「まったく…あんたにゃ毎度毎度呆れさせられるよ。」 ロカマス城の一角に、中天の月を肴に杯を交わす二つの影があった。 カイゼル=ヴァン=イヴァリアスとローム=ヴェルト=モレニフ。 気心の知れる二人にとって、贅沢な晩餐など必要なかった。 カイゼルの酌を受けながら、ロームはとぼけた調子で 「何の事かな?」 「あのロクスというお弟子のことだよ。まさか“女だと思いこんで”城に連れてきた上に“先物買い”するつもりで弟子として置いていた何てよ…。」 先刻、ロクス本人から聞き出した際には全身から力が抜けるのを感じた。 “勘違い”にも程がある。 というよりもあらゆる意味で何かが間違っている気がする。 信じられん、と頭を振るカイゼルにロームは愉快そうに笑った。 「ワハハハハ!あれはワシの人生最大の誤算じゃったわい。“夜光の珠”かと思えば、城に連れ帰って改めて見てみれば“ついとる”じゃないか。」 「あいつの親はどうしたんだ?無理矢理さらってきたのか?」 「馬鹿を言うな。あやつは孤児じゃったから引き取った。純粋なる善意から、じゃよ。」 訳も分からず城に連れ込まれたロクスとしても驚いただろう。 結局彼は“寵姫”の代わりに“雑用係”の地位を得て、この城に留まっている。 どちらが彼にとって幸せであったのか、今となっては知る由もない。 多分何れに転んでも、大差はなかったろうが…。 (下心満々だった癖によくぞ「善意から」などと言える…) 幾つになっても変わらないロクスの性癖に溜息を付くカイゼル。 「おぬしもクレアの尻に敷かれて居らずに、もっと人生を楽しめ。」 「エルシアーヌ様が聞いたらどう思うことか…」 互いの急所を付くジャブの応酬。 昼間とは違い、互いの顔に笑みが浮かぶ。 「今日はもう良い…充分にストレスは解消させて貰ったからな。」 ニヤリと笑うカイゼルを見て、ロームは肩を竦めて見せた。 「わざとロクスに当てておったなお前…弟子が不憫じゃわい。」 「…逃げようとするあいつに足払い食らわせて巻き込んだ癖に…。」 やがて堪えきれなくなったように、二人は腹を抱えて大笑いし始めた。 一頻り笑うと、ロームは美味そうに杯を呷る。 「久々に上手い酒が飲めたわい。おぬしと飲むとおぬしの親父を思い出す…。」 一足早く人生を駆け抜けた戦友リュフィード。 エルシアーヌを巡る恋の鞘当ても今は昔の物語に過ぎない。 (お前の息子も此処まで大きくなったぞ…) 今は亡き友のために…心の内で祈りながら傾けかけた杯を置くと、 ロームの目が星の動きを追った。 微かに赤い光を放つ星がきらりと流れた。 カイゼルは父リュフィードの記憶を辿り、ロームの僅かな表情の変化を見落としていた。 「そうか…やはり…。」 「?何か言ったのか?」 ロームの呟きにカイゼルが反応したときには、老人は再び杯を口にしていた。 先ほどまであれ程楽しそうであったのに、何やら渋い表情に変わっている。 真っ白な髭を二度、三度としごくと、 「ところでカイゼル…一つ折り入って頼みがある。」 ふう、と一息付いてからロームは言葉を継いだ。 やや、迷いを感じさせる口振りで 「ロクスをお主の国に連れ帰り…騎士としての修練をつけてはくれまいか?」 「いいのかい?折角見つけた“夜光の珠”だってのに…。」 次の瞬間、カイゼルは己の言葉を飲み込んだ。 「…何遍も言っているはずだ。冗談も時と場合を選ぶのだな。」 一瞬のうちに喉元に突きつけられた短剣の刃… 射抜くような鋭い眼光… 女好き、酒好きの好々爺、という仮面を剥いだ「賢聖」ロームの真の姿に、 カイゼルは言葉もなく震えていた。 短剣を収ると、面白く無さそうに酒を飲み干すローム。 真剣な表情に戻ったカイゼルが跪いて剣士の誓いを立てた。 「承知いたしました。イヴァリアスの名に誓って、ロクス殿をお預かりいたします。」 「頼むぞ…カイゼル。」 風流な酒席に不似合いであった緊張感が和らぎ、再び彼らは笑顔で杯を交わす。 年齢差を越えた心許し合う友として。 |