プロローグ 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話
Fool for the world
  プロローグ
 「クソッ。まったくこのオンボロ」
 やっと免許がとれて気分良く走っていたら、いきなりエンジンが止まってしまった。十年放上前のナナハンバイク。行き着けのバイク屋の倉庫の隅に、半ば忘れられていたバイク。
 安い大型のバイクはないかと、行きつけのバイク屋に言ったら倉庫をあさることになった。
 そこでこのバイクを見つけた。
 「なんか、いわくありげだね−。呪いのバイクとか」
 「人聞きの悪いこと言うなよ。だいたい今時の奴はすぐにハイパワーだの最速だのって乗りたがるんだよ。確かに最近は見直されてきちゃいるが、まだまださ。こいつだってちょっと手を入れてやればすぐに走れるようになるさ」
 「ホントー?じゃあなんで今までほったらかしになってたのさ」
 アクセルを握り、ひねってみる。ワイヤーが靖びているのか、重い。
 「う−ん、俺もよくわからね−んだが、じ−さんがまだ生きてたころに引き取って来てしまいこんじまったんだと。親父が売りもんかって聞いたら、何にも言わね−で、ほっとけって言われたらしい。俺が店継げって呼び戻されて、帰って釆たのはじ−さんが死んでからだからよくわかんね−んだ。おまえ、買うか?免許とれたんだろ?」
 「CBのナナハンか−。俺ニンジャにしようかなと思っていたんだけどな−。でも売っていいんですか?」
 「まあ、いいだろう。じいさん死んでもう五年になるし、いつまでも置いといても邪魔くさいだけだし、第一もったいない。それに走ってこそのバイクだろ」
 「いくら?」ほこりが被って白くなった車体を眺めて、俺は言った。
 「う−ん。いくらで買い取ったかもうわかんね−しな−。オーバーホールと車検込みで五十万でどうだ?」
 「高いよ−。もとでゼロみたいなもんでしょ、四十」
 「足もとみるなよ。タイヤだって新品にしなきゃなんないんだぞ。赤字ぎりぎりだ」確かにゴムはカチカチに硬くなっていてひび割れている。空気も抜けてしまってペチャンコだ。
 「でも、倉庫が空くじゃん」乱雑にバイクや部品類が押し込められた倉庫を見回して言った。
 「よしブレーキとマフラーもつけてやる。プレンボとモリワキの中古があるんだ」
 「じゃあ九百までボアアップしてよ」
 「むちゃ言うなよ。それじゃあ完全に赤字だ。別にこっちはいいんだぞ、結構美品だからな。事故車ってわけでもないみたいだし。一ヶ月ぐらい飾っときゃ六十万でも買い手はつくさ」
 「わかったよ五十で。でもマフラーとブレーキはたのむよ。手、抜かないでね」
 「オッケー。任せなさい」

 そうしてこいつが俺のところにやって釆た。シルバーに青のライン。フレデイー・スペンサーカラー。メンテナンスをして磨いてみればなかなかのものだ。タンクやクランクケースカバーには傷らしい傷もないようだし。何よりも、エンジンを開けてみたらチューニングしてあったそうだ。排気量も九百になっていたし、キャブレターも変えてあった。そのへんにあわせてスピードメーターとブレーキ、マフラーは換えてもらった。結構掘り出しものであったわけだ。
 それと前のオーナーは女だったらしい。
 まあそんなわけで晴れて俺のものになったわけだが、さすがに十五年前のバイクだけあってなかなか言うことを聞いてくれない。時々へそを曲げる。でも調子がいいときの乗り味はなかなかのものだ。今時のバイクにだってひけはとらない。
 そんな調子で今日もバイトが終わった後、走っていてコンビニでいっぷくし、出ようと思ったらエンジンがかからなくなってしまった。たまにあるのだが、バイク屋も原因がわからないと言う。
 いいかげんな、とも思ったが、古いものだし、だいたい今のところすぐになおってくれる。第一、もう気に入ってしまっていた。
