あなたは人目の訪問者です

昨年、初めてディベート授業を経験した出遅れ教師が、今年も再び挑戦しました。さて今回は一体どうなることやら・・・。

このHPはPART1との比較の上で作成しております。

PART1をまだご覧になっていない方はまずこちらからどうぞ!

<INDEX>

今回はどんな論題やねん?

ルールは変更したんか?

授業計画はどないやねん?

資料は増えたんか?

しょ〜もないプリント作んな!

生徒はどない言うとんねん?

反省はサルでもすんねんぞ!

女子高生の写真悪用すんなよ!

お前はそんな授業しかやってへんのか?

 

 

今回はどんな論題やねん?

 

(注)青字は昨年度限りのもの、赤字は今年度新しく採用したものです

<前回(平成9年度)の論題>

〜一回り目〜

女の方が男より得である

本校の夏服はポロシャツにすべきである

携帯電話は不要である

学校週5日制導入は阻止すべきである

死刑制度は廃止すべきである

 

〜二回り目〜

夫婦別姓を認めるべきである

少年法は改正すべきである

オウム破防法適用は違憲である

原発は廃止すべきである

日米安保条約は廃止すべきである

 

<今回(平成10年度)の論題>

〜一回り目〜

本校の夏服はポロシャツにすべきである

学校は茶髪を認めるべきである

医師にがん告知を義務づけるべきである

積極的安楽死を認めるべきである

死刑制度は廃止すべきである

 

〜二回り目〜

夫婦別姓を認めるべきである

少年法は改正すべきである

円安は歓迎すべきである

原発は廃止すべきである

日米安保条約は廃止すべきである

 

<論題決定の上で困ったこと>

そもそもディベート授業をすること自体が私にとって大きな挑戦でしたから、今年の論題も、失敗覚悟でどんどん新しいものを採り入れていこうと思っていました。しかし、実際にいろいろな条件を考えていくと、おもしろそうな論題であってもやむなく見送ったものがいくつかありました。

 

私なりの論題設定にあたっての目的を大きく2つに分けると…

 

a)ディベートのやり方そのものを覚える

b)時事問題に関心を持たせていく

 

となります。上の例でa)に該当するものとしては「女の方が男より得である」とか「本校の夏服をポロシャツにすべきである」、「携帯電話は不要である」、「学校週5日制導入は阻止すべきである」「学校は茶髪を認めるべきである」などがあります。

 

昨年度私は、生徒がディベートをうまくやれるかどうか非常に不安でしたので、このタイプの論題を一回り目に4つ入れました。すると確かに、ディベートの形式を覚えるという点では効果がありましたし、聴衆の生徒達も、内容が身近で簡単なだけに、聞きとりやすく、観戦記録を書きやすいというメリットが見られました。

 

しかし、昨年度やってみて、こちらが思っている以上に生徒はディベートのコツを覚えるのが早く、上記のようなタイプの論題を4つも続ける必要はないと判断しました。また、下調べの時間を今年度は5〜6時間とりましたので、こういう論題だとむしろ時間を持て余してしまうのではないかと思い、一部を変更しました。実際、生徒の声を聞いてみると、このタイプの論題は資料がほとんどなく、調べていてもあまり面白くないという意見もありました。こういう論題は、学期末など授業が3〜4時間程度余ったときなどに採り入れるとちょうどよいのかも知れません。

 

そこで今年はb)のタイプの論題を増やし、内容も昨年度より本格的なものを選ぶことにしました。

 

私なりの論題選択にあたっての基準は…

A)資料が肯定側にも否定側にもある程度豊富にあるかどうか

B)話題性があるかどうか

C)その問題が現在又は近い将来自分たちにも関わってくる可能性があるかどうか

D)肯定側、否定側どちらにも納得させられる意見があるかどうか

E)そのテーマを勉強することでいろいろな問題につなげられるかどうか

 

…という感じです。私の場合、特にA)とB)を重視しました。ところがこの両者は現実には両立しないことが多いのです。つまり、最近急に話題になったテーマだと生徒も関心をもって取り組んでくれますが、反面、書籍があまり出版されていないので調べるのに困るという難点があります。たとえば今年度私が面白そうだなと思って候補に挙げていた論題の中で、採用を見送ったものの中に「クローン人間」の問題や「公的資金投入」の問題がありました。結局、資料不足により、来年度以降にもう一度検討し直すことにしました。もし今年強引に採り入れるなら、新聞・雑誌の記事やホームページを資料として活用するなど、いくつか方法はあったと思いますが、資料としての信憑性や量的な問題を考えると見送った方が無難と判断しました。

 

またA)に関しても、肯定側と否定側の両方に同程度の量の資料があるケースは以外と多くないものです。考えてみると、現状を否定する内容の本を書けば話題性にもあふれてたくさん売れるでしょうが、現状のままでいいという内容の本を出版してもあまり売れるとは思えません。ですから「現状肯定側」に立った生徒達はどうしても調べるのに苦労するようです。

 

 

ルールは変更したんか?

 

下の表の通り、基本的には大きな変更点はありません。ただ、

  1. 自由討論を5分から10分に延長したこと。
  2. 立論やゲストスピーカー発言は制限時間を少々オーバーしても途中で止めないようにした。

3.自由討論の後の作戦タイムは、残り時間が少ない場合、省略することもある。

3点だけ変更しました。

 

ラウンド

項  目

平成9年

平成10年

備  考

第1ラウンド

肯定側立論

4分

4分

10は4分を越えても止めない

否定側反対尋問

肯定側回答

4分

4分

 

肯定側ゲスト

スピーカー発言

2分

2分

10は2分を越えても止めない

第2ラウンド

否定側立論

4分

4分

10は4分を越えても止めない

肯定側反対尋問

否定側回答

4分

4分

 

否定側ゲストスピーカー発言

2分

2分

10は2分を越えても止めない

 

作戦タイム(1)

2分

2分

 

第3ラウンド

自由討論

5分

10分

5分ではどうしても足りないので延長

 

作戦タイム(2)

2分

2分

10は残り時間によって省略することあり

第4ラウンド

肯定側最終弁論

2分

2分

 

否定側最終弁論

2分

2分

 

 

昨年度初めてディベート授業をやったとき、自由討論が5分も続くだろうかと不安でしたが、実際やってみるとかなり議論が白熱して、とても5分ではおさまりきらず、生徒ももっと時間がほしいと要望してきましたので、昨年度の2回り目から10分に延長しました。しかしこれでも放っておけば延々議論が続き、まだ足りない程でした。

 

