Das Tagebuch von Ferner

    新帝国暦2年 3月22日

 今日、ロイエンタール元帥への処分を知らされた。だが、あれでは処分というよりも、昇進といったほうがいいかもしれない。先日のハイネセンの大火では、元帥のマニュアルが充分活用されていたのだから。だが、閣下はそれを知らされて、険しい表情になった。それと同じくして、ロイエンタール元帥の子を身ごもっている女性の処置も決まった。彼女をどこか適当な施設に移し、産まれた子は養子に出す。そして彼女の身柄は出産後、体調が回復し次第、もとの流刑地に送還する、と。そのように進言したのは、フロイライン・マリーンドルフだそうだ。それを知ったとき閣下は、
「彼女に、これ以上の飛躍を求めるのは、無理な相談かもしれないな。」
 と、俺に仰った。ふと、公爵ならどうしただろうかと、俺は思った。彼女なら、もっと別の方法を思いつくかもしれない。
「クリスと比べるのは、フロイライン・マリーンドルフには酷だと分かってはいるのだが・・・、ついついクリスなら、どうしただろうかと考えてしまう。」
 閣下は苦笑なさった。確かに公爵は生まれたときから、次代の女公爵<ヘルツォーギン>として育てられてきたし、フロイライン・マリーンドルフも父親から何の制約も受けることなしに、自分の才能を伸ばせたようだ。そして、フロイラインが閣下に敵意に近いものを持っていることや、閣下の側に公爵がいることもあって、俺達軍務尚書直属の人間のフロイライン・マリーンドルフへの評価は、著しく低い。閣下が彼女をどう評価しているのかはともかく、噂などに惑わされずに閣下の本質を見抜くことができれば、彼女は更に一回りも二回りも大きく成長できるだろうと、俺は考えていた。だが、閣下はこれ以上の成長は望めないと考えておられるようだ。もともと、ローエングラム王朝はシスコンの少年が、姉を奪った黄金樹への復讐の成り行きで建てた王朝だから、カイザーの臣下が精神的に子供でも仕方ないことなのかもしれない。まったく閣下は、カイザーにはもったいない人だ。公爵がカイザーに仕えていないのは、せめてもの救いだ。彼女までもがあのシスコン帝や、高官達のおもりをさせられるなんて、考えただけでもゾッとする。



    新帝国暦2年 4月13日

 昨日日記を書かなかったのは、ゆうべ大変な騒ぎが起きたからだ。ゆうべボルテック代理総督邸で開かれた、ルッツ、ワーレン両提督の歓送迎会がテロの標的となって、シルヴァーベルヒ工部尚書が死亡したほか、閣下とルッツ提督、ボルテックが負傷した。ほかにも死傷者は41名にも及び、閣下の護衛のために同行していたヴェストファルも入院の必要こそないものの、10日ほど病院通いを余儀なくされた。
 不幸中の幸いとでもいうべきか、所用で会場に来るのが遅れたワーレン提督が無傷だったことと、閣下もルッツ提督も2週間ほど入院の必要があるものの、軽傷ですんだのはありがたい。ワーレン提督のおかげで、混乱が拡大するのも防げたのだから。
 だが、閣下の入院に伴って、事務処理は滞ってしまった。