 でも決定的な原因がわかれば、もうこのバイクも満点なのだが依然としてわからない。動かない時はとりあえずあっちこっちいじってみたりする。
 「イタ」
 なにかとがった部品にひっかけて、指が切れた。結構鋭いものにひっかけたらしく傷が深いようだ。バンダナで押さえてみたがなかなか止まらない。
 コンビニにもう一度入って、絆創膏を買おうかとしゃがみこんだまま考えていたら影が覆いかぶさってきた。
 「どうしたの」影の主が声をかけてきた。
 顔をあげると見覚えのある女のコがいた。
 「エッ、と・・・」どこかで会ったことあるような気がするんだけど思い出せない。
 「ケガ?」首をかしげ、彼女が顔をのぞきこみながら聞く。
 「あっ、うん。ちょっと切っちゃって」誰だったかな。
 「あたしの部屋においでよ。消毒しなくちゃね。絆創青もあるから」
 「えっ、でもそんな、悪いよ。知らない人に」
 「フフッ、やだわかってなかったんだ。田仲君っていっつもまともにあたしの顔見ないものね」
 「えっ」そういえば聞き覚えがある。えっ、どこで?記憶の糸をたぐる。そうだ第一外国語のクラスで隣の酒田さん。
 「思い出した?」ちょっと不満げというか、意地悪気味な顔で言う。
 「あっ、ごめん」失礼だよな−、いっも隣に座っている人の顔をおばえていなかったなんて。怒ったかな。
 「いっまでそうしてるつもり?近いから」
 「あっ、ありがとう」
 とりあえず、すすめられるままに、指にバンダナを巻きバイクを押して彼女のアパートまでついていった。
 ナナハンはさすがに重くて、力をこめなくちゃならずバンダナに血の染みが広がった。かと言って置いていくわけにはいかない。
 「大事にしてるんだね」酒田さんは軽く振り向いて言った。後ろ手に持ったコンビニの袋がお尻の辺りで揺れている。
 「まあね。五年間誰にも乗ってもらえずにホコリ、かぶってたんだ。こいつ」かっこつけすぎかな、とも思ったけど、間違いじゃない。安かった訳でもないし。
 「優しいんだね」振り返らずに歩きながら酒田さんは言った。
 「ここだよ」水色の壁のアパート。その前で彼女は止まった。
 俺はバイクを車の邪魔にならなさそうなところに止めて、彼女の後ろについてアパートの階段を登った。
 「どうぞ」
 部屋の中は殺風景と言うか、年頃の女のコの部屋にしては寂しい。ベットとCDラジカセ、ガラスのテーブル、タンスが一つ。そんなところ。
 唯一女の子らしいと言えるのはぬいぐるみぐらいなものか。ウサギのぬいぐるみなんだけど、それも片方の耳がとれかかっている。
 「何にもないでしょ」彼女はクローゼットを開けて、救急箱として使っているらしいプラスチックでできた半透明のケースを取り出しながら言った。
 「テレビとか、冷蔵庫はないんだ」
 「テレビは嫌い。うるさいんだもん。冷蔵庫は使わないし」
 「ふ−ん」
 「変わってる?手、出して」
 「うんj俺は血で湿ったパンダナをゆっくりと手からはがして彼女に差し出した。
 「あっ」
 彼女は俺の手をとって切れた冶を確認した後、じぶんの口にその指を含んだ。
 傷口を舌の先がなでる。軽い痛みが走ったがそれどころではなかった。
 俺はその時初めて、彼女の顔をはっきり見た。色白で卵型の小さい顔。長いまつげに縁取られた大きな目、通った鼻筋、淡いピンク色の唇。
 思わずあげた声に彼女は上目使いに俺を見た。心なしか笑っているようだった。なんとなく寂しげな印象をもって。
 その目を見て、胸の中で何かが動き出したような気がした。
 「もう大丈夫だよ」口から俺の指を抜いて、彼女は言った。
 「あ、ありがとう‥・」
 「痛くなかった?」絆創膏をまきながら酒田さんは言った。
 「う、うん、大丈夫。ありがとう」どう言っていいかわからず、どもりながらありがとうを繰り返す。
 「ちょっと待ってて、コーヒーでいい?」
 「うん、ありがとう」まだドキドキしていた。
