人生の奸計


もしも私が誰かに(例え一年と数ヶ月のことにせよ)断酒を実現でき、またそれを継続できている理由を尋ねられたならば、こう答えるでしょう。酔わない自分に慣れること、飲まないという生活習慣を身につけること、酒から離れた日常に心を慣らすことだと。酒を飲まないのが習慣なら、酒を飲むのも習慣です。問題飲酒者の方なら誰でも身に覚えがあることでしょうが、飲み始めた当初は、これほどまでに日常を浸食されてはいなかった。誰にとってもそうであるように、飲酒とそこから導き出される「酔い」は、特別なものであった筈です。が、おそらく問題飲酒者の素質のあった者ならば、酒は誰かと共に楽しみながら飲むものではなく、むしろ酔うために飲むものへとじきに変わっていった。そして酔いという非日常を、日常から抜け出した状態として認め、そこに没入して行った。何らかの困難から(それは場合によっては自身が飲むことから来た端への迷惑などかも知れない)逃げ出すために、逃げ出し続けるために、酒瓶の底に沈んで行った。が、もしもそれが酒に頼るという習慣にすぎないのなら、その習慣を解きほぐすことも出来るはずです。まぁ本来ならば大抵の困難というものは問題飲酒者が考えるほど直面しがたいものでも揺るがし得ないほど重く巨大なものでもありません。なぜなら、その大抵の困難というものに、問題飲酒者でない人は素面で向かっているからです。幽霊の正体みたり枯れ尾花、ではありませんが、問題飲酒者が困難から目を背け続けているうちに、問題の輪郭や本質が判らなくなり、得体の知れない怪物に成り代わってしまうのです。が、実際には怪物のような困難も、問題飲酒者でない人が向かっているのと同じ、素面でも向かえるほどのもの。いつまでも先送りにするよりも、その正体を見極める努力をなし、曲がりなりにも見極まったならば素面の人がその問題にどう向かっているかを冷静に眺め回してください。「こんなの酒でも飲まなきゃやってらんないよ」という事態に素面で向かう人の何と多いことか!そうして実際、困難は時が経つにつれ変化し、どうにかなってしまうものなのです。そう、困難は案外時が解決してくれます。その時が待ちきれないほど遠いものであったとしても、いずれ解決するものです。が、唯一時によって解決しない困難があります。それは問題飲酒、アルコール依存そのものです。アルコール依存はおそらく、時が経てば経つほど深く病んでゆくものであると思われます。それは正に不治の病であり、どんな病気よりも(治療が必要であると一般に認識されていない分)厄介で、死に近い。どんなに時を待っても治療を始めずに好転するということはなく、そしてその治療は生涯続くのです。
等とずいぶん立派で偉そうなことを記しましたが、私も一度スリップした人間であり、また状況の変化を体験しなければこんなサイトを開くことすらできなかったはずです。断酒実現に最も大切なのは先に述べた「飲まない生活習慣を身につけること」でありますが、これなくてはなせなかったろうというものが二つ、「直面していた困難の軽減」と「私を信じてくれる人の出現」です。これは二つとも、転居による義母との出会いによって私に与えられました。
私が直面していた困難とは単純なものです。育児の負担でした。子供二人を育てるということはまぁ大抵の人がやっていることで、それが一歳半の年の差だろうが、三つ子や四つ子を育てている人もいるわけですし年子を4人育てている人だっているでしょうしそう滅茶苦茶な話ではありません。ですが正直申しますと、引っ越して実家からは離れ、転居先は夫の職場から近いところにしたはずなのに夫は職を変わり、仕事は変わらず忙しく、引っ越したばかりで気の置けない友人も居らず(以前の場所には母親学級仲間がいました)、夫は育児にはわりと協力的で子供も好きなのだが頼みたいときに頼みにならず、・・・客観的な状況よりも私の閉塞感が酷いものだったのです。実家の父母は両方仕事を持っており、帰っても今ひとつ思うようにならず、また帰ってそのときはとても助けられても、「また帰ったら一週間ずっと私一人で見なくてはいけない、そうしてその一週間は繰り返しまた来るんだ」という気持ちになり、暗澹たる有様でした。そんな井戸底から明るい日の当たる場所に急にすくい上げてくれたのが義母でした。義母もまた仕事を持っていたのですが、お店ということもあり、昼日中はほぼ決まって助けにきてくれました。育児の負担が依存症の一因であることを知り、引っ越し当初はほんとうに長い間助けてもらっていたものです。落ち着いてからも午前中お店を開けてから昼前まで、夕方またお店を開け始める頃から夕食まで、一緒にいてくれます。