古時計

「大きな古時計」という歌を知っているだろうか。
恐らく聞いたことがないという人は珍しい程に有名であろう。
斯く言う私もこの曲に関してはサビのところで「ドナドナ」に変わるという事で認識している。
今回は「ドナドナ」については気にしないでおく。故に何故2拍子なのかという事について語る気もない。
「大きな古時計」の歌詞は次の通りである。

1 大きなのっぽの古時計 おじいさんの時計
百年いつも動いていた 御自慢の時計さ
おじいさんのうまれた朝に 買ってきた時計さ
今はもう動かない その時計
百年休まずにチクタクチクタク
おじいさんと一緒にチクタクチクタク
今はもう動かない その時計

2 何でも知ってる古時計 おじいさんの時計
綺麗な花嫁やってきた その日も動いてた
嬉しい事も悲しい事も みな知ってる時計さ
今はもう動かない その時計
百年休まずにチクタクチクタク
おじいさんと一緒にチクタクチクタク
今はもう動かない その時計

3 真夜中にベルが鳴った おじいさんの時計
お別れの時が来たのを 皆に教えたのさ
天国へ昇るおじいさん 時計ともお別れ
今はもう動かない その時計
百年休まずにチクタクチクタク
おじいさんと一緒にチクタクチクタク
今はもう動かない その時計

・・・とまぁ、「何でこんな歌詞を並べてるんだこの暇人め」って印象を受けるかもしれないが、実際にはコピペなのでそんなに労力使ってなかったりする(._.怠;
字が小さいのは意図的なものだけど、要はどぉでも良いからである。
さて、それでは早速この歌詞を要約していこう。

大きな古時計があって、それはお爺さんのものであるようだ。
おじいさんが産まれてから始めて百年間動き続けていたようだ。
その家には花嫁が来た事があるらしい。
その古時計は嬉しい事や悲しい事など、何でも知ってるようだ。
真夜中にベルが鳴って、お別れの時が来たのを告げたようだ。
お爺さんが去った後は時計も止まってしまったようだ。

ここでちょっと考えてみよう。
御自慢の時計というのは、そりゃぁ自慢だってしたくなるだろう。なにせすばらしく長持ちである。百年立ってようやく止まってるくらいに。なかなか良い技術である。
しかも「嬉しい」などの感情を持ち合わせていることがわかり、どうやら知識生命体らしい。
さらにこの時計は一つの謎を残している。
それは3番の歌詞にある。
それは何とも不自然な事態である。メロディに騙されてはいけない。
真夜中に鳴った時計。それがお別れの時だと伝える事になった。
きっとそれまでの百年は真夜中に鳴った事が無いのではなかろうか。
贔屓目に考えても、お爺さんが去る前までの環境では真夜中には鳴っていないというのが普通だったに違いない。そうでなくては真夜中に時計が鳴ったから不自然だという考えは起きないハズである。

ここである仮説を立てよう。



仮説1.お爺さんは毎晩時計が鳴らないように何らかの処置をしていた。

昼の間だけは普通の時計として動かしておき、夜は近所の迷惑にならないようにしていたのではないかと思われる。
それは何故か。
或る日の事だった。
若き日のお爺さん(63歳)はいつものように暖炉の日を消して寝床に入った。
いつもと同じ行動であり、その行動を気に止める事などしなかった。
しかしこの日はいつもと違っていた。
お爺さんの家の隣にある家での事。
男は会社でのリストラの対象とされ、明日の早朝に地方の営業所へと足を運ぶことになってしまったのである。
いきなりの任命だった。事実上の左遷である。
こんな会社など辞めてしまいたいところだが、それでもこの会社に一泡吹かせてやりたい。その念だけが男の中にはあった。
しかし気分の良いモノではない事は確かである。
家に着いたのは既に日が変わっていた。自分でも飲み過ぎであることはわかっていたが、酒以外に今の彼の気を落ち着かせる方法を彼は知らなかった。
納得のいかない転勤。それに対する気持ちはぬぐい去れるモノではない。わかってはいるのだが・・・
男は静かに椅子に腰を降ろした。
ちょうどその時。
隣の家から時計の鳴る音が聞こえて来た。
何でも良かったのだ。
とにかく今は誰かにこのやるせない思いを、怒りをぶつけたかったのかも知れない。
気が付くと男は時計の持ち主であるお爺さんを起こし、八つ当たりを始めていた。
お爺さんは理由もわからずに男の怒鳴りを受けていた。
翌日、お爺さんは男に改めてお詫びをしに行った。しかしその家には既に男は居なかった。
それからというもの、お爺さんは夜中に時計が鳴ることが無いように気を配るようになった。

いや、勿論フィクション(._.怠
話を戻そう。



仮説2.この時計は十数時間しか保たなかった。

お爺さんの毎朝の日課は時計合わせから始まる。
そしてお爺さんが寝に就く頃には既に時計は止まっているのだ。
何て使えない時計なんだろう。



仮説3.実は「お爺さん=時計」だった。

実はこれが一番可能性が高い。
これなら要約した時に気付いた「感情を持っている」という事にも納得がいく。
しかしこの場合「時計ともお別れ」という言葉が引っ掛かる。
その実体は次のように考えられる。
お爺さんは時計に成り済ましていたのである。
これだね。
主役であるお爺さんの家は代々「時計」として生きていくことを習わしとしているのだ。勿論お爺さんもこの習わしを受け継いでいる。
つまり「時計生活ともお別れ」なのである。
そして最後に、
歌詞の初め、「大きなのっぽの古時計、お爺さんの時計」の部分。
アレはやっぱり「お爺さん時計」という表現で良かったのだろう。そう考える。


今回の話。
いろんな意味で、信じないで下さい。
信じられても困ります。


2002.12月4日(水)


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