    新帝国暦2年 4月19日

 今日、軍務省ビルにホルツバウアー中将が訪れて、先日のテロ事件の犯人捜査の協力を要請してきた。
 彼ともお互いの上官の対立を深刻なものにしないために、協力し合っている仲だから、話はトントン拍子に進み、こっちは閣下が入院していることもあって諸事滞りがちだが、できる限りの協力を約束した。閣下の退院まではそっちのほうはハウプトマンにやらせることにした。
 夕方、閣下のサインが必要な書類を持って病院を訪れたら、病室にはラングまでもがいた。幸いラングは、俺が来たらそそくさと退出した。閣下が書類にすべてサインし終えたとき、
「ラングが犯人を捕まえてみせると息巻いている。ヤツのやりたいようにやらせておけ。」
 と、言った。さらに、カイザーより捜査を委ねられたルッツ提督から要請があれば、協力するようにと告げられた。軍務上の打ち合わせが終わったとき、公爵が病室に入ってきた。
「あら、フェルナー閣下。師父、もうしばらく席をはずしましょうか?」
「いや、その必要はない。エーリヒ、コーヒーを入れてくれ。それと確か、ワーレンが持ってきたチョコボンボンが手付かずであったな。それもだ。」
 コーヒーとチョコボンボンが運ばれてきて、和やかに世間話が始まった。軍務省関係者以外が見たら、絶句すること請け合いだが、そんなに驚くことだろうか?軍務省でもそんな光景は別に珍しいことでもないのだが。
「公爵がフェザーンにいらっしゃるとは思いませんでした。」
「12日にラーベナルトからFTLが入って、師父がテロに巻き込まれて入院したと聞いて、居ても立ってもいられなくなってね。でも、無事でよかった。」
 公爵にしてみたら、気が気じゃなかっただろう。オーディンから離れたフェザーンで、たった一人の身内である閣下がテロに巻き込まれて、負傷したのだから。大学院の講義を休んでまで駈けつけたのは当然だろう。
「クリスにまで心配をかけるとは・・・、私もヤキが回ったな。」
「だったら、師父・・・。」
「一緒に暮らそうというのは、ナシだぞ。」
 閣下は公爵の次の言葉を封じてしまった。公爵の父親は彼女が生まれる前に、同盟軍との戦いで戦死している上、母親(閣下の姉上)も彼女を産んですぐに亡くなっている。家督を継ぐまで、お祖母さんに育てられたこともあってか、公爵にはいささかファザコンの気がある。彼女自身は気づいていないだろうが、もし閣下と一緒に暮らしたら、一生結婚できないかもしれないのだ。何しろ閣下と同等、あるいはそれを上回るだけの最高級の男は宇宙にはいないのだから。閣下もそれに気づいたからこそ、本邸から通うには元帥府や軍務省は遠すぎると、口実をつけて別邸の一つを私邸に構えたのだろう。
「でも、よろしいのですか?今、フェザーンには、某フォーカス提督はいませんけど、ルッツ提督が同じ病院に入院しているんですよ。そっちの線から公爵のことが帝国軍全体に知れ渡る可能性も大きいのではないのですか?」
 俺の危惧に、閣下は辛辣な毒舌で報いた。
「クリスのことは別に隠しているわけでもない。それなのに感知できないのなら、フォーカスミュラーの情報網もゴシップ収集能力も大したものではない、ということだ。」
 ここまでけちょんけちょんにされたら、フォーカスミュラーの異名も形無しだ。
 病院を出た後、公爵を夕食に誘い、閣下やグスマンらとよく行くレストランに向かった。食事中、彼女を襲った災難を知った。俺が来る前に、彼女は病室でラングと鉢合わせしたのだそうだ。ラングも、あのテロ現場に居合わせたが、ヤツはかすり傷一つ負わなかった。
「犯人が誰だか知らないけれど、シルヴァーベルヒ尚書ではなく、ラングを爆殺すれば、感謝状ぐらい贈ってあげたのに。」
 春野菜の牛肉巻にナイフを入れながら放った公爵の毒舌は、閣下に負けず劣らず辛辣だった。俺も彼女の意見に同感だった。食事の後、閣下の私邸でも飲んだのだが、彼女はラングと同じ空気を吸った口の中を消毒するかのように、ウィスキーのボトルを立て続けに空にした。底無しに酒に強いのは、オーベルシュタイン公爵家の特徴に違いない。
 閣下と公爵が飲んだら、どちらが先に潰れるか、興味の湧くところだ。



    新帝国暦2年 5月5日

 今日は閣下の39歳の誕生日。去年はバーミリオン星域会戦の最中で、ヤン・ウェンリーによって誕生日が命日になるところだったが、今年は公爵を除くいつもの面子で、ささやかなパーティーを開いた。