私はその間に家事を済ませることができ、ほんとうに助かっているのです。義母の仕事が微妙に自由であることも幸いでしたが、また住居の問題も状況の結果とはいえ私にとっての幸いでした。91才になる義祖父が存命で、数ヶ月前に義祖母が亡くなったため、義父母は義祖父との同居を余儀なくされました。それ以前、義父母は店の上にある住居に暮らし、義祖父母は一分もかからぬ本宅に住んでいたのですが、私が引っ越してくる以前から、お店を開けるときだけ義母が店のほうに来て、それ以外の時間は本宅で暮らすようになっていたのです。引っ越した私は、巧まずしてほんのわずかばかり離れた場所に助けのある「私の家」を手に入れたわけです。余りにも幸運でした。どれほど優しい相手であったとしても、家を同じくした本当の同居はどこか苦しいものであったに違いありませんから。
そして義母は、実母とは違い、(それまでの私を知らないからにせよ)非常に寛容で、素直で、心優しい方でした。どうせまた飲むものと私を疑いの目で見ることをせず、淡々と私を信じ見守ってくれました。傲慢な言い方をしますと、実家での実母の目は「この子は信用できない、どうせ飲むんだ」というようなものだったように思われ、そう思われているように錯覚しますと、問題飲酒者というものは(一括りにしちゃいかんか)「そう見るなら期待通り転んでやるさ」となど思ってしまうものです(だから一括りにしちゃいけないって)。とにかく義母の優しい目は私にとって非常に新鮮で有り難いものでした。この人は信じてくれている、だから裏切ってはいけないと素直に思われました。
そんなわけで、断酒の決行と続行に必要なのは、「問題飲酒者ではない自分へのまなざし」でもあると思われるわけです。
さて、棄てる神あれば拾う神有りという伝で断酒を始められた私ですが、この後思いがけない災難に見舞われることとなりました。
夫の不義です。
まぁ自分の為したことからすれば、夫が不義を行ってもやむなしという感がなきにしもあらずといえなくもありません。が、時機の点でも、不義の相手という点でも、手痛いものでありました。
私が引っ越して数ヶ月のことでした。アダルトチャイルドの会に子連れで行ったり、医者に通ったりはしていたのですが、アルコール依存症者の会には場所がわかりにくいこともありまだ行っていませんでした。夫が帰って来た折りに連れて行ってもらえることになり、再び家族全員でゆくことになりました。会場はとあるプロテスタントの教会でした。そこの二階に、部屋がありました。私は4人ばかりの男性に混じり、話をしました。依存症の会の感想としては、他の人はもっとテンパッているのだなぁ、と。何度もスリップしていたり、どうやら離婚していたり。私はここに至るまでの経緯を話し、夫がそんな私に手をさしのべてくれたことを、本当に、泣きながら話しました。
その日の晩だったでしょうか。夫が休んだ後、私は夫のノートパソコンを借りてインターネットをしようとしました。夫はまだ一緒に暮らしていたころから怪しいアダルトサイトのメルマガを読んだりしていたので、まだ読んでるんじゃないだろうなぁなどとかわいいことを思いながら、よせばいいのに受信箱を覗きました。(はい、私のやったことは他人の通信ののぞき見です。すみません。)そこに、夫の同僚の女性からのメールがありました。これは怪しいと直感し、息をするのも忘れ、血の気が引くのを覚えながら、次々に件の女性からのメールを開きました。
判ったのは、夫が一人暮らしの女性の家にあがり、どうやら夕食を一緒にとったりしているらしいこと、夫が私についてのぐちを(自殺未遂したこと含め)彼女に話したらしいこと、彼女の方が当初から相当夫に入れ込んでいたらしいこと、そして、まぁ、どうやら夫がその女性と親密になったのは最近らしいこと。
私は叫びました。声もなく。
私は自分の罪を忘れ(メールの盗み読みってことだ)夫をたたき起こしました。そして震える声で、メール見ちゃったんだけど、と告げました。夫は訳が分からない様子でした。私は、会社の女性からのメールを見ちゃったんだけど、良かったら一緒に来て、説明してくれる?ともう一度告げました。夫を責めたりなじったりするつもりはありませんでした。私の依存の罪は重い。が、真実が知りたい、私の置かれた状況の真実が知りたい、そして彼の心の状況を知りたい。