また立論は4分を制限時間としていますが、せっかく原稿を用意してきているのに読んでる途中でチーンとベルを鳴らしてやめさせるのも可愛そうかなと思い、少々オーバーしても黙認しました。もっとも立論に関しては、事前のリハーサルで時間を計り、あまりに長いものは削るように指導しますから、本番でオーバーするといっても大したことはありません。

 

ただ、こうして時間が伸びると当然あとの進行にしわ寄せがきます。プログラム上では、自由討論が終わって最終弁論が始まる前に2分間作戦タイムを設けるようにしています。というのも、最終弁論というものは、立論と違い、その日の討論の内容をふまえた上でもう一度自分たちの主張の正当性を訴えるものと位置づけているため、相手の主張内容によって修正が必要になるからです。

 

しかし、残り時間が少なくなってくると、聴衆である生徒達が試合の感想を書く時間がなくなってしまうため、やむなくこの2度目の作戦タイムを省略したことがたびたびありました。また省略したからといって最終弁論者がうろたえるというようなこともありませんでした。自由討論の間にしっかり原稿を作っているようです。

 

ただ時間がないからといって自由討論前の作戦タイムを省略するとディベーターたちは怒ります。この1回目の作戦タイムは彼らにとっては絶対に必要不可欠のようです。

 

<指導上の変更点>

 

今年、難しい論題が増えたことに伴い、以下のような弊害が予想されました。

1.立論の中に難しい専門用語が増え、聴衆がそれを漢字で書くことができない。

2.反対尋問や回答の原稿が、本の抜き書きのようになり、長すぎて聴衆が要約できない。

 

そこで次のような点に留意して指導しました。

  1. 立論内容は必ず、全員に配布するプリントの中に箇条書き的に入れること。

(注:ディベーターは試合当日、自分たちの主張内容をまとめたプリントを全員に配布することになっています)

 

  1. 立論や自由討論の中で使用する難しい専門用語等については、必ず上記プリントの中に解説を入れる。

 

  1. 立論の中で主張ポイントの繰り返しを必ず入れるようにする。

 

例:『私たちは「原発は廃止すべきである」という論題の肯定側に立って2点主張します。1点目は「原発の安全性は100%保証されないということです。もう一度繰り返します。原発の安全性は100%保証されないということです。2点目は○○ということです。もう一度繰り返します。○○ということです。」『最後にもう一度論点を繰り返します。1点目は○○です。2点目は○○です。以上で私たちの立論を終わります。』

文章で見ると、少々くどいような感じを受けますが、実際試合中にはこの上さらにゆっくり話すぐらいで記録にはちょうどです。

 

  1. 尋問や回答は簡潔に、内容を要約して述べること。

(日本語は結論があとに来るので、前置きが長いといつまでたっても聴衆は発言内容を記録できず、気がついたときには発言が終わっているということもしばしばでした)

 

 

授業計画はどないやねん?

 

<私の授業単位数比較>

授業計画について述べる前に、私の授業単位数の違いについて触れておかなければなりません。

 

平成9年度

平成10年度

備  考

普通科

2単位×5クラス

4単位×3クラス

H9は現社2のみ

10は現社1と2

美術科

な  し

3単位×1クラス

現社1,2の区別なし

 

本校は普通科と美術科があり、現代社会の単位数は、普通科は4単位、美術科が3単位となっています。さらに便宜上、普通科の現代社会4単位を2単位ずつに分けて現社1(公民的分野)と現社2(倫理的分野)とだいたい大まかに区別しています。

 

通常、一つのクラスの現社1、2の担当者は異なりますが、平成10年度については私が3クラスの現社1と2の両方を担当したため、一クラスあたり現社4単位となっています。この2単位か4単位かの違いで授業計画に若干修正を加えることになりました。

 

<授 業 計 画>

 

 

平成9年

平成10年

イントロ

1回り目

1時間

1回り目

1時間

2回り目

2時間

2回り目

2時間

班分け

論題決定

肯・否決定

1時間

1時間

下調べ

1回り目

3時間

1回り目

5時間

2回り目

4時間

2回り目

6時間

本 番

5時間

5時間

 

変更点は1箇所だけです。図書室での下調べの時間を

1.    一回り目が3時間から5時間

2.    二回り目が4時間から6時間

変更しただけです。その理由は

  1. 平成10年度は難しい論題が多くなり下調べに時間を要すると判断したため
  2. 週4時間授業で下調べ時間数が同じだと、準備日数は昨年度の半分になってしまうため

 

私は特に「2」に配慮しました。たとえば授業での下調べに4時間使うとした場合、週2単位なら2週間あるのに対し、週4単位なら最初の班は1週間で本番を迎えなければならないからです。生徒達は授業中だけでなく、毎日放課後遅くまで残って準備を進めていますので、その日数のことを考慮して、下調べの授業時間数を増やしました。

 

授業内容自体は昨年度と変わりはありません。但し、立論のリハーサル日程を以下のように一部変更しました。

 

<立論リハーサル日程の変更>

 

 

平成9年

平成10年

1回り目

全ての班につき、昼休みか放課後に実施

1,2,3,4班は下調べの4時間目に実施

5,6班は下調べの5時間目に実施

7,8,9,10班は放課後

2回り目

全ての班につき、昼休みか放課後に実施

1,2,3,4班は下調べの4時間目に実施

5,6班は下調べの5時間目に実施

7,8,9,10班は放課後

※放課後のリハーサルは2つの班までとする

要するに、リハーサルを全て授業の空き時間にするのではなく、一部を授業時間の中に組み入れることで、昼休みや放課後の混雑やパニックを緩和することができました。

 

尚、このリハーサルでは以下の二つのことを点検します。

  1. 実際に立論をやらせてみて、時間的に問題はないか、内容は本質的なものか、話し方はどうかなどを事前に指導。
  2. 「論点シート」を提出させ、その班のディベートの骨組みに問題はないか点検。

 

ここで「論点シート」とは、「案ずるより生むがディベート(PART1)」でも説明させていただいた通り、

1.    自分たちの主張ポイント

2.    予想される反論

3.    反論に対する反論

を箇条書き的にまとめたもので、いわばその班のディベートの骨組みになります。これを見ればその班がどういうことを作戦として考えているかだいたいつかむことができます。そして不適切な部分があれば事前に指導し、軌道修正させることができます。労力的には結構大変ですが、これは是非やっておくべきであると思います。

 

 

資料は増えたんか?