 「田仲君が初めてのお客さんなんだよ」思わせ振りなことまで言う。
 「そ、そうなんだ。彼氏は?友達とか来ないの」
 「あたし、友達いないの」
 「でも、大学では話とかしてるじゃん」
 「あんなのはカタチよ。友達じゃないよ」
 「友達じゃないって…」
 「だって、あたしあのコたちの名前と年、と出身ぐらいしか知らないもん。そんなのって友達って言える?」
 「まあ、確かにそうだけど、それって寂しいよ」
 「そうかもしれないね。どうぞ」コーヒーが差し出された。インスタントでちょっと濃いめ。彼女は何かハーブティーのようなものをいれたようだ。
 「田仲君ていっつも人の顔、ちゃんと見ないよね。どうして?」ちょっと怒ったふうに言う。
 気に障ったったかな、さっきのこと。
 「どうしてって言われても…」自分でもわからない。考えたこともないし、指摘されたのなんて初めてだ。手持ちぶさたで傷ついた指をもて遊ぶ。
 「だめ。開いちゃうよ」彼女の手が俺の手をおさえる。
 さっきの感覚がよみがえった。範ずかしくなるぐらい女のコに慣れていない。
 思わず下を向いてしまう。その瞬間、俺の唇に彼女の唇が触れた。
 彼女の閉じた目が俺の目からほんの二、三センチのところにある。
 「驚いた?」
 「ちょっと」
 「正直だね。ゴメンね」
 思い切って言ってみることにした。
 「何かあったの。何かいつもと感じ、違うような…。俺でよかったら力になるけど」
 「ありがとう。やっぱり優しいね」
 「…」
 会話が途切れた。会ってからずっと彼女のペース。彼女が何か言って俺がそれに答えるかたちでずっときている。
 なんか危うい雰囲気を今日の彼女は持っていて、何か言えば傷つけてしまいそうな気がして、うまく会話ができない。考え過ぎかな。
 学校のことでも話そうか、それとも部屋のことでも話そうかとかんがえていたら、先に沈黙を破ったのは彼女の方だった
 「ネェ、田仲君さぁ、今夜…、一晩だけでいいから、一緒にいてくれない」
 「えっ…」
 「ううん、いいの冗談だよ。冗談。ゴメンね変なこと言って」
 「やっぱり変だよ。今日の酒田さん」思い切って、彼女の目を正面から見る。ちゃんと彼女の目を見るのは二回目。しかも全部今日。
 彼女の目には何か不安げな色が浮かんでいた。おびえた子供のような、小動物のような。助けを求めるものがする目。俺は急に彼女をいとおしく思えてきた。
いいのかな、と思いつつ、そっと彼女の手をとる。拒絶もない。おびえもない。
今日の俺も少し変だ。
 そして両方の手のひらで包みこむ。彼女は力をいれずされるがまま。
 「どうしたの?もしよかったら言ってごらんよ。俺にできることなんて、たいしたことないだろうけど、できる限りのことはするよ」
 「あ、ありがとう。ありがとう…」こんどは彼女が下を向いてしまった。
 そして、今度は俺から彼女の唇に自分の唇を触れさせた。
 驚いたように顔をあげた彼女の瞳は、濡れていた。
 「大丈夫だよ、俺はここにいるから。酒田さんの気が済むまでいるから」
 「ありっ…が、とう…」泣きながら彼女は言って、俺の首に腕をまきつけた。俺は彼女の薄い肩をそっと支えた。




 目覚めると彼女はいなかった。ベッドには俺と、耳がとれかかったウサギのぬいぐるみが一匹。
 朝飯でも買いにいったんだろうか。でも服は昨夜のまま。玄関には靴もある。
 部屋の中を見回すと特別昨日の夜と変わりない。
 「んっ、なんだ」
 あえてゆうべと違うのは、マグカップが片付けられていて、数枚のカードがテーブルの上にのっていることぐらい。
 「タロットカードだよな、これって…」占いなんて、雑誌の後ろのほうに載っているのを気が向いたときに、ざっとながめるぐらいでたいして興味はない。タロットにしたって妹が最近こりだして、夏休みに実家に帰ったときに無理やり占われた時に初めて見た。だからわかったようなもので、もしそうじゃなかったらわからなかっただろう。