    新帝国暦2年 5月29日

 今日、例のロイエンタール元帥の子を産んだ女性が入院していた病院から連絡が入った。彼女が産んだ子供と一緒に、姿を消したと。その件に関して閣下は、取り立てて興味を示さなかったが、内密に行方を追うように指示された。



    新帝国暦2年 6月7日

 昨日、イゼルローンより、かのヤン・ウェンリーの訃報がもたらされた。これに関しても閣下は、先日のロイエンタール元帥の子を産んだ女性同様、さほどの関心は示さなかったようだが、大本営からもたらされた情報が、閣下の感情を害した。
「これでは、カイザーはゴールデンバウム王朝の暴君や門閥貴族どもと、何ら変わりないではないか。シュトライトやフロイライン・マリーンドルフだけではない。ミッターマイヤーをはじめとする、上級大将以上の提督達もだ。」
 激昂こそしなかったものの、この言葉を発した閣下の声は怒りで震えていた。
 今回の遠征で、第一線の指揮官から怨嗟の声が上がっているらしい。『カイザーは戦いではなく流血をお好みあるか』と。カイザーの発熱を知らないとはいえ、このような言葉が出るとは・・・。だが、俺が見る限り、閣下の憤りはそれだけではないだろう。最近の閣下はカイザーが、ヤン・ウェンリーに拘るあまり、軍を起こすのに不満を抱いておられるようだ。これが、爆発した日には何が起きるのか、今の俺の予測の範囲を超えている。



    新帝国暦2年 7月7日

 今日、ラングが春に起きた、シルヴァーベルヒ尚書が爆殺されたテロ事件の犯人を捕らえた。犯人はボルテックだというのだ。オーディンとの通信でのオスマイヤー尚書の様子は、見ているこちらが気の毒になるほどだった。
「私としては、ラングの功績を無視したい。だが、そうしたらこっちが陛下の不興を買うことになる・・・。」
 彼の苦悩は手を取るようにわかった。
「功があればそれを評し、罪があればそれを罰するのは、ローエングラム王朝が拠って建つところです。不快かもしれませんが、ここは堪えてください。それに、ラングの功績を無視したら、あの男のことです、何をしでかすかわかりません。」
 俺ができたのは、その程度だった。



    新帝国暦2年 7月8日

 どうやらオスマイヤー尚書は、ラングの功績を国務尚書に奏上したようだ。あの男は、内国安全保障局長兼任のまま、内務省次官に進み、褒賞として10万帝国マルク下賜された。ところが、ヤツはその10万帝国マルクをそっくりそのまま、福祉施設に寄付したのだ。これには当然、周りの人間からも偽善的なと、いう声があがっている。



    新帝国暦2年 7月11日

 ボルテックが獄中で服毒自殺を遂げたらしい。犯行の動機などの自供は得られているので、一応事件の解決には支障はないが、何かが腑に落ちない。公爵にそのことを告げたが、聡明な彼女にも予測がつかないようだ。
「最近になって思うようになったんだけど、私も含めて帝国、同盟双方の人間すべて、師父の掌の上で躍っているのに過ぎないのではないかしら?」
「みんな閣下に躍らされていると?」
「そう。根拠はないけど、漠然とそう思えてならないの。」
 公爵の言う通り、根拠はないが、最近の閣下の行動を見ていると、すべて閣下の思惑通りに事が動いているような気がしてならない。
「すべては閣下の掌の上、ということか。これじゃあ、閣下の一人勝ちって事ですね。」
「以前なら、師父の思惑をある程度まで読み取る自信はあったけど、最近の師父を見ていると、その自信も粉砕されてしまったわ。」
「それでは、ロイエンタール元帥のことは?」
「あれは師父を嫌悪して本質を見抜けず、ラングに付け込まれたロイエンタール元帥が勝手に自滅しただけのことだわ。師父がラングを使ってロイエンタール元帥を陥れようとしたなどとは、見当外れもいいところだわ。」
 相変わらず、手厳しい女性だ。だが、彼女の意見には同感だ。



