2−8

 目の前に急速に迫るサラマンダーの口腔。
闇雲に飛び込んでみたは良いものの、ここからどうするかなど当然考えてはいなかった。
頭の中で賢者ロームが怒鳴っているのが聞こえる。
幻聴と知りつつもカイゼルは苦笑した。
(やれやれ…判ってるよジイさん。“サラマンダー相手に力押しが通じるとでも思うのか?”だろう?)
自分に危機を目の当たりにすれば、ロクスは目を覚ますかもしれない。
それが最後の頼みの綱だ。
しかし、サラマンダーは一向にその姿を消す様子がない。
逆にその口腔内にチラチラと紅いものが見え始めた。
(ブレスを浴びりゃあ焼き肉にもならんだろうな…。遺骨の一つでも残さないとクレアが悲しむかな…)

「〜〜〜〜〜!!」

遂にロクスは目を覚まさなかった。
主の命令を受け、サラマンダーがブレスを吐き出そうと身構える。
終わりか…だが終わらなかった。
サラマンダーが硬直し、苦しげな呻き声を上げる。
いや、呻き声を上げているのはガーディアンだけではない。

「ウオオオ!」

周囲の壁から放たれた光の十字放射が、サラマンダーとロクスに絡みつき動きを止めている。
まるで蜘蛛の巣に引っかかった獲物のように、もがき苦しむロクスとサラマンダー。
これこそ賢者ロームが神殿全体に施した魔法の威力である。
しかし、カイゼルは心の中でロームを罵っていた。
(あの性悪ジジイめ…わざとギリギリまで発動を遅らせて、術者の油断でも誘おうって腹か!!)
しかし救われたことに違いはない。
サラマンダーの姿が徐々に消え失せ、それと同時にあの不気味な魔法陣が消滅していく。
術者のロクスもふらふらと地面に倒れ込むと、そのまま動かなくなってしまった。

「ロ…ロクス!」

駆け寄ったカイゼルは、思わず立ち竦んだ。
先ほどまで黄金色に輝いていた髪が元の銀色に戻っているのだ。
恐る恐る水筒の水を一滴、その顔に垂らしてみる。
固く閉じられていた瞳が、うっすらと見開かれた。

「…カイゼル…様?」

瞳の色も、眩いほどのライトブルーから元の黒色に戻っている。
言葉を失っているカイゼルに、ロクスが問いかけてきた。

「僕は…どうして倒れているんでしょうか?」

まるで何も覚えていないかのような口調にカイゼルは戸惑う。
本当に覚えていないのか、
そう聞こうとしてカイゼルは、ある事実に思い当たった。

「いや…貧血でも起こしたんだろう…少し休んだ方が良い。」

俺は見ていたはずだ。
この少年があの巨大なガーディアンを召還し、本気でこの神殿を破壊しようとしていたのを…。
サラマンダーの巨大な口腔が迫る恐怖、
そんな自分を見下して笑うロクスの瞳、
これもみんな事実だ。
実際に起こったことだ。しかし…
(何故…こいつが召還魔法を使える?)
魔法を扱えないから正式な“ロームの弟子”とは言えない…
そう彼は語っていた。
ロームの答えも同じものであったし、森でドラゴンを召還したのもあの本が有ってのことだ。
しかし、先ほどのロクスは本を開いた気配はなかった。
それよりも何よりも
(俺はジイさんがあの本に仕掛けをしたのを見ているじゃないか!)
本があったとしても、魔力制限を掛けたガーディアン召還の項をロクスが開けるわけがない。
少なくとも、一緒に旅を続けていたあの“ロクス”には…。
(一体何者なんだ?ロクス=オリーフィールドとは…)
今にもロクスの瞳がまたライトブルーに染まりそうで、思わずカイゼルは目を背けてしまっていた。

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