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大草原とロッキー山脈編


8月10日〜8月13日

8月10日 木
  朝11時にコロンビアを出発。カンザス・シティに少し立ち寄るつもりだったが、 ふと「見ずに死ねるか、カンザスの大平原!!」と旅行癖に火がついた。
  「決めたときが吉日」って体のいい言い訳を考えながら 「とりあえず、西へ向かって行けるところまで行って引き返そう」と決断。 I-70を通って1時ごろカンザス・シティを越えた。
  少し走って、道路標識「デンバーまで560マイル」を見て思わずへこんだ。 560マイル?ほとんどデンバーまで片道1000キロじゃん。「大丈夫かいな。この車で……」ふと不安がよぎった。
  郊外で、いくつか州管轄の自動車整備場を発見。 「よほど何もないんだろうな、それで車の故障を事前に防ぐためにこういう公共施設があるのだろう。」 と軽く受け流したのだが・・・・・・・。
  しかしながら、実際走ってみて、この「何もない」という概念が、 現実とかなり乖離していることをはじめて思い知らされた。 I−70を西に向かって  今までも、いろんな「何もない場所」を走破して、 この国の大きさを体感していたつもりだったが、今回は本当に桁が違った。 一面ひまわりの地平線や、モンゴルの大平原を彷彿させるような風景。 そういう(何もない)所を、一人で車を飛ばすことが、こんなに大変だとは思わなかった。
  「何人の日本人がこの道を車で通ったのかな?……」「日本は、人、モノにあふれているが、こんなところでも人は生きていけるんだ……。」「風の強さはシカゴ以上だな。だってさえぎる物が何もないからな……。」、「牧場にとりあえず柵はあるが、日本みたいに木の枝が垣根を越えたとかどうかで揉めることもない……。」「多くの日本人が“田舎は何もなくつまらない”っていうけど、そんな奴にかぎってこんな所では10日も生きていけないんだろうな……。」「こんなところに住んでいたら、行儀作法やうっとしい人間関係なんて関係ない。その日を生きていくことが主要命題であって求められるのは「生存能力」いわゆる「タフさ」だろう……。」「この大平原を渡った開拓者は本当にすごいなあ……。」等など、取り止めのないことが次から次へと浮かんでくるほど、一面大平原。この国の大きさに、初めて数え切れないほどため息が出た。
  夜は、へとへとになりながら、 カンザスとコロラドの州境に宿泊。 ベッドに入った時「ここまで来たらロッキー山脈見るしかない」と半ばやけくそ気味に決断。

料金所にて     どでかいコーンフィールド     ロッキー山脈に向かって(コロラド・スプリングス周辺
 
8月11日 金
  7時に起床。ただ、タイムラグで現在6時。 コロラド州に入っても、ただただ、だだっ広い平原を走った。 旧コロラド・アベニュー(24号)を通り、11時ごろにコロラド・スプリングスに到着。
  山の麓だからだろうか、気温は34度でミズーリとほとんど変わらないのに、 うだるほど暑く乾燥していた。国内旅行者が多く、治安も良さそう。 同じ観光地でもナイアガラと違い、町全体に活気があるようだった。
  まず、ガーデン・オブ・ゴットという公園に行った。 この意味のゴッドとはインディアンの神らしい。 小高い丘が幾重にも重なる広大な敷地に、 確かに「モーゼの十戒」のような宗教関係の映画のセットに使われたであろう赤色岩の塊があちこちにあった。 ゆっくり見てもよかったが、暑くて暑くてたまらなかったので、木陰を探すつもりで結局この公園を2周回った。

公園内にある有名な赤色砂岩(バランス何とかという名前)      ガーデン・オブ・ゴッドから
 

  その後、午後4時から、パイクス・ピークという標高4200メートルの山に、 コグ登山鉄道で頂上まで登った。頂上までの所要時間は、約1時間。 「よくここまで鉄道を通したな」と感動するぐらい急な傾斜を、ひたすら上へ上にと登っていった。
  山の頂上は、季節柄、雪はなかったが、シャツ1枚では耐えられないぐらい寒かった。 頂上から見るロッキーの山々は、青黒く、地平線の向こうまで続いていた。 北に向くとデンバーの町並みがうっすらと、東に向くと黄色い大平原がどこまでも続き、 西へ向くと雲にかかるロッキーの山々が青黒くどこまでも連なっていた。 「よくもまあ、ここまで来たものだ」と一人感慨にふけってしまった。

