Das Tagebuch von Ferner

    新帝国暦1年  7月31日

 コーヒーブレイクのとき、自分の携帯ヴィジフォンにメッセージが送られてきた。
『フェルナー准将、今夜家で一緒に夕食でもどうかしら?実は相談したいことがあります。お一人でいらしてください。』
 このメッセージの送り主は、オーベルシュタイン閣下の姪、オーベルシュタイン女公爵ゾフィー・クリスティーネだ。軍務尚書の実家はゴールデンバウム王朝開闢以来の名門中の名門だが、閣下は当主ではない。最初、閣下は先天的な視覚障害で家督を継げなかったものだと思っていたら、オーベルシュタイン公爵家は女性が当主になるらしい。
 公爵からの夕食の誘いは1週間に1度の割合だが、いつも決まってグスマンやシュルツ、エーリヒらと一緒に、閣下も連行して、公爵の住む本宅に赴く。そしてそれは、ご自分に無頓着な閣下の健康管理を兼ねている。だが、今日は俺一人で来てほしいと云う。
 残業を何とか免れて、公爵の手土産にフルーツグラッセを持って、オーベルシュタイン本邸に赴いたら、先客が二人いた。なんと、ウルリッヒ・ケスラー上級大将とオスマイヤー内務尚書だった。この二人の姿を見たとき、公爵の相談事の内容の見当がついた。新鮮な魚介類と淡麗な飲み口のワインを楽しみ、食後のコーヒーとともに、公爵は相談事を語り始めた。やはり、公爵の相談事の内容はラングについてだった。彼女もあの男に関しては、いい感情を持ってないらしい。それに幼いころ先代の女公爵、彼女のお祖母さんがラングのことを、良く言ってなかったそうだ。その上、新帝国の中枢でも閣下とラングの噂が、悪い方向で囁かれているのだから、公爵にしてみたら心配でしかたないだろう。
 この日、俺と公爵、ケスラー総監、オスマイヤー内務尚書の4人で協力して、ラングに対する監視を強化することになった。俺以外の二人は閣下の縁者とは云え、ただの大学院生の公爵を巻き込むことを潔しとしなかったが、彼女の
「私がいたほうが、ラングに付け込まれる隙が小さくなるし、師父の身を案じた私に協力を頼まれたということにすれば、あなた方がとがめられるような事になっても、その被害は小さくなるでしょう。それに、師父の動きを読むとなったら、私がいたほうが確実よ。」
 と、言う言葉に納得せざるを得なかった。確かにケスラー総監とオスマイヤー内務尚書の二人だけだったらそれをラングに感づかれでもした日には、何をされるかわからないし、カイザーと言えども、それ相応の処断を下さねばなるまい。それに、ケスラー総監も
「オーベルシュタイン相手に謀略戦は御免蒙りたい。」
 と、言う始末である。公爵も同じ事を言っていた。この二人が音を上げたのでは、他の提督たちではまったく話にならないだろう。
 帰りの地上車の中で、ケスラー総監とオスマイヤー内務尚書に公爵と、どんな関わりがあるのか聞いてみた。オスマイヤー内務尚書は今日が初対面だったが、ケスラー総監は彼女とは古い付き合いだと言っていた。何でも、ケスラー総監の以前の上官にグリンメルスハウゼン大将、という子爵家の当主がいて、先代のオーベルシュタイン女公爵とは家族ぐるみの付き合いをしていたそうだ。ケスラー総監はオーベルシュタイン閣下と士官学校の同期という縁もあって、グリンメルスハウゼン大将のサロンで紹介されたという。その当時、閣下は士官学校に入学したことに激怒した母親、つまり先代に勘当されたままだったらしい。いつか、事の真相を知りたいものだ。



    新帝国暦1年 8月8日
 
 大本営をフェザーンに移す旨が発表された。閣僚のうち軍務、工部両尚書もフェザーンに執務室を移すよう命令が下った。これを聞いた提督方は驚きの声を上げていたが、オーベルシュタイン閣下はというと、相変わらずの無表情である。事前にカイザーより知らされていたのか、こうなることをすでに予見してらしたのか、それとも・・・。



    新帝国暦1年 8月9日

 昨日の大本営移転命令に関連して、対策を練り直さなくてはならなくなり、再び、オーベルシュタイン本邸に赴く。考えたら、この面子の中でフェザーンに行くのは俺だけである。やりにくいことこの上ない。フェザーン行きの提督達の中から協力者を見つけることも考えたが、ラングへの反感から事が拡大しかねない。メックリンガー提督なら、事を荒立てないように協力してくれるかもしれないが、提督はオーディンに残留を命じられてしまった。さらに問題は残っている。三人との連絡のとり方である。FTLつきの官舎は多分、上級大将以上の将官が占めることになるはずである。公爵は何とかすると、言ってくれたが・・・。



    新帝国暦1年 8月11日

 昨日、官舎の新聞受に封蝋が押された、手漉きの封筒が投函されていた。裏にSCVOとだけ署名されているが、この頭文字は女公爵<ヘルツォーギン>、ゾフィー・クリスティーネ・フォン・オーベルシュタインの事である。中を見てみると、一昨日の懸念に関して朗報がもたらされた。
 何でも公爵家の領地で産出される、レアメタルなどの取引などのためにフェザーンにオフィスが設置されているそうだ。フェザーンにも別邸があるそうだが、こちらは閣下が使う可能性が高いから、公爵たちとの連絡はオフィスのほうでやるようになる。公爵はすでにオフィスの関係者に話を通してあること、セキュリティの関係から公爵家本邸に通信を送るようにとの指示のメモと一緒に、オフィスの住所を記したカードも同封されていた。閣下もそうだけど、公爵も人として、底のない深さがあると思う。特に公爵は、フロイライン・マリーンドルフよりも年下だ。もし彼女が閣下の年になったら、どんな女性になるんだろうか?



