【昇り竜 降り竜】
舞い降りたのは黄金の龍
ゆらりゆらりと、流れるように
「…愚かだと、思うかい?」
その時僕は、彼に、どんな答えを期待していたのだろう。
否定してくれる事を?
肯定、してくれる事を?
だが、彼の答えは、そのどちらとも違っていて…。
「龍麻、」
「んー?」
何時の間に恒例になったのか、壬生紅葉宅で繰り広げられるのほほんなお茶会。
そのお客でもあり、大切な仲間でもある彼の名前を遠慮がちに呼んだ。
しかし返って来たのは生返事。実を言うと先刻からこんな状態が続いている。紅茶を飲みながら本を読む。
緋勇龍麻、何とも優雅な姿だが、一度この状態になってしまうと手がつけられなくなる。
まだ彼の仲間になって日が浅い壬生にさえ、それは見て取れた。
「…お茶、冷めてるよ?」
「んー。」
迂闊だった。龍麻の目の付く場所に分厚い本を置いておくなんて…。
彼の困った癖。目の前に読書意欲をそそられるような分厚い本があるとそれが例えどんな内容だとしても読まずにはいられないと言う。
この前はたまたま借りてきていた料理の本(上級者編)を2時間にわたり読みふけっていた。
そして今日、医学書を読み始めて早3時間。紅茶は疾うに冷めきっている。
仕方ないと吐息をつき、紅茶をいれ直すために席を立った。
「お前さぁ。」
そんな壬生の背中に、気の無い声が掛けられる。
「何だい?」
「…お前、医学に興味あんの?」
正直、驚いた。龍麻は今まで、読書中に物を訊ねると言う事をした事が無かったのだ。
そして、無意識なのかどうかそれは定かではないが、的確に、痛い所を突いて来る。
「ない…訳じゃないけど…、知識は、必要だからね…。」
当たり障りの無いように答えておく。しかし龍麻は言い淀んだそれを正しい意味に解釈した。
「ああ。人殺すのに。」
「……。」
さらりと。
しかも成る程などと納得までしてくれちゃったりしている。
そうして自己完結した龍麻はまた本の内容に没頭し始めた。
「…龍麻、」
「何だよ。」
まだ意識が集中しきれていなかったのだろう。今度ははっきりとした声が返ってきた。
しかし視線は本のまま。壬生は横から、彼の読んでいる本を取り上げてみる。
漸く、彼の瞳が、壬生を捉えた。
透き通るほどに透明な、黒曜石の瞳。初めて逢った時も、この瞳に囚われた。
真直ぐな、強い瞳。その眩しさに、壬生は僅かに目を細めた。
「…君は…、あの時、どんな答えを考えていたんだろうね…?」
「あの時…?旧校舎でお前のふっ飛ばしたゾンビが俺の後頭部に直撃した時か!」
「いや、それは、もう…ごめんって何度も謝ったじゃないか。そうじゃなくて、」
「分かってるよ。初めて逢った時のだろ?」
分かっているなら最初から言って欲しいところだが…まあそこはそれ、龍麻だから。と納得する他無い。
壬生の胸中など全く知る由も無い龍麻は、冷たくなった紅茶を一気に飲み干した。
「あの答えづらい質問なー。」
…愚かだと、
…愚かだと、思うかい?
そう訊いた壬生に、龍麻は。
ふわりと、
まるで流れる風のように、
とても静かな、空気のように。
キレイに、
笑って。
…さあ、どうだろうな。
否定でも、肯定でも、ない。
曖昧な答え。
微笑んだその顔は、とてもやさしくて。
ああ多分、この人には敵わないんだろうな、と。
密かな敗北感。
だけど、悪い気はしなかった。
「どうしてあの時、答えなかったんだい?」
「答えて欲しく無さそうだったからな。」
「…え?」
また、適当に答えをはぐらかされると思っていたら、思いの外、龍麻は即答した。
「あたり?」
当たり、だった。
「多分どう答えても、あの時のお前には、偽善や同情にしか思えなかっただろ。そうとって欲しくなかったから答えなかった。了解?」
「…了解。」
そうだ。確かにあの時は、どちらの答えも期待してはいなかった。問い掛けておきながら、心の何処かで、答えのない答えを望んでいた。
「今は?」
ふいに、黒い瞳が覗きこんでくる。
心臓が、大きく脈を打った。
「な…なに?」
「今はどうよ。まだ聴きたくないか?」
あの問いの解答。
「………聴きたいよ。」
今なら、聴けるだろう。否定されても、肯定されても、龍麻の言葉なら、きっと素直に聴くことが出来る。
彼は偽善者ではない。同情するほど生易しくも無い。彼の言う事は、多分心からの、彼の本音。
だから、
「答えて、くれる?」
「よおし、いい度胸だ。」
彼は笑った。
そうして、静かに語り出す。
「馬鹿に、見えるんだろうな。周りから見ればよ。ヒト、殺しちまってるわけだから。でも人には人それぞれの正義ってモンがあって、
それは他人が横から口出しできる事じゃないと思うわけだ。自分で信じてりゃいい。違うか?
馬鹿は馬鹿でも、中身のある馬鹿なら誰も文句は言わねぇよ。あ、紅茶おかわり。」
「……。」
差し出されたティーカップを受け取って、壬生は苦笑した。龍麻の要求に応える為台所へ向かう背中に、龍麻の楽しそうな声が届いた。
「俺は好きだけどな。」
「…ぇ?」
「お前の、馬鹿みたいに真直ぐで不器用な生き方、俺は結構好きだぞ。」
見れば彼はあの時のように、優しい微笑を浮かべて、こちらを見ている。
捕まった。
…囚われた。
その微笑から目を離せなくて、どれくらい、そうしていただろう。
「お茶!」
やがて龍麻が、口をへの字に曲げて言った。しかしその顔も、頬が朱く染まっていては迫力も何もあったモンじゃない。
壬生は淡く微笑んだ。
そして今度こそ、温かい紅茶をいれる為に龍麻に背を向ける。
「…龍麻…、僕は、間違ってないかな…。」
「だから、テメェで信じられなくてどうするよ。」
「君の、意見を聴きたいんだけど。」
「…ぬ…、むぅ…俺は…お前贔屓だから、かたよった意見になる。」
不思議な人だと、常に思う。
全くどうして、こんな人が僕の側にいてくれるんだろう。
どうして、一番欲しい言葉をくれるんだろう。
僕の欠けている部分を、ことごとく埋めていく彼の言葉と存在。
愛おしいと、思うのは間違いだろうか。
暖かい暖かい彼の存在を、たまらなく愛しいと。
「好きだよ…龍麻。」
「ん?何か言ったか?」
「…いや、何でも無いよ。」
「?そうか?あ、そうだ壬生。今度さぁ、映画でも見に行かねぇ?」
「…いいね。」
とりあえず今は。
このお茶の時間を、楽しむべく。
舞い降りたのは黄金の龍
昇り行くのは黒い龍
ゆらりゆらりと、流れるように
昇り竜降り竜
表裏の龍が互いの姿を
求めもとめて、近付いて
いずれ出で逢うその日まで
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