、時代が下っても高級品ならポンテ・マークをグラインダーで研磨した跡が見られる。正確な復刻品や贋物にもポンテ・マークはあるので決め手にはならないが、それがあれば少なくとも19世紀中期以後に機械生産された雑器ではないと確認出来る。

ルーマ杯 Romer ドイツでポピュラーな飲用器。金魚鉢のようなボウル、円筒形のステム(柱)は中空でキス・チョコの様な、あるいはラズベリーを模したつぶつぶガラスを幾つも溶着させてある。フット(台)は細いガラス紐を巻いた形。スプリングを押しつぶしてスカートの様に裾広がりにしたと言えばお分りいただけようか?
15世紀頃から作られているが先に述べた代表的形状になるのは17世紀以降。18世紀からは早くもフットが型取りで作られた品が出現する。ドイツ以外オランダやオーストリーで作られ大きさ・形共に様々なバリエーションがある。19世紀以降のは概して安価。

ミレフィオリ・グラス millefiori glass イタリア語で「千の花」の意味。着色した飴の棒を幾つか束ねて延ばし、包丁で切ると「あら不思議、どこを切っても金太郎」。同じ方法で作った金太郎ガラスを型につめて溶かす。もちろん金太郎でなく花柄が主。型の制約があるので皿、ボウルが多いが中には小さな花瓶の類もある。ペーパーウェイトも良く見られ、半球径ガラスを通して見るミレフィオリはまた格別に美しい。

ラスター lustre → イリデッセンス

ロック・クリスタル rock crystal 水晶のことだがガラス用語では水晶細工のような彫刻を施したガラス器を言う。
技法的には
グラヴィールと同じだが、ロック・クリスタルでは彫った部分を研磨し、全体に同じ艶を持たせて水晶細工のように見せている。1870年代後半に始まり、ウェッブやバカラ、あるいはUSリビィ社の製品が(地元アメリカでは)有名。ただしリビィの一部とUSホーク社の殆どはプレスだけでロック・クリスタル風に仕上げており、グラヴィール技法ではない。

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