 

昨年使用しなかったが今年新しく使用したという資料について若干紹介させていただきます。

 

<書  籍>

 

1.「日本の論点」

やはりディベートの資料といえば何といってもこれを抜きにして語ることはできません。この資料のおかげで随分助けられました。この本のよさは、肯定側にも否定側にも同程度の資料が載せられていること、論争の争点をわかりやすく明示していることです。昨年度同様、該当ページをコピーして各班に配布しました。掲載箇所は以下の通りです。(赤字は昨年度使用しなかったもの)

 

1

学校は茶髪を認めるべきである

日本の論点’97

論点89

2

医師にがん告知を義務づけるべきである

日本の論点’95

論点55

日本の論点’97

論点51

日本の論点’98

論点44

3

積極的安楽死を認めるべきである

日本の論点’94

論点60

日本の論点’96

論点60

日本の論点’97

論点52

4

死刑は廃止すべきである

日本の論点’94

論点63

日本の論点’97

論点81

5

夫婦別姓を認めるべきである

日本の論点’94

論点69

日本の論点’95

論点64

日本の論点’97

論点84

6

少年法は改正すべきである

日本の論点’94

論点64

日本の論点’98

論点66

7

円安は歓迎すべきである

日本の論点’94

論点26

日本の論点’94

論点33

日本の論点’95

論点35

日本の論点’96

論点30

日本の論点’97

論点18

8

原発は廃止すべきである

日本の論点’94

論点44

日本の論点’95

論点43

日本の論点’96

論点73

日本の論点’97

論点63

日本の論点’98

論点38

9

日米安保条約は廃止すべきである

日本の論点’96

論点10

日本の論点’97

論点6

日本の論点’97

論点7

日本の論点’98

論点6

 

2.サルでもわかるニュース(1〜巻)実業之日本社

昨年度同様、新しい論題について紹介する際、こちらが15〜20分ほど説明してから、この本のページを利用して作成した資料プリントを配り読ませました。前回は6巻までしか使用しませんでしたが今回は8巻の少年法に関する箇所も利用させてもらいました。

 

3.円高・円安のことが面白いほどわかる本 西野武彦著 中経出版

円高・円安に関してはこれほどわかりやすくまとめられた本はないと私は断言します。ただ、円高に関するページは多いのですが、円安については若干少ないかなとは思います。

 

4.手に取るように経済のことがわかる本 牧野昇著 かんき出版

円高・円安について調べていると、経済全般に関する知識がどうしても必要になってきます。よく生徒に質問されたのは、『バブルって何ですか?』とか『インフレって何ですか?』というものです。それら経済に関する基礎知識はこの本でだいたいカバーできるのではないかと思います。非常にわかりやすい本です。

 

5.原子力発電論争 D.コメイ、D.エブラハムソンほか著 大場英樹訳 サイマル出版会

 

6.原子炉を眠らせ、太陽を呼び覚ませ 森永晴彦著 草思社

 

7.ちょっとまって!夫婦別姓 日本教育新聞社

 

8.これからの選択 夫婦別姓 日本評論社

 

9.夫婦別姓大論破! 洋泉社

 

10.教室ディベート入門事例集 藤岡信勝編著 学事出版

授業実践例がたくさん載ってあり、作業に行き詰まった班に紹介すると奪い合いになります。

 

11.社会科授業に向くディベート論題 羽渕強一著 明治出版

 

<ホームページ>

 

書籍だけではどうしても足りないという場合、インターネットで検索すれば随分役立つホームページに出会えます。昨年同様本当に助かりました。

 

〜論題:学校は茶髪を認めるべきである〜

 

★「茶髪のイメージ」

 

茶髪に関する様々な角度からのアンケートに対し、結果をグラフや表でわかりやすくまとめてあります。またこのホームページの中にある「わいわい談話室」という掲示板を見ると、いろいろな世代の、いろいろな立場の人々の声がたくさん載せられてあり、大変面白かったです。

 

〜論題:医師にがん告知を義務づけるべきである〜

 

★「役に立つがん情報」

この中の、「特集変わってきた日本人のがん意識」というページにはがん告知に関する意識調査の結果が載せられています。

 

★「ヨシダクリニック・東京」の中のがん告知に関するページ

 

〜論題:積極的安楽死を認めるべきである〜

 

安楽死と尊厳ある死

 

★神戸大学医学部’97大倉山祭医療シンポジウム

「安楽死の基礎知識」のページには安楽死の定義が載せられてあり、「終末医療に関するアンケート」というページには、告知に関するアンケート結果などが見られます。

 

〜論題:夫婦別姓を認めるべきである〜

★夫婦別姓についてのアンケート

★「夫婦別姓について」

★高校生が考える日本の政治経済

(このHPの中に夫婦別姓に関する高校生のアンケート結果があります。)

 

<VTR>

昨年度もそうでしたが、初めての生徒がディベートのイメージを身につけるのにVTRは大変効果的でした。最も重宝したのはNHKの「クローズアップ現代」で、96年ディベート甲子園決勝の様子を約8分に編集したものを生徒に見せました。ホームページのPART1でもこのことについて触れたのですが、全国の方々から、そのビデオを見せてほしいとたくさんのメールをいただきました。残念ながら遠方のためお貸しすることはできませんでしたが、同じ決勝戦の模様を録画したVTRが市販されていますのでここに紹介させていただきます。

〜ディベート甲子園’96〜

★中学校決勝

論題「日本はサマータイム制を導入すべし。是か非か」

本体2857円(税別) 送料300円

 

★高校決勝

論題「日本は首相公選制を導入すべし。是か非か。」

本体2857円(税別) 送料300円

 

〜ディベート甲子園’97〜

★中学校決勝

論題「日本は選挙の棄権に罰則を設けるべし。是か非か」

本体3000円(税別) 送料300円

 

★高校決勝

論題「日本は首都機能を移転すべし。是か非か。」

本体3000円(税別) 送料300円

 

以上全て申し込みは下記へ

メディアクリエイト

〒162−0814

東京都新宿区新小川町6−12

TEL03−5228−6395

FAX03−5228−6396

 

ちなみに私は補助的に「’97ディベート甲子園中学校決勝」の「肯定側立論」と「肯定側反対尋問」を編集して見せました。中学生ではありますが、かなりきっちりとした形でやっていますのでよい見本として大変役に立ちました。同年の高校決勝のビデオも購入しましたが、ディベーターが早口であまり参考になりませんでした。

 

しょ〜もないプリント作んな!

 

PART1の方でも紹介させて頂きましたが、今回は実物の写真を入れました。小さい写真をクリックすると拡大できます!