 「どこにいったんだろう…」
 裸でどこかに行くはずもないだろうし、ふざけて隠れるようなタイプでもないだろうし、第一隠れるような場所と言ったって、服やプラスチックのケースが詰まったクローゼットぐらいなものだ。いくら女のコの体でも隠れるのは不可能だ。
 ゆうべのことは覚えている。終わって、彼女をだいたまま、そのままで寝てしまった。彼女の静かな寝息を聞いたら、なんだか俺は安心してしまっていっのまにか寝てしまった。
 そして気がついたら、朝だった。
カーテンの透き間から外を覗いて見ると、朝日をうけて俺のバイクが輝いていた。
時間はと思って部屋の中を見回したが、この部屋には時計がない。
 太陽の感じからするとどうやらまだ五時か六時くらいだろう。
 「いったい…」
 訳がわからずベットに座り込んだ。もちろん服は着ていない。情けないかっこうだ。
 「本当に情けないかっこうだ」
 「えっ?」どこからか声が聞こえてきた。
 「こっちさ。お前さんの後ろだよ」
 後ろを振り向いてみると、隅に寄った毛布とウサギのぬいぐるみ。それだけ。
 「あの娘を探しているんだろう。でも、もうここにはいないよ。あのコは行ってしまったよ」さっきまで大きな頭を下に向けて転がっていたぬいぐるみが、短くて指もない棒のような手を不器用に使って起き上がりこっちを向いた。
 「ぬいぐるみがしゃべっている…」信じられないことだが、どうやらウサギのぬいぐるみがしゃべっているらしい。
 「いかにも。一見愚かなことの中にも、膨大な真実と知識がつまっている。また、一見正しく見えることの中にも、退廃と偽りがつまっている。信じるも信じないも自由。今お前さんが見ていることをどう思うかもまた自由。全てこの世の中で、今起こっていることに間違いないのさ」
 確かにぬいぐるみが動いて、しかもしゃべっているらしい。
 まだ俺は寝ばけているのか。それとも夢を見ているのだろうか。ゆうべのことも夢か。でもここは彼女の部屋だろうし、俺は裸だ。
 「まあ、落ち着けよ。座るのもいい、一眠りして夢じゃないことを確認するのもいい。服を着てもいいな」
 「なっ…」そういえば裸のままだった。たとえぬいぐるみでも、見られていると思うと恥ずかしい。
 「あの娘はもうこの世界にはいないんだ」
 「世界にいないって、どういうことだ。日本にいないってことか」
 「もっとひろ−い、意味でのことさ。この世にいないって言ったほうがわかりやすいかな」
 「それって、死んだってことか?」服を着ながら開く。
 「たいがいならな。でも、彼女が選んだのは別の方法」
 「別の?」
 「死とは一時的なものでしかない。そして不安の魂だ。先に何があるかわからない。ただただ不安。どこの宗教だって言っているだろう。死んだらどうなるかって。でも体験した者なんかいない。他人の言葉なんて信じられない。現にお前だって半信半疑だ。まだ夢の途中だってな死の中にさえ、死の先にさえ絶望した者はたまにいるものだ。例えばお前が乗っているあの鉄の魂。あの前の持ち主だって死んだわけじゃないが、この世界から去ったのだ」
 「去ったって、今の世の中が嫌だからって、そう簡単にどっかにいっちまえるものなのか?」
 「並大抵のものじゃなかったってことだろう。現にこの部屋の主だってそうじゃなかったようだ。案外あの鉄の魂が、お前たちを結び付けたのかもしれんな」
 「あんた知っているのか、酒田さんがどこに行ったのか」
 「ああっ、知っているさ。でもそんなことを知ってどうする?お前はどうするつもりなんだ。あの娘を追って行くのか」ぬいぐるみがなまいきに棒のような手で俺を指す。
 「追うさ」
 「たった一度抱いただけの女をか。恋人でもなかったんだろう」
