静かに祈りを捧げるカイゼル。 神殿の中心部にある祭壇の間には、一体の巨大な像が安置されている。 柔和な顔立ちをし、手に教典を持つその像は“安らぎの女神”と言われる死者の魂を弔うものだ。 通常は高さ三十センチ程度のものなのだが、この像は人間以上の大きさである。 世界を支配したと言われる“王”の魂を鎮めるためには、やはりこれぐらいの守神が必要になるのだろう。 祭壇の間に入ることの出来ないロクスは、外からカイゼルが祈る後ろ姿を眺めている。 「待たせて悪かったな。此処には各国の王以外の立ち入りは禁止されているんだ。」 参拝時なので、さすがにカイゼルはいつもの騎士姿ではなく、礼拝用の正装をしている。 それが窮屈らしく、祭壇の間を出るなり襟元をくつろげている。 「さて、礼拝も終えたことだしイヴァリアスに向かうとするか。」 手早く着替えを済ますと、カイゼルは荷物を背負った。 一方のロクスはというと、名残惜しげに神殿の奥を見遣りながら 「本当に…ラルス様には会わないのですか?」 「言ったろう?俺は未だラルス様に会える立場じゃないんでね。」 さっさと先に立って歩き出すカイゼル。 何度も後ろを振り返るロクスをちらりと見遣ると、ほっと胸を撫で下ろした。 昨日のあの事件以来、それとなくロクスの様子を見張っていたが、彼は“いつもの”ロクスのままだ。 とはいえ、今は一刻も早く神殿から遠ざかっておいた方が良い。 それにしても一体何だったのだろう? 「カイゼル様!前前!!」 ゴン!! ロクスの警告は間に合わず、カイゼルは正面に迫っていた大木の幹と正面衝突してしまった。 「大丈夫ですか?何で気が付かなかったんですか、こんな大きな樹…。」 お前のせいだ、という訳にもいかずカイゼルは額をさする。 幸いにも瘤にはなっていなさそうだ。 自分を出迎えてくれるであろう重臣達に情けない姿を見られては堪らない。 改めて樹を見上げるカイゼル。この樹には…見覚えがある。 「そうだな、おかしいよなこんなでかい樹にぶつかるなんてよ。」 笑いで誤魔化しながら、木の幹を撫で回す。 目立たぬように開けられている不自然な穴。 偶然にも助けられたわけだが、どうやら迷わずに辿り着けたようだ。 俺はやはり方向音痴なんかじゃない、確信しながらカイゼルはそっとあの宝玉を取り出す。 アトラスはその土地柄故に、誰でも自由に出入りできるというわけには行かない。 地形としては陸続きなのだが、神殿とその周囲の土地は結界で守られている。 この宝玉こそ、結界の中に入る通行手形であり、ごく一部の人間しかその存在を知らない。 ロクスは賢者ロームの弟子とは言え、未だこの宝玉の存在を知られて良い相手ではないのだ。 そうとは知らないロクスは、急に周囲から湧き起こる霧の存在に不安そうな表情を浮かべた。 「カイ…霧が段々濃くなっていってますよ?天候が崩れるんじゃ…?」 「いいからちゃんとついて来いよ。直に晴れるから。」 五分ほど歩くと、カイゼルの言葉通りに霧が去っていく。 周囲の景色も、常に視界不良なアトラスとは違う、木漏れ日の差し込む浅い森になっていた。 「もうすぐイヴァリアスだ。着いたらゆっくり休めるから頑張れよ。」 「はい。」 カイゼルの気遣いに、ロクスは深く感謝する。 疲れから足取りは重いが、もうすぐイヴァリアスに着けるという思いが足を前へと進めた。 森が開け、遠くに町を囲む石壁が見え始めた。 あともう少しだ…。 「ん?何だかいつもの風景と違う気がするな…。」 カイゼルの胸に、一抹の不安がわき起こる。 次第に、町を行き来する人々の姿も見え始めた。 何かが違う…。 腰に剣を履く騎士の姿はそこには無い。 老人から若者まで、手に手に杖を持っている。此処は…まさか… 「…すまんなロクス。さっき予定を変更して…クリアスタのエルシアーヌ様の病気見舞いに行くことにしていたんだ。ワハハハ…。」 必死に冷静を取り繕うカイゼル。 それをジトーッと睨むと、ロクスはきっぱりと言ってみせた。 「カイ…僕はもう貴方の道案内を信用しません!」 |