 

A)班員登録用紙

4人1組で班を作り、氏名と論題、肯定・否定を記入後、提出させます。

後日、図書室で下調べをするときに再び返却し、役割(立論、反対尋問等)とゲストスピーカーを決定させ、記入後再び提出させます。

B)準備報告書

図書室で下調べするときに、予め各班に1枚ずつ配ります。

毎回その調べた内容をこのプリントに記入し、提出させます。

第三者が読んでも理解できるよう、内容を具体的に書くことを義務づけました。

「○○について調べた」とか「○○について決めた」という不明瞭な書き方はしないよう指導しました。

毎回、回収後こちらで点数をつけ、次の授業前に各班に返却しました。

C)論点シート

各班に一枚ずつ渡し、「主張の根拠」「予想される反論」「反論に対する反論」について箇条書きで記入させました。

本番の一週間前に立論リハーサルをするのですが、その際このプリントを提出させました。

このプリントも採点して後日返却します。

このプリントを見れば、その班の戦略が大筋において理解できますので、事前指導には役立ちました。

D)本番で全員に配布するプリント

ディベーターが、自分たちの主張内容をよりわかりやすく伝えるためにプリントを作成させ、本番当日全員に配布させました。

特に論題が難しくなってくると、聴衆が観戦記録を書く際、正確に書き取れないという弊害が見られますので、立論内容や難しい言葉の解説などを入れたこのプリントが役に立ちました。

但し、ディベーターについては、相手側のプリントは見ないよう指導しました。これは、相手の発言に気持ちを集中させ、内容を的確に聞き取る練習をさせるためです。

E)観戦記録用紙

本番前に聴衆全員に配布し、ディベートの発言内容を要約して記録させます。

毎回、授業の終わりに提出させ、こちらで採点します。

F)教師用評価表

試合中、ディベーターの役割ごとに採点します。ほかに作成プリントの点数、ハッスル賞、ゲストスピーカーの点数なども記入する欄を設けています。

 

生徒はどない言うとんねん?

 

アンケート1:今学期君達が経験したディベート授業について感想を書いて下さい。

中学の選択授業で社会科を選択したとき、ディベートをやったことはありましたが、形式、内容の濃さが全然比べものになりません。さすが高校生!!という感じでした。下調べやリハーサルの時間不足で悩みましたが、終わった後のあの一瞬は忘れられません。

 

良い経験ができたと思う。調べたりするのも結構大変だったが、班で協力したりするのがよかったと思う。けどやっぱり発表したりするのは緊張した。

 

普段あまり深く考えないことをいろいろ調べたりしてとても楽しかった。また自分の思ったこととは違った新しいものが出てきたり、その物事のメリット、デメリットとかも発見できてとてもよかったと思います。

 

思っていた以上に大変なもので難しかったです。小学校や中学校でやったものよりも本格的で論題も難しくて普段私があまり意識しないようなものがほとんどだったので調べるのは大変だったが、自分たちで調べただけあってよく理解できたように思いました。ディベートには答えはなく、どちらの主張も正しいので世間ではどちらの主張が受け入れられるのか楽しみです。

 

1回り目のときはよくわからなかったけど、2回り目に入って、ディベートがゲームであるということがなんとなくわかってきた。発言の内容が大切なのはもちろんですが、聴衆の人たちに勝っているように見せるところとかね。それに1回り目では攻めるばっかりで勝っていたけど、2回り目で同じ事をしても勝てなかった。相手の発言をしっかりと聞けないようじゃね。聞きやすさなんかも必要だった。ディベートは大変だったけどやりがいは十分ありました。次やるときは絶対勝ちたい!!

 

おもしろかったけど、時々話題についていけなくなった。円高とか難しかった。

 

すごく楽しかったです。教科書とか本を読むより自然に頭に入ってくるのでこれからこういうスタイルの授業は大切になってくると思いました。

 

なかなか経験しないことができてよかったと思います。でもこれが授業で、筆記テストがないというのはとても変な感じがしました。

 

いろいろと自分の意見を言う機会が増えたし、楽しくできました。

 

はじめはいやだったが最後はやりがいがあるって感じで楽しかった。

 

難しかった。遠い話のようで、自分で何を言ってるかわかんなかった。でもやってるときはすごく楽しかった。

 

 

最初の方は慣れないことで少し戸惑いもあったけど、進んでいくうちに理解も自分の意見も深まり、遠かった論題がどんどん身近になってくるようで楽しかった。自分の意見を通すことの大切さと相手の話を聞くことの大切さがわかった。考えもしなかった反論が出てきたり、波瀾万丈ですごく勉強になった。

 

中学んときみたいに意味なさそーな事覚える授業より数倍楽しかった。

 

試合前、めっちゃ緊張した。なんでかわからないけど、弁護士の気持ちがわかるような気がした。

 

楽しかった。何が?それは一つの課題について友達と一緒に調べられたから。

 

中学のときの経験から調べる学習が苦手だと思ってました。人の前でバーッとしゃべるのが緊張しました。1回目のディベートのときは全然発言できなかったけれど、2回目はちょっとでもできてほっとしました。

 

まとめたり調べたりするのが大変でした。毎回緊張してちょっといやでした。

 

 

先生から教えられるのとは違って、すべて自分たちで調べたりまとめたりしたからすごく自分の力になったと思う。発表もこういうディベートという形ではしたことがなかったので、良い経験をしたと思う。

 

2回目の方は論題が全部難しくて苦労した。でも知らないことを調べて知識がつくし、頭にも残るからいいと思う。人とあんな感じで1つのことに対して自分の意見を言ったり、人の意見を聞いたりすることはある意味恐いけど、おもしろい面もあった。

 

 

ディベートというのは自分に自信をつけてくれたよい経験になりました。なぜならディベートによって自分に与えられた課題、またはそれ以外の論題、のこともよく知ることになり、教養が深まったからです。難しい論題を討議することによって人と接していくという面でもよい経験になりました。

 

授業中だけでは間に合わなくて放課後とか皆で図書室に残ったりとかして、本番の前日はどきどきと緊張したりとかでなかなかしんどかった。けど、普段は深く知らないことでもいろいろな資料を調べて、妙に詳しくなったりして楽しかったです。一歩おいて落ち着いていると自分もいろいろ思考力が働くんだけど、前に立つと自分の言いたいことがまとまらなかったり、なかなか難しいなと感じました。2回目のときは全般にうまくなっていたと思う。ゲストスピーカーとかもたくさん出てたし、2回あってよかったと思います。

 

元々こういうことは大好きなのでとても楽しかった。ただテーマレベルにすごく差があって、自分の情報処理能力を上回る論題(円安とか)の時はしんどかった。

 

どうしようか途方に暮れたりしたが、みんなでやるというのはすごくよかった。

 

アンケート2:ここを改善したらよいという点があれば書いて下さい。

書くのが結構大変で、ディベート内容があまりよくわからないまま終わってしまったりする。

 

自由討論の時間をもう少し増やす。もっと言いたいのに「時間なくて言えへんかった」という人が多いし、「言い足りへん」というもあったような気がするので。

 

