2003年

5月
TODO

13日 なにげなく
なにげなく、PCの音楽を立ち上げる。
「Far Way」
懐かしい。
まだまだ、世の中に希望とか言うものを抱いていきていた駒場時代。
あれから何年たったのだろうね。
いっぱい傷ついて、いっぱい傷つけて。
こんな人間になりました。

過去の自分と現在の自分の連続な部分と不連続な部分。
自分にとってコアなものっていうのは変わってないと思いたい。
勿論、悪い意味でも変わってない部分もまだまだあるのだが。
あれから、人間的に成長したのかな。

今日は面接。
寝ないで行く予定。
このままちゃんと朝方になろう。
というわけでしばらく夜は携帯マナーモードにしてます。
変わらなきゃ。変えなきゃ。
残された時間は少ない。
華のある生き方を望むことをやめることができないのなら、
華のある生き方をしよう。
その為に必要な努力を惜しむのは愚かだ。
変えれるものは全て変えていこう。
自分も環境も考え方も人も時間の使い方も。



覚書
某社できるだけ早くエントリーするように。

12日 すきやき
また電話があった。
明日面接と筆記とのこと。
履歴書までもってこいだって。
はやい。
気が早いのだよ。
心の準備ができてないのに。

タイトルで、すきやきと書いたが焼肉だった。
いつもの仲間と食べる焼肉。
心の置けない友人と食べるものは何であれおいしい。
逆に、親しくないやつと食べる飯はどんなものでも美味しくない。
味はおいしいのだろうけど、味の信号が脳に届く前に美味しくないと変換してしまうのだろうか。
よくわからないけど、楽しかった。

こういう日記を後で見て悲しくならないようにしよう。
一人、あまりにも自分に近すぎて、最近少しうざくなってる人もいる。
うまく距離をとるのが苦手だ。
それは自分の負けず嫌いな性格に起因するわけで、
まったくフィールドを異にする人にそういう感情は持ち得ない。
結局、本当の友達は、遊び友達ではないのかもしれない。
だからといって遊び友達が重要でないということでは決してないのだが。

相変わらず迷走する日々、明日は某社の面接。
今、2時前。
家にけつさんが遊びにきた。
かれの彼女に対する接し方はどうかと思う。
まぁ、頑張ってるかれに俺ごときが文句を言える立場でもないのだが。
もう少し、人に優しく。
見せ掛けだけの優しさも時には必要。

今日は、彼女(?)と会った。
風邪を引いてるようだった。
心配だ。

いろいろ思うところもあるわけだが、やまさんにえさを上げたりしないといけないので今日のところはこれで。

9日 焦燥
五月も三分の一が過ぎてしまったわけで。
春の終わり、夏の匂いを感じる夕暮れ時。
寂しさを感じてしまうわけだが。

そろそろ、あらゆることにあせりを感じる。
いつからだろう、こんなに自分に自信をもてなくなったのは。
いつからだろう、こんな時間の過ぎるのがおそろしくなったのは。
いつからだろう、こんなに一人がいやだと感じるようになったのは。

人は年とともに強くなるのか。

生命は生まれた瞬間にしに向かうことを運命ずけられている。
その生と死は互いに相反する概念として考えられがちだが
生の延長に死があるのかもしれない。

春の終わり、夏の始まりの夕ぐれ。
嫌いじゃないけど、何かものがなしい。

祭りが終わった後の寂しさを知ると祭りの始まりも一人だけ取り残された気分になるのかもしれない。



彼女。できたかも。微妙。タイプ違うんだよねぇ。

職。気に入る職とかいってる場合じゃないのだろうね。なんでもいいからとりあえずきめよう。それがたとえ自分の望むものではなくても。
転職前提で。最初に入った会社がいやな会社であればあるほど己のモチベーションは高まるものと考えよう。

湯鬱なのですよ。
五月病かな。
Nein...
今更そういうことをいってる時期でもあるまい。

何も感じない、何も考えない、ただただ精密に作業をこなせる人間になりたい。
いい加減、あふぉなことばかりやってるのも疲れた。


もうすぐ、夏が来る。
去年の悲しい夏。
無理して海いったりした。
満たされなかった。
傷だけを深くして終わることになった。

こうして、季節に悲しい彩りだけが添えられていく。
たまらなく悲しい。

時々、自分でも自分が変だなぁと思う。
ものの感じ方の根幹がずれてるのかもしれない。

人間関係の重要なファクターのひとつは共感だ。
その共感を得ることは仕事においても恋愛に老いても重要なことだ。
それをするのに他者との同意性がとれないのは非常に不利なのかもしれない。
いわゆる常識なんてものは学べば身につく。
しかし、物事をどういう風に感じるかは学んでも身につくものではない。
美しくないものを美しいと思うようになるのは訓練によってどうこうなるものではない。
自分がすきか嫌いかが生きる指針のベースになるのはおかしいのかもしれない。
食うためにいきる人間をすばらしいとは思わないが、おやは少なくともそれを望んでいる。
俺にとって不可解なことだが、親や他の人にとっては至極当然なことだ。
それは理解できる。
しかし、だからといって食うために生きてる人間を美しいとは思えない。
これは俺の弱さであり強さでもある。
今は弱さとして表出しているが。
一時はそれが+に働いた時期もあったわけで。

自分の好きなことをやって、好きな女を抱いて、好きなものを食べていきていければなぁ。
それが許されないのが人生なのかもしれないけどね。。。


それでも、俺は夢を見ている。

子供の頃からある不思議な感覚。

中国の詩人もいってたが、この今まさにいきている人生そのものも実は誰かの夢なのかもしれない。

いしきさん。