パイクス・ピークの頂上から見た景色
     
コグ登山鉄道の終点(頂上)      列車内の風景
 

  晩の8時に麓に到着。I-25を北にデンバーへと向かう。 約100キロの道のりを、青黒いロッキー山脈に沿ってひたすら走る。 どこまでも続く夕焼けのグラデイションが綺麗だった。富士山レベルの高い山々の連なりを左手に、 そして美しい草原を目の前にして、なんとなく阿蘇山の麓の美しい草原風景の中を走っている感じがした。


8月12日 土
  朝10時にデンバーに到着。合衆国造幣局を一目見ようと意気揚揚と現地に参上。 入口に何人か看板を見ながらつっ立っていたので何事かと思いきや、 看板の内容は「今日は土曜日でお休み……」とのこと。うそだろ、おい!!せっかく来たのに。 結局、失意のままデンバー市内をうろうろうろうろ。 さくらスクエアの稲井さん 
  ラリマー・ストリートと16番ストリートの交差点にある 「さくらスクエア」にぶらりと立ち寄った。 ここは、いわゆる日本食(兼アジアフード)マーケット。 店内で経営者の稲井さんとしばし団欒(というよりむしろ討論)。 彼は、カリフォルニア出身の日系2生。なんとお父さんが自分と同郷であると知ってびっくり。
  最初から最後まで「日本人は……」とネガティブな意見と、それに係る彼の苦い経験を連発!! こっちも負けずに反論。「……という理由で、日本は狭く、多くの人間は不親切だ。」 「でも全ての人がそうじゃないよ。一部分しか見てないくせに。」 「私は外部者としての視点を持っているから、そう言えるんだ。」 「確かにそう。でも外部者は内部の全てを知らないでしょ。 俺はデンバーのとっては外部者だから、この町を良くも悪くも好き放題言える。 色眼鏡で全て片付くほど、事の本質は狭くないよ。住んでみなきゃ分からないこともあるし。」 「君は、なかなか面白い奴だ!!」30分弱の楽しい討論の最後は、仲良くお別れした。 なかなか面白いミドルエイジだった。店を出る間際、ここまで来たついでに、「メンズポッキー」を4ドルで買った。
  その後、ダウンタウンと郊外のデンバー大学をうろうろして、 2時からごろネブラスカに向かって出発した。 とうもろこし畑と小麦畑しかない道路を、東に東に向かって進んだ。 夜はネブラスカの州都リンカーンに宿泊。

ラリマー・スクエア(ブティックやレストラン通り)      デンバーのダウンタウン(休日で人影少なし)
 


8月13日 日
  「ネブラスカ州=コーン・フィールド(とうもろこし地帯)」。
  名前は聞きたことがあるし、地理で勉強もしたが、実際どんなところなのか今まで知らなかった。
  そして昨日と今日、「一面とうもろこし畑」の風景を目の当たりにした時、 中学の時生まれて初めて「静岡の茶畑」を見た時の、 あの驚き(「これが、日本有数の農業地帯かああっ!!すげえ!!」)に似たものを肌で感じた。
  ここでは、兼業農家なんて概念は存在しないのだろう。 畑の維持・管理だけで、1年があっという間に終わってしまうだろうな。 「ネブラスカは何もない」と言う人が多いが、 ここは、田舎では片付けられない存在意義があると思う。 農業は国の根幹を担うもので、いわゆる国の礎だ。 この農業地帯は、アメリカという国家を根元から支えている。 (映画によく出てくる話だが)ニューヨークが核で大打撃を受けたとしても、 アメリカという国は、このような農業地帯がある限りなくならない………。
  いろんなことを考えながらI−70を東へ走った。
  帰りにネブラスカ大学に立ち寄った。 この大学は全米ナンバーワンのカレッジフットボールのチームがある。 (うちの大学なんて全然相手にされてないんですよ。) 少しばかり大学のグッツを買ってそのまま北西へ。
  セント・ジョセフ、カンザス・シティを通って、5時ごろコロンビアに到着。
  今回の旅行は・・・・・本当に走った・・・・・・・・・・。

ネブラスカの州境にて     ネブラスカ大学の構内 
 

デンバー編