    新帝国暦2年 7月27日

 今日は公爵の21歳の誕生日。プレゼントとカードはこの日にオーディンに届くように送ったが、閣下の私邸からもFTLを飛ばした。オーディンの公爵の屋敷には、ケスラー総監とメックリンガー提督も居合わせていて、この日の通信で公爵とメックリンガー提督が来年にでも結婚すると、知らされた。今年はファーレンハイト、シュタインメッツ両提督のほか、大勢の兵士が死んだので、正式な婚約発表は今年の末か、来年の年明けになるらしい。だが、すでに公爵の左手の薬指には、しっかりと婚約指輪が輝いていた。
 それを聞いた閣下は二人を祝福し、来年、公爵が結婚する前に退役する意向を示した。
「もともと陛下が帝位についた時点で、私と陛下の契約は完了している。いつ辞めても問題はあるまい。クリスの結婚はいい機会だ。」
 閣下はそう仰ったが、もう一つの理由が存在することは全員わかっていた。公爵が他の提督達から、負の感情で見られないように、ということが・・・。
 通信の後、閣下とカイザーの契約について聞いてみたが、閣下は微かに笑っただけで何も仰らなかった。



    新帝国暦2年 7月29日

 今日、正式にフェザーン遷都令が出された。いよいよ本格的にフェザーンが新帝国の中心になる。ケスラー総監とオスマイヤー尚書もフェザーンに執務室を構えることになる。ただ、メックリンガー提督だけが引き続き、オーディンの守備を命じられたこともあってか、公爵はオーディンに残るそうだ。案外、もうすでに実質的な新婚生活に入っているのかもしれない。



    新帝国暦2年 7月31日

 閣下の元に通信文を届けるのは、いつものことだが、今日はそれを届けた後、俺は退出を命じられた。後刻、別の事務処理のために入室した際、ヨブ・トリューニヒトが総督府高等参事官としてハイネセンに舞い戻ったことなどを話しあい、退室するとき、
「ルッツがケスラーと内密に連絡をとったそうだ。二人の行動の邪魔はするな。もし、邪魔を試みる輩に関しては卿の才覚を期待する。」
 と、仰った。俺が追い出された通信文の内容はそれに関することなのか・・・?



    新帝国暦2年 8月20日

 昨日仕事の後、ケスラー総監の官舎に向かい、彼とオスマイヤー尚書と久しぶりに話し合った。ラングのことや、遅くとも年明けには婚約発表をする公爵とメックリンガー提督のことなど。
「そしたら、来年は軍の最高幹部の結婚が相次ぐかもしれませんな。ルッツ提督も婚約を発表したことですし、メックリンガー提督も公表こそしてないものの、来年中には結婚すると仰ってましたから。」
 オスマイヤー尚書の予測どおりになって欲しいものだ。シュタインメッツ提督は、カイザーが結婚するまでは自分も結婚しないと言って、恋人を残して戦死したのだから。
「ルッツ提督といえば、最近提督がケスラー閣下と内密に連絡を取ったとか。」
「なぜ、卿がそれを・・・?」
「オーベルシュタイン閣下がそう、仰ってました。」
「オーベルシュタインが・・・?まさか・・・、我々のことも勘付いているのでは・・・?」
「さあ、公爵は閣下が気づかぬ振りをしている可能性も、指摘してましたが・・・。」
「それで、まさかオーベルシュタインはルッツを粛清するつもりなのか?」
「落ちついてください。オーベルシュタイン閣下はお二方の行動を邪魔する気はありません。邪魔する人間の始末を小官に命じたくらいですから、ルッツ提督の粛清は考え過ぎです。」
「それならいいが・・・。」
 だが、ケスラー総監は不安そうな表情を隠しきれてなかった。