資料で調べないとできないような論題ばかりにしてほしい。例えば「夏服をポロシャツにすべきである」とか「茶髪を認めるべきである」なんかは根拠のないただの意見だけでもある程度ディベートを進めていけるからです。そうすると説得力がなくなってただの言い合いになってしまっておもしろくありません。

 

ゲストスピーカーの時間を長くするか、何人までと初めから決めておくかして下さい。

 

肯定側より考える時間があるせいか否定側にゲストスピーカーが集まること。それが勝敗を分けるとは限らないけど肯定側としては気になるところ…。

 

もうちょっと下調べの時間を増やしてほしいことと、論題を生徒の意見で決めるのもいいなと思います。

 

観戦記録を書くのが忙しくて大変でした。

 

自由討論のタイムをもっと長くしたらいいと思う。

 

観戦記録を書くのがちょっと大変だったので、あまり頭で内容を確認できない面がありました。もう少し、ゆったり聞けたらなあと思いました。

 

下調べが放課後の時間を使わなくていいように、授業内でおさまるようにしてほしい。

 

もう少し、調べたりまとめたりする時間が多かったらよかったと思う。

 

論題をもう少し、簡単にしたらいいと思う。調べる時間をもう少し増やす。もっとなごんだ雰囲気でできるようにしたい。

 

今回気になったのは、聞き取りにくさです。とてもゆっくりしたペースでしゃべってくれる人もいれば、感情的になって早くて聞き取れないときが多々ありました。

 

プリントをせっかく苦労して作成するのに配られてすぐにディベートに入るので、残念ながら目を通す時間がなく、評価もさっと見て、つけるしかないので、本番の前の時間に配っておくとか、プリントを読む時間があればいいのではないかと思いました。

 

ゲストスピーカーが今のままじゃ、あってもなくても同じような気がする。だってもちろん聞いてる人もたくさんいるけど、その間にプリント書いてたり、作戦会議してたりする人もいないわけじゃないでしょう?ゲストの意見も何かに反映させてみるのはいかがですか?

 

自由討論を観戦記録に書くのが大変だった。もっと感想欄を大きくしてほしい。

 

<生徒の主張内容>

 

本校の夏服はポロシャツにすべきである。

肯 定 側

否 定 側

アンケートの結果ポロシャツの方がいいという人が過半数を超えた。

ポロシャツでは公式の場にでることができない。

汗が目立たない。

ポロシャツはえりが伸び安い。

しわになりにくい。

ポロシャツでは緊張感が生まれない。

下着が透けない。

カッターシャツ、ブラウスの方が学生らしい。

他の学校もポロシャツに替わってきている

余分にお金をだすのは無駄である。

アイロンをかけなくて済むので楽。

 

風通しがよい。

 

ボタンをたくさんしなくてもよい。

 

動きやすい。

 

 

学校は茶髪を認めるべきである。

肯 定 側

否 定 側

茶髪は自己主張の表現の一つ。

高校生らしくない。

他人に迷惑をかけているわけではない。

第一印象が悪い。

茶髪=悪いヤツという考えはただの偏見である。

茶髪の人がいたら全体の印象が悪くなる。

茶髪の規制は人権侵害である。

髪をそめるとお金がかかる。

外見で人を判断するのはおかしい。

親からもらった大切な髪を染める必要なない。

校則通りにしているからといってよい生徒とは限らない。

制服に茶髪は似合わない。

 

世間一般の見方としては茶髪に肯定的ではない。

 

学校はファッションをするところではない。

 

染色による頭皮への悪影響もある。

 

医師にがん告知を義務づけるべきである。

肯 定 側

否 定 側

いまやがんは治る病気であり、治療効果をあげるために告知すべき。

告知してほしくない患者が告知された場合の精神的打撃を考慮すべき。

告知をしてほしいという国民が増加している。

現在の我が国では告知後のケアが十分にできる体制が確立していない。

医師の精神的負担を軽減するためにも告知は必要。

告知による自殺や告知後の治療拒否が心配。

自分自身の病気のことを知らないのはおかしい。

早期のがん患者が、完治しているのに混乱してしまう。

病名を知ることによって残りの人生を有意義にいきることができる。

 

告知をすることで医者と患者との信頼関係を維持できる。

 

 

積極的安楽死を認めるべきである。

肯 定 側

否 定 側

安楽死とは個人の生命決定権の表れである。

積極的安楽死は医師による殺人行為である。

安楽死は完全に患者自身の問題である。

殺し方に倫理的な方法などあるはずない。

安楽死は殺人ではない。

これは嘱託殺人である。

人間としての尊厳が失われないうちに人生を全うできる。

安楽死を認めてしまうと、医師によって患者がころされる事件が増える。

安楽死反対の人は安楽死を要求しなければいいし、賛成の人は安楽死も一つの死に方と考えればよい。

他人が人の命を操ってはいけない。

積極的安楽死についてマスコミが騒ぎすぎているだけ。

医者は病気の患者の命を救うのが仕事である。

 

死刑制度は廃止すべきである。

肯 定 側

否 定 側

国際的に廃止論の方が多い。

世論調査の結果では死刑賛成派が約70%と多い。

どんな悪人に対しても人命を奪う刑罰を科することは人道に反する。

仮釈放のない無期懲役は死刑よりも残酷である。

誤判が絶対にない保証はない。無実の罪で人を殺すいる可能性もある。

被害者の遺族にとっても被害感情や応報感情が長期間いやされないとこになる。

どんな犯罪者にも更生する可能性がある。

最高裁は死刑を「残虐な刑罰」ではないとしている。

死刑には犯罪抑止効果がない。

凶悪犯罪を抑止するためにも死刑は必要。

死刑の代わりに仮釈放を認めない無期懲役を科すべき。

 

国にとって正しい目的のために人を殺すことが許されるなら、麻原被告の主張する「ポア」と同じことを国がやることになる。

 

人が人を裁き、法の名の下に人を殺すのは間違っている。

 

死刑執行は象徴的なものにすぎない。

 

世界的に死刑廃止の方向に向かっている。

 

 

夫婦別姓をみとめるべきである。

肯 定 側

否 定 側

個人の尊厳と男女平等の立場から認めるべきである。

夫婦同姓が社会に定着している。

仕事を続ける女性にとって姓を変えることは実績や信用に問題が生じる恐れあり。

夫婦同姓は夫婦の絆を強める。

別姓結婚は夫婦の対等性を反映する。

別姓による子どもへの悪影響が心配。

結婚改姓は社会生活上不便で不利益がある。

姓を変えることは第二の人生の出発点である。

結婚改姓により、結婚・離婚のプライバシーが侵害される。

電話がかかってきたときなど、別姓の場合、ややこしい。

結婚改姓はアイデンティティーの喪失。

別姓により、子どもがいじめられる心配がある。

 

