| 春らしい穏やかな陽光が差し込む宮殿内を、一人の若者が足早に横切っていく。 その腕は、今にもこぼれ落ちそうなほど大量の書類の束を支えていた。 細く非力そうな腕は既に限界が来ているらしくプルプルと震え、 半分ずれ落ちたメガネは今にも落っこちてしまいそうだ。 「ハアハア…あともう少しで…。」 目的地に辿り着ける、そんな焦る思いが若者の視界を狭くしていた。 正面だけを見つめて歩いていた若者は、横から迫る人影に全く気が付いていない。 『うわっ!!』 出会い頭にぶつかり合った二人。しかし、倒れ込んだのは書類を抱えた若者の方だけで、相手はびくともしない。 倒れた弾みで書類が廊下中に飛び散っていた。 「いけない!」 慌てて書類を集めようとする若者だが、妙に視界がぼやけてはっきりしない。 メガネが無いという事態に気付き、若者はパニックに陥った。 必死に手探りで辺りを撫で回す若者の目前に、ぬっと何かが差し出される。 「ほら、捜し物はこれだろう?」 慌ててメガネをかけ直す若者の目前で、散らばった書類を集める男の姿があった。がっしりとした体。浅黒い精悍な顔立ち。 そして何より、羽織っているマントの背に大きく縁取られた紋章が示すのは… (…この人は…イヴァリアスの聖騎士!?) 「すまなかった。何せ慣れない他国の宮殿でな…道に迷ったんだ。」 屈託無い笑顔で男は、かき集めた書類を若者に差し出す。 それを受け取りながら、若者は激しく首を横に振った。 「とんでもございません!!こちらが周りを見ていなかったから…。」 あまりに過剰な反応に、男はややたじろぐ。 が、直ぐに気を取り直したようだ。 若者の緊張をほぐそうと、優しい笑みを浮かべながら 「時にお嬢さん。ジジ…いや賢王ローム=ヴェルト=モレニフ陛下のお部屋はどちらにあるのかな?」 暫くきょとんとした顔で男を見つめた後、気まずそうに若者は言った。 「あの…僕…男です…。」 「アハハハハ!!いやいや本当に済まなかった!!本当に早とちりだな俺は!」 悪気があるのか無いのか… 男は豪快に笑いながら、頭を掻き掻き謝罪の言葉を述べる。 せめてもの贖罪のつもりなのか、彼は若者の持っていた書類を全て引き受けてくれた。 「いえ…まあ…よくあることですから…。」 若者の表情は複雑な笑みを湛えている。 怒ってもどうしようもないことぐらいは承知しているのだ。 相手は大切な国賓。 例え失礼なことであろうと、彼の立場ではおいそれと文句は言えない。 (それに…元々僕が此処にいるのも…) 考えてみて、若者は更に落ち込む。 流石にそのどんよりとした表情を看取って、男の口調が変わった。 「済まない…この通りだ。」 頭を下げる男を見て、若者はぎょっとする。 騎士とは自らが主君と仰ぐ者以外には、頭を下げることは恥とされているのに…。 ましてや自分は一書生に過ぎないのだ。 「そんな!早く顔を上げて下さい!!」 第一印象は聖騎士らしからぬ豪放な人、であったがやはりこの男は礼儀を重んじる騎士なのだ。 それが嬉しくもあり、若者は敢えて軽い口調で 「本当によく間違われるんですよ。今に始まった事じゃありません。」 「やっぱりな。そうだろうと思ったよアッハッハ!!」 先ほどの真面目な表情は何処に行ったのか… コロッと元に戻った聖騎士殿を見て、若者は唖然とした。 人間って…判らない… 「ところで賢王殿は御達者か?」 ようやく笑いを収めて聖騎士が尋ねる。 ショックから宙を泳いでいた若者の目が正常に戻った。 「ええ…それはもう…。」 言葉を終えないうちに、若者の顔に緊張が走る。 騎士の腕の中にある書類の束を見て、愕然と叫んだ。 「いけない!!早く書類を持っていかないと!!」 焦る若者を冷静に見下ろす騎士。 何気なく廊下の奥をちらっと見遣ると、のんびりとした様子で言う。 「…そう焦る必要はないと思うがな?」 「何故そんなことが?ローム様がわざわざ探して来いって…。」 黙って奥を指さす騎士。二人の耳に飛び込んできたのは… 「ガハハハハ!!はよ酒を持ってこんか酒を!」 「もう、ローム様ったら♪お・つ・よ・い・のね。」 黙って顔を見合わせる二人。 「…成る程…至って御健勝のようだな…。」 苦笑いを浮かべる聖騎士の言葉に、溜息混じりに答える若者。 「…いつものことですから…。」 |