PROFILE
名前 IKUSHI
兵庫県生まれ 18歳 くそ浪人生 166cmくらい 低っ
趣味 バスケットボール サッカー ギター ゲーム NBAトレカ集め
好きな選手 ALLEN IVERSON PENNY
俺様IKUSHI伝説!!
1出世の秘密
俺様IKUSHIは1983年の冬、この地上におりたった。はや生まれで生まれた時の体重がなんと
1480グラム。すぐに救急車で病院にいくがそこで肺炎にかかり体重が1000グラムにまで
もおちもうだめだといわれ保育器のなかで死ぬのをしづかに待っていたそうだ。
ああああああーIKU−。
親達の悲鳴が病院の廊下に鳴り響く。
先生!IKUは。IKUはーー!!。
・・・・
・・
・。
当時の医学では
どうにもならなかったらしいのだがそこから俺様ははいあがり奇跡の生還をとげたのだ。そのとき
の医者が俺様のことを最高傑作だといまでもいっているらしい。町中の噂だ。その前の年は大雪で
救急車なんて走れる状態じゃなかったらしい。ほんとうにキセキってのはあるもんだ。感謝してるぜ。
2ガキの頃の話し
ガキの頃はほんとなんもしらなかった。朝起きて学校又は幼稚園行ってずっと遊んでるだけだった。
ほんとただのあほだ。
いつものように幼稚園で溝をジャンプで飛び越えるあそびをやってたらやはりあほである。
そのまま垂直に溝の角へダイヴ!!
ゴン!!
と音がなり電流爆破の大仁田のように血が!頭から血が!!
そして俺は泣き叫んだ。ああああああsdふぁかlskふぁdふぁー(意味不明)
それからおれは病院へとかつぎこまれ6はりを縫う。
この傷はいまもまだおれのおでこにのこっている。
3小学校高学年の話し
まあこのころから人生ってのは充実してくるもんで語彙や知識が広がってだんだん世間っていうもんが
わかってくるわね。そんな時にM先生っていうすごい良い先生にあったんだ。最初はめちゃくちゃこわくてこの先生にだけは担任になってもらいたくないとかおもってたのね。やっぱり最初のうちは怒ると怖いし学校行きたくねーってかんじだったのさ。それがそういう先生っていうのはさめっちゃくちゃ一人一人のことを考えててくれたりしてさ。みんなの良いとこ悪いとこしってて。卒業式の日にぼろぼろ泣いちゃうような先生で。この先生でよかったとおもったね。先生から習ったことすべてが今に役立ってるからね。
4中学高校の話し
おれこう見えても結構頭がよくって中学校受験したんだ。私立S中ってところにいってて部活はやっぱり大好きなバスケット部にはいったわけですよ。おれがはいったからには
全国制覇だ!!
とスラムダンクのゴリなみにいきまいていたわけですが
万年 ベンチ・・。
うう。
もうちょっと背があれば!
その想いを胸に部活を三年間やりとうしたのでした。今想い返せば部活ばっかやってたなあ。
そして中学も後3ヶ月。うちの学校はエスカレーター式なのでそのまま高校もいけるんで、勉強なんていいやー。とおもっていたらそんなところにおとしあなが・・・。
IKU兵庫にかえるぞ。
え・・?
父さんの急な発言で俺は泣く泣く兵庫にかえることに・・。
やべっ 受験勉強なんもしてねえ。
てなことで受験勉強をはじめたわけです。英語 国語 数学は学校でもちゃんとやってたんで大丈夫だったんです。が理科 社会が 全然できねえ。ほんとまったく。それでなんもわかんないもんだからずるずるとひきずっちゃってそのまま試験日突入なわけです。
4歳のときに兵庫から東京にきて15歳でもどってきたんです。だから兵庫の事なにもしりません。
そして受ける高校も、親にこことここ受けなさいっていわれたのでうけました。公立1個と私立いっこです。中学は男子校だったので共学にうかりたいなあとおもいつつ公立高校の試験会場へ。
俺は父さんと二人で入校。他の奴らは先生同伴仲間同士で入校。やはり俺だけ親同伴で制服もちがうので目立つのか
あの子 制服ちがうやーん
S中やってS中 頭よさそー
などという声がきこえてきた。ふふ そうだろう おれは天才だから。とおもった次の瞬間!!!
親父おんで親父授業参観きとんのかい
あほちゃうん。(笑)
仲間と一緒にわらうそいつ。
プチン・・。
俺の中で何かがはじけた。
おれはポケットにあったナイフをとりだし
喧嘩うってんのかよおめーよー
とそいつの胸にグサッ
とナイフを突き刺しゴフッ・・。血がっ・・・。
・・・・。
となるはずだがおれは大人の都会人。庶民ならそうだがおれはちがう。怒りを納め教室にはいる。
一時間目国語 いいできだ
二時間目数学 ふっ 天才
三時間目英語 アメリカ人連れてこいよ?
ってなぐあいに順調にすすんでたんだけど
四時間目理科 ・・・。
五時間目社会 社会ってなに??
もうわけがわからない。不安を残すまま合格発表に・・。
俺は一人 東京で電話で母がみに行った合格発表の結果を待つことに。
トゥルルルル ガチャ。
どうだった?
ダメだった。
ズッコーーン。俺の共学生活がああ。というわけでおれはもう1個うけた私立にいくはめに。
5 HT学園入学
というわけでおれは私立HT学園に入学。もちろん男子校。良いとといわれてはいったこの学校だがふたをあけたら最悪最低のがっこうだった。クラスが。先生が。校則が。
クラスはひどかった。そりゃいいやつもいるけど悪いやつの度合いがすごい。先生に喧嘩をうりバイクをのりまわしそのうえヤクザがらみ。先生は悪いことをやった生徒をシバく。ヤクザみたいな先生ではんぱじゃないシバきだ。校則は月一回頭髪服装検査というのがあって耳に髪がちょっとでもひっかかってたら散発に行かされるというとんでもないものだ。やめたいぜこんながっこう。とおもった。
町にいってはギャルの女に
何あの喋り方 キショー
とか言われる始末。
お前のほうがきもちわりいんだよ ブス!!
と心でさけぶ。
ほんと学校も町も最悪だ。けど高校のほかにいくとこないし。そうだ。大学で東京に帰ろう。そのためには卒業証書をもらわなきゃ。だから学校にいかなきゃ。といいきかせ学校生活を続けることに決意。
案の定2年にクラス替えがあり俺はいままで進学クラスにいたのだが天才故に特進に昇進。
進学クラスよりはおちつき、友達にもめぐまれ、根性で関西弁を覚え、なんとか2年間をのりこえる。
そしてきました受験当日・・・。
TKKG大学芸術学部の試験。 楽勝だった。
N大学芸術学部1次試験。 もしかしたら。
結果は
TKKG大学芸術学部 不合格 なにーーーー!!
N大学芸術学部一次試験。 なんとか合格だけど二次もうかんなきゃなんねーんだよなー
つづいてN大学芸術学部二次試験。 不合格 がくっ。
そんなおれに吉報。
TKKG大学芸術学部 補欠合格!! ああ 長かった。
追伸 なお補欠合格の合格者には3月X日の5時から6時までに電話をいれます。
電話がない場合は不合格となりますのでご了承ください。
なにこれ こわいなー はは まあいいやどうせうかってんだろー
そして運命の3月X日 1時間電話とにらめっこである。
トゥルルルルル ガチャ
TKKG大学ですけどーIKU君いますか?
はい 僕です
不合格です
え?・・・・
でんわがあったら受かってるんじゃないの??
あれ??
どこかで聞き覚えのあるこえだな・・・。
プププ(笑)
おまえYか?
うん。
幸か不幸かこの電話は友人Yのイタ電だったのである。こいつにはこの時間に電話がくることをおしえていたのだった。
おまえぶっ殺すぞ(笑)!!
そして俺は待った。
十五分たったぜーそろそろかな
二十分たったぜーもうお遊びはよそうぜTKKG大学さんよー
三十分 ふー まだ三十分三十分
四十分 あれ 電話番号まちがってんじゃないの?(笑)
五十分 ・・・。
六十分 。
電話なし。
すなわち
不合格!!!かくっかくっかくっ
おれの努力の三年間が・・。
それから1ヶ月後。
おれはあそびまくり髪も染め(写真参照)いままでたまっていたことをすべてやり(このHPづくりも)
気持ちリフレッシュ!!!
代々木ゼミナール生になり来年に復讐することを誓うのであった。
終劇!!
おもしろかった?どうか感想をBBSにかいてくださいね^^
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