バグダッシュキャンペーン
協賛作品

小景

1.WINTER STREET

 2月末の厳しく冷たい風が、コートの襟や袖口から忍び入ってきた。かじかむ指先でメモをとりながら急いだ並木道で、国防委員会事務総局査察部長に声をかけられたのは幸運だった。ドワイト・グリーンヒル大将はエアカーを歩道に横付けし、
「乗っていくか?」
 バグダッシュは肩を撓めるような格好で一礼した。
「ありがとうございます」
 彼は私服の長い裾を捌いて乗り込み、車内を見回した。どこかで見たことのある外装だったが、小さな製造社プレートを確認して、最近大々的なコマーシャルによって売れているアレだなと思い至った。
「車、変えたんですね。こういう流行ものの車種を買われるとは思いませんでした」
「ああ、ちょうど寿命がきたところだったので、たまにはいいかと思ってね。振動が本当にないだろう?なかなか気に入っている」
「・・・そうですか」
 趣味がかわったのか、心境が変わったのか。詮索をバグダッシュは避けた。昨年10月の左遷からこちら、大将からの接触はなかった。軍社会を知悉した男の気遣いとも、単に信用されていないのだとも取ることは出来たが、彼は真相を気にはしないことにしていた。その延長にある作為した無関心だ。
「今はどうしている」
査察部長は助手席に座っている情報部員を、わざわざバックミラー越しに見た。バグダッシュはそれに気付き、
「相変わらずですよ」
と、あからさまにはぐらかした。大将はさして慌てるでもなく、それもこれも何でもない会話だといった風に言葉を重ねた。
「昼食はもう取ったか?」
「いえ」
 バグダッシュはバックミラーに視線を貼り付けたまま首を振った。グリーンヒルは変色しかけた信号の手前で曲がり、
「付き合え。奢ってやる」
「・・・肝が据わりましたね」
さしたる意味もなく、バグダッシュはいつもの不躾な憎まれ口をたたいた。
「何だって?」
「そんなに堂々と買収するお人でした?」
 査察部長は苦笑し、情報部員は一拍遅れて破顔した。買ってくれと言い立てているも同然だった。グリーンヒル大将は幾度か彼とも来たことのある食堂の駐車場にエアカーを入れ、
「で、何をやってるんだ?」
 バグダッシュは肩を竦めた。
「帰還捕虜からの聞き取り調査です。このくそ寒いのに、気が滅入るったらありゃしません」
「なんだ、貴官の方の愚痴を聞くことになりそうだな」
 老将軍は呆れ顔をつくった。
「もちろん閣下の愚痴も聞きますよ」
 無礼は承知の上でいなすように言って車から降り、店へと歩き出しながら、彼はほんの数歩後ろから見る大将の背中が、宇宙艦隊を統べていた頃と同じように凛と伸びているのに気付いた。無性に嬉しくなる自分を止められなかった。
 木造の扉をグリーンヒルが押し開いた。暖かな湯気が流れ出した。鼻先をうごめかせた彼を、査察部長が振り返った。懐かしい笑貌だった。敬意を払っていた高級軍人に寒々しい大通りから拾われたのは確かに幸運だったが、半年後には忘れられるはずの幸運だった。その時には。

2.THE FORTUNE GUN

「そうだ、これを君に」
と、彼が差し出した包みを、ユリアンは不思議そうに見つめた。すべてが終わった後の、最初の新年。居所を移すつもりの多くの人間には、別れを告ぐための時間でもあった。
「どうしたんですか、急に」
 青年は聞き返しながら贈り物を手にとって、重さを確かめた。彼は自由になった手をポケットに突っ込んで、飄々と言った。
「餞別代りかな。もうそうそう会うこともないだろ」
「開けてみていいですか?」
「ああ」
 深緑のリボンを解き、藁色の包装紙を開くと、中には黒光りの銃が入っている。
「・・・こんなの、貰ってもどうしようもないじゃないですか」
 遠慮のない溜息を彼は笑った。
「ヤン提督の遺品だぜ?」
「え?」
「我々が最初に会ったときのさ、」
「あれ、正式に供与されたら返すって話だったんじゃ・・・」
「供与されなかったら?」
 ユリアンは大きな目を瞠った。それから少し子供っぽい表情になり、
「勿論、そのために何かしたんですよね」
「ちょいとデータを書き換えただけだ。ヤン提督には、ちゃんと代わりが届いてたって」
彼が肩を竦めると、青年はまだ何かを疑うように手元の銃をじっと見詰め、
「そんなにまでして取っておいたのに、何で僕にくれるんですか?」
と、ほとんど呟くような声で言った。
「記念に、かな」
「記念?」
 彼は口元を皮肉な笑いの形に歪めた。
「俺が持ってても、結局は嫌な気分になるだけだし」
「あ、あれは大佐にも問題があったじゃないですか!」
「違うって」
 年越しの祝い酒のせいもあってか、赤らんだ頬の青年を眺め、彼はほんの少しだけ説明するつもりになった。
「君がヴェルゼーレで奴等を殺したと聞いたときに、くれてやっときゃ良かったって思ったわけ。あの人の銃でやれたら、もっとすっとしたかなぁとね」
 ユリアンは小さく笑った。
「提督には、そんなの似合いませんよ」
「知ってるさ」
 バグダッシュは嘯き、古いコートを取り上げた。とはいえ彼がその銃を撃つときには、疼くような快感が胸を支配したものだった。一瞬で己を見抜き、居場所を与えてくれたあの男。これは運命の分かれ道に長閑に座っていた、あの男の為に果たす任務、冒す罪、捧げる成功だと。その快楽と、運命の日じかに与えられた何某かの信頼による歓喜と、そうして男を撃った時に得られたであろう満足とを秤にかけながら、彼は思い出深い銃に最後の一瞥を与えた。
「それでも手元に置いといて、そうしときゃ良かったって思いたくないだろ」
彼は体に馴染んだコートを羽織り、
「じゃ、元気でな」
「あ・・・大佐はいつ出発するんですか?」
 数歩あとを追ってきた青年を振り返り、彼はニッと笑った。
「これから」

(C)甘藍

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