葛飾区、拳武館高校。 威風堂々と立ちはだかる学園の一角、三年の教室から壬生紅葉は窓の外を眺めていた。 冬にしては穏やかな風が吹く中、何の意味も持たない時間がやけにゆっくりと過ぎて行く。 教師の声も聞く気になれず壬生は風の流れに目をやった。 (………………?) 柔らかい風の中に、間違えるはずもない気配が混ざっている事に気が付いた。 彼は軽く息を吐き出すと徐に鞄の中に教科書を詰め込む。 その作業が終了するのとほぼ同時に、授業中の教室のドアが何の遠慮も前触れも無く開け放たれた。 「失礼します。」 全く失礼と思ってなさそうに他校の制服を着た少年は教室内をぐるりと見まわす。 「あ、見っけ。」 「な、何なんだ君は!」 あっけに取られていた教師が、怒りとも困惑とも取れる表情で少年に詰め寄るが、 当の本人はそれを見事なほど無視して目的の人物を見やった。 「スンマセン。直済みますから。…壬生。」 少年が呼んだ人物にそこに居た全員の視線が集まる。 それを気にした様子も無く壬生は荷物の詰まった鞄を手に取り席を立ち、 いつものそれと何ら変わりない足取りで少年のもとに。 「壬生紅葉、一身上の都合により早退します。」 「お、おい壬生!」 背中にかかる声に振り返りもせず彼は教室を後にした。 「で。何の用だい、龍麻。」 昇降口へ向かう廊下、壬生は前を行く少年、緋勇龍麻に声をかけた。 「急に思い立ったのだ。」 「何を。」 「旧校舎へ参る。」 あまりと言えばあまりに龍麻らしい答えだった。それに何だ。この何処かの骨董屋のような口調は。 「前に翡翠が水晶髑髏欲しがっててなー。珍しくも注文されたらしい。」 「…どうして放課後まで待てないんだい。」 それにあんなもの注文する客と言うのが一体何者なのかも気になるところだ。 更に深く考えて行けばあれはオーパーツではないのか。そんなもの気安く売っていて良いのか。 それ以前にそんなものそこら辺の骨董屋に注文して良いのか。何だか話が激しくずれているのは気のせいか。 まぁそれはこの際隣の山中深くに埋めてしまおう。 何が言いたいのかと言うと。何も授業中に学校抜け出して態々新宿から葛飾まで来なくても良いではないか。という事。 「馬鹿者。思い立ったら即実行。これ俺の信条。」 どこまで本気なのか。多分全部本気なのだろう。 いや。態々誘いに来てくれた事が嬉しくないわけではない。 寧ろ他の仲間たちに自慢して回りたいくらい嬉しいのだ。しかし本来なら電話一本で済むものを。 もしや一刻も早く逢いたかったからとか、そんな心踊るような理由だったりなーんて考えて、 「電話してくれれば直行ったのに。」 言ってみた。 「携帯忘れた。」 借りろよ。 期待した甘い返答は聞けず、返って来たのは何ともあっさりした答えだった。 「…それで?これから他の人の所へも行くのかい?」 泣きたい気持ちをぐっと堪えて、龍麻の背中に問いかける。 しかし今度は期待はしていたが予想外だった答えが返ってきた。 「いや。俺らだけ。」 「…二人だけ…なのかい?」 聞くと「おう」と、短い返答。それは一体どう言う意味だろう。 考えていると、突然龍麻が立ち止まった。 俯いていて顔はよく見えない。 「…思い立ったんだよ。」 「何を?」 先刻と同じ問答をもう一度繰り返す。 「…旧校舎に、行こうと思ったら、…お前の顔が浮かんだ。」 「…え?」 「お前の顔しか浮かばなかった。」 思っても見ない事を、言われた。 決まりが悪いのか、龍麻はさっきよりも早足で校門に向かう。 怒っている様に足音が荒いのは、間違え様も無く照れ隠し。 「目の前に京一も居た(いや、寝てた)けどっ、あいつは単位もヤバイしなっ。」 だからお前だけ。 その言い訳は、多分、きっと言い訳。 たまらなく恋しい、誰よりも愛しい、この世でたったひとりの人。 壬生は、彼に分からない様にそっと微笑んで早足に、距離を詰める。 二人の距離が、少しずつ、縮まって。触れるほど、近付いて。 「龍麻…抱き締めてもいい?」 「即行ぶっとばす。」 愛しい人の、つれない言葉に苦笑して。壬生は柔らかく、彼の手を包み込んだ。 これくらいなら、許されるだろう。 愛しい人。 見ると彼は俯いていた。だがほのかに頬が朱く染まっている。 壬生はもう一度、微笑んだ。彼は怒ったが、 嬉しいのだから、しょうがない。 おしまい。