Das Tagebuch von Ferner

    新帝国暦1年 12月2日

 今日の通信で、いきなり公爵が変なことを言い出した。
「ラングの髪の毛を手に入れられないか?」
 と。
 何でも先日、公爵が閣下の使っていた別邸に行ったとき、そこの書庫で民俗学を扱った古書を見つけたそうだ。人類がまだ地球に縛られていたときのものだったらしく、コンピューターにかけないことには中味を読めなかったそうだが、その中に憎い相手を呪い殺す人形についての記述があったという。藁でその人形を作り、呪い殺したい相手の髪の毛を人形の中に挟んで、15センチほどの釘を人形の体に打ち込む。それを7日7夜繰り返すそうだ。それを聞いたとき、俺は開いた口がふさがらなかったが、ケスラー総監がすでに人形を7つ作り終えたと聞いたときには体中の力が抜けてしまった。
「その本は俺も読んだが、効果のほうはバラバラだ。効果てきめんだった場合から、まったく効果のない場合まで様々だ。卿も闇討ちなどするよりも、その人形を作ってラングの髪の毛をくすねるほうがいいぞ。少なくとも気休めにはなる。」
 ケスラー総監までそんなことを言い出した。確かに罪にならないだろうが・・・。しかし、ケスラー総監があんなことを言い出すとは思いもしなかった。そういえば以前、オーベルシュタイン閣下が公爵に関して、
「クリスがあそこまで暴走するようになったのは、卿の影響か?」
 と、言っていたが、俺は今日また、再確信した。公爵のあの性格は、先天的なものであって俺の影響ではないと。そして、彼女と古い付き合いのケスラー総監もまた、朱に交わればなんとやら、と言う事もだ。そう言えば、メックリンガー提督も公爵とかなり深い付き合いがあるが、あの紳士的な芸術家提督もまた、ケスラー総監と同様に暴走気味なのだろうか?



    新帝国暦2年 1月3日

 今日は閣下の私邸で、軍務尚書直属の人間だけでささやかなパーティーを開いた。参加者は、俺の他 には、閣下、グスマン、シュルツ、ハウプトマン、ヴェストファル、エーリヒと、いつものメンバーだが、野郎ばかりで華がない。閣下も別に恋人連れてくるなとは仰ってないが、やはりみんな寂しい独り者ばかりか。
 ラングの野郎はクリスマスから長期休暇を取って、オーディンに戻っている。オスマイヤー尚書が言うには、オーディンにいる家族と共に、年末年始を過ごしているそうだ。それを聞いたとき、俺も驚いたが、公爵とケスラー総監もだいぶ驚いていた。
「あの男、結婚してたのか。それにしても、夫人も物好きな。」
 とは、ケスラー総監。
「どうせ、家のために親同士が決めたんでしょ。奥さんがかわいそうだわ。」
 とは、公爵。
 あの通信の後、3人がラング夫人の顔を見に行ったかどうかは不明だ。



