|トップ|略歴と周辺|著作一覧|資料目録|展覧会暦|エピソード|リンク・めぐる人々|
(2005年8月31日現在)
|
Museum |
田淵行男記念館 Yukio Tabuchi MEMORIAL MUSEUM
|
|
1990年7月開館。7万3000点にのぼる氏の作品・フィルムなどを収蔵。写真作品、写蝶した細密画、図書、使用した品々などを常設展示しているほか、毎年企画展を開催している。 TEL 0263-72-9964/〒399-8301 長野県南安曇郡豊科町南穂高5078−2 |
上高地ビジターセンター
|
|
上高地、小梨平にあるハイカーのためのビジターセンター。館内の展示のうちに、山岳写真家等の常設展示があり、氏についてのコーナーも大きくとられている。 |
|
Photographer |
水越 武氏
1938年愛知県豊橋市生まれ。1965年から氏に師事。山岳ほかネーチャーフォトを中心に著書多数。
水越氏は、氏の大雪山の高山蝶調査に助手として同行した。遺作である「山は魔術師」でも、エッセイ「田淵行男から学んだこと」を記しているが、氏とはたいへん深い関係があったと考えられる。また、このエッセイは、「人間・田淵」を垣間見られるものとして重要である。
堀 勝彦氏
1935年東京都生まれ。信濃毎日新聞社を経て、フリーの写真家・高山蝶研究家。ヒマラヤ等への遠征も多数。
著書「信州の自然誌 高山チョウ」(信濃毎日新聞社、1993年)では、高校生時代に氏を訪ね、たびたび高山蝶の生態観察に同行したエピソードか掲載されている。特に、まだ見つけられていなかったタカネキマダラセセリの卵を堀氏がさきがけて見つけ、その成果は出版された「高山蝶」の一角となった。
梅沢 俊氏
1945年札幌市生まれ。北海道の野生生物を中心に写真撮影と執筆活動。「北海道百名山」山と渓谷社、「北海道 山歩き花めぐり」北海道新聞社ほか著書多数
田淵の大雪山の高山蝶調査の際に同行。北海道の山を知らなかった田淵を強力にアシストしたと思われる。【田淵「大雪山回想−跋文に代えて」、渡辺康之「写真集 日本の高山蝶」(保育社、1985年)】
須ケ原光弘氏
1945年福岡県生まれ。山岳ほかネイチャー写真家。1969年氏に師事。著書多数。須ケ原氏著の「穂高光彩」の序文に氏が寄せている。
梶 安延氏
25才で田淵に弟子入りを申入れたが断られ、翌年松本に移住。弟子入りは断られたものの、田淵が亡くなるまで交流した。常念小屋で働きながら撮影した作品による写真集「雷鳥の尾根」は、田淵の後押しで出版したものという。田淵もその序文を寄せている。
山小屋で働いていた当時からの常念岳越冬計画には思い入れがあり、2002年11月〜2003年4月に常念岳非難小屋での単独越冬を敢行した。
|
Fellows |
田淵行男記念館こども自然観察教室「むしの会」
サイト「Z−HOUSE」
氏の自然を愛する心を次代を担うこども達に受け告いでいこう、と1995(平成7)年に発足。田淵行男記念館と友の会の共催で、毎月第2土曜日を中心に安曇野近郊で自然観察会などを開催。「むしの会」の名称は、田淵行男の誕生日が6月4日であることにちなんでいるとのこと。
サイトでは「むしの会活動記録」のほか「日本山岳会信濃支部HP」や、チョウの写真とエッセイの「記楽帖」も掲載されている。
室谷洋司氏 サイト「雪形・八甲田山・岩木山」
田淵氏の雪形調査の際に、各地に広がった情報収集ネットワークで、雪形の探索確認と撮影メンバーのおひとりとして(「北日本支部長」として)参加された。また、チョウの研究では、以前からも指導を受けていたとのこと。
サイトでは、田淵氏の雪形調査当時のことに詳しいほか、八甲田山等での雪形情報を確認することができる。
久保快哉氏
田淵氏いわく「蝶友」。雪形調査での全国ネットワークづくりに尽力されたほか、さまざまな氏の活動に協力
丹一夫氏
大雪山の高山蝶調査の際に同行し協力【「大雪山回想−跋文に代えて」、渡辺康之「写真集 日本の高山蝶」(保育社、1985年)】
中川泰次氏
「原色昆虫大図鑑」(白水隆著・北隆館)などのチョウに関する学術書の編さんに参加。「定年退職を機にライフワークのチョウの採集で訪れた土地で暮らす」という第2の人生について「週刊長野」に掲載されていた。
チョウとの出会いは、1945年(昭和20)年で、田淵氏から初めてギフチョウを見せてもらい、手ほどきを受けたとのこと。【参考:「週刊長野」2002年10月26日、931号】
|
Studies |
近藤信行氏
「山の旅」や田部重治著「新編・山と渓谷」の編集ほか、山岳書籍の編集や訳を多数手がけている。
近藤氏は1990年ころから(氏の没後の特集か?)月刊「山と渓谷」(山と渓谷社)において連載「田淵行男 安曇野のナチュラリスト」を執筆している。この連載は、氏のことを周辺の事柄から総合的にまとめたもので、田淵研究書としてたいへん重要なものである。
水越氏など直接の関係者が記しているもの以外で、質、量においてこれを越えるものを私はまだ知らない。この連載は、まとまった形で刊行の予定もあったようだが、どうも実際には刊行されなかったようである?ご存知の方の情報をお願いしたい。
杉本 誠氏
山岳写真研究家。元美術担当の記者から、山岳雑誌「岳人」の編集者となり、山岳写真の歴史を調べるとともに、山岳写真を収集し始めた、とのこと。
出版されたばかりの「田淵行男・山岳写真傑作集」を買い、後に東京中日新聞出版局において編集者としても田淵の「私の山岳写真」の出版に携わった。(杉本「長野県の山岳写真家像 聳え立つ山がそこにあるから」(「地域文化」60号、八十二文化財団、p.12))。
田淵は、この「私の山岳写真」の出来に明らかに不満があったという。自己を曲げず、妥協を許さない彼の性格が垣間見られるエピソードである。
|トップ|略歴と周辺|著作一覧|資料目録|展覧会暦|エピソード|リンク・めぐる人々|