    新帝国暦1年 9月17日

 オーベルシュタイン閣下は自分の旗艦を持たないため、自分もブリュンヒルトに乗り込むことになった。閣下は、専用の私室をお持ちだが、俺はシュトライト中将と同室になった。彼とは、ブラウンシュバイク公のもとにいた縁でいろいろと、とりとめのない話をしたが、こうして彼と話すのも久しぶりなことである。他の提督たちの腹心とは、閣下との摩擦を避けるために水面下で連携しているから、一緒に飲んだりもするが、一番縁の深いシュトライト中将とは、今日まで落ち着いて話す機会がなかったということも、ずいぶんと不思議なものだ。
 それにしてもラングの野郎が、ブリュンヒルトに乗り込んでいないのはいいことだ。



    新帝国暦1年 9月27日

 ここ数日の間で気がついたこと。オーベルシュタイン閣下の食欲が増えた代わりに、酒量が減った。今までは、食事中にワインを4〜5本は平気で空けてた上、食後にウィスキーかブランデーを1本空けても平然としていたが、食事は3分の2以上は残す有様だった。確かに閣下は酒にものすごく強いが、体にいいわけではない。公爵もその辺りを、すごく心配していた。今は、ワインを1本空けることも少ないし、ウィスキーやブランデーを飲むこともなくなった。まあ、飲んでもせいぜい1杯なものである。
 閣下のためにも、公爵のためにも、このままの酒量でいて欲しいものだ。 



    新帝国暦1年 10月10日

 やっと、公爵が連絡を取る方法として、教えてくれたオフィスに行った。さっそく、FTLで公爵邸と連絡をとり今後の対策を協議した。何しろ、ルビンスキーの居所を探るという名目で、ラングまでもがフェザーンにいる。しばらくは、俺一人でやつを監視しなくてはならないのだ。いっそのこと、闇討ちにしてやりたいくらいだ。



    新帝国暦1年 10月13日

 勤務の間中、この間考えたラングの闇討ちを熟考してみた。その他にも、罠に嵌めて粛清する案もいくつか思いついた。そして、FTLで公爵、内務尚書、憲兵総監に考えてくれるよう、要請した。そしたら、内務尚書がすぐにその案に飛びつき、憲兵総監もしばらく考え込んだ末、乗り気になり始めた。だが、公爵の強硬な反対にあって、結局その案はお流れになった。
「罪を犯すように仕向けて、処断するのはゴールデンバウム王朝の時代と何ら変わりはない。」
 公爵はそう言って、反対した。確かに、俺の考えたことは旧王朝の門閥貴族共の手口と何ら変わりはない。この正論に、オスマイヤー尚書もケスラー総監も理性を取り戻した。二人とも、モノの道理が分からないわけでもないのに、その案に飛びつきそうになるほど、ラングへの警戒心が強いということか。それらの案に反対するだろうと踏んでいた、ケスラー総監が乗り気になったくらいなのだから、相当なものだろう。
 ところで、公爵が反対したのはその正論の他にもう一つわけがあった。
「そういうことをやったら、師父に破門されるのは確実。そういう事態は、避けたい。」
 だそうだ。師父<スーフゥ>という言葉は、古代の地球に栄えた国の言葉で、師匠を意味するそうだ。公爵は、先代の死によって、閣下以外に身内がいなくなったとき、ただの姪ではいつ見限られるかわからないという、思いを抱いて、それ以降、閣下を叔父としてではなく、師と仰いでいたという。 
 改めて、閣下と公爵は似ていると実感した。容姿うんぬんではなく、思考や凛とした強さ、どんなときにでも、正論を唱えるところなどは本当によく似ている。だけど、今のところ、公爵は正論を唱えても、周囲の反発は招いていない。もし、彼女が皇帝に仕えたらどうなるか、興味の沸くところだ。



    新帝国暦1年 10月30日

 以前、閣下の酒量が減ったことを喜んだが、最近ではまた、以前の量に戻っている。むしろ増えているかもしれない。そして、その分また、食事の量が減っている。公爵に告げると、彼女は考え込んでしまった。



    新帝国暦1年 11月17日

 びっくりしたこと。今日も何時ものように、公爵と連絡をとるためオフィスに向かったが、あやうくオフィス内で閣下と鉢合わせするところだった。オフィスはもともとオーベルシュタイン公爵家のものだから、閣下がいても当然だが・・・。聞きなれた靴音がしたとき驚いたが、なんとか閣下をやり過ごすことはできたが・・・。今まで、散々危ない橋を渡ってきたが、今日ほど寿命の縮まる思いをしたことはなかった。

(C)エルダ・フォン・アースガルトさん

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