『入院』

  高い鉄格子の門をくぐってから 半年が過ぎようとしている
  冷たく光った腕の手錠も 真青な坊主頭も 今は過去の出来事
  門から分類迄の道のりが あの時程 辛く長く感じられた事はなかった
  裟婆の衣類を脱ぎ 灰色の制服に着替えると 一人のサラが出来上がる
  何も知らずに不安に打ちひしがれながら 冷たい風の吹き抜ける小さな考査室に入ると
  俺は少年院に来たのだと つくづく感じさせられた事を覚えている
  あの時の緊張しきった一瞬は 今も忘れる事が出来ない
  人生の中の一頁として… 心の深い傷跡として… いつまでも残り続けるだろう…


  『鉄格子』

  無数の鉄格子と高い灰色の塀が 自由の世界と灰色の世界を引き裂いている
  そんな高い塀の中で 今日も若い沢山の命が燃え 叶わぬ夢を追い続ける
  単調な毎日と狂いそうな色の一色が 俺達を支配しあざ笑っている
  俺達と鉄格子との長い闘いに ある者は崩れ去りある者は今なお闘い続けている
  それが いつ終わるとも知れない果てしない闘いであろうとも…
  俺達は俺達の青春を俺達自身の手で汚してしまった
  馬鹿だ 馬鹿だ… 自分を罵ってももう戻らない
  素直な俺はあの時に死んでしまった
  無数の鉄格子よ お前だけは俺の気持ちを解ってくれ…


  『汚れた力』

  冬が過ぎ去り 五月雨が廃虚を濡らし
  真夏の太陽が 崩れ落ちた石垣に反射し 枯葉が舞いおりる
  いつしか年月は流れ 再び冬が…
  あの日の事 世間の人は忘れてしまうけど 汚れきった俺だけには…
  長い年月が過ぎても 消せない昔がある
  何処までもそれはつきまとう…
  夜の街をさまよい歩いた あの頃が楽しいはずなのに…
  何故か 心に残ったのは空虚感だけ…
  それは多分…
  誰にも味わう事叶わない 苦いものの筈だ…


  『雨音』

  降りしきる雨が消してしまった 遠い過去の思い出
  だから忘れてしまいたい 昨日の事
  何も考えたくない明日の事 それは今ここにある
  この瞬間にいきるため 線香花火のような短い輝き
  その場その場の頼り無い生き方だけど それでもいいと思ってる
  非行の誘惑は強く 更生の誘惑の弱かった俺達の心に
  今 小さな明かりが灯ろうとしている
  そっと胸に手を当てると 一分の狂いもない確実な
  心臓の鼓動が ハッキリと手のひらに伝わってくる
  俺も俺達も生きているんだ
  若い血が体中を駆け巡りそう呼び掛けている
  もうすっかり暗くなっている窓の外では
  水たまりに落ちる雨の雫が
  心臓の鼓動と似た正確な水音を いつまでも打ち出していた


  『壁と影』

  格子窓の 冷たい鉄肌に頬ずりしながら
  目の前の高い壁を見上げる
  天気の良い青々とした空と 高い壁の中間に
  国旗の白いポールが 僅かに頭を覗かせている
  高い壁は日影をつくり出し 何か寒々とした
  印象を与える冬の日影は 人々の目に止まらず…
  価値と言う言葉には 結して当てはまることは無い…
  太陽があると言う証拠に日影はでき 日影が無ければ太陽も無いだろう
  人々に注視される華やかな人間もいるが
  日影に吹き捲くる寒風の中で うずくまっている人間も少なく無い
  格子窓の冷たい鉄肌に頬を寄せながら
  影をじっと眺めていると 錆で汚れた頬が 高い壁の影が
  ひねくれた俺の心に わずか人間らしい明かるさを
  教えてくれたような気がする…


  『特少の門』

  厚い灰色の壁と鉄格子とが 妙な調和をかもし出す厳しい門…
  院外から特少へ 一歩足を踏み入れると
  不気味な…しかも殺伐とした感じがする
  俺だけではなしに誰もが感じた
  特少の神秘なのかも知れない…
  数々の思いを秘めた壁の落書き
  希望の薄れた様な弱々しい眼差し…
  幸福の二字を綴る事は出来ない
  魔人の様に大きな口を開け
  今日も厳しい鉄の門は
  幾人かの新しい仲間達を呑込むだろう…
  厚い灰色の壁が腹を抱えて 嬉しそうに笑うだろう
  しかし高いあの煙突だけは高いところから悲し気に
  動けぬ自分と似た俺達を哀れんでくれるだろう…
  厳しい鉄の門は 今は何も無かったように
  又ひっそりと静まり返っている…


  『孤独』

  孤独と言うごく簡単な一言には
  捨てられた寂しさと 失った悲しさと
  全てを忘れさせる空しさとが含まれている
  短い一言… 孤独…
  それは一人でいる時だけが孤独と言うのではなく
  集団の中にいても何かのひょうしにふと
  心が遠く離れていった時
  やはり孤独になるだろう…
  そして 孤独の始まりは おそらく誰も知らない筈だ
  ただ一つ分かっている事は
  俺達も孤独であると言う事だけ…
  それがいつの日からなのかは
  俺達一人一人が覚えていなければならない…
  孤独を覚えたその日から
  苦しい人生も始まるのだから…

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