別姓は家族の解体、家族の崩壊を招きかねない。

 

別姓だと子どもが将来とぢらの姓を名乗るかなどの問題が生じる。

 

別姓にしなくても、働く女性は通称として旧姓を名乗ることができる。

 

別姓にすると戸籍の表示が複雑になる。

 

少年法は改正すべきである。

肯 定 側

否 定 側

明治時代に少年法が制定されて以来100年以上改正されていない。

少年法は青少年の更生を目的としている。

制定当時とは時代背景が違う。

威嚇と厳罰は凶悪犯罪の抑止効果が得られない。

14才に満たない少年少女による「駆け込み犯罪」が絶えない。

えん罪の可能性は大人の場合よりも高い。

現在の少年法では更生しきれない。

少年法施行以来、少年犯罪は減少している。

現行の少年法はあまりにも甘すぎる。

少年法を改正しても少年犯罪は減少するとは思えない。

少年による凶悪犯罪が増加している。

 

現行の少年法は、罪を犯した少年にとって不備な点が多い。

 

現行少年法では犯罪抑止効果は薄い。

 

 

円安は歓迎すべきである。

肯 定 側

否 定 側

円高は輸出関連企業にとって大きなマイナス。

円高の方が輸入品の価格が下がるため物価上昇を防ぐことができる。

円高は輸出大国日本にとっては国内の景気に悪影響を与える。

海外旅行する者にとっては費用が安くなり得である。

円高は産業の空洞化を引き起こし、失業率が増加する。

円高は輸出を減らし、貿易黒字を減らすことができ、外国との摩擦を緩和できる。

日本人が保有するドル資産の価値が上昇するために海外投資が拡大する。

年金生活の高齢者は、円安による物価高という影響をまともに受ける。

円安は産業の空洞化を緩和する。

 

 

原発は廃止すべきである。

肯 定 側

否 定 側

原発は安全とは言い切れない。事故によって人体にはかりしれない悪影響を及ぼす。

現在の日本の電力需要を考えると、原発なしではやっていけない。

使用済みの燃料や放射性廃棄物の貯蔵場所の問題が残っている。

厳しい基準と高い技術力があるため安全である。

原発は大変効率の悪い発電システムである。

乏しい資源で効率よく発電できるのは原発しかない。

金の浪費である。

化石燃料発電に比べて廃棄物量が格段に少ない。

日本の技術があれば、原発に代わる新しいエネルギーを開発できるのではないか。

いつまでも石油に頼っていられない。

太陽エネルギーを開発すればよい。

 

 

日米安保条約は廃止すべきである。

肯 定 側

否 定 側

安保条約の前提であるソ連の脅威や冷戦はすでになくなっているため安保の必要性はない。

日本には独力で自国の防衛ができるとは思えない。

日米安保条約は憲法第9条に反している。

今の日本がおかれている状況を考えるとアメリカの保護なしではやっていけない。

日本政府は国民を守るべき義務と責任がある。

アメリカの力がアジアの安定を保っている。

安保のために沖縄の人々は苦しんでいる。

安保があるおかげで防衛費の節約ができる。

日本はアメリカに利用されているだけである。

国際情勢は「非武装丸腰」でいられるほど甘くない。

 

<生徒による賛否>

 

論   題

合 計

総合計

割 合

肯定

否定

 

肯定

否定

本校の夏服はポロシャツにすべきである

61

57

118

52%

48%

学校は茶髪を認めるべきである

82

41

123

67%

33%

医師にがん告知を義務づけるべきである

98

23

121

81%

19%

積極的安楽死を認めるべきである

78

43

121

64%

36%

死刑制度は廃止すべきである

51

72

123

41%

59%

夫婦別姓を認めるべきである

51

68

119

43%

57%

少年法は改正すべきである

83

38

121

69%

31%

円安は歓迎すべきである

51

68

119

43%

57%

原発は廃止すべきである

78

41

119

66%

34%

日米安保条約は廃止すべきである

69

53

122

57%

43%

 

<おもしろかった論題は何ですか?>

(複数回答可、票数の合計が多かったものから順に並べています)

論   題

美術科

普通科

合計

学校は茶髪を認めるべきである

9

56

65

死刑制度は廃止すべきである

14

47

61

少年法は改正すべきである

12

41

53

積極的安楽死を認めるべきである

8

37

45

医師にがん告知を認めるべきである

14

30

44

原発は廃止すべきである

11

33

44

夫婦別姓を認めるべきである

7

36

43

本校の夏服はポロシャツにすべきである

5

35

40

日米安保条約は廃止すべきである

11

23

34

円安は歓迎すべきである

5

14

19

回  答  人  数

26

114

140

 

 

反省はサルでもすんねんぞ!

 

昨年度の反省に立って今年も計画を立て、ディベート授業を行ったわけですが、改善したつもりでもまた新たな反省点がいくつも出てきました。昨年度は、こんな自分でも曲がりなりに最後までやり遂げられたという感動と充実感が先に立ちましたが、今年は昨年よりも冷静に観察した分、たくさん改善点を見つけだすことができました。

<論題について>

 

〜やさしい論題か難しい論題か〜

 

昨年に比べて今年は本格的な難しい論題を多く採り入れました。これは「男と女どちらが得か?」みたいな論題では面白くないという生徒の要望を考慮したものです。またそれだけ生徒達のディベート方法に対する適応力を信頼できたということでもあります。

 

しかし、この場合ディベーターは頑張って知識を自分のものにできますが、一方の聴衆は、自分たちの調べる論題以外のものは難しすぎてサッパリわからないということが多くなります。実際、聴衆の書く観戦記録を読んでみても「何を言ってるのかさっぱりわからなかった」という意見が多くみられました。

 

私としては全生徒に全ての論題に関する予備知識を持ってもらうために、事前学習を行ったつもりですが、ディベート本番が行われる頃にはすっかり忘れられてしまっているということです。

 

これをあえて改善するなら、ディベート試合を毎時間続けるのではなく、一つの試合が終われば、次回の授業ではその次の論題に関するテストを実施したり、もう一度内容確認の授業を行うしかないのではないかと思います。もっともこれをやると授業時間数が大幅に増えてしまうことになりますが…。

 

やさしい論題だと聴衆は聞き取りやすい反面、ディベーターは面白くないと言うし、難しい本格的な論題だと、ディベーターはやりがいがあるけれど聴衆はチンプンカンプンということで、あちらが立てばこちらが立たず…。本当に教師泣かせです。