    新帝国暦2年 8月29日

 今日、閣下の孤独、剛さ、己の罪に対する報いを躊躇なく受ける潔さ、己が手にかけた人やその周りの人間に対する悔悟の念、といったものを察知し得た人間はどれだけいるだろうか。今日ほど閣下が知らずに、ご自分の感情を無防備になさったことはないのだから。
 事の顛末は戦没者墓地完工式に出席した帰り、ヴェスターラント出身の兵士がカイザーを暗殺しようとしたことに始まる。その兵士は、俺をはじめとする閣下直属の部下たちが思ってても絶対にやらない、カイザー批判をやってのけたのだ。俺達が面と向かってやらないのは、閣下の立場が悪くなるのを防ぐためと、閣下を悪く言う奴らにそこまでしてやる必要はないと考えているからだ。脆く崩れかけたカイザーを庇ったのはほかならぬ、閣下だった。
「カイザーをお怨みするにはあたらぬ。ヴェスターラントに対する熱核攻撃を黙認するよう、カイザーに進言したのはこの私だ。卿はカイザーではなく、私をねらうべきであったな。妨害するものも少なく、ことは成就したであろうに」
「ヴェスターラント虐殺の件で、ブラウンシュバイク公の人望は完全に失墜した。人心は彼から離れ、門閥貴族連合は内部から瓦解し、ゆえに内乱の終結はすくなくとも三ヶ月早まった。」
「もし内乱が三ヶ月長引けば、新たに加わった死者の数は1000万を下ることはなかっただろう。あの時点でブラウンシュバイク公に代表される貴族連合軍の本性を暴きえたからこそ、1000万の死者は仮定の数字としてすんだのだ。」
 これらの言葉が発せられた声の中には、最初に書いた閣下の想いが微粒子となって含まれていた。
 冷静に考えれば、ヴェスターラントの件の最終的な責任はカイザーに帰せられるだろう。カイザーはあの時も閣下の進言を退けることができる立場にあったのだから。だが、今日ここで閣下がその責任を負った以上、カイザーは糾弾されることなく生きていくのだろう。そして他の高官達もキルヒアイス提督の件と同様に、『すべてはオーベルシュタインの余計な差出口が引き起こした悲劇』と、すべての責任を閣下に押し付けるのだろう。どちらの件もすべての責任はカイザーにありながら、閣下はすべて自分の身に引き受け、人々の憎悪の渦中で生きることになるのは確実だ。
 以前仰ったカイザーとの契約とは何ですか?どうして、そこまでしてあのカイザーを庇われるのですか?あんな忠誠心を捧げる価値のないカイザーに仕えつづけるのですか?なぜ、宝石を泥の中に投げ込むような真似を続けるのですか?



    新帝国暦2年 8月30日

 カイザーがフロイライン・マリーンドルフに求婚したらしい。らしい、というのも午前中、閣下がマリーンドルフ伯爵の私邸にヴィジフォンをかけ、欠勤している彼女にカイザーからの申し出を受けて欲しい、と仰ったからだ。
 昨日、閣下が彼女にカイザーの私室に行くようにと伝えた事などを考え合わせたら、どうやらカイザーとフロイライン・マリーンドルフの間にあれがあったのは確実だ。しかし、ことの翌日にさっそく求婚とは、カイザーらしいと言えばらしい。だが、ヴィジフォンを切った後の閣下の言葉は俺の疑問を確信に変えた。
「あの二人、ちゃんとやれたのだろうか。」
 閣下の危惧は当然のことだろう。なにしろ二人とも、色恋沙汰とは別の銀河系の人間なのだから。
 以前、閣下に公爵をカイザーリンにするつもりなのか、と聞いたことがある。彼女もカイザーリンとしての資質は充分だから。そしたら閣下の答えは
「確かにクリスは、カイザーリンとしての資質は充分だ。だが、カイザー・ラインハルトのカイザーリンには向かないだろう。あれは伴侶となる男に父親の要素を求めすぎる。マタチッチやメックリンガーを見れば一目瞭然だ。クリスが選ぶ男でメックリンガー以外では、ケスラーやワーレンの可能性も捨てきれないが。」
 だった。だから公爵が選んだのがメックリンガー提督だったのには、閣下もほっとしただろう。ケスラー総監は閣下とは士官学校の同期だから同い年だし、ワーレン提督はメックリンガー提督よりも年下だが、子供がいる。まあ、彼女はワーレン提督とは面識はないから、これは杞憂に過ぎなかったが・・・。
 フロイライン・マリーンドルフをカイザーリンにと、考える閣下の意図はどこにあるのだろうか。