    新帝国暦2年 1月5日

 オーディンのオスマイヤー尚書から、緊急の通信が入った。ラングが休暇を終えて、フェザーンに戻る前にブルックドルフ司法尚書に接触したと。彼に接触した理由は不明ながら、フェザーンでのやつの動きに気をつけるようにとの伝言が入った。さらに、公爵からも自分の手のものを、ラングの乗った宇宙船に乗せて、船内でのラングの動きを見張らせているそうだ。
「でも、ブルックドルフ閣下も馬鹿ではないのですから、ラングごときの口車に乗せられて軽はずみな行動をするとは思えませんが・・・。」
 俺の意見にケスラー総監も、オスマイヤー尚書も納得したが、公爵は違う見解を有していた。曰く、
「ローエングラム王朝はカイザーラインハルトが軍人だったこともあって、軍部独裁の傾向が強い。今はそれでも良いかもしれないが、いずれは法律、官僚、軍部の均衡を取らないと、健全な国家の発展はありえない。」
 と。さらに彼女は、ブルックドルフ尚書がどのような人間かは知らないが、と前置きして、
「前王朝時代では門閥貴族や、軍部が司法に介入すること甚だしかった。さらに、カイザーラインハルトが旧時代の悪癖を一掃する意向だった以上、軍部の介入を許すような人物を司法尚書に据えるとは考えられにくい。そして、ブルックドルフ氏がカイザーの見込みどおりの人物であれば、必ずや軍部に対する司法の有利を確立しようとするだろう。だけど、ブルックドルフ氏が軍部の足を引っ張ろうとしていると考えるのは、誤解以外の何物でもない。門閥貴族の要素を排しても、軍が強い発言権を持つのは歴史的に見ても、いいことではないのだから。」
 と、結んだ。
「では公爵は、場合によってはブルックドルフが、ラングの策に乗る場合があると考えておられるのですか?」
 オスマイヤー尚書の疑問への公爵の返答は、
「ブルックドルフ氏が軍部に喝を入れようとしていて、それをラングが察知した場合、彼にしがみついて何らかの小細工を弄する場合が考えられるでしょうね。もちろん、オスマイヤー閣下の危惧してらっしゃることも、充分有り得ます。」
 であった。
「それでも、心配はいらないでしょう。フェルナー准将が言ったようにブルックドルフも暗愚ではないのですから、ラングの思い通りにはさせないでしょう。」
「もし師父の名を出したら・・・?」
 公爵の言葉に、オスマイヤー尚書もケスラー総監もハッと我に返ったようだった。
「確かに閣下の命を受けていようが、いまいがあの男なら閣下の威を借りて好き放題やるに違いない。」
 俺の言葉に、二人はうなずいた。
「そして更に、師父の名を地に貶めるのね。」
 公爵も苦虫を一度に数万匹噛み潰したかのような表情で応じた。
「私が師父であれば、将来の禍根を断つためにも、軍に対する司法の有利を確立させるでしょうね。多分、ブルックドルフ氏がそれを実行するのを積極的に勧めるでしょう。ただ、周囲が自分をどう評価しているかを考えると、積極的に手を貸すのではなく、暗黙の了解を与えるのと、軍内部から邪魔が入るのを防ぐに留めると思うわ。それを達成できるのであれば、ラングの惷動もよほどの弊害を引き起こすとしても、法に触れない限り、放っておくでしょう。」
「なぜ、ラングを放っておく?オーベルシュタインにとって、ヤツは腹心だからか?」
 公爵の予測に、ケスラー総監が噛みついた。
「ケスラー閣下、落ち着いて・・・。これは私のカンだけど、師父にとってラングは何かを釣るための餌でしかないのでは?その為、師父自身の責任のとれる範囲においてなら、大抵の惷動は大目に見ているのではないかしら?それに私の知る限り、ラングごときを腹心と恃むほど、パウル・フォン・オーベルシュタインの人物鑑定眼は、節穴ではないわ。もし、そうであれば今ごろ私は、リップシュタット連合に組した挙句、全財産没収されて路頭に迷っているでしょうね。」
「軍務尚書直属の部下として言わせてもらえば、尚書のラングに対する扱いは、ほぼ公爵の見解どおりだと思っていいでしょう。」 
 俺達の見解を聞いて、ケスラー総監も納得がいったようだった。俺が見る限り、ラングは奸臣である以上、帝国に敵対する勢力にとって、ヤツは利用価値が高い。恐らく閣下はラングという餌に敵が食いついたら、まとめて始末するのが狙いだろう。
「わかった。俺もブルックドルフが動きやすいよう、そしてラングが動き回らないように手を尽くす事を約束する。確かに、軍部に力が傾き過ぎるのは良くない事だしな。ブルックドルフに叩かれるとすれば、多分ビッテンフェルトかロイエンタールだろう。ラングに関しては、卿らも注意する必要があることを念頭にいれるべきだろう。」
 ケスラー総監の言葉には、説得力があった。ロイエンタール元帥の漁色、ビッテンフェルト提督の黒色槍騎兵艦隊が引き起こす、酒の席上でのトラブル。どちらも格好の餌食だ。そして、俺達の行動はラングに察知されたら、オスマイヤー尚書とケスラー総監、そして部下の監督不行届きとして、閣下も処分を免れまい。公爵がカイザーに寛如を求めるだろうし、恐らくカイザーもそれを受けて、そう過酷な処分は下されないであろうが、軍務尚書、内務尚書、憲兵総監の3名が一度に処断される波紋は大きい。そのことに思い当たった公爵が謝罪したが、ケスラー総監もオスマイヤー尚書も、彼女の行動が閣下を案じてのものだから、気にすることはないと言ったのでほっとした。俺も同意見なのは言うまでもない。
「それと、パウル・フォン・オーベルシュタインの弟子として、一つだけ私が偉そうなことを言えるとすれば、ラングを師父の腹心と見なす事は、ラングをのさばらせる事に他ならないということよ。」
 公爵のこの助言は俺から見て、余計な事だと思う。それぐらい自分で察知できないようでは、憲兵総監や内務尚書の地位に就いている意味がないのだから。だが、閣下を悪く見ている人間が多い以上、このような指摘をしなくては、二人とも周りに引きずられて、結果的にラングの台頭を許してしまいかねないだろう。そういえば、ラングは居並ぶ提督達のほとんどを、戦場を離れれば軍服を着た人形のように思っているが、ある意味では正しいかもしれない。フロイライン・マリーンドルフや他の高官達も同様だ。綺麗事だけで世の中を渡って行けると思い込んでいる、おめでたいヤツらだ。閣下や公爵がヤン・ウェンリーの配下にいたら、壊滅していたのは帝国のほうに違いない。
「俺が思うに、オーベルシュタインは軍人としてではなく、文官として陛下に仕えていれば、そう嫌われることもなかったのではないだろうか?」
 通信を終える間際のケスラー総監の言葉には、文句なく賛成だ。確かに閣下の思考は、どちらかといえば文官のそれに近いと思う。だがその見解には公爵は何のコメントも残していない。