 

〜この論題は失敗やった…〜

 

最初、今回の論題の中で一番難しいのは「日米安保条約は廃止すべきである」だと思い、これを日程の上では最後に回しました。しかし実際にディベート試合が始まってみるととんでもない。もっと大変な論題があったということに気づきました。

 

それは「円安は歓迎すべきである」というヤツです。この論題を考えたのはちょうど夏休みの頃で、経済ニュースといえば当時円安のことが中心であったことから、(よし!円高・円安の勉強をできる絶好の機会や!話題性もあるし、これやったら資料もようけある)と我ながらナイスひらめき(変な日本語?)だと少々悦にひたっておりました。

 

ところが実際下調べが始まると、どのクラスの生徒も円高・円安のしくみがサッパリわからんと言いだし、困り果てていました。しかし私はそれでも、(こいつらなら本番までには何とかしよるやろ)と完全に信じきっていました。

 

そしてこの論題でのディベート初試合が幕を切って落としたのです。立論は何とかごまかしながら(?)それなりに格好のついたものだったので私も安心して見ていたのですが、次の反対尋問になってア然としてしまいました。尋問側が一つか二つだけ尋問してそのまま終わってしまったのです。そればかりか回答する側も全く答えられないままあっけなく終わってしまいました。通常、尋問する側は一方的に攻めるここができるわけですから本来優位に立てるはずなのにそれを十分にできないまま退散してしまったのです。

 

つまり尋問側は、相手の立論に対して何を尋問してよいかすらわからない。相手の立論の内容が全然理解できないから尋問できないということです。一方、回答側も相手の尋問内容すら全然理解できないため何も答えることができないという結果になってしまったわけです。

 

よく考えてみれば日米安保や原発のような論題は難しいですが本を読み込んでいけば全体像はだいたい理解できます。しかし円高・円安の問題は「Aが起こればBが起こる」→「Bが起こればCが起こる」→「Cが起こればDが起こる」→「Dが起こればEが起こる」、つまり「Aが起こればやがてはEが起こる」という連鎖関係がしっかり頭に入っていないと相手の質問内容すら理解できないという事態に陥ります。

 

たとえば自分の頭の中ではEのことばかり気になっていて、そこへ突然Aのことを質問されても、AとEの因果関係がわかっていなければ、何を聞かれているかわかるはずありません。こんな調子で自由討論も案の定、議論が全くかみ合わず、むなしい試合に終わりました。

 

ディベーターがこんな感じですからそれを聞いている聴衆はなおのこと理解できるはずありません。予想通り、観戦記録を読むと随分不評でした。生徒達は一生懸命勉強してくれたのですが、こんな論題を設定した私の責任です。本当に申し訳ないことをしたという思いで一杯でした。

 

 

<ディベート試合の中で>

 

〜「最終弁論」は影が薄い?〜

 

私のディベート授業では一つの班は4人で構成されており、本番での役割も4通り設定しています。それは「立論」「反対尋問」「回答」「最終弁論」の4つです。このうちはじめの3つはそれぞれ役割として重大な部分を担っているのですが、最後の「最終弁論」はともすれば立論の繰り返しになってしまいやすく、どうしても地味な存在になりがちです。本来は「その試合の討論の内容をふまえた上で、最後にもう一度自分たちの主張の正当性を、審判である聴衆に訴える」という意味をもたせているのですが、生徒にとってはやりがいに欠ける(楽な役でラッキー!)と思っているかも知れません。

 

また自由討論で非常に盛り上がったあとだけに勝敗はこの時点ですでにほぼ決定しているといってもよく、観戦記録を書く聴衆も、最終弁論には耳を傾けず、試合の感想欄を埋めるのに必死ということもよくあります。何かこれに代わる役割があればいいのですがいまのところちょっと思い浮かびません。

 

〜自発的ゲストスピーカーがなかなか出てこない…〜

 

ゲストスピーカーというのは本来、ディベーターだけでなく、聴衆にも発言の機会を与えようという趣旨から設定したものです。(念のため確認しておきますがこれは私のオリジナルアイディアではありません)

 

ところが実際には自分から手を挙げて前に出てきて発言しようなどという生徒は非常にまれです。そこであらかじめディベーターたちにゲストスピーカーを依頼させ、応援演説みたいにスピーチさせることにしました。私はこれを「サクラ的ゲストスピーカー」と呼んでいます。

 

サクラのスピーチが終わったあと、私がクラスの生徒をあおり、誰か発言を希望するものはおらんかとたずねます。するとたまに出てくる者もいますがたいていはみんな恥ずかしがって出てきません。(但し美術科の生徒達は非常に活発で一つの論題で何人も手を挙げて前に出てきて発言します。それも長い原稿を用意してやる気まんまんですから50分内に試合が終わらず、授業延長もしばしばでした。)

 

こうした美術科のようなケースは例外として普通科の生徒達がなぜすっと自然に手を挙げて発言できないのか。この点が私にとって今後の課題であると思います。昨年よりも自発的ゲストスピーカーの数が減少した原因の一つとして、今年は論題が難しくなり、聴衆も内容がいまいち理解できていなかったということも考えられます。

 

〜「サクラ的ゲストスピーカー」がいつも同じ顔ぶれじゃつまらん…〜

 

先にも書いたようにあらかじめディベーターたちは応援演説を兼ねてゲストスピーカーを誰かに依頼します。ところがやはり自分たちの班を有利に導きたいと思うせいでしょう。スピーチの上手な生徒にどの班も依頼が集中します。その結果一人でいくつもの班のゲストスピーチを引き受ける生徒がどこのクラスにもみられるようになりました。

 

特に2回り目になると、だいたい誰が上手にスピーチできるかみんなわかっていますから、その傾向がより顕著になります。そうすると毎度同じ生徒が前に出てくることになりますから、見ていても新鮮さに欠けてしまいます。実際、観戦記録を読んでも、『毎回同じゲストスピーカーばかりで飽きた』という声もありました。

 

ですから「サクラのゲストスピーカーは一人につき1回限りとする」と決めておいた方がよかったかなと反省しています。第一、これを引き受けるということは本人自身がその班の論題の内容について別に調べなければならないわけですから、労力的にも大変ですし、スピーチをすれば10点満点で個人得点を与えていますから、あまり特定の生徒に偏るのは好ましくないかと思います。

 

〜方法に関する論争か、価値に関する論争か〜

 

授業で生徒達が下調べをやっているとき、必ず質問されるのは、「方法に関して論争するのか、価値に関して論争するのか」ということです。例を挙げると、「夫婦別姓を認める」班の生徒が『私たちの立場は、全ての夫婦が別姓にしなければならないということですか、それとも別姓も認める、つまり別姓と同姓を選択できるということですか』という質問をよく受けます。この場合、私は「どちらでもない」と答えます。

