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彼を理解する手がかりとなるエピソード、横顔を知ることのできるエピソードを集めていこうと思います。
引用は、すべて出典を明記しますが、著作権等の理由により掲載に支障がある場合は、お手数ながらご連絡をお願いします。
また、エピソードについてつけたコメント・解釈は、私管理人の独断によるものであることをお断りします。
「そして第二に思うことは苦しい家計の中から快く自分を山へ送り出してくれた妻の苦労や、そのため有形無形のとばちりを受けたであろう子供達のことで、この思いは終生消えることなく私の胸を痛め続けるであろう。この意味から私はこの山の本の出来た喜びを何よりも先ず家族のものと分ちたい。」
【田淵「わが山旅」〜「自序に代えて」(1952年、誠文堂新光社)128pから】
田淵自らの装丁による著書「わが山旅」のあとがきにあたる「自序に代えて」に、田淵が記した一部分。
1951年(昭和26年)の田淵氏の写真界への登場とほとんど同時期のこのスタート時点において、もうすでに家族に対する感謝とおわびの言葉が連ねられることも注目される。
山岳写真家を生業とする、ということの言葉だけではない厳しさと、そして家族の理解が伺われる。
「当時、山岳写真といえば山の全景をいかに美しく表現するかに主眼がおかれていたが、田淵は登山者のみが知ることのできる険しい山々を見据えた斬新で力強い山の姿をとらえた。」
【奈良市写真美術館HP 「展示1998年1月4日→2月15日」】
1951年(昭和26年)の田淵氏の写真界への登場は、衝撃的な印象をもって受け入れられたようだ。
山の厳しさと優しさを知り尽くした彼だからこそ知っていた山への視点。それが写真の世界において表出したものに違いない。
「来る日も来る日も、天狗原に張ったテントから槍沢におりて、イワノガリヤスの草原で針の頭ほどの卵を探しつづけたが、1週間たっても卵は見つからない。今日は上高地まで帰らなければならないという日、田淵氏は荷物の重い私にひと足さきに下って途中で待っていてくれ、もうひと踏ん張り探して下るからという。その粘り強さに敬意をはらいつつも、少しげんなりしていた私は言われる通り先に下山した。」
【堀勝彦著「信州の自然誌 高山チョウ」(1993年、信濃毎日新聞社)23pp】
氏の粘り強さと集中力を物語るエピソードである。高山蝶の生態解明は、壮絶な困難さを伴うものであることは容易に想像できるが、特に数少ないタカネキマダラセセリの卵発見は、よほどの困難を極めたものだった。その後、先に下山した堀氏がタカネキマダラセセリの卵を発見するが、後から下りて来た氏は、それを確認すると「突然、岩の上におどりあがって大喜び」した。「こんなに喜んだ氏を見たのは、後にも先にもこの時だけだった」という。そして、また周辺を探し始めたという。
氏の根気強さもさることながら、もしその活動に一緒に居合わせたとした場合、その「とことんぶり」は常人には到底ついていけないほどのものであったことも推し量れる。しかしそれは、程度の差はあるが、チョウを探しているときの愛好家の誰にでも表れる性質のものである。
これは、私の持っている田淵氏に関するささやかなエピソードである。それは、現在私の住むまち(埼玉県深谷市)の図書館へ田淵氏が著書を寄贈しているということだ。
その図書とは、「安曇野の蝶」。同書が2冊、寄贈されている。
表紙を開いた場所に「寄贈」の文字がスタンプされ、そして、次の扉のページに署名がなされている。

ちなみに「淵」の右側の中を「米」と略して書かれるのは、氏のサインの特徴である。当時すでにパーキンソン病と闘っているはずの氏がこの図書を手にとりサインしたことを思うと、同じくこの図書を手にサインを目の当たりにするときには、何ともいえない感慨が押し寄せてくる。
もう10年以上前になるが、このまちに越してきてのぞいた図書館の生物科学のコーナーにこの図書が開架され、数回お借りした。寄贈の署名を見つけ、そのときは初めて目にした氏のサインに驚きはしたが、蝶の画文集というこの性格上、多くの子供に見てもらいたいとの考えから、氏が全国の公立図書館へ寄贈したものの一つなのだろうと思った。
今にしてみると、この寄贈の理由は調べてみる必要があると思っている。もしや、その当時に何かこのまちとご縁があったのではないかと考えている。
はたして氏がこの図書を全国の図書館に寄贈をしたのか、それはまだわからない。調査不足を指摘されるとまったく申し訳ないのだが、全国各地への寄贈ではなかったとするならば、この寄贈は特別の理由があったに違いない。なぜなら、このまちは行政的な交流が、長野や豊科町とあるわけでなく、また山岳や博物学的にも特筆すべきものの見当たらず、当時10万人未満の地方の一都市を理由のない寄贈先に選ぶことは、まず考えられないからである。
その当時のことを明らかにするということも、今後の自分の課題のひとつとしたいと考えているが、他の自治体の公立図書館において、こうした氏の著書の寄贈に関する情報をお持ちの方がいらっしゃったら、ぜひ情報提供をお願いしたい。
ちなみに、その寄贈された「安曇野の蝶」は、現在閉架書庫に所蔵されているが、館員に頼めば誰でも閲覧できる。
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