1−1
 
 春らしい穏やかな陽光が差し込む宮殿内を、一人の若者が足早に横切っていく。
その腕は、今にもこぼれ落ちそうなほど大量の書類の束を支えていた。
細く非力そうな腕は既に限界が来ているらしくプルプルと震え、
半分ずれ落ちたメガネは今にも落っこちてしまいそうだ。

「ハアハア…あともう少しで…。」

目的地に辿り着ける、そんな焦る思いが若者の視界を狭くしていた。
正面だけを見つめて歩いていた若者は、横から迫る人影に全く気が付いていない。

『うわっ!!』

出会い頭にぶつかり合った二人。しかし、倒れ込んだのは書類を抱えた若者の方だけで、相手はびくともしない。
倒れた弾みで書類が廊下中に飛び散っていた。

「いけない!」

慌てて書類を集めようとする若者だが、妙に視界がぼやけてはっきりしない。
メガネが無いという事態に気付き、若者はパニックに陥った。
必死に手探りで辺りを撫で回す若者の目前に、ぬっと何かが差し出される。

「ほら、捜し物はこれだろう?」

慌ててメガネをかけ直す若者の目前で、散らばった書類を集める男の姿があった。がっしりとした体。浅黒い精悍な顔立ち。
そして何より、羽織っているマントの背に大きく縁取られた紋章が示すのは…
(…この人は…イヴァリアスの聖騎士!?)

「すまなかった。何せ慣れない他国の宮殿でな…道に迷ったんだ。」

屈託無い笑顔で男は、かき集めた書類を若者に差し出す。
それを受け取りながら、若者は激しく首を横に振った。

「とんでもございません!!こちらが周りを見ていなかったから…。」

あまりに過剰な反応に、男はややたじろぐ。
が、直ぐに気を取り直したようだ。
若者の緊張をほぐそうと、優しい笑みを浮かべながら

「時にお嬢さん。ジジ…いや賢王ローム=ヴェルト=モレニフ陛下のお部屋はどちらにあるのかな?」

暫くきょとんとした顔で男を見つめた後、気まずそうに若者は言った。

「あの…僕…男です…。」


「アハハハハ!!いやいや本当に済まなかった!!本当に早とちりだな俺は!」

悪気があるのか無いのか…
男は豪快に笑いながら、頭を掻き掻き謝罪の言葉を述べる。
せめてもの贖罪のつもりなのか、彼は若者の持っていた書類を全て引き受けてくれた。

「いえ…まあ…よくあることですから…。」

若者の表情は複雑な笑みを湛えている。
怒ってもどうしようもないことぐらいは承知しているのだ。
相手は大切な国賓。
例え失礼なことであろうと、彼の立場ではおいそれと文句は言えない。

(それに…元々僕が此処にいるのも…)
考えてみて、若者は更に落ち込む。
流石にそのどんよりとした表情を看取って、男の口調が変わった。

「済まない…この通りだ。」

頭を下げる男を見て、若者はぎょっとする。
騎士とは自らが主君と仰ぐ者以外には、頭を下げることは恥とされているのに…。
ましてや自分は一書生に過ぎないのだ。

「そんな!早く顔を上げて下さい!!」

第一印象は聖騎士らしからぬ豪放な人、であったがやはりこの男は礼儀を重んじる騎士なのだ。
それが嬉しくもあり、若者は敢えて軽い口調で

「本当によく間違われるんですよ。今に始まった事じゃありません。」
「やっぱりな。そうだろうと思ったよアッハッハ!!」

先ほどの真面目な表情は何処に行ったのか…
コロッと元に戻った聖騎士殿を見て、若者は唖然とした。
人間って…判らない…

「ところで賢王殿は御達者か?」

ようやく笑いを収めて聖騎士が尋ねる。
ショックから宙を泳いでいた若者の目が正常に戻った。

「ええ…それはもう…。」

言葉を終えないうちに、若者の顔に緊張が走る。
騎士の腕の中にある書類の束を見て、愕然と叫んだ。

「いけない!!早く書類を持っていかないと!!」

焦る若者を冷静に見下ろす騎士。
何気なく廊下の奥をちらっと見遣ると、のんびりとした様子で言う。

「…そう焦る必要はないと思うがな?」
「何故そんなことが?ローム様がわざわざ探して来いって…。」

黙って奥を指さす騎士。二人の耳に飛び込んできたのは…

「ガハハハハ!!はよ酒を持ってこんか酒を!」
「もう、ローム様ったら♪お・つ・よ・い・のね。」

黙って顔を見合わせる二人。

「…成る程…至って御健勝のようだな…。」

苦笑いを浮かべる聖騎士の言葉に、溜息混じりに答える若者。

「…いつものことですから…。」

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