    新帝国暦2年 2月14日

 今日で俺は29歳になった。だが、今日も残業だった。だけど、夕食のあと自分の執務室に戻ったら、プレゼントが山積みになっていた。プレゼントの山を何とか全部地上車に押し込んで官舎に戻ったら、オーディンにいる同志3人からのカードとプレゼント、そしてチョコとプレゼントを持ったイルマが俺の帰りを待っていた。



    新帝国暦2年 2月21日

 今日ほど、閣下が激怒した日はないだろう。朝一番にラングが持ってきた報告書を読み終えた途端に、火がついたかのように怒り出した。もしかして、公爵やケスラー総監達との連携がバレたのかと思い、肝を冷やしたが、渡された報告書を見て驚いた。ロイエンタール元帥がリヒテンラーデ一族の女性を私邸に置いているというのだ。ブルックドルフ司法尚書の報告書には、更にその女性がロイエンタール元帥の子を身篭っている事も明記されていた。
「ロイエンタールのアホ!!何で女嫌いの癖に、私邸に女を囲うんだ!よりによってこんな時に!!」
 某猪提督が乗り移ったかのように、閣下はロイエンタール元帥を罵り続けた。だが、こっちは某フォーカス提督のスパイが軍務省にいる可能性を思えば、油断できない。フォーカス提督と言えば、うちのグスマンはミュラー提督のところのグスマン中佐と従兄弟同士だが、グスマンはミュラー提督に閣下のゴシップを売り渡すほど腐ってはいない。
 それにしても気になるのは、閣下がロイエンタール元帥を女嫌いと断定したことだ。確かに、見た目の漁色とは裏腹に、深刻な女嫌いなのではないかという、噂は囁かれているが・・・。
 公爵の読みは当たったが、予想もしていない展開になってしまった。



    新帝国暦2年 3月3日

 今日のオーディンとの通信は、重いものだった。何しろ、事態が予測を大幅に越えてしまったのだ。そして、通信の最初の1時間ほどはラングの悪口がやりとりされた。詳しいことは、ディスクの容量がもったいないから書かないが、ロイエンタール元帥が私邸にリヒテンラーデ公爵の縁者を置いて、孕ませたという事態は、ラングを喜ばせたのは言うまでもない。さらにブルックドルフ尚書が、ラングにいいように利用されたことには苦々しさを感じ得なかった。
「このことは、オーベルシュタインも予想できなかったということだな。」
「はい。閣下もブルックドルフ尚書に叩かれるのは、ビッテンフェルト提督のほうだと考えておられました。だから、ロイエンタール元帥を陥れるために、ラングを使ったというのはまったくの言掛かりです。だからといって、ビッテンフェルト提督を陥れようとしたしたわけでもありません。」
「それはわかっている。憲兵隊のほうでも、黒色槍騎兵艦隊が街中で、酒に酔って乱闘騒ぎを引き起こすのには辟易していたから、灸を据えるべきだと考えていた。今回のブルックドルフの件は、こっちもいい機会だと思っていたのだがな。」
 ケスラー総監も悔しがっていたが、こっちも悩みの種がまた一つ。いくら閣下自身が頓着しないとは言え、閣下を悪く言う奴らには頭に来る。特に、オレンジ猪と、子作りの方法を知らない蜂蜜頭!自分達が軍事ロマン主義だの綺麗事だのを並べ立てていられるのは、誰のおかげかわかっているのだろうか?そのくせ、閣下がロイエンタール元帥を陥れようとしているなどと、ふざけた寝言をぬかしやがる。閣下もこれ以上、連中の世話を焼かないで、さっさと退役してしまえばいいのに、まったく人がいいのだから・・・。

(C)エルダ・フォン・アースガルトさん

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