 「彼女は何か違うんだ。俺が今まで知らなかった人なんだ。俺を頼ってくれた。俺をたった一晩だけでもいいからって、必要としてくれた。そんな人は初めてだったんだ。これでさよならなんてことにはしたくない」
 「そう熱くなるなよ。変わっているな。案外、頭の中は冷静なようだし、はっきりとものを言う。おもしろいな」
 「ほっといてくれ。他の連中なんてどうでもいい」
 「惚れたか?」
 「わからない。そんなことまだわからない。でも俺はまだ何もしていないんだ。自分の気持ちだって確かめていないl
 「ふん、ますます面白い。どうころんでもお前には損しかないはずなんだが、あえてお前の運命の輪からはずれて、他人の運命の輪に入り込んでみるのか?」
 「損か得かは俺が決めるさ」小難しい言い方をする。だが一々意味を噛み締めて答えてなんかいられない。
 「なら行ってみるがいい。あの鉄の魂が導いてくれるだろう」
 「鉄の魂?」
 「あの銀色のやつだ」
 「CBのことか」
 「かつてあれにまたがっていた娘がいた。その娘もまた去って行ったのさ」
 「さっきも言っていたな。お前はあれの前の持ち主を知っているのか?」
 「まあな。なかなかおもしろい娘だったぞ。ここに住んでいた娘のようにな」
 夜な夜な月光をあび、死にに出掛けては死ねずに戻ってくる。肩には絶望と頽廃を漂わせて。そして朝日をあびる」
 「彼女は死にたがっているってことか?」
 「死にたがっていたと言うほうが正しいかな」
 「いた?」
 「そう、いた。過去形だな」
 「もうそうじゃないと」
 「そう。彼女はもう死にたがってはいないのさ。死ぬ必要はなくなったんだから」
 「どういうことだよそれは」
 「ん?そのままさ」
 「死んだのか?」
 「くどいな。ただこの世界からいなくなってしまった。死は必要なくなったってことだ」
 「死んだわけじゃない。でもこの世にはいない」
 「なかなか利口だな。でも完全には理解していないな、その顔は」
 「ああ。でも、死んでいないのにこの世にいないなんて…」
 「知っていること。理解できること。それには限界があるものだ」
 「ただ俺がわかるのは彼女がここにはいないってことだ」
 「それこそ真理!」ぬいぐるみが嬉しそうに跳びはねた。
 「理解できているかどうかはわからないが、その言葉は真理だ。なかなかいいぞ」
 「教えてくれ、彼女はいったいどこへ行ったんだ?」
 「知ってどうする。あの娘はもう、お前を必要としていないのかもしれないんだぞ」
 「たとえそうでも、そんなことは他人に決めてもらうものじゃない。俺はじぶんで確かめたいんだ。だからもう一度彼女に会いたい」
 「なら乗るがいい」ぬいぐるはその手を窓の外にあるバイクに向ける。
 「あれにか?」
 「そう。想う気持ちが導いてくれる。あいつの前の乗り手は、あいつを手に入れたとき言ったものさ。『翼を手に入れた』ってね。『望むとき、行きたい所へ行ける翼を手に入れたんだ』ってね」
 「わかった」
 「やっぱり面白いな。お前は、何かができるかもしれないな」
 今自分が何をしているかわからなくなりそうだった。ウサギのぬいぐるみと話をしているなんて気が狂っているとしか思えないだろう。だけどこの問題に何かの答えを出すのなら、このぬいぐるみだけが頼りだ。他に道はないんだと、本能的勘が告げていた。
 「お前は知っているんだな。彼女の居場所を」
 「知っているといえば知っている。知らないとと言えば知らない」
 「乗ってみるよ。あとはどうしようもない」
 「二度とここに戻って来れないかもしれないぞ」
 「二度とこんな気持ちになれないかもしれない」
 「それも怖いな。恋愛は人を狂わせる。だが狂気の中に真理があるかもしれないな」
 「そんなことはどうでもいいさ」
 「では扉を開けよう。混沌と秩序がないまぜになった運命の扉を」

                                                     つづく・・・