    新帝国暦2年 9月7日

 最近のカイザーは政務の後、提督方を連れて外出することが多い。それも、絵画展や演劇、音楽会といったものが多く、『芸術の秋』といわれている。カイザーの『芸術の秋』は、提督達を困惑させている。だが某猪提督と一緒に古典バレエを見に行ったのは、傑作中の傑作だろう。閣下はミッターマイヤー元帥同様、多忙なため同行は申し付けられていないが、バイエルライン提督からの情報によると、上級大将以上の将官の配下の視野を広げるため、次代を担う彼らとカイザーの交流の場を設けるという理由で、彼らを同行するようミッターマイヤー元帥がカイザーに奏上したそうだ。
 ところで、閣下は相変わらず、カイザーとフロイライン・マリーンドルフの間を取り持つため、遣手婆のようなことをしている。本当に閣下は何を考えておられるのだろうか。



    新帝国暦2年 9月15日

 今日、リヒター財務尚書が閣下に緊急に面会を求めてきた。二人の会談中、俺は退室を命じられたため、内容を知ることはできなかったが、リヒター尚書の様子からしてただことではなかった。彼との会談の後で、閣下は
「イゼルローンとの和平工作を内密に進めよ。」
 と、おっしゃっただけだった。



    新帝国暦2年 9月22日

 今日、カイザーはノイエラント行幸に向かった。随員はミュラー提督とルッツ提督。あとはカイザーの副官と親衛隊が同行する。何事もなければよいのだが・・・。



    新帝国暦2年 10月3日

 オーディンで大変な事件が起きた。公爵がヴェスターラントの元住民に襲われて、瀕死の重傷を負い、生死の境をさまよっているのだ。知らせがあったのは一昨日。さっそく、ケスラー総監は閣下の元を訪れて、事件の報告を行うと共に、彼女の見舞いに行かないのか?と尋ねた。だが、この面談は荒れに荒れた。原因はいつになく頑なな閣下にあった。
「では、卿は彼女の見舞いに行かないというのか?」
「別にその必要もなかろう。あれにはメックリンガーもいる。私が出るまでもない。」
「公爵にとって卿は父親のような存在なのだぞ。メックリンガーさえいればいいという問題ではないだろう。」
「私を父親と思う物好きがいるとは思わなかった。何も、私をそういう対象にしなくてもよかろうに・・・。」
 さすがのケスラー総監も危うく激発するところだったらしく、怒りをおさえて閣下のもとを辞した。彼の退室後、閣下は俺にも公爵の見舞いに行くことを禁じた。さすがにこれには俺も抗議したが、閣下には何の効果もなかった。
 勤務後、ケスラー総監から事前にヴィジフォンにメッセージが送られていたので、彼の官舎に向かった。
「呼び出してすまんな、フェルナー准将。」
「いえ、閣下も気になっておられるのでしょう?」
「ああ。いくらなんでもたった一人の身内の見舞いに行かないというのはないだろうに・・・。」
「そのことなのですが、実はオーベルシュタイン閣下は小官をはじめとする、公爵と面識のある部下にも見舞いに行くことを禁じてしまわれたのです。まあ、それは変な前例を作らないためと考えれば、分からなくもないのですが、閣下が行かないというのは少々、納得しかねるのです。」
「確かにそれは変だな・・・。それと俺は明後日、オーディンに行く。軍高官の家族の安全に関して、再検討もしなくてはならないな。彼女や入院している病院にも護衛をつけることになるだろう。」
「明後日・・・、でもまだ公爵は集中治療室に入っているのでしょう?」
「ああ、彼女の護衛やらなんやらで、あっちでもいろいろあってな。」
「そうですか。お気をつけて。・・・そういえば、ラングの件はどうなっているのですか?」
「実はそっちのほうでも進展があって、今回のオーディン行きはそれも関係がある。」
「それでは近いうち・・・、いや、公爵が退院した後にでも祝杯をあげることができますか?」
「そう願いたいものだ。」
 ラングの件が無事に片付いてほしいものだ。



