1−6

「え?」

突然の出来事に、ロクスはただ目を丸くするばかりである。

「じゃから…カイゼルに付いてイヴァリアスに行く準備をせい。」
「護衛なら僕より…。」
「護衛ではない。武者修行じゃ。」

目が覚めたときには、事態はいつの間にかトントン拍子に決められ、
本人の意思に関係なくロクスのイヴァリアス行きは決定事項となっていた。
初めは冗談だと思っていたが、ロームはただ早く行けと督促するだけである。

「武者修行だなんて…いきなり言われても…。」
「お前は賢士の才能は無いようじゃからな。案外騎士の方がむいとるかもしれん。」

しれっと言うローム。思わず首を横に振るロクス。

「そんな〜!!僕みたいなひ弱な体じゃ騎士なんて…」
「そうとも限らんぞロクス。現に女でも優秀な騎士は幾らでもいる。」

既に了承済みらしいカイゼルの援護にロームは満足げに頷く。
どうやら逃れられる状況では無さそうな雰囲気だ。
ぺたんと座り込んだロクスに、ロームの言葉が追い打ちを掛けた。

「因みに…騎士にむかぬと解った時には、オルゴンで拳士としての修行をするんじゃぞ。心配することはない。話は付いておる。」

最早言葉も出ないロクス。
その前に一冊の分厚い本が投げ出された。

「ワシからの餞別じゃ。それを持っていけば一応賢士としての修行もできる。その名も“合格必須!大賢者ロームの早解り賢士学講座”じゃ。」

濃茶の表紙に踊る“合格必須”の文字。
ロームの自画像らしきイラストがウィンクするその本は、どことなく眉唾物っぽい雰囲気がする。
半ばやけくそ状態で本を押し頂くロクスに、聞き慣れない威圧感のある声が飛んだ。

「ロクスよ…強くなれ!」

静かだが威厳のあるその声音の持ち主、ロームは厳しい口調を変えない。

「ロクス…お前がこの地を再び踏むとすれば…このワシを倒せる力量が伴ったとき以外は認めぬ。」

後は一言も発さずに、賢者ロームはロクスの前から姿を消した。
初めて見せた“賢聖ローム”の顔。
よりによってそれは、弟子である彼を半永久的に追放するこの状況下に置いてのことであった。
勘違いで連れてこられたとはいえ、心の中では密かに賢士を目指していたロクスにとって、余りにも唐突な破門通達は納得できるものではなかった。
肩を振るわせるロクス。
その肩を軽く叩いたのはカイゼルである。

「悔しいのか?」
「…当たり前ですよ、こんな横暴な話…。」

両の手に拳をきつく握り、下唇を噛み締める。
泣くのは男じゃない…男じゃ…。
必死に堪えた涙ではあったが、一粒流れるともう抑えきれるものでもない。
それでも悟られまいと、声を殺して泣くその後ろ姿にカイゼルが優しく呼びかけた。

「泣いても良いんだ。今日のその悔しさはお前を必ず強くするだろう。今の悔しさを忘れるなよ。そして…泣くのは今日を限りに終わりにするんだ。」
「…はい…。」

振り返るロクス。笑顔だった。
頬を濡らす涙と笑顔のコントラストが生み出す美しさに、カイゼルは自分の鼓動が高鳴っていくのを感じてドギマギした。
(落ち着けよ、俺にはその気は無いはずだぞ!!)

「まあ…何だ?あの陰険ジジイから離れられる幸せも考えてみろよ。世の中ポジティブシンキングだ。」
「ありがとうございますカイゼル様!今すぐ準備してきますから!」

瞼に残る涙を拭くと、急いで荷造りに向かうロクスにカイゼルが怒鳴る。

「様はやめてくれよロクス!“カイ”で十分だ!」

NEXT

BACK TO "MAIN STORY"

BACK TO HOME