やりとりの挙げ句、夫は結局件の女性との親密は認めませんでした(泊まっていることは認めたんだが。誰が信じるか、ボケ!)。が、夫はその女性が一番の友達だと言いました。仕事のことも何でも話せる、一番の友達だと。これは最も残酷な物言いのように私には思われました。妻はそうではないのだ、妻である私は。それから夫は、考えると言ってパソコンのある部屋に残りました。私は子供二人の休む部屋に戻り、一晩泣き明かしました。私は孤独でした。自ら招いた結果であるとはいえ、孤独でした。私にはもう帰る家はありません(とそのときは思っていました)。そして帰る家を失ったのは、夫の実父母に対する態度からというのも結構ありました。口げんかで相当とさかに来ていたようで、まぁ親子げんかというのは親子の間だけで行われればたかが知れているものの、他者が介在すると嫌な方にこじれる場合もあり、今回の場合は後者でした。もう親子の縁は切れたものというのがそのときの私の実感であり、そのような状況に私を追い込んでおきながら、不義を働き私からあなたという頼む者を奪ったのはどういうことだと、ある意味では尤もな逆恨みに心を満たし、闇に沈みました。蛇足ですが私はこのとき神がそこにいますことを実感しました。怪しい宗教の人のようで大変照れくさいやら嫌やらなんですが、で、私はカソリックの人間で教会が嫌で信仰から離れていた人間なんですが、嘆きながら、私は側近くのに神がいますことを覚えました。父なる神ではなくキリストの方です。キリストはただそこにいて、孤独と絶望に涙する私をただじっと見守っていました。私はその時、神がそこにいますがゆえの孤独を強烈に覚えました。神はそこにおられる。何をするわけでもない、私に手をさしのべるわけでもなく言葉かけるわけでもなく、ただ、そこにおられる。私に一人であることを覚えさせるために。人は畢竟一人であるということを、覚えさせるために。私はそれゆえに神を恐れました。まぁ、そう面白くもない幻想ですが。
夫の相手について、私が裏をかかれた気分になった訳をお話ししましょうか。件の女性の噂は、夫の転職当初から耳に入っておりました。留学帰りで英語の堪能な資産家の娘だそうで、妹さんはブラザー好きの基地通いの女性、一度黒人の方と結婚して娘を設けたが離婚、更に委細は不明ながら元夫に娘を誘拐され本国(アフリカの一国らしい)に連れ帰られちゃったとか。で、妹さんはどうしているかというと今も元気に基地通いをなさっているそうで。件の女性本人はといえば、それまで夫の上司である妻子ある男性の愛人をなさっていたそうで、夫と三人同一プロジェクトに参加しており、出張なども共にし、その際にどうもウチの内情も相談したらしい。私が納得いかないのは二つ、例え職場にて最も近しい間柄であったとしても、不倫を働いている男性とその愛人とに家庭のことを相談するのは妥当か、その判断もできなかったんかいという点。例えば私が夫についての悩みを不倫している女性の友人とその相手の男性に相談するようなもので、まぁ義母にそのような状況を仮定として話したところ、「家庭を壊す気?」と叫ばれました。そおだよね。そお思うよね。妻の依存症なんてそりゃあ人には話づらいことだろうが、どうせ相談するなら、いくらなんでももう少しましな相談相手があっただろうということ。もう一つは、そんな安い相手に引っかかったんかい!ということ。ハイ、ぶっちゃけた話、私はその女性に好意を覚えておりません。例えば一途な娘さんで、もともとつき合っていた相手もいなかったところに夫が現れ、いろいろな話をしているうちに同情心がわき、「かわいそうってのは惚れたってことよ」ってぇ伝でのっぴきならぬ仲に陥ったというのなら私も大いにわかります。私の不始末の間うちの旦那を慰めてくだすってありがとう、では事後をお話ししましょうみたいな気にもなろうってぇもんです。が、件の女性はそもそも人の不幸の上に己の快楽をたくらむ女性であり、まだ私が依存症によってのっぴきならぬ状況に陥る以前、第二子を産もうと夫の実家に帰っている最中に酔って怪しい電話をかけてきたり(当時は夫は白だったと考えている)、メールで以前の不倫相手の男性をののしるような真似をしたり、そうして最も恐ろしかったのが、私が都内の病院で治療を始めようかと考えた当初、自分の親のところに私の子供を預けるよう勧めてきたのが件の女性であるということ。こんな周到な悪意、親切面した悪意を私は想像したことすらなかった。件の女性は私から夫を奪うのみではあきたらず、子供まで奪うつもりなのか。こんな悪意をむけられる覚えはない。一体どんな業のもとに生まれてきた女性なんだ。私は足下から崩されるような恐怖におびえました。・・・その後様々な情報を総合して、彼女が実りも未来もないだろう不義を繰り返し、どうも幸せな家庭というものに悪意をもって破壊を試みるような行為を繰り返しているには、おそらく育った家庭に因るのではないか、彼女はおそらく自身が幸せな家庭を築く自信がない、なぜならそのようなイメージが自身の中に育っていないからだ、家庭とは壊されるものでしかなく、そうであれば壊される側よりも壊す側に回ったほうがいいとでも考えているのではないか、そして邪推になりますが、彼女の育った家庭は、父親の不義により何か問題を抱えていたのではないか(不倫相手と再婚しちゃったとか)、表向き継母と仲良くし、実父のことも愛しており、夫の不倫により自分に当たったりした実母のことを表面的には憎んでいるものの忘れることができず、回りくどい母への愛情と継母への復讐からそのようなことを繰り返すのではないか・・・などと心理おたくのような分析をして気を紛らわしたりしました。妹さんの行動も、尋常ではないですからねぇ。そうであれば、そうでなくとも、あなたは自由であると今でも言ってやりたい。あなたは自由だと。育った家庭のイメージはイメージにすぎない、あなたを拘束し続けることはできない。あなたにも幸福な家庭を作る力は宿っている、そしてその幸福な家庭を誰かに壊されないためにも、それを信じるためにも、今、私の家庭からは手を引きなさいと。結婚とは聖なるものであり、それは他者の介在によって綻びやすいがために聖なるものと衆人の同意を得ているのだと。他者が手を触れようとしてはならないという意味で、他者によって守られねばならぬという意味において、聖なるものなのだと。が、綻びやすくも結婚はその実強かであるのだということを。あなたの以前の不倫相手は結局あなたを選んだか。そして私の夫はあなたを選ぼうとしているか。誰にも去られてあなたは最後に寂しくないか。依存症であった自分から見て、とどのつまり彼女も不倫依存のように見えたわけです。妻のいる男性と親密になることで自分の価値を計りそれに酔っている、が、それを繰り返す内に彼女自身の価値は残酷だが下がっていくだろう、そのうち男のレベルを落としていく他なくなるわけだが・・・それで君はいいのかい?そろそろ自分自身の幸福を考えたほうがいいんじゃないのかい?等と思っているわけです。信じてくれなくて結構ですが、このような顛末を経ても私は彼女を心底憎んだことがないようです。ただ哀しい。何もかもが。
こんなぶっちゃけなくてもいいような話をぶっちゃけたのは、ただこのことを言いたかったがためです。このような事態に出くわしてなお、私は酒瓶を手にすることはなかった。この後今に至るまでの過程では、夫との相当の罵り合いがあり、義父母の介入あり、「もしもほんとに息子があなたと別れる気だとしたら、私達夫婦で孫を育てられるか考えなくちゃね」という義母の、無心にして優しい、そして最も残酷な提案があったり(あなたも敵かい!とそのときは正直苦笑いしました)、夫から心からの離婚の提案メールがあったりしましたが、そしてその後夫は更に転職、今度は職場が違うわけだし大丈夫とタカをくくっておりましたらまた怪しい気配などがあり「マジかよ!」と思ったりもしましたが、で、じっと我慢するのもまっぴらだとずっと思ってたわけですが、とりあえず夫は月に一度二度しか帰ってこないんだからその間には自分のよい面を見せるよう努力すること、他に気をそらすことなどを実行し、なんだか夫も別れたんじゃないかなーと、いや、限りなく白に近い灰色なんですが、とりあえず私にそういうのが見えることがなくなり、良かったなー、気がらくだなーと。もう今は別々に暮らしてるわけだし、こっちにそういう気配を見せなければいいよ、恋心も摩滅したさと思っております。帰ってこられると面倒くさいし。かえってもしや将来同居することを思うと気が重い。生活習慣に関する躾がなってないからなぁ。
このような人生の奸計を経て私が得た座右の銘は二つ、「私が出会ったどんな相手の幸いに関しても、私に責任がある。」「今目の前にいる人の幸いに関し、私がし忘れていることはないか?」です。ご立派だぁね。

ところで職場を変わって後の怪しい気配というのは、かの世紀の変わり目2000年の大晦日、一番におめでとうをいおうと張り切って電話した私ですが(思えば夫は仕事を口実に正月なのに帰ってこなかった。すでに怪しい。でも信じるんだよな)除夜の鐘をテレビ中継で見ながら瞬間を待っていたところ、年越しの数秒前から夫の声がとぎれた。で、こっちは年明けと同時におめでとうを言ったんですが返事がない。暫くしてようやく会話が復帰、今、年が明けたというと気が付かなかったという。テレビはというと見てないとの返事。ちゃんと家にいるのと何の気なしに聞くと、「失礼な!ちゃんと家にいますよ」という返事。で、子供が泣いたんで電話を切りましたが。
これで何もないなんて、三歳児くんだって信用しねーよ。

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