ラブホテル

思えばその建物に最初に足を踏み入れたのはいつの頃だっただろうか。
今となってはてんで思い出せないのだ。果たして何人とその場所で互いを貪ったのか・・それも覚えていない。・・確か10代の頃・・その建物が珍しくて、その空間の時間の流れが珍しくて、あたしはずいぶんはしゃいだ覚えがある。枕元にあるコンドームを膨らませて遊んだりした覚えもある・・ような気がする・・そしてボディソニックなるものもすごくたくさん入ってて、悪戯で有線の「お経」を流し、すっかりヤル気をなくした覚えもある。でも、すごく遠い記憶。あれは何歳の頃だったろう・・・少なくても10数年は昔だろうか?・・・あたしは「回転ベッド」は知らない世代。風営法の施行で回転ベッドなるものは廃止され、そのまもなく行き出したぐらいの世代。一度でいいから体験したかった。
お会計は完全に相手もち。申し訳なさそうにとりあえず財布を出してはみるものの、「高校生の君からはお金は取れないよ(笑)」と言われた覚えもあったっけ・・・。


現実と完全に隔たれた異空間。最近は昔ながらのゴテゴテした鏡ばりや、まるで来賓のような赤い絨毯、取ってつけたようなシャンデリア等の派手な飾りはあまり好まれずに、まるでリゾートホテルのように何気なく安らげるような空間になっている部屋のほうが多いらしい。
が、やっぱりあたしはあの・・いかにも「ラブホテル」という部屋の造りのほうが好きなのだ。
いや、好きというよりとても切なくて身につまされる気分になる。

今から大体11年ぐらい前の話なのだが、その頃アパートを借りる前にその当時の男と3カ月ぐらいだけの話なのだがラブホテル住まいを転々とした事があった。
場所は大体新宿。その頃は探せば安いラブホテルがまだまだたくさんあり、6畳もないような部屋だったら確か、泊まりで3000円ぐらいだったような気がする。
今でこそ、その大久保にほど近いそれらのラブホテル街とは縁がないのだけれど、その3カ月間で周辺の安いホテルは全部行き倒した。何故、そんな暮らしをしていたかというと当時・・男はもろもろの事情・・借金などから逃げざるを得ない状況にあり、そしてあたしは、その頃ホステスをやっていたのだが、男と暮らそうと金を貯めて、部屋を探していた。要するにその男を自分の部屋に引き入れる為に、部屋を借り入れるまでの間、つなぎでラブホテル住まいをしていたのだ。今思えば相当無茶をしたな、と思う。でも今となっては、もうなかなか出来る芸当ではないので、あの頃ラブホテル住まいをして良かったと思う。今・・やれと言われたら若さという無謀なエネルギーがないのと、色々何かを繰り返してきてもうそんな無茶をしないように・・といくらか学習能力がついたのとで・・出来ないだろう。


あの・・いかにも・・現実とは別世界、外界とは違う時の流れ、そして部屋の佇まいも状況的にも明日が見えないというより「明日のない」ような空間の中で、22歳そこそこのあたしは何かを探そうとして色々考えた日々であった。いつ手持ちの金が無くなるか解らない。でも二人で暮らしたい。でも部屋を探さなければいけない。とりあえず部屋の名義はあたし一人という事にして、人が出入りしても咎められない部屋がいい。でも手持ちの金はどんどん減っていく。二人がやる事は目の前の焦りを消すように互いの体を貪る事ぐらい。それを薄暗い赤い電灯や、つけっぱなしのアダルトビデオがただこちらを見ていた。
時間がない。本当だったらこの人が色々清算をして、大手を振って二人で部屋を借りられたらいいのに。
でもそれはままならない。この人はもう何年も逃げていて、すでに戸籍すらもない年月になってしまったという。幸せに暮らすにはどうしたらいい?あたしは完全に熱病にかかっていた。本当に目先の事しか見えていなかった。部屋を借りるお金を稼いだのも、このラブホテル住まいの元手を稼いだのもあたし。
人を愛するという行為は時に女を愚かな生き物に変える。だいぶ長い間の洗脳に苦しんだが、あたしは明らかにこの男に騙されていた。おそらく年月にすれば5年ぐらいだろうか・・その間、(これはこれ以上書けないが・・)この男に騙されて売り飛ばされたり、やっと安住したと思ったら他の女が刃物を持ってあたしに押し掛けてきたり・・色々な事件があった。それでもこの頃のあたしはまだ純粋だった。この人と一緒に暮らせたら・・この人と共に生きていけたら・・それだけしか考えてなかった。その先の事を考える事が出来なかった。
男の背後にどんな打算が隠されていたかも気づかずに・・いや、気配は気づいていたけれども何かの間違いだ、この人はあたしの事を愛してくれている・・・と気持ちの暗雲を無理矢理もみ消した。

 

その後二人で部屋を借りて・・あとは絵に描いたような破綻。
その後の部屋は合計10年借りていたが、3年後に男を無理矢理追い出して一人で暮らしていた。
それから7年間は他の色々な男が入って出たり・・・一人で暮らす日々もあったり・・そしてついこの間あたしは久しぶりに家族の元に帰る事に決め、その部屋を引っ越した。

 

今思えば愚かだったと思う。が、・・これだけは覚えてる。
その時はあたしなりに忠実に生きた。何が隠されていたかという気配はもみ消してしまったが、あたしはその時は全身全霊でその人を愛した。長い年月でそれは・・愛から憎しみへ・・そして小さな古い傷にかわってあたしの胸のあたりにかすかに残っている。
後悔など・・思い出せば無数にあるのだが、・・例えば・・・もっとその人を・・外れた道ではなく何故光のある場所に導いて行けなかったのか・・とか。でもこれはひょっとして、昔男を愛していたあたしの慢心だったのかもしれない。どうあがいても・・・人の人生というのは・・どこかでその人がその手で決めていく。
そして、あたしが今生きているという選択をしたのもあたしが決めた事であり、その男は今どうやって生きているかは解らないが、その男の道もそしてまたそいつが決めた事なのだ。
甘っちょろいセンチメンタルの中に、乾きかけた傷跡の痛みがあたしに何かを教え続けている。

 

後悔はしてないさ。
あの空間はあたしは今でもやっぱり好きだ。
刹那的すぎる場所。ここで愛さなければ時間がない・・人目を忍んで抱き合う二人。
あの空間で今まで・・数え切れない男と時間を過ごしてきた。暗闇に浮かび上がる男の背中。部屋は暗いのにもうすぐ朝が来る。
朝が来れば、・・しばしなのか・・永遠なのか・・とりあえず別れなければならない。
こみあげる切ない思い。そしてまた日常を生きていく。
この先あたしがあの空間で誰かをまた愛する時が来るだろう。
その時もまた・・後悔のないようにしたい。 


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