「はあ…はあ…はあ……。」 また遠ざかってるな。 気付いたカイゼルは立ち止まって振り返ってみる。 五分ほど前までは三メートル程度であったロクスとの差が、 今や五十メートル以上離れてしまっている。 平坦な道路ならまだしも、こうも鬱蒼と木が生い茂る森の中では視認するのも難しい。 肩で激しく息をしながらとぼとぼと歩くその姿にカイゼルは苦笑した。 (やれやれ…。あれを騎士にするなんて…あのジイさん正気かねえ?) 「お〜いロクス!休憩するかあ〜!?」 「す…すみません…先にどうぞ…行ってて下さい…。」 途切れ途切れに返ってくる元気のない返事。 その美しい銀色の髪は汗で乱れ、幾度も木の根に足を捕られて転んでいるせいか、服も顔も泥まみれ。 (美少年が台無しだな…) ロクスが追いついてくるのを待つ間、カイゼルは地図を拡げて端から端まで凝視する。 視点は常に動き回り、とても道を確認しているようには見えない。 それでも尤もらしく大きく頷くと、懐にしまい込む。 (まあ…何とかなるさ。いつも辿り着けてんだから…) 「…あの〜…。」 突如ぬっと目の前にアップになった薄汚れた顔に、カイゼルは思わず後ずさってしまう。 「…お…おお、追いついたかロクス。ひとまず休憩しよう。」 「…それよりも…何時になったら…着くんですか?」 疲れ切った瞳がカイゼルを見つめる。 「ん?ああ…あともう少しさ。着いたらゆっくり休めるぞ。」 誤魔化すように言って目を背けるカイゼルを、尚もジト〜っと見つめるロクス。 猜疑心に満ち溢れた視線がチクチク背中に刺さるのをカイゼルは感じていた。 「もしかして…道に迷ったなんて…言いませんよね。」 カイゼルの前に回り込むロクス。その視線を嫌うように背を向けるカイゼル。 再びその前に回り込むロクス。 「確か初めてお会いしたとき…“他国の城だから道に迷った”って言ってましたよね?でもよく考えたら…カイゼル様はよくロカマスに来てるんですよね?」 「…俺は“カイゼル様”なんかじゃ無いね。」 精一杯の抵抗を示し、再び背を向けるカイゼル。 「じゃあカイ…あなたはひょっとして“方向音痴”なんじゃあ…」 「…。」 黙秘を決め込むカイゼルに、ロクスは思わず叫んだ。 「そんな〜!!アトラスだって何回も来ているんじゃないんですか!?」 「うるせ〜!!ちゃんとした理由があって回り道してんだよ!!」 真実と苦し紛れについたウソの区別は何となく出来るものだ。 この場合のロクスも決して騙されはしない。 普段は簡単に他人の言葉を信じ込んでしまう性格も、疲労と猜疑心からガードを固めているのだ。 「じゃあ理由って何なんですか?」 問い詰められて、口をパクパクと動かすだけのカイゼル。 次に頭を掻く。 腕組みをして考え込む。 ぶつぶつ小声で何か言う。 何とかして無理のない理由を考えようと悩むその姿を見て、ロクスは僅かに溜飲を下げることが出来た。 「…魔物だよ。そう、魔物から身を守るためさ!」 掌をポンと打つと、カイゼルは熱く語り始めた。 彼曰く、ここらの森は昔から性質の悪い野獣や魔物の群が住み着いており、幾人もの旅人が命を落としているらしい。 カイゼルの頭の中で勝手に犠牲者にされた人々の冥福を祈りつつ、ロクスは意地悪く切り返す。 「そうですか?そんな噂聞いたこともないですよ?」 「いやいや…お前は知らないだけさ。今でもその辺の茂み辺りで俺達のことを見張っているかもしれんぞ?」 カイゼルが指さした茂み…そこに何やら光るモノが見えた。 二人の額から、ツ〜っと一筋の汗が流れ落ちる…。 あれは…ひょっとして…? 「見たろ!?遂に魔物のご登場だ!!」 「…本当だったんですか?そんな…。」 いきなりのピンチ? ロクスの武者修行の旅は、既に始まっている!? |