 

なぜならこの生徒が問題にしているのはあくまで方法論にすぎないのであって、私が意図しているディベートは、方法論ではなく、それ自体の価値について論議するというものです。

 

具体的に言うと、もしこのケースで、肯定側が「別姓・同姓の選択制」を主張すると、「夫婦同姓」を主張する否定側の生徒達にとっては自分たちの主張が完全に相手側に包含されてしまうため、両者が真っ向からぶつかることができず、見ていておもしろくありません。つまり「夫婦別姓」ということ自体のメリット・デメリットと「夫婦同姓」ということ自体のメリット・デメリットとが正面からぶつかりあって、どちらがよいかという論争をしてほしいのです。ですから「別姓・同姓の選択制」を主張するのは控えるよう指導します。(ただしこれについての考え方は人それぞれだと思います)

 

同じような質問はほかの論題についても受けます。たとえば「夏服にポロシャツを認める」というのは『全ての生徒がポロシャツにしなければならないということですか、それともカッターシャツとポロシャツのどちらでも選択できるということですか』もその一つです。私としてはそんな方法論を問題にしているのではなく「ポロシャツを制服として採用すること自体の価値観」と「制服としてのカッターシャツの意義」とが正面からぶつかるようなディベートを期待しているのです。

 

ただこれは難しいことですから、1回説明したぐらいではなかなか生徒達は理解してくれません。きっと私の説明が下手なのでしょう。

 

<授業日程について>

 

〜ディベート試合と中間考査がぶつかるやんけ!〜

 

2学期の最初から上記のような時間配当でディベート授業を行うと、2学期の中間考査の前後に2回り目のディベート試合がぶつかるという結果になりました。ということは生徒にしてみれば、中間考査の勉強もしなければならないし、同時にディベート本番に備えて放課後みんなで残って作業しなければならないということにもなります。2単位で授業を進めた昨年は、ちょうど1回り目と2回り目の間に中間考査が入って問題はなかったのですが4単位で行うとこの点も授業の日程を考慮する必要があろうかと思います。

 

<そ の 他>

 

〜突然病院から電話が…〜

 

ある日の放課後突然私に一本の電話がかかってきました。「もしもし○○病院ですが…」しかし私には一体なぜこんな病院から電話がかかってくるのかさっぱりわかりませんでした。たぶん人違いやろ…。そう思った瞬間、相手の言葉にビックリしてしまいました。「いまおたくの生徒さんたちが病棟へ来て、医者にインタビューしたいとおっしゃってるんですが、ちゃんと先生が前もって庶務課を通してアポイントメントとっていただかないと困るんです」

 

「ほんまかいな…?」私は一瞬自分の耳を疑いました。その班の生徒達は、「がん告知」について調べていたのですが、まさかそこまでするとは想像もしておらず、突然の電話でぶったまげてしまいました。

 

しかし地域へ出ていってインタビューやアンケートをする際は事前に授業担当者を通すようにということを言っていなかったため、これも私の指導不足だったといえます。とはいえ、そこまでして「がん告知」について勉強しようとする生徒達の意気込みには感心しました。

 

後日きちんとその病院へ出向き、手続きをした上で、幸運にも生徒のインタビューに答えて下さる先生にめぐり会え、その生徒達にとっては一生忘れることのできない体験になったのではないかと思います。もちろん翌日インタビューの結果報告を受けた私は早速その先生にお礼状を出しました。

 

〜外国人留学生がおる場合どないしよ…〜

 

今年私が担当したクラスの中にオーストラリアからの女子留学生が一人いました。彼女の班は1回り目のディベートで「安楽死」について調べることになり、彼女なりに母国の状況と照らし合わせて自分の意見を出しながら、それなりに班のメンバーに協力していました。

 

しかし2回り目では「日米安保条約」について調べることになったのですが、今度は全くやる気を見せず、全然関係ない本ばかり読んで、班のメンバーに協力しようとしませんでした。実際日本人の生徒でさえ、この条約の内容を理解するのは極めて大変ですから日本語も満足に話せない外国人生徒が理解できるわけないと言えばその通りです。また(オーストラリア人が日本の軍事に関する条約について深く勉強したところで一体何になる?)というのも本音かも知れません。

 

しかしだからといって彼女だけを特別扱いして作業を免除するのは真の国際理解にはつながらないと思いますし、そういう行為は彼女に対して本来失礼にあたると思いましたので、その都度本人に対しては注意をしてきました。いまから思えばインターネットのHP等で英語版の「日米安保条約」を探し、印刷して読ませればよかったかなと反省しています。

 

困ったことはほかにもあります。ディベートの試合が始まると聴衆の生徒達は、ディベーターの発言内容を「観戦記録」として書くのですが、ただでさえ早いペースで議論が展開し、日本人の生徒でも一つ一つの発言内容を書き留めるのが大変難しいわけですから、外国人生徒がそれを聞き取ってメモをとるというのは現実には不可能といってもよいかも知れません。こちらとしてはきちんと書けなくてもよいから少しでも書き留めてもらえたらと思ったのですが、彼女には宇宙語のようにしか聞こえなかったのでしょう。退屈さのあまり居眠りをしたり、全然関係ないことをやりだしました。こちらとして代替措置を何か考えてやれればもっと彼女をディベート授業に参加させることができたのにと思うと、反省することしきりです。

 

 

女子高生の写真悪用すんなよ!

<立 論>

【おっ!?リハーサルよりうまいやんけ!】

 

 

<反対尋問(左)と回答(右)>

【お前、そこまで突っ込まんでも…】

 

 

<ゲストスピーカー1>

【身振り手振り入れて、まるで独演会やがな】

 

 

<ゲストスピーカー2>

【原稿なしで、ようそんだけしゃべれるわ!】

 

 

<自由討論>

【女同士のバトルは恐いがな…】

 

 

<最終弁論>

【勝利目前や!がんばれ!】

 

お前はそんな授業しかやってへんのか?

 

少しずつですが、いろんな授業プランに挑戦しています。ぜひご覧下さい。

 

A)オンライン文書で研究論文を作成させた授業実践

(チョットCyberな社会科授業)

 

 

 

B)班で調べた内容を寸劇や制作ビデオ、漫才形式などで発表した授業実践

(はじめてのグループ・プレゼンテーション)

 

 

 

C)海外旅行プランを企画して、その土地の文化、歴史、習慣などを調べ、一冊のガイドブックを作成する授業実践

(夢が膨らむツアープラン授業)

 

 

 

メールお待ちしています
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