    新帝国暦2年 10月9日

 カイザーが滞在中の惑星ウルヴァシーで変事がおき、カイザー一行は行方不明という知らせが入った。早速、ミッターマイヤー元帥はワーレン提督にカイザーの捜索を命じると共に、自身もフェザーン回廊に艦隊と共に待機した。
 一方で、公爵の容態は一進一退のままだ。公爵の小間使いをしているイルマから聞いたところによると、医師も助かるかどうかは、本人の気力次第だと見ているらしい。
 カイザーが野垂れ死にしても別にかまわないが、公爵が死ぬようなことがあれば、俺は大神オーディンを許さない。



    新帝国暦2年 10月13日

 オーディンに到着したケスラー総監から連絡があった。公爵の容態は相変わらずだが、7月にシルヴァーベルヒ工部尚書爆殺事件の犯人として逮捕されたボルテックが、獄中で変死した事件がラングの仕組んだ冤罪事件だったのだ。7月にボルテックが変死したとき、その一連の事件を不審に思ったルッツ提督がケスラー総監に調査を依頼したのだそうだ。それを受けてケスラー総監は、自身でも調査をするのと同時に、公爵にも協力を要請したそうだ。そして双方の調査結果を突き合わせて、ラングの悪行が明らかになったのだ。
 ケスラー総監はフェザーンに戻り次第、この調査結果をカイザーに提出するそうだ。



    新帝国暦2年 10月29日

 今日、カイザーはワーレン提督に発見され、無事保護された。しかし、この一件でロイエンタール元帥の反逆が明らかになった。だが閣下は、何のコメントも残していない。何を考えておられるのだろうか。



    新帝国暦2年 11月1日

 ミッターマイヤー元帥がロイエンタール元帥討伐の指揮官に任じられたらしい。そんなことよりも朗報がいくつかあった。
 一つ、公爵の容態が峠を越し、意識を取り戻したそうだ。来年の春には退院の見こみだ。それにともない、オーディンのメックリンガー提督から、正式な婚約発表は彼女が退院してからになるとの通信が入った。
 一つ、ついにラングが逮捕された。先日聞いた罪状だけでなく、ヤツがルビンスキーと通じていたことまでケスラー総監と公爵は調べ上げたのだ。ラングとルビンスキーの癒着は閣下も知っておられたが、事態の公表はケスラー総監にまかせる腹づもりだったと、今になって思い当たった。
 ルビンスキーと通じていたことなどを考えたら、ヤツの死刑は確実だ。



    新帝国暦2年 11月16日

 一昨日、ミッターマイヤー元帥がワーレン、ビッテンフェルト両提督とともにフェザーン回廊から進発した。そして、メックリンガー提督もイゼルローン回廊に向けて、オーディンから進発した。先日のウルヴァシーでの事件で、ルッツ提督が婚約者を残して亡くなったことを考えると、公爵のためにもメックリンガー提督には生き残ってもらいたい。
 ミッターマイヤー元帥にしても、ワーレン、ビッテンフェルト両提督にしても今回はつらいだろう。3人とも、ロイエンタール元帥とは帝国軍最高幹部の中でも最も縁が深いのだから。
 今日、ロイエンタール元帥は元帥号を剥奪された。どちらに勝利の女神が微笑もうと、俺の知ったことではないが、ロイエンタール元帥が勝利をおさめ、閣下を粛清しようとしたときは俺も黙ってはいない。絶対に閣下を守り抜くし、必要があればロイエンタール元帥やその幕僚達の殺害も辞さない。



    新帝国暦2年 12月16日

 ハイネセンからロイエンタール元帥の訃報が届いた。一連の事件は解決し、メックリンガー提督も無事だった。ハイネセンにはワーレン提督が残留することになり、ミッターマイヤー元帥は今日のうちにハイネセンを発った。そして、カイザーはロイエンタール元帥に元帥号を返還したそうだ。
 同時に、メックリンガー提督によって事件の真相も報告されている。
 ウルヴァシーでのカイザー襲撃事件は地球教徒の陰謀に端を発し、ロイエンタール元帥の命を受けて調査に赴いたグリルパルツァー大将が、事件の真相を隠蔽してしまったのだ。これらの不幸な偶然の積み重ねによって、ロイエンタール元帥の叛逆という、取り返しのつかない結果を招いてしまったのだ。
 その報告を受けた閣下は、沈痛の表情を隠さなかった。



    新帝国暦2年 12月20日

 今日の軍務省は戦場だった。閣下の命令で航路局のデータのバックアップを軍務省の緊急用コンピューターにとったのだ。航路局のデータの容量は膨大なもので、一部データの消去も余儀なくされてしまった。
 今日はもう抜け殻だ。



    新帝国暦2年 12月26日

 勤務後、ケスラー総監の官舎にオスマイヤー尚書と訪ね、3人で飲んだ。憲兵隊は昨日、ラングの自供で明かされた、ルビンスキーのアジトを急襲したものの、そこはすでにもぬけの殻となっていた。ラングが拘禁されたことでルビンスキーは危険を察知し、逃走したのであろう。
 そして今日、憲兵隊本部にラング夫人が訪れ、夫の釈放を要請したそうだ。
「家庭でのラングはいい夫であり、いい父親だったのだろう。面会に立ち合った部下が、二人の様子を見て、胸が締め付けられたと言っていた。それにラング夫人を見ていて、俺もいたたまれなくなった・・・。」
 水割りを飲みながら漏らしたケスラー総監の言葉は俺の胸にも深く突き刺さった。
「家庭人としては俺やロイエンタールなんかよりも、ラングのほうが数段上なのは確実だ。本当に、人間というのはまったくもってわからないな。」 
 確かに、オーベルシュタイン閣下や公爵が門閥貴族の一員だったにもかかわらず、ブラウンシュバイク公のように特権意識に溺れることなく、そして下級貴族だったカイザーの下にいても平然としている様子を見れば、ラングが家庭人としては最上の部類に属していたとしても、不思議ではないのかもしれない。



    新帝国暦2年 12月29日

 今日執務中に閣下がふいに問いかけた。
「ミッターマイヤー元帥が敢えて自分の手で親友を討った意味がわかるか?」
 と。俺が理解しかねると答えると、
「もしカイザーがご自分の手でロイエンタールをお討ちになれば、ミッターマイヤーはどうしてもカイザーに対する反感を禁じえないであろう。君臣の間に亀裂が生じ、引いてはそれが拡大して取り返しのつかないことになるやもしれぬ。」
「はあ・・・。」
 と、俺は曖昧に反応することしかできなかった。
「だが、自分が指揮官としてロイエンタールを討てば、友の讐はすなわ自分自身、カイザーをお怨みする筋はないと、そう考えたのだ。彼はそういう男だ。」
 俺は閣下にそういう結論に至った根拠を尋ねた。
「私の勝手な解釈だ。真実かどうかは知らぬ・・・・・・それにしても」
 次の瞬間俺は、苦笑の表情を浮かべた閣下を見ることになった。
「それにしても、私も口数が多くなったものだ。」
 それっきり、この日は押し黙ってしまわれた。当然ロイエンタール元帥の叛逆についても、この日はそれ以上、何も仰らなかった。



    新帝国暦2年 12月30日

 今日、ミッターマイヤー元帥がフェザーンに帰ってきた。元帥はロイエンタール元帥の遺児を伴っており、その子を養子にするそうだ。閣下はその件に関しては賛成も反対もなさらなかった。そうしたらそうしたで、ミッターマイヤー元帥がロイエンタール元帥の子を養子にすることを黙認して、閣下がミッターマイヤー元帥に対して、優位に立つつもりだという声が囁かれるだろう。だが、閣下は双璧への贖罪として、その件を黙認なさっておられるのだろう。

(C)エルダ・フォン・アースガルトさん

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