2−4

「…ウソ…でしょう?」

振り向く二人の目にまず飛び込んだのは、黒く巨大な穴…。
穴の上下面には無数の鋭い突起物が生えており、中は随分と湿気ているらしく、時々吹き付ける風はなま暖かく湿っている。
穴の上には、何やら光るモノが二つ…。
それが生物の目だと気が付いたとき、二人は震撼した。
体長五メートルはあろうかという巨大なドラゴン…その口が今まさに、二人の前であんぐりと開かれているのだ。

『逃げろ!!』

期せずして二人同時に叫ぶと、全速力で逃げる。
逃げ遅れた牛はそのまま丸飲みされ、この世界から姿を消した。

「本当に出たじゃないですか!!」
「バカ、あんなもの居るはず無かろうが!!魔物がいる、なんて軽いジョークに決まってるだろ!」

どうやらドラゴンの巨大な胃袋は、牛一頭ぐらいではとても満たされないらしい。
ズシン、ズシンと足音を響かせて迫る姿を見て、ロクスは泣きながら叫ぶ。

「じゃあ、これはみんな夢だとでも言うんですか!?」
「…そう願いたいものだ。」

さすがにあれ程の巨体だけあり、重量があるから動きは素早くはないようだ。
詰まりそうもない差を確認すると、カイゼルはロクスの衿首を掴んで立ち止まる。

「!何で止まるんですか!?食べられちゃいますよ!!」

じたばた足掻くロクスを容赦なく抑え込むと、首をドラゴンの方にねじ向けて諭す。

「よく見てみろ。あれだけ巨大な生物が走っているのに、周りの木が倒れないのはおかしいだろう?」

…言われてみれば確かにそうだ。
地面には巨大な足跡が残っているものの、周囲の木々はまるで避けるようにしなり、ドラゴンの通る道を開けているようにさえ見える。

「さっき…お前は何の術を使ったんだ?」
「まさか…あれを僕が呼び出したなんて言わないでしょうね?」

あんなものを召還する魔力が自分にあるわけがない。
しかし、カイゼルはもっともらしく解説を始めた。

「お前が呼んだ、というよりその本が呼んだんだ。あのジジイは恐らくその本に何らかの力を封じて置いて、簡単なキーワードでそれを解放できるように仕組んで置いたんだろうな。だからお前にも扱えたんだよ。
どうだ?初めて魔法を使った気分は?」
「悪くはないですけど…でも…呼んだ後はどうすれば…?」

サ〜っと、カイゼルの顔から血が退いていく。
確かにそうだ。
魔法を扱えないからには、呼び寄せたガーディアンをどうやって始末するのだろう。考えてみれば、ガーディアンがその主に襲いかかること自体がおかしい。
おそらくは、制御できる力がロクスにないのが原因だろうが…。

「その本に書いていないのか!?探すんだよ!!」

慌ててページをめくるロクス。
しかし、焦りからか内容が頭に入ってこない。
その間隙をぬって、ドラゴンが目の前に迫ってくる。

「早くしろロクス!!」

カイゼルはせかす一方で剣を抜く。
あんな巨大な相手にダメージを与えられるとは思えないが、物事には理屈では語れない部分がある。
戦士としての本能の為せる業だ。
無意識のうちに手にした得物を見て、彼自身が苦笑していた。
(やれやれ…せいぜい足掻いてみるか…)

一方ロクスの頭の中は、既に飽和状態である。
普段使い慣れているはずの文字が、まるで見ず知らずな異郷の地の言語に見える。
(駄目だ〜!!!)
自らの体が、竜の牙でズタズタにされる様子を想像してしまい、ロクスは全身の力が抜け、気が遠くなっていくのを知覚する。
手を離れ、スローモーションで落下していくあの“賢者ロームの賢士学講座”。
何処からともなく手が伸び、落下する本を支えるとページをめくる…それがロクスの見た最後の光景だった。

「〜〜〜〜〜〜!!」

風が囁いたかのように微かに耳をうつ声。
不意に光が突進してくるドラゴンを包み込むと、嘘の様にその巨体が霞んでいく…。剣を構えるカイゼルの肩の力が抜けていった。

「やったのか…ロクス?」

大きく息を吐き出すと、振り向くカイゼル。
しかし、そこに居るべきロクスの姿はない。代わりに居たのは…

「やれやれ、困った馬鹿弟子よのう…。」

気絶しているロクスを軽く杖で叩くのは、他ならぬ賢者ロームその人であった。


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