「ちから、入るぞ」
街中にはガス灯の明かりがともる夕刻過ぎ、ちからの部屋の障子がトンと鳴って、開いた。
敷布の上に寝転がって散らかしたままの書物を読みふけっていたちからは、
そのままの格好で片手を上げて佑作を迎え入れた。
だらしなく着崩れた浴衣姿で起き上がったちからを見ても、
佑作は眉をしかめるでもなく、ただ手にしている南瓜を畳に置く。
「まぁたこんなもん読んでんのか…飽きないね、お前も」
佑作はちからが広げていた書物に目をやって、今度はあからさまに眉をしかめる。
『妖怪変化』『異形百聞』…どれもこれも妖怪やら幽霊やら、この世ならざるものを取り扱った書物だ。
ちからは幼いころから病弱で、あまり外では遊ばせてもらえず書物ばかりが友達だった。
そんな彼のこころをいつからか捉えてしまったのがこの分野の書物たちである。
佑作は渋い顔のまま窓辺の柱に寄りかかり、だらりと足を伸ばす。
「ああ、重いねー。これはいい南瓜だ」
ちからは南瓜を引き寄せて持ち上げてみて、歓声を上げる。
「どうしたの、仕事疲れかい?」
階下の女中に南瓜を渡そうと障子から顔を出し、ちからは何気なく話し掛ける。
佑作は否定も肯定もしなかった。
「…貧民街でな、昨日火事があったろう」
言われて、昨夜未明の鐘の音を思い出す。
佑作は新聞記者を生業にしている。
ちからにはそれで、佑作の渋面のわけを知る。
「取材に行ったのかい」
「ああ。ひでえもんだ」
佑作は目を強くつぶる。
佑作は、小さいころから、人外のものを見ながら暮らしてきた。
今日も見てしまったのだろう。貧民街で焼け死んだ、身寄りの無い老人や子供たちの姿を。
「さすがだなあ」
ちからは心からの感嘆をこめてそう呟くが、それは佑作の眉間のしわを深くしただけ。
ちからは、こうして人外のものが見えることを嫌がる佑作に向かって、ためらうことなく「羨ましい」と言う。
そんな、ちからのあっけらかんとしたこころが、佑作は辛くもあり、また同時に一方では救われている。
佑作は目蓋の裏に今日見た少年の亡霊の姿を思い出してしまい、再び気分が沈んでくる。
ずるずるとそのまま畳の上に身を投げ出すようにして寝転がると、ちからに背を向けた。
ちからは、佑作が「見える」という話を信じた、唯一の幼友達である。
その存在は成人した今も変わらない。
ちからは相変わらずだが、佑作はだいぶ変わったかもしれない。
なによりもこの能力のことを、ちから以外の誰にも語らなくなった。
ちからが、枕もとのみかんを取って弄びながら、そっと口を開いた。
「佑ちゃん、佑ちゃんがどう思っても、ぼくは祐ちゃんが見ることのできる人で嬉しいよ」
「なんでだよ」
「いつか僕が死んでもね、佑ちゃんは僕が見えるだろう」
「…馬鹿なことを言うなよ」
苛立ちを含む佑作の声に、ちからはふわりと笑った。
しかし、眼差しは真剣だった。
「僕なんか、特に、家が医者じゃなければ、もうとっくに…」
「そんなに悪いのか」
佑作がこちらを向いた。
「…貧民街の人たちとか…ねえ佑ちゃん、僕のような、さびしい人たちを、どうか嫌わないでくれよ」
ちからの静かな眼差しに、佑作が言葉を失う。
「お前、みたいな、カラカラしたやつは、死んだらあっという間にあの世だろ」
「ええ?ひどいなあ」
ようやく絞り出した佑作の言葉に、ちからは笑った。
優しく、笑った。
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