恋じゃなくなる日 「時計、なくしちゃったみたい。今何時?」 「7時半、かな。」 ちゃり、という小さな音をさせて紅葉が腕時計を見やる。 薄暗い喫茶店のガラス窓から見える空は、店内と比べてももうかなり暗い。 学校が終わり紅葉の仕事が終わるのを待ってから落ちあうと、たいていこの時間帯になってしまう。 暗闇が特別嫌いってワケじゃない。紅葉とあえるのはいつも夜だから。 「日が短くなってるね。…すぐ夜になっちゃって…帰らなきゃいけないのかなって思うと…ヤな感じ。」 「ふふ、まだ七時半だよ。ああ、時計…なくしたなら僕のをあげるよ。」 そういうと、紅葉は自分の左手から濃紺の文字盤の時計を外した。 「え、でもそれって結構高いものじゃない?」 「安物は長持ちしないからね…。だから、君にあげるよ。」 瞠目した私に、ふわりと笑い返す。たったひとりだけに向けられるものだとわかっている…その微笑。 そっと左手を取って、手首にはめてくれる。 まるで結婚指輪をはめてくれているみたいな仕草に、嬉しくて、そして見蕩れる。 「ちょっと、重いな…」 いつもより、少しだけ持ち上げるのが難儀な左手。 でも、紅葉がいつも感じている重みを私の手首は心地よいと言っていた。 「今度、紅葉にいい時計を買ってあげなくちゃ。」 愛しそうに嵌められた時計に唇をよせると、紅葉がいたずらっぽく笑った。 「そのときは、君がはめてくれないと厭だよ?」 …同じことを考えていたのだと、可笑しくなってお互いを見合って。 ――――